
職人さんと雑談しているように見える仕事
「あの人たち、また職人さんとしゃべってるね」
現場事務所の窓から見れば、たぶんそう見える。
写真担当のお姉さんたちは、職人さんと楽しそうに話している。
ゲーセンで取ったお菓子を配ったり、ジュースをもらったり、46歳の鉄筋工さんを「おにーちゃん」と呼んだりしている。
遠目には、ずいぶん気楽な仕事に見えるかもしれない。
でも、実際は少し違う。
「おにーちゃん、今日はどこまでいくの?」
その一言は雑談に聞こえる。
だけど、その返事で配筋写真を撮るタイミングが決まる。
どのエリアが先に閉まるのか。
型枠はいつ返すのか。
スラブ前の梁幅写真はどこで撮れるのか。
工程表には載っていない、生きた情報がそこにある。
会議室で一時間かけて共有されることが、喫煙所で三分で終わることもある。
現場でよく見かけるのは、職人さんと楽しそうに話している人を見て、
「あの人は愛されキャラだから」
で片付けてしまうことだ。
たしかにそういう一面はある。
現場の人たちは思った以上に面倒見がいい。
若い監督も、写真担当も、新人職人も、最初はだいたい可愛がられる。
「そこ危ないぞ」
「今なら撮れるぞ」
「それはこうだ」
と教えてもらえる。
だから最初はみんな愛されキャラだ。
でも、そのあとに少しだけ分かれ道がある。
「俺、愛されキャラだから」
で終わる人がいる。
わからないことがあれば誰かが教えてくれる。
困れば誰かが助けてくれる。
だから自分から覚えようとしない。
一方で、
「今のうちに聞いておこう」
と思う人もいる。
配筋写真を撮るタイミング。
型枠を返す順番。
職長ごとの仕事の進め方。
職人さんとの雑談の中で、少しずつ持ち帰っていく。
写真担当のお姉さんたちは、たぶん後者だ。
いつも楽しそうに見える。
お菓子を配り合い、ゲーセンで取った景品を分け合い、「昨日食べ過ぎちゃった」と笑っている。
でも、誰かが休むとなれば話は別だ。
「じゃあ私が現場回る」
「その写真は私が撮る」
「まとめはできないけど撮影ならできる」
「配筋は不慣れだけど検査対応ならできる」
返事が早い。
できることと、できないことを全員が知っている。
だからフォローも早い。
写真台帳を作るシステムを途中で移行してしまったので、写真の整理は一人でないとできないものもある。
でも、その人が休んでも写真は撮れる。
配筋写真が苦手でも、検査や搬入写真なら撮れる。
新規入場は覚える気がないけれど、ダンプの写真なら撮れる。
誰が何をできるのか。
何ができないのか。
それを隠さない。
だから動きが速い。
待ち時間には場内清掃をしている。
鉄筋屋さんが落とした切子を拾っている。
次の撮影までスマホを見ているわけではない。
でも、そういう姿は案外目立たない。
目立つのは、職人さんと笑いながら話している姿の方だ。
だから誤解される。
「あの人たち、遊んでるよね」
そう見えることもあるだろう。
でも実際には、雑談の中で工程を確認し、撮影の段取りを組み、現場の空気を読んでいる。
遊んでいるように見える仕事。
それが案外、現場を支えている。
以前、その人たちが別のフロアへ移ったとき、残された人が言った。
「花が消えたな」
その言葉が妙に印象に残っている。
たぶん、花というのは賑やかさのことではない。
そこにいるだけで空気を少し柔らかくする人のことだ。
移動するとき、所長も笑いながら言った。
「お菓子食べにくかったら、戻ってきて食べていいよ」
もちろん冗談だ。
でも、その冗談には少しだけ本音が混じっていたように思う。
職人さんと笑いながら話している。
お菓子を配っている。
ジュースをもらって喜んでいる。
遠目には、遊んでいるように見えるかもしれない。
でもその裏では、工程を確認し、撮影の段取りを組み、現場を回している。
可愛がられている間に学び、雑談の中で仕事を進めている。
現場には、そういう人たちがいる。
そして、その人たちがいなくなったとき、みんな少しだけ寂しそうな顔をする。
だからきっと、あれは仕事だったのだと思う。