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短編小説「異世界ポスト」

    〈あらすじ〉
    願いを書いた手紙を投函すると叶えてくれる“かも”しれない、異世界ポスト。しかし叶うには条件があって……。

    0 異世界ポスト

    見つけてくれてありがとう。

    気になって見てみたら、側面に貼られたこの文面に行き着いたのですよね。構いません。むしろ、このポストを見つけた、恐らくあなたの世界で一番の『ラッキーパーソン』であるあなたには、是非ともこの文面を最後まで読んでもらいたいものです。これはまあ、説明書と思ってください。

    何を長々と……と思ってあなたが読むのをやめてしまうかもしれないので、単刀直入に述べます。

    このポストに投函すると、投函した人の願望が一つ実現します。

    ――まさか。だったら、さっきコンビニで買ったフライドチキンの包み紙でも入れてやろうか。そう思って、もしくはこれを読んで、今まさに包み紙の入っているズボンのポケットに手を入れかけているあなたは阿呆です。このポストはごみ箱ではありません。後で回収作業をするのが面倒なので、絶対にやめてください。

    さっきから何を馬鹿なことを……と思っているかもしれませんが、あなたがこのポストをどう捉え、扱うかはあなたの自由です。あなたの見たものが事実です。私があなたに強制できることは何一つありません。

    とはいえ、あなたに少しでも人間らしい願望があるのならば、ぜひ最後まで読むことをお勧めします。

    まず述べておきますが、私はありふれた、何のとりえもない普通の人間です。神などとあらぬことを推測されるのは、想像しただけで嫌気が差します。このポストの仕組みも、あなたと同じで私も全く知りません。

    そもそも、『ラッキーパーソン』と先述しましたが、ラッキーという言葉は、私は不適切だと思います。なぜなら、恣意的だからです。人間の感情が丸出しではありませんか。確率論の話になりますが、『ラッキー』という現象は、単に人の想定していた可能性が実現した際のことをいうもので、人が想定していようとしていなかろうと、すべての可能性は、その事象の起こる確率に基づいてすべて平等に発生し得ます。

    どんな未発生の事象も、可能性としては、理論的には存在しているのです。それを、ラッキーという言葉で一つの可能性に搾り取り、他の可能性をすべて消し去ってしまう。事象が発生するよりも前に。『ラッキー』を選び取るのは、人です。

    人がラッキーを作ろうとするからこそ、『ラッキー』という言葉が生まれることは仕方がないことなのでしょう。しかし、本来はすべての可能性が平等に存在しているのです。あなたはそんな可能性の流動に、一喜一憂していませんか?

    可能性は無限でも、現実は限られているのですよ。

    話は飛びますが、マルチバースという言葉を、耳にしたことはありますか?

    宇宙は無数にあり、あなたの住む宇宙も無数に存在している宇宙の一つに過ぎないという仮説です。ここでポイントとなるのは、存在している宇宙は無限にある、という点です。無限にあるということは、理論的には、どんな宇宙、すなわちどんな世界も存在し得る、ということです。例えば、あなたの住む世界と全く同じ世界、俗にいう『パラレルワールド』なんかも、存在できるのです。あるいは一人っ子であるはずのあなたにきょうだいがいる世界、あるいはあなたが失恋した世界なんかも。想像した世界そのものが、別の宇宙として理論上存在し得るのです。夢か妄想のようですね。妄想と区別がつかなくなりそうです。

    ラッキーパーソンであるあなたのことですから、それくらいは肝に銘じておいてください。このポストは、あなただけのものではありません。あなたとは異なる――かもしれない世界に住む、あなたとは異なる人たちも、このポストの存在を知っていますから。

    さて、講義じみた文を連綿と読み続け、退屈になっているだろうあなたに、肝心の異世界ポストの使い方を説明するとしましょう。

    あなたの願望を書いた文面をポストに投函する、ただそれだけです。

    手紙か年賀状をポストに入れるのと全く変わりありません。

    ただし、他にもあなたと同じように投函している人がいるかもしれないので、他の人と差をつけたいと思うのなら、できるだけ綿密に、あなたの境遇やその願望を叶えたい理由を記載してください。差をつけたい、というのは、このポストの仕組みは抽選制だからです。抽選、と言い表すのは好きではありませんが、ともかく、いろんな窮状の人がこのポストを見つけ、恐らく大半が利用するでしょう。誤解を恐れずに言うと、あなたの置かれた境遇が多くの人の同情を買うようなものであればあるほど、あなたの投函した願望が叶う確率はより高くなります。だって、電車に乗り遅れて遅刻しそうな人を助けるよりも、冤罪で死刑になりそうな人を助ける方が遥かに有意義ですからね。

    もちろん、虚偽の記述はしないでくださいね。

    言うまでもないでしょうが、抽選というからには、このポストはいつまでも存在し続けるわけではありません。あなたはきっと、このポストが突然ぱっと現れたように思っているでしょう? 同様に、ある日突然ぱっと消えてしまうはずです。ポストを見かけたら、ポストが消えてしまう前に投函すると良いでしょう。

    何もできない、などと無力な自分に幻滅しているあなたにとっては、このポストが現れたことは朗報かもしれません。いや、『ラッキー』というべきでしょうか。ですが、勘違いしていただきたくないので最後に一つだけ述べておきます。

    自分には何もできないと思っているかもしれませんが、あなたは生きているのですから、何もできないということはないはずです。屁理屈ですか? しかし、あなたは呼吸していますし、立ったり座ったりすることもできます。

    あなたの言う「何もできない」というのは、「どうせ何もできない」の省略形なのではないのですか。

    極論ですが、「何もできない」とは、「何でもできる」の裏返しのようなものです。どういうことか、不思議に思うかもしれません。

    ですが、死後、あなたは本当に何もできないのですよ。

    私の文が拙いので、まだ分かってくれなさそうです。

    「何でもできる」という状態は、人間の行動原理を形成する要素をすべて排除してしまいます。人間が行動を起こすことには必ず、根本には能動的な理由があると思うのです。まだ見たことのないものを見に行きたいから足が動く、まだ聞いたことのない話を実際に聞いてみたいから耳をそば立てる……。能動的な理由が生まれるのは、必ず、その行動によって埋まる『穴』があるからです。その『穴』は、人が生きていて常に新たな刺激に触れ続ける限り、決してなくなることはありません。その穴をすべて埋めた状態が、「何でもできる」、つまり、何でも知っている、という状態だと考えてください。

    そんな全知全能の神のようなことが本当に実現したとしたら、人は行動原理を失い、「何もできない」状態になります。「何でもできる」=「何にもできない」とすれば、何もできないあなたは、何でもできる死人と同じだと言うことができてしまうのでしょうか。

    ――冗談です。

    ですが無意味な話だとは思っていません。一種の忠告とでも思っておいてください。先述した通り、私があなたにとやかく何かを強制する権利はないので、無視してもらっても別に構いませんが。

    1 神に代わりたい女学生

    異世界ポストさんへ

    手紙の書き方がよく分からないので、ところどころ失礼に思われる箇所があるかもしれません。

    初めまして、神代樵といいます。名字はかみしろ、名はきこり、と読みます。公立の中学校に通う中学二年生です。別に性格は目立つタイプではないし、たくさん友達がいるわけでもないし、陽キャでもありません。

    それでも、こんなに影の薄い私が悪目立ちしているのです。原因は分かり切っています。

    すべての原因は、私の家庭にあります。

    私の家は、端的に言えば、世界の三大富豪に数えられていた家です。過去形なのは、つい数年前に(三年前でしょうか)、私の同級生と私にされたことで父が度重なる非難や報復を受け、社会的体裁を失い、没落していったからです。

    詳しくお話しします。

    母はとある有名な株式会社を経営する社長で、ジェンダー平等や男性の育児休暇の取得を推進した画期的な会社づくりが評価されたのち、報道番組にも多数出演し、同時に続々と会社の売れ行きを伸ばしていた印象があります。父方の祖先は古代の皇族の子孫とかなんとかだと聞いたことはありますが、うっすらとした曖昧な縁よりは、彼の社交的・カリスマ的な振る舞いと世渡り上手な性質が味方したのだと思います。母がお金を作るとしたら、父はそれを保管しておく金庫のようなものです。私が物心ついた頃には、毎日黒光りするリムジンで(私の記憶によれば)国営の幼稚園に通い、庶民からすれば豪邸、よりも神殿、と呼ぶ方がしっくり来そうな家に、一族と召使いたちとで住んでいました。大学院を卒業した両親はともに教育熱心で、お金は有り余るほどあったので、既に出世して一人前になった兄や姉のように、私も私立の中高一貫校に通うことになっていました。しかし、あの事件があってからは、できるだけ目立たないようにひっそりと暮らすという方針が一族の中で定められたので、私もなんとなくその方針に合わせて、公立の中学校に通うことに同意しました。正直、どこでも良かったです。どうせ進学するなら、地元の公立中学の方が当然知っている人も多いので、むしろ良い方針だと思ったほどです。学校で名字を神代と名乗るのが禁止され、代わりに『安森』になりました。自分の家庭のことは話さない、という取り決めが、これでもかというほど厳しくなされました。

    順風満帆な学生生活は、長くは続きませんでした。

    私はいつも、家から支給される交通費を持って公共交通機関を利用するのですが、この日は雨だったので遅延する恐れがありました。バスは天候や交通状況に左右されやすいじゃないですか。その上、恥ずかしいことに生活リズムの整っていない私は、洋画鑑賞で夜更かしをしてしまったせいで寝坊してしまったのです。洋画鑑賞です。一般的な学生は、バラエティー番組やウェブサーフィン、スマホゲームなどで寝坊するのでしょうか。その日の朝、どうにか召使いの送迎で授業開始時刻に間に合った私は、たまたま友達から夜更かしのエピソードを聞いたとき、なんて低俗的なんだと思いました。

    私の住む世界は、彼らとは違う。中学生の頃から、強くそれを意識し始めました。疎外感も覚えるようになりました。中学生は、だいたいの人は趣味やちょっとした目標、あるいは夢なんかも、固まり始める時期です。そんなこともあってか、孤独になっていったのは多感な中学生の頃からでした。

    私は毎日、学校へ徒歩で通っています。一時間弱をかけて山道を歩いています。バスは雨の日にしか使っていません。バス停まで行くのに学校とは反対側へ歩かなければいけないので、時間がもったいないと思い徒歩で通っています。とにかく、家から学校までの距離は、私の通っている中学の他の子たちと比べれば、遠かったはずです。

    ある日帰る途中、私の家の近くで、見慣れた制服の子がいるなあ、と不思議に思いました。いつもは私の家がある地区にまで入ると、同年代の子は大抵見かけなくなります。ましてや、同じ中学の子なんて、です。しかし見かけた子の制服は、私の着ている制服と全く同じものでした。同じ中学の子が、こんな辺鄙な場所にも住んでいるのかと、その時の私はただただ驚いていました。遠くから通っている私が言うのもどうかと思われるかもしれませんが、ここはあの中学の学区からはかなり遠い場所のはずです。

    その時の私は、ただ驚いただけでした。何の疑いもなくいたあの頃の私が、懐かしいほどです。

    その日から二、三か月の間、同じ中学らしきものの制服を着た学生を見かける機会は、徐々に増えていきました。今思えば、とんでもなく奇妙な出来事です。一人しか見かけなかったのが、二人、四人と増えていくのです。転入生が引っ越してきたとか、同校の誰かが学区内で引っ越したとか、そんな話は一度も訊いたことがありません。こんな山道を歩いてまで、どこか寄り道でもするつもりなのでしょうか。私は不審に思って、見かけた学生の顔だけでも確認しておこうと尾行することにしました。

    しかし、いくら尾行しても、その子は帰る気がなさそうなのです。足取りも一定速度ではなく、明らかに挙動不審なのが見て取れます。私は、家へと続く山道の曲がり角を使ってその子がどこへ向かうつもりなのか注視したりもしましたが、まるで追いかけっこのように、ただ山道を登ったり下ったりするだけです。

    私はそこで初めて、自分が尾行されていたことに気付きました。

    しかも私を尾行していた子は、私の友達のみさきだったのです。

    翌日、私はみさきに尾行の事実を伝えました。私はみさきのことをすっかり信用していたので、冗談めいた口調で、柔らかく噛み砕いて説明しました。

    ――お嬢様が偉そうに学校に来てんじゃねえよ、神代!

    クラスの皆の前でそう怒鳴られて、思い切り殴られ床に押し倒されました。呆然としたのを覚えています。

    彼らは私が富豪の家に生まれたことを、妬み罵っていました。いろいろな悪口や根拠のない噂を言われたり広められたりしましたが、結局彼らの動機は嫉妬です。彼らは、生まれながらにして『富豪』というレッテルの貼られた私が落ちぶれ、零落していくのを見たいのです。

    財布を盗まれた日、その暴力のことを財布の盗難と合わせて親に打ち明けたら、まず財布のことよりも、名字がばれたところを怒られました。「お前と血が繋がっているなんて恥ずかしい」とか、「お前は生き恥だ」とか、そんなようなことも言われました。父は何の話をしていたのでしょう、よく分かりませんでした。常に忙しい両親とはあまり話をしたことがなかったのですが、これが一番まともに会話をしたときだったと思います。

    両親は、大して頭が良いわけでもなく普通の公立中学に進学した私とは、まともに取り合ってくれませんでした。

    付け加えておきますが、母は所詮、富豪の妻である立場を利用してトップに上り詰めたに過ぎません。現代的な会社の改革だって、影で支える有能な誰かがいるに違いありません。昔でいう、摂関政治みたいなものです。

    父は、社会的に有能であるだけで、はっきり言って性格はズタボロです。なんでも手に入れようとします。どうしてこんなに理不尽に、人は幸運になったり不運になったりするのでしょう。皆が平等でいれば、嫉妬なんて生まれないのです。少し前に、学校の社会の授業で資本主義と共産主義の違いについて教わりました。こんな風に思ってしまう私は、富豪出身なのにも関わらず共産主義的な思考でも持ち合わせているのでしょうか?

    学校に来ると、毎日必ず私の持ち物がなくなっていました。犯人は絶対にみさきなのに、心のどこかでそれを決断できない自分が腹立たしくてたまりませんでした。みさきは授業終わりに私をお手洗いに連れ出して、こう言いました。

    「この財布、返してほしかったら、母親の働いてる会社の名前教えて」

    どういう意図があったのか、恐怖に支配されていたその時の私には全く見当もつきませんでした。適当に誤魔化して、どこかの中小企業の名前でも挙げておけばよかったのです。しかし、私は正直に答えてしまいました。今となっては本当に後悔しています。

    同級生に財布を盗られたことを父に白状してはどんな目に遭うか知れたものではないので、私はこっそり同じものを買い、変わりなくその財布を使っていました。しかしその財布はまたみさきに盗られ、トイレの便器の中に落とされました。

    それからも毎日、私は両親に逆らうこともできず、何食わぬ顔をして学校に行きました。ずっと嘲笑するような顔を向けられて、消えてしまいたいと思いながら授業を聞いていました。

    体育が終わったあと、体操服から制服に着替えようとしたときにも、事件は起きました。制服がなくなっていたのです。それに気づいたとき、少し離れた場所で更衣をしていたみさきと彼女の友達が、あからさまに嗤ったのも聞こえました。制服は皆同じものを持っているはずなので、物としての価値や値段に差は全くありません。盗む必要がどこにあるでしょうか。

    単に、私が裕福であることが妬ましかったのだと思います。裕福になるにはそれなりの犠牲が必要です。そんなことを知らない彼らは、馬鹿みたいに私への嫌がらせを続けていました。

    それからしばらく経った後、母の会社にも暗雲が立ち込めました。

    表では現代的な改革をしていると装いながら、裏では超ブラック企業なのではないかという、いかにもマスコミが飛びつきそうな噂がホットになり始めたのです。母の友人は会社の同僚で、よく家に訪問してくるのを私も見たことがありますし、会話したこともありますが、母の会社で苦しんでいるような様子は一切感じられませんでした。根も葉もない噂なのでしょう。

    私の姉はついこの間、都心の某中堅大学に一浪して入学しました。神代優香といいます。家から遠い大学に通うようになったのは、寮暮らしに憧れたというのが一つ目の理由で、富豪出身というレッテルから離れたいというのが二つ目の理由だそうです。昔からお金の話題に敏感で、社会の動向を、数字を使って読み取ることが好きでした。よく口癖で、「裕福な者は貧しい者に分け与えなければならない」と言っていたのが懐かしいです。

    都会の喧騒から逃れるため、と言って大学から一週間ほど帰省してきた姉は、SNSを見て素っ頓狂な声を上げました。

    ――母さんの会社の株、急に売却され始めたみたいよ。

    姉は経済学部に行っていたので詳しいのですが、そんなようなことを言ってスマホに釘付けになっていました。

    要するに、母の会社に期待をする人が一気に減っていったということです。社会情勢を鑑みても、そんなことが突然起こったことに私の疑問は尽きませんでした。突然すぎる、と思いました。

    加えて、私の盗まれた財布に入っていたクレジットカードから、お金が引き出された痕跡があることを父に指摘されました。引き出されたお金は、かなりの大金のようでした。とにかくゼロがたくさんついていたのを覚えています。

    「次こんなことがあったら、お前破門にするからな!」

    父はそう怒鳴って、私を硬い拳で殴りました。姉は私が侵されている状況に気付いていたはずですが、終始だらけた顔で一週間を過ごし、そのまま大学寮へ帰っていきました。姉が友達と電話していた会話内容から察するに、大学でも大して勉強していないのでしょう。

    私は、人質みたいなものです。

    ある日、学校から帰ってくると、母の会社が倒産したという速報が流れました(その後、経済は少しずつ大不況に陥ります)。姉によると、母の会社で社員による不正か何かが発覚したらしく、会社には予想以上の糾弾が殺到し、会社は一気に信用を失っていったとのことです。私は、母が家に帰って来ないことでだいたいを察しました。

    ――母は逃げた。

    父から、そう告げられました。

    もしかしたら、私ももうすぐ引っ越すかもしれません。もし手紙のお返事などを私に送ってくれるようなことがあれば、お返事は有難いのですが、住所が異なるために私の元に届かない可能性があります。

    私は学校で、恐ろしい話を聞いてしまいました。よく若者の政治離れが懸念されるという話を耳にしますが、若者の悪知恵がそこへ働くというのは想像を絶する恐ろしさです。

    どうやら五か月ほど前までは、私の母の会社の株を多くの人が買ってくれたようですが、株を買った投資者には私の同級生の多くが含まれていたらしいのです。彼らはSNSを通して、私の母や母の会社に関する根拠のないデマやあらぬ噂を広めていました。五か月前までは好評ばかりを広めていたのですが、突然、悪評を広めるようになりました。株を暴落させる心づもりだったのでしょう。同級生が一丸となって母の会社を倒産させようとしていたなんて、これほど恐ろしい話はありません。

    たかが同級生三十人で、この国ではそこそこ名の知れた会社を倒産させることなどできるでしょうか? 名もない人々というのは、無に等しいほど無力で、それは不可能です。一がいくつも集まればいつかは強大な力になるのでしょうが、ゼロがいくつ集まってもゼロであることに変わりはありません。

    しかし、同級生の中には、名の知れた人物が存在していました。

    彼の名前はたくやといって、ドミノか何かの世界大会で優勝経験のある立派な選手だったのです。学校の壮行会でも、柔道で全日本大会に出場予定の選手や、地方の水泳大会に初出場する予定の選手と比べて、ひと際大きく取り上げられていました。これからの逸材(可能性)を歓迎することをさぼり、完璧で汚れのない宝石を称えていることに、私は少し違和感を覚えました。それが人間の本質なのでしょう。

    みさきは彼に、ユーチューバーデビューしないかと持ち掛けたそうです。

    ――カナちゃんが動画編集のプロだから、あんたみたいなプロが動画を上げれば一気に有名人になれるよ。

    彼は内向的な性格だったので、一度は断ったらしいです。しかし熱気のあるみさきに押されるような形で、ユーチューバーデビューしました。内容は、言えません。

    とはいえ、たくやも人に褒められることに関しては人並み以上に貪欲だったようです。ユーチューバーとなったことを楽しんでいるように見えました。それに、動画編集のためにカナの家に出入りするようになり、彼とカナの距離はぐっと縮まったように思います。学校に来る彼は、日に日に笑顔を増やしていったのです。

    私はその企画自体が、みさきの策略だと後から知りました。低俗的な動画なんて見ないので、気付くのが遅れてしまったのは私に落ち度があると思います。みさきはたくやの動画の再生回数がぐんぐんと伸びていったのを節目に、たくやにこう言うように仕向けたらしいのです。

    ――神代の母親の会社を批判しろ。

    ――なんで。これそういう系の動画じゃないんだけど。

    ――もし私の言う通りにしたら、あとでがぽっと起こる大金を均等に分けてあげるよ。

    ――大金って、なんの。

    ――神代樵のに決まってんじゃん。私があいつから搾取してあげる。欲しくないの? いらないって言うなら、あんたも神代と同じだからね。

    ――分かったよ。

    たくやには、ユーチューバーとしての才能も備わっていたみたいです。動画の多くは三日で八十万回再生を突破し、SNSでも話題の的となりました。三日でそれだけ再生されたのなら、この先もかなりの人が動画を視聴することが確実視できます。私が思うに、世間は『中学生が』動画を作る、という宣伝文句に惹かれたのです。若いというだけで観察眼が冴えわたり、親心が生まれ、観たい、守りたいという欲求が起こるのは、なぜなのでしょうか。

    たくやの、私の母の会社に対する批判の動画が投稿された当初は、コメント欄に「偽善だ」とか「言わされてるんじゃないの?」という懐疑的な意見が少なからず存在していました。しかし、会社の社長の子供が同級生だとか、それに関するエピソードだとか、そういった事実をところどころに織り交ぜた動画が相次いで投稿されると、視聴者は真実の追求よりも好奇心に突き動かされるようになったようです。そこでは真偽の追求など無意味です。コメント欄には、たくやの積極的な政治参加や意見の主張を称賛する声や、「たくやは次世代の政治家だ」と無責任に将来を語る声が相次いで投稿されました。馬鹿馬鹿しいったらありません。

    みさきたちは私の母の会社を意図的に倒産させたことで、世間では異例の大儲けをしたことでしょう。投資で儲けたことについて、社会科の先生と楽しそうに話す姿も見たことがあります。

    これが、五か月ほど前の話です。

    先程からこの手紙をお読みになっているのならお気づきだと思いますが、私は同学年の誰一人からも、『安森』とは呼ばれなくなりました。既に私の名字は『神代』であるということは、学年中(もしかすると学校中)で知れ渡ってしまっているようです。学校では相変わらず、先生からは『安森』と呼ばれていましたが、授業で私が『安森』と呼ばれると、みさきが唐突に手を挙げ、「このクラスにそんな人いませーん!」と言って、同級生たちの笑いをかっさらうこともありました。また、「金持ちのどこが『安』森なんだよ、ふざけんな」と言われたこともありました。それに関しては私も同感だったので、特に傷ついたわけではありません。それなのに私が落ち込んだと思って嘲笑する彼らは、頭が空っぽなのでしょうか。

    今に始まった話ではありませんが、私は自分の心を守るかのように、彼らに同調するようになりました。

    私が突然、みさきに快くお金を盗ませる態度をとったとき、彼女は私が笑いを堪えるのに必死になるほどきょとんとしていました。みさきは私が傷つき、逃げ場を失い追い詰められていく様が見たいはずです。私が心持ちを一変させることなど、考えもしなかったでしょう。

    「あげるよ、それ。どうせ親のだし。欲しいんでしょ?」

    みさきは私から一歩後ずさり、きょろきょろとお手洗いを見渡します。私を尾行していたときの挙動とそっくりでした。

    「なんかの、罠じゃないの。私をはめようたって、無駄なんだからね!」

    打って変わってみさきは私の財布から遠ざかろうとするので、私は笑いを堪え切れませんでした。死後硬直のようにひくひくと嗤う私は、みさきをどれほど怖がらせたことでしょう。

    「臆病者。今更引き下がるのか? 今やめれば警察に通報してやる」

    ――あんた、捕まるよ。

    『警察』という第三者を用いた私の脅迫は、臆病で半端者のみさきにはかなり効いたみたいです。

    彼女は私に押し付けた財布をさっとかっさらうと、逃げ出すように走って去っていきました。

    帰り道に、尾行されることはなくなりました。彼女たちの関心は、「いかにして神代家から大金を得るか」ということに一極集中し始めたのだと思います。もちろん、この一連の事件の首謀者であるみさきにも理由はあると思いますが。私は何の行動も起こせませんでした。彼らが何か企んでいることは知っていても、彼らはまだ何も行動に起こしてはいないからです。「会社を意図的に倒産させようとしている」と訴えても、「投資しているだけじゃないか。政治に関心があるというのは素晴らしいことだ」と返されるに決まってます。あなたの、説明書じみていない説明書にも書かれていましたが、あなたの言う『ラッキー』とは、理論的に発生し得るものではなく、既に一度実現したことのもののことを言うのではないのですか?

    私は、無力でした。

    母が行方不明になって、父はより強く私に当たるようになりました。父が母の行方を探し出そうとしているのか、連絡を取っているのかどうかは知りません。父はとにかく短気に、短絡的になっていき、何か少しでもうまくいかないことがあると、すぐ私に手を上げるようになりました。私が召使いにチップを渡すのを忘れていたことが分かったときや、私が食事の際にスープの置き場所を間違えたときなど、本当に些細なことで、父は私を殴り倒したり、机をひっくり返して発狂したりしました。本当におかしな人だなと、いつの間にか父を冷静に眺められるようになった自分が、今でも信じられません。

    一か月して、母から連絡が来たということを、ぽつりぽつりと父が話し始めました。母はどうやら、浮気をして別の男に駆け落ちしたようです。顔にモザイクのかけられた男と母が、テラスのような場所で、二人で頬を寄せ合って自撮りをしている写真が、父のスマホには送られていました。母にはどういう意図があったのでしょう。

    「母さんはもう二度と、帰って来ないよ」

    父はいつもの、ぼそぼそとした口調で切り出しました。

    私は知らないふりをしました。

    「え、そうなの」

    父は物凄い殺意を込めて、母とその隣にいる顔にモザイクのかかった男を、スマホに穴が開きそうなほど見つめていました。それから、持っていたスマホを思い切り床に叩きつけました。ガラスの破片が飛び散りましたが、私は目を閉じはしませんでした。何をしても、何をされても、もう後悔はしない、物怖じはしないと決めていたからです。父が母のことをどう慕い、どう愛していたのかは分かりません。ですが、私は既に訳の分からなくなった父に同情なんてしませんでした。それよりも、私の知っている母がどこにもいなくなってしまったことに、私はショックを受けていました。

    私の知らないところで、私の知っている人たちはどんどん変わっていきました。

    そんな時見つけたのが、『異世界ポスト』です。

    異世界ポストは、学校からの帰り道、山道の端にぽつんと置かれていました。そこまで小さいものではなかったのですが、そこまで目立っていたわけでもないので、最初に視界に入ったときはスルーしようかと思いました。しかし、周りに人もおらず、『異世界ポスト』という名前にどこか惹かれたので、私は少し調べてみることにしました。

    説明書が側面に貼ってありましたね。

    ちゃんと読みましたよ。この説明書を書いた人は、おかしな理屈ばかりを並べ立てていましたが。

    私はこの手紙を書いている今でも、自分の本当の願いが何なのかはまだ分かっていません。もしかしたら、願いがないことが願いなのかもしれません。願いという空白がないということが、充実した毎日を送れている証拠だと思うのです。

    私は、そんな理想とは程遠い毎日を送っています。

    空白――つまり『穴』ですけれど、この穴が埋まっただけで、果たして人は全知全能になれるのでしょうか。

    人には、付け加えられる形で欲望という感情を持っています。足りないものがないことが幸せ、というのを聞いたことがありますか? もしそこで人の欲求が完結するのだとしたら、私の父のような人間は存在しないはずです。このことは私にとっても非常に恨めしいのですが、人は単純ではありません。プラスアルファのものを求めます。穴が満たされれば、必ずどこかに新しい穴が開きます。もぐらたたきのように、一切の手ごたえがなく、終わりのない戦いです。人は、底なし沼から抜け出せないまま、沼の中を一生泳ぎ続けるような状態で終わるのです。

    そうです、人生という物語には、終わりがないのです。だからこそ、人には扱うことのできない超常的な『死』という終止符を打たなければ、人はとどまるところを知らないのです。

    その終止符を打つ権限は、私たち人間にはありません。死後の世界だって解明されていませんし、これからも解明されないでしょう。

    だから、私は神と同等の存在にまで上り詰めます。死を操って、父や私の物語にけりをつけてやります。

    そのためには、あなたの力が必要なんです。

    日付が開きました。

    あなたの力をここで使っては、もったいない気がしていましたが、私の判断は正解でした。

    私は、召使いの監視の隙を縫ってキッチンから包丁を盗み、自分の寝室を抜け出して、寝ている父の喉元に突き刺しました。やっと家のしがらみから自由になれたんだ、と思いました。母の会社と父はまったく関係がなかったのですが、私の人生の中で一番、最高の報復!

    ――まだ、私の人生が豊かになるには足りませんでした。経済的にではなく、精神的に、です。私の欲求が新たに増えたわけではありません。開きすぎた穴ですかすかになって、私は人間としての中身がない屍のように生きています。早くしないと、自滅してしまいそうだったのです。

    ――何が『安森』だよ。自分は易々とブランド物を買うくせに、私が買うと激怒するのはなんでだよ。

    死体に、私はそう吐き捨てました。包丁を持っている手に温かい血液が滴り、これが父の無念だと思うと、すごく気持ちよかったです。

    丁寧に私の制服についた返り血を洗い、包丁に付着した血を流し、その日、太陽が昇らないうちに、私は神代家を出ていきました。もう二度と帰って来ないと思うと清々します。一度も振り返りませんでした。

    いつもの山道からバス停へ一時間かけて降りたのち、バスで学校を通り越し、終点まで乗り続けました。生きている実感がすごく心地よくて、バスの少し乱暴な運転も、朝早くからバスの中でやかましく議論する私立の高校生たちも、この日はすんなりと受け入れ、身を任せることができました。

    しかし、私はまだ、戦いを終えたわけではありません。

    きっと朝には召使いが父の死体に気づいて、警察に通報するでしょう。もしくは、社会への影響を恐れて、探偵を雇って家の中で区切りをつけるつもりかもしれません。私は証拠隠滅などという矛盾した臆病なことはしていないので、指紋なんかを調べたら、私が犯人だと特定できるかもしれません。父の暗い寝室に入ったときにドアノブを素手で触りましたし、暗い部屋で布団に躓いて手をついたのですから。そうでなくとも、私の異変に気付いている人は少なからずいるはずなので、事情聴取から私を割り出せるかもしれません。

    とにかく、私は、父が私にしてきたこと、みさきが私にしてきたこと、この家に生まれたこと、すべてが許せないのです。絶対に、死んでもなお、彼らを許すことはありません。

    そこで、お願いがあります。

    私のために、どうか――神代家を、人々の記憶から消し去ってください。

    そうすれば、たくやのアップロードした動画もすべて戯言だと受け止められますし、神代家は骨抜き状態となり、私の世間的な体裁も守られます。私はこんな酷いことをしたにもかかわらず、私が無実だと、誰もが認めてくれるのです。

    私は、自分のしていることに確信を持っています。

    父の銀行口座からお金をすべて下ろし出し、財産をすべて(可能な限り)売り払い、得られたお金はすべて、慈善団体に寄付しました。世界中の子供たちを、紛争や飢餓、人身売買、児童労働、虐待から救おうと奮闘している非政府組織――もしかしたら、あなたの世界にも似た組織があるかもしれません――に、です。あなたはこの手紙が抽選制で、優先度が高いものを採用すると言っていましたが、私のしていることは、とても良心的で、あなたの言う『優先度』に敵うものだと思います。持つ者が持たない者を支援する。私はそれを実現して見せました。総額百兆円以上。国家予算にも引けを取らない額ですよね。私はこの、歴史的にも最高額かもしれない巨額の寄付で、貧しい子供たちを何百人、何千人と救いました。それなのに、私はそう遠くないうちに、殺人罪で逮捕されます。私は何か、悪いことをしましたか?

    もしもあなたが『神代家』の記憶を人々から奪ってくれれば、私は裁かれずに済むのです。もしあなたが私の正義の心を認めてくださるのなら、駆け引きとして妥当だと思いませんか?

    この手紙の内容は、コピーして大事に取っておきたいと思います。また、このポストが消えたとき、私はこの夢が叶ったものとして、世間と接することにします。

    それでは、


    神代優香


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    うつ病、ASD、てんかんを持つ文学部の大学生。生きがいは小説を書くこと。 こんな記事を書いています:  ・自作の短編SF小説  ・科学の豆知識  ・小説の書き方  ・うつ病や生きづらさの体験談・知識  ・本、映画、アニメなどのレビュー

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