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Photo bymirecat

【ピリカ文庫】 善悪の箱

    誰でも出来る簡単なお仕事です。
    経験不問。在宅ワーク。軽作業。
    週1 / 日給30000円 / 1名募集

    【お問い合わせ先】
    ノアコーポレーション(株)
    TEL: 075-〇‪✕‬………………


    大学の学生相談室ガクソーに貼り出された1枚の求人票に、おれの目は釘付けになった。

    (うそやろ……!!  あまりに好条件すぎる……これは当たりか?  それとも地雷やろか。いや、でもガクソーで地雷案件はありえへんか。きっと大学の審査的なものも通ってるはずやもんな。)


    予想もしていなかった掘り出し物を見つけて、脳内がにわかに騒がしくなる。

    まわりを見渡してみたが、他の学生は誰もこの求人に気付いていないようだ。

    とにかく電話してみることにした。怪しければやめればいい。


    「あのぅ、一角純いっかくじゅんと言います。大学の学生相談所で求人見ました」

    電話をかけると、くぐもった声の男が出た。

    「お電話ありがとうございます。ちなみにどちらの大学ですか?」

    「京大です」

    「あぁ、京都大学さんですか。いつもお世話になってるんです。あそこの学生さん、なんやかやで頑張ってくれはるから」

    とにかく1回やってみて、続けられそうなら先も考えてほしい、ということになった。

    電話の最後に「なんでこんなに条件いいんですか?」と聞くと「それは企業秘密です」とはぐらかされた。


    ◇◇◇


    1週間後、アパートに小さなダンボールが届いた。
    送り主は例の会社だ。

    ノアコーポレーション──あの後、念の為ググってみたが、意外に同じ名前の会社が沢山ヒットして、どのノアなのかハッキリしなかった。

    箱を開けると中には書類がドサッと入っている。
    1番上に乗っている紙が説明書みたいだ。

    書かれている内容は以下の通り。

    ・まずは、同封されている参考書類をよく読んでください。
    ・その上で、対象者が善人と思ったら「右」と書かれた箱に、悪人と思ったら「左」と書かれた箱に、対象者の名前が書かれたカードを入れてください。
    ・あなたの倫理観に照らし合わせて正しく善悪を判断してください。
    ・ここで知った内容は決して口外しないで下さい。
    ・指示に従わない場合、しかるべきペナルティが下ります。

    ペナルティは気になるが、まずは書類を読んでみることにした。

    黒いクリップで留められた書類を1束取り出すと、ずっしり重い。書類と一緒にクリップに挟まれたカードには、「スズキヨシオ」とある。

    なるほどね。これを全部読むのは確かに時間がかかりそうやな。

    と、ここで、電話口の男の声が思い出された。「京大生はがんばってくれる」と言っていたけど、これだけ沢山の書類だ。確かに読まずに終わらせる人もいるだろう。その点、京大生にはクソマジメな人間も多い。

    分厚い書類にはスズキヨシオの情報がぎっしりと書かれていた。

    前半は、スズキヨシオの最近の行動について。要約すると、勤務先の会社の金を横領したらしい。


    (え……こんなん、犯罪やん。悪人で決定やん)


    さらに読み進めると、スズキヨシオの家庭環境について書かれていた。

    彼には一人娘がいて、生まれた時から重病で莫大な治療費がかかっていたらしい。ある時、症状が悪化して、手術をしないと助からないと医師に告げられた。でもそのお金がない……経理課に勤めるスズキヨシオは魔が差して会社の金に手をつけたのだった。


    ──さぁ、スズキヨシオは善人か、悪人か?


    (おぉ、これは悩ましい。めっちゃ辛い状況やん。でも、横領はしたらあかんやろ……。主観で良いっていうことやったし、ここはやっぱり悪人で……!)


    おれは悩みながらも左の箱、つまり悪人の箱にスズキヨシオのカードを入れた。


    あと2人もいるなんて。これはなかなか骨が折れる仕事だ。


    初日は3人のカードを入れて終了となった。
    指定通り、もとのダンボール箱に資料とカードの入った箱を入れて返送する。ちょっと大変だったが、これで3万円。まぁ悪くない。



    ◇◇◇


    初めての仕事ぶりは悪くなかったようだ。
    1週間後にはノアコーポレーションから2回目のダンボールが送られてきた。


    送られてくる人物はいずれも何らかの罪を犯している。

    飲酒運転で子供を轢いた男。
    高齢者を相手に詐欺で稼いでいる男。
    好意があると見せかけて複数の男から沢山貢がせている女。


    それぞれに事情はあるようだが、かといって罪を犯していい訳はない。


    おれは丁寧に書類を読み込んで、多少迷いはするものの、納得のいく方の箱にカードを入れた。

    左、左、また左。


    どうやら、この世には悪人が多すぎる。

    それから何回か仕事をこなしていたが、ある日送られてきた名前を見てギョッとした。

    テンドウマモル。大学生。


    おれはこの名前を知っている。

    同じ大学のクラスメイトの天童衛まもる。単なる同姓同名かと思ったが、書類に書かれている背景情報を見て確信した。これはあの天童だ。


    天童は地元でも有名人だ。市会議員の息子で、頭脳明晰、ルックスも良くておまけに性格も良い。全てを持って生まれたのに、決して偉ぶらない。おれみたいなモブにも優しく笑顔で接してくれる。


    書類に書かれているテンドウの罪は──売春斡旋。

    繁華街でたむろしている女子高生に金をばらまいて集めてきては、若い女の子を求める男たちに引き合せる。理由は金ではなくてストレス発散。

    テンドウにおもちゃにされた女子高生たちの事を思うと吐き気がしてきた。取り立てて酌量しゃくりょうすべき事情も書かれていない。こんなの黒だ。真っ黒な悪人だ。

    おれは汚いものを触るかのように指先で「テンドウマモル」のカードをつまんで、ひょいと左の箱に捨てた。



    3日後、おれは大学で奇妙な噂を聞いた。

    「天童見た?」
    「ゼミのLINE抜けてんで」
    「大学辞めたらしいで」
    「ガチで行方不明らしい」
    「親父さん警察にまで動いてもらってるて」


    実際、天童の姿は見なくなった。


    それまでは、カードに書かれたカタカナの名前を見ても、生身の人間だという実感がなくて、どこか架空の存在のように感じていた。

    だがしかし、テンドウのカードを左に入れたことと、天童が失踪したことは、やはり無関係とは思えなかった。



    ◇◇◇



    テンドウの1件があって、次の仕事はキャンセルした。これまで自分がしてきたことは、もしかしたら誰かの人生を終わらせる手伝いをしていたのかもしれない。そう思うと、言い知れぬ昏くらい気持ちになって、なんだか自分が酷く恐ろしい存在に思えるのだった。



    それでも、喉元過ぎればなんとやらで、1ヶ月もすると3万円の誘惑がぐらぐらと心を揺さぶるのだった。

    (おれ一人の判断で決めへんよな。他にも同じ仕事してるやつ、おるはずや)

    自分一人の責任ではない──都合よくそんな解釈をして、気がつくと新しい仕事を受注していたのだった。


    無理やり自分の気持ちにフタをしただけだったので、家に届いたダンボールを見ると、またなんとも言えない罪悪感がおそってくる。


    気が付くと無意識にダンボールのフタを開けていた。薄暗い罪悪感と一緒に入っていた書類に目を落とすと、またそこには知っている名前があって、はっと我に返る。


    ハスミキョウカ。大学生。


    やはり彼女もクラスメイトだ。そして蓮見はすみさんはおれが密かに想いを寄せている人でもある。

    (冗談であってくれ……!)

    心の中で念じながら書類を読み進めた。

    ──彼女は奥さんのいる男と不倫をしているらしい。

    蓮見さんはいつも笑顔で周りを明るくするような人だ。大学でも女子たちとワイワイ楽しそうにしていて、男が近寄る気配なんてない。小柄で柔らかい雰囲気からは不倫なんて全く想像できない。

    (蓮見さんが不倫? ありえへん。情報が間違ってるんちゃうか。そもそも不倫は犯罪でもない。悪人のはずない……いや、“そうであってほしくない”だけか)

    信じたくない現実から目を背けるように、おれは碌に書類を読むこともせず、ハスミキョウカのカードを右の箱、善人の箱に入れた。


    ◇◇◇


    次の日大学で元気そうにしている蓮見さんを見て、ほっと胸を撫で下ろした。

    念の為、蓮見さんに変化がないか毎日確認していたが、特に変わったことは無い。

    退屈な講義。友人たちとの他愛のない会話。
    いつもと変わらない毎日が過ぎる。



    そして1週間後、新しいダンボールが届いた。
    いつもはずっしり重いのに、今日の箱は比較的軽い。


    不思議に思いながら箱を開けると、一束だけ書類が入っていた。


    1番上のカードを見て愕然とする。




    そこにあったのは、よく知っている名前だった。


    ──イッカクジュン。これは間違いなくおれだ。


    急激に全身がからっからになって、息が吸えない感覚に陥る。震える手で書類を必死にめくって文字を追いかけた。おれの犯した罪──それは、悪意を持って、悪人を善人と判断したこと。



    最後の一文を見て、ばさりと書類が床に落ちる。



    ──正しい倫理観を持たないものは、この先生きる価値がない。判定は「左」だ。



    最初からおれも、選別の対象だったのだ。







    (本文3605字)



    【あとがき】

    今回、大変光栄なことなのですが、豆島圭さんからピリカ文庫に収録する短編のオファーをいただきました。

    ピリカグランプリにエントリーしたのが1年前。
    当時は雲の上の人だった豆島さん。勿論、今もその感覚は変わらないのですけど、こうして直接お話をいただけるようになって、この1年のnoteでの活動を肯定いただけたような気持ちで大変嬉しく思います。

    テーマは「左右」。

    マイトンさんの好きなように書いて、と言われて真っ先に浮かんだのがこの話でした。

    選ぶ立場が一転、選ばれる立場だった、という構図は決して目新しいものでは無いかもしれません。

    それでも、私がショートショートを書く上でずっと心に残っている作品はナイト・シャマランの『シックスセンス』なのです。あのラストで覚えた衝撃と興奮。それを今回ピリカ文庫という貴重な機会で表現したくて、このようなオチにしました。

    豆島さん的には、コメディを予想されていたのだと思いますが、どちらかというとこういうテイストが好きです。期待を裏切っていたらすみません😅

    すまいるスパイスの皆様、初めましての方も多いのですけど、朗読して耳からも楽しめるなんて夢のようです。ありがとうございます✨️どうぞよろしくお願いします。

    そして、最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました☺️心から感謝🥰




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    ティッシュ字検定TWE師範 | 岩男を笑わせろ杯特別賞 | モノカキングダム2024優勝 | 第六回灯火杯 変態道でも祝っちゃうで賞 | 京大薬博士の読むサプリ| #なんのはなしですかを文芸ジャンルにする |

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