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PART1  『剣ず魔法の囜・3泊4日 癒しの旅


たえがき


長幎勀めた䌚瀟を蟞めた40代・䜓重90キロのおじさんが、
有り䜙る時間を持お䜙し、ふらりず立ち寄った旅行代理店で
『剣ず魔法の䞖界 3泊4日』の異䞖界ツアヌに申し蟌む。

異䞖界モノだけど、チヌト胜力や特別な䜿呜は䞀切ない。
そこに埅っおいたのは、鞍のない飛竜による絶望的な股擊れ、
ゎムタむダのように硬い肉、そしお泥氎味のポヌションだった。

珟代の䟿利さに慣れすぎた䞭幎の肉䜓が、
ひたすら異䞖界の理䞍尜な環境に打ちのめされ、
「アスファルト」やお手軜な「錠剀の薬」、
スマホ䞀぀で届く「宅配ピザ」の異垞な快適さを痛感しおいく。

息苊しい瀟䌚から逃げ出した先でおじさんが䜓隓する、
異䞖界の過酷なリアルをお楜しみください。



第1話『90キロの億り人ず、路地裏の異䞖界ツヌリスト』

人生のタヌニングポむントずいうのは、思いもよらない角床から、しかも信じられないほど間の抜けたタむミングでやっおくる。

40代埌半、独身、䜓重90キロ。 健康蚺断の数倀は幎々右肩䞊がりだが、䌚瀟での評䟡はみごずに右肩䞋がりだった。ある日、䞊叞から個宀に呌ばれ、「来期からは、ちょっず君ぞの期埅倀を倉えさせおもらう。぀たり、お絊料は毎幎少しず぀䞋がっおいくコヌスになるんだけど  」ず、オブラヌトを50枚くらい重ねたような事実䞊の戊力倖通告を受けた。

普通のサラリヌマンなら、ここで目の前が真っ暗になるのだろう。 しかし、たさにその時だった。私の巊腕で、スマヌトりォッチが「ブブッ」ず陜気なリズムで振動した。 ちらりず芖線を萜ずすず、小さな液晶画面に、元気なキャラクタヌのアむコンず共にポップな文字が光っおいた。

『長時間座りっぱなしです 立ち䞊がっお、軜くストレッチしたしょう』

信じられないほど、間抜けなタむミングだった。 目の前の男が「君の䌚瀟でのポゞションはもう䞋がる䞀方だ」ずこの䞖の終わりのような顔で語っおいるたさにその瞬間に、私の手銖の機械は「さあ、立ち䞊がっお次のアクションを」ず無邪気に促しおきおいるのだ。

私はふっず息を吐き、そのアラヌトの指瀺に埓うようにスッず背筋を䌞ばすず、静かに「あ、じゃあ蟞めたす」ず即答した。 䞊叞が「えっ」ず鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたのを、今でも芚えおいる。

別に自暎自棄になったわけではない。 実は私、いわゆる「億り人」になっおいたのだ。

ず蚀っおも、私に先芋の明があったわけでも、血のにじむような䌁業分析をしたわけでもない。数幎前、深倜のテンションでSNSを眺めおいたずき、芋ず知らずのアむコンが呟いおいた「これからは半導䜓ずAIがダバい」ずいう情報だけを鵜呑みにし、貯金を党額突っ蟌んでそのたた攟眮しおいただけである。 ぀たり、私の唯䞀の才胜は「ネットの情報を疑わないピュアな心」だった。それが運よく倧化けし、䞀生遊んで暮らせるだけの残高が蚌刞口座に鎮座しおいたのである。

こうしお私は、晎れお「有り䜙る時間ず金を持お䜙した、ただの倪ったおじさん」になった。

退職しお最初の火曜日。 昌の11時に起き、パゞャマのたた麊茶を飲みながら、「よし、海倖旅行にでも行くか」ず思い立った。ハワむでパンケヌキを食べるガラではない。台湟あたりで、ひたすら角煮でも食べ歩こう。

私は着替えお街に出たが、駅前にある倧手旅行代理店のガラス匵りの店舗は、どうにも眩しすぎた。パンフレットを眺めるキラキラした女子倧生や老倫婊の䞭に、平日の昌間から90キロの無職が玛れ蟌むのは、どうにも居心地が悪い。

路地裏をぶらぶら歩いおいるず、雑居ビルの2階に「ツノダ・ツヌリスト」ずいう叀がけた看板を芋぀けた。 階段には、湿った段ボヌルず、昭和の喫茶店に染み付いたダニのような匂いが挂っおいる。ここなら、私のような日陰の人間でも受け入れおくれそうだった。

ギィ、ず鳎る重いアルミのドアを開けるず、60代くらいの、癜髪亀じりでひどく猫背の店䞻が、新聞から顔を䞊げた。

「  いらっしゃい。どこか、行きたいずころでも」 「あ、いや。䞀人で、ちょっずのんびりできる海倖ずか、どうかなず思いたしお。台湟ずか  」

店䞻は私の党身をゞロリず䞊から䞋たで舐め回すように芋た。 「お客さん、最近仕事蟞めたでしょ」 「えっ、わかりたすか」 「わかるよ。その、時間だけが無限にあるみたいな、独特の気の抜け方ね。  台湟もいいけど、スマホばっかり芋ちゃうでしょ。もっずこう、完党に日垞から切り離された『海倖』、行っおみない」

そう蚀っお圌がカりンタヌの䞋からゎ゜ゎ゜ず取り出したのは、わら半玙のように分厚くおザラザラした、手曞きのパンフレットだった。

『剣ず魔法の囜・3泊4日 癒しの旅※ポヌションは䞍味いので泚意』

「  なんですか、これ。テヌマパヌクか䜕かのツアヌですか」 「たあ、䌌たようなもんよ。ネットも繋がらないし、蚀葉も通じないけど、空気だけは無駄に矎味い。お客さんみたいに、ちょっず人生䌑みたい人にはピッタリの堎所だよ」

私は、店䞻が淹れおくれた、ほのかに埃っぜい味がするぬるいお茶をすすりながら、そのパンフレットを眺めた。 どうせ暇なのだ。VR斜蚭か、あるいはそういうコンセプチュアルな村萜テヌマパヌクに行くのも悪くない。億り人になったのだ、少しばかりの散財はバチが圓たらないだろう。

「じゃあ、これで」 私はクレゞットカヌドを出そうずしたが、店䞻は「うちは珟金か、金貚だけなんだわ」ず笑った。

手続きを終えるず、店䞻は「じゃあ、お気を぀けお」ず、事務所の奥にある、トむレに続くような薄汚れた朚のドアを指差した。

「ここから行くんですか」 「そうそう。ドアノブ、ちょっず匷めに回しおね」

私は疑心暗鬌になりながら、そのドアを開けた。 おっきり、裏口からマむクロバスにでも乗せられるのだず思っおいた。

しかし、䞀歩足を螏み出した瞬間。 雑居ビルのカビ臭さは䞀瞬で消え去り、代わりに、也いた土の匂いず、どこかで獣が鳎く甲高い声、そしお、肌をゞリゞリず焊がすような匷烈な倪陜の光が、私を包み蟌んだ。

振り返るず、そこにあるはずの「ツノダ・ツヌリスト」の薄汚れたドアは跡圢もなく消えおおり、芋枡す限りの芋知らぬ草原が広がっおいた。

「  マゞか」

私が異䞖界旅行の垞連になったのは、この日がすべおの始たりだった。 私の手には、スマホず財垃、そしお、あの埃っぜい旅行代理店で枡された「わら半玙のパンフレット」だけが握りしめられおいた。

第2話『憧れの骚付き肉ず、私のセラミック差し歯』

「ツノダ・ツヌリスト」の裏口のドアを抜けた先の草原で、私はたず、激しい「股擊れたたづれ」の危機に盎面しおいた。

わら半玙のパンフレットには、手曞きのゆるい字で『最寄りの王郜ルンたで、歩いおすぐ♪』ず曞かれおいた。しかし、異䞖界人の「すぐ」は信甚しおはいけない。圌らの健脚ず、スマホの歩数蚈が1日平均800歩しかカりントしない私の足ずでは、基瀎スペックが違いすぎるのだ。

ゞリゞリず照り぀ける倪陜の䞋、90キロの巚䜓を揺らしお歩くこず小䞀時間。 スりェットパンツの䞭で倪もも同士が情赊なく擊れ合い、摩擊熱で火が぀きそうになった頃、ようやく石造りの巚倧な街䞊みが芋えおきた。

王郜の門をくぐり、私が真っ先に向かったのは酒堎だった。 魔王の噂を集めるためでも、仲間を探すためでもない。シンプルに、喉がカラカラで腹が枛っおいたからだ。異䞖界の情緒を味わう前に、たずは己の生呜維持を優先しなければならない。孀独な無職の腹の虫は、ファンタゞヌ䞖界でも容赊なく鳎る。

倧通りから䞀本入った路地裏に、いかにも「冒険者が集たりそうな酒堎」があった。 重たい暫の朚のドアを䞡手でギィッず抌し開ける。

その瞬間、錻腔をぶん殎っおきたのは、ツンずした酞っぱい゚ヌルの匂いず、獣の脂が焊げた匂い、そしお「毎日お颚呂に入る習慣がない屈匷な倧人たち」の、むせ返るような䜓臭だった。 薄暗い店内では、剣を背負った男たちが䞞倪のテヌブルを囲んで隒いでいる。日本の居酒屋チェヌンのように「いらっしゃいたせヌ」ず元気な声が響くわけもなく、店䞻らしきスキンヘッドの倧男が、顎で空いおいる垭をしゃくっただけだった。

私は、座るずお尻が痛くなるゎツゎツした朚の怅子に腰を䞋ろした。 メニュヌはない。呚りの客が食べおいるものを指差しお、店䞻に「あれず同じものを」ずゞェスチャヌで䌝えた。

やがお、ドンッず乱暎な音ずずもに私の前に眮かれたのは、朚のゞョッキになみなみず泚がれた濁った゚ヌルず、倧きなお皿に乗った「巚倧な骚付き肉」だった。

おお、これだ。これぞ異䞖界。 アニメや挫画で䞻人公たちが豪快に噛みちぎる、あの「マンガ肉」である。 億り人になっおからずいうもの、六本朚の高玚焌肉や、銀座の回らない寿叞も食べたが、この原始的なビゞュアルの暎力には敵わない。私の脳内で、野生のスむッチがカチッず入った。

たずぱヌルで喉を最す。 朚のゞョッキはふちがささくれ立っおいお、唇にトゲが刺さらないかヒダヒダした。おたけに垞枩だ。日本のキンキンに冷えた生ビヌルがいかに奇跡の飲み物であるかを痛感し぀぀、私は本呜の「骚付き肉」を䞡手でわしづかみにした。

ずっしりず重い。肉汁が指を䌝う。 私は意を決しお、分厚い肉の塊にガブリず食らい぀いた。

  硬い。

なんだこれは。叀くなったゎムタむダを噛んでいるのか いや、違う。ゎムタむダのほうがただ噛み切りやすいかもしれない。圧倒的な匟力が、私の顎を力䞀杯抌し返しおくるのだ。

「フンギィィィ  ッ」

私は銖を振り、犬がおもちゃを振り回すようにしお肉を匕きちぎろうずした。 しかし、肉の繊維は匷靭だった。噛めば噛むほど、血抜きが甘いのか、野生の獣特有の匷烈な臭みが口の䞭に広がっおいく。

そしお、その死闘の最䞭、私の脳裏に「ある恐怖」がよぎった。

埅およ  これ、右䞊のセラミックの差し歯、取れるんじゃないか  

䞀昚幎の冬、歯医者で12䞇円払っお入れた、私の倧切なセラミック。 もしこんな異䞖界の片田舎で差し歯がポロリず取れおしたったら、どうなる 治癒魔法で歯は生えるのか いや、無理だろう。そもそも、蚀葉も通じないこの街で「歯医者を教えおください」ずどうやっお䌝えるずいうのだ。

私はスッず冷静になった。 12䞇円のセラミックを、この埗䜓の知れないゎム肉ず匕き換えにするわけにはいかない。

私は肉からそっず口を離し、骚付き肉をお皿に戻した。 そしお、肉の暪にコロンず添えられおいた、ただの「塩茹でした芋」をフォヌクで刺した。

ホクホクずした芋を口に入れた瞬間、玠朎な塩味ず柔らかさが、疲れ切った私の顎ず心にじんわりず染み枡った。矎味い。涙が出るほど矎味い。異䞖界の芋、最高だ。ありがずう、蟲家の人。

呚りでは、冒険者たちが豪快に肉を噛みちぎりながら、ゞョッキを打ち鳎らしおいる。 その隒隒しい喧隒の䞭で、私はただ䞀人、90キロの巚䜓を䞞め、リスのように前歯だけで少しず぀、少しず぀、芋を削るように食べおいた。

異䞖界の掗瀌は、魔物でも魔法でもない。 「圧倒的な顎の筋力䞍足」ずいう、残酷なたでの老いの珟実であった。

第3話『干し草のベッドず、無愛想なおかみの足湯』

塩茹での芋でどうにか胃袋を満たした私は、酒堎の二階にある宿屋に郚屋を取った。 ツノダ・ツヌリストで䞡替しおきた、チョコレヌトの銀玙みたいな分厚い銀貚を䞀枚枡すず、恰幅のいい、そしお無愛想なおかみが無蚀で朚補の鍵を枡しおくれた。

案内された郚屋ぞ向かう階段は、日本の建築基準法なら䞀発でアりトになるほど急募配だった。90キロの巚䜓が䞀段登るたびに、階段が「ギィィ  ッ」ず悲鳎を䞊げる。床を螏み抜いお䞀階の酒堎に萜䞋するのではないかず冷やや汗をかきながら、私はようやく自分の郚屋にたどり着いた。

ガチャリず扉を開ける。 四畳半ほどの薄暗い郚屋には、小さな䞞窓ず、ポツンず眮かれたベッドがひず぀。

私は重いリュックを䞋ろし、ベッドに腰掛けた。 「バシャッ」 鈍い音がしお、お尻の䞋で䜕かが朰れる感觊があった。

マットレスではない。麻袋の䞭に、倧量の「干し草」が詰め蟌たれおいるのだ。 暪になっおみるず、背䞭のあちこちに硬い茎のようなものがチクチクず刺さる。おたけに、長幎いろんな旅人が染み蟌たせおきたであろう、汗ずホコリの匂いがうっすらず挂っおきた。 シモンズのふかふかなベッドに慣れきった珟代の四十代にずっお、これはもはや「寝床」ではなく「修行堎」である。

さらに悪いこずに、倜になるず石造りの郚屋は急激に冷え蟌んだ。 䞞窓の隙間から、容赊なく隙間颚が吹き蟌んでくる。私はナニクロのノヌカラヌゞャケットのゞッパヌを䞊たで䞊げ、リュックを抱きしめるようにしお䞞くなった。

寒い。そしお、痛い。 今日䞀日、舗装されおいないデコボコの土の道を歩き回ったツケが、今になっお䞀気にやっおきたのだ。ふくらはぎはパンパンに腫れ䞊がり、膝の関節は熱を持っおいる。

  なんで俺、異䞖界なんお来ちゃったんだろう

薄暗い郚屋の䞭で、私はふず我に返った。 億り人になっお、時間が有り䜙っおいたずはいえ、おずなしく熱海の枩泉旅通にでも行っおいれば、今頃は畳の䞊でフカフカの垃団に包たれおいただろう。 こんな干し草の䞊で、寒さず関節痛に震えおいるなんお、滑皜すぎる。

その時だった。 コンコン、ず控えめなノックの音がしお、扉が開いた。

立っおいたのは、先ほどの無愛想なおかみだった。 圌女の腕には、私のような巚䜓でもすっぜり包めそうな、巚倧で分厚い「獣の毛皮」が抱えられおいる。さらに、その足元には、湯気を立おる倧きな朚の桶があった。

おかみはズカズカず郚屋に入っおくるず、私が寝おいる干し草のベッドの䞊に、バサリず毛皮を投げかけた。 「うわっ  」

思わず声が出た。その毛皮、ものすごく「獣の匂い」がしたのだ。雚の日の倧型犬を、さらに䞉日ほど颚呂に入れなかったような匷烈な匂い。しかし、それず同時に、ものすごい重みず「枩かさ」が私を包み蟌んだ。

おかみは私の顔など芋ず、今床は足元の朚の桶を指差し、䜕かを短く呟いた。 蚀葉はわからない。しかし、圌女の芖線は私の「パンパンに匵ったふくらはぎ」に向いおいた。

私は促されるたた、ベッドに腰掛け、靎䞋を脱いでその桶に足を入れた。 「あ  っ、はあぁぁ  」

思わず、だらしない声が挏れた。 桶の䞭には、ただのお湯ではなく、青い葉っぱのようなものが浮かんでいた。それが薬草なのか䜕なのかはわからないが、ゞンゞンず痛んでいた足先に、熱いお湯が染み枡っおいく。 凍えおいた血流が、䞀気に党身を巡り始めるのがわかった。極楜だ。

私が攟心状態でお湯に浞かっおいるず、おかみは少しだけ満足そうに錻を鳎らした。 そしお、郚屋を出お行こうずする圌女の背䞭に向かっお、私は思わず声をかけた。

「あ、あの  ありがずう」

圓然、日本語だ。通じるはずもない。 しかし、おかみは足を止め、振り返っお私の顔を芋た。 そしお、チェックむンの時には芋せなかった、深く刻たれたシワをくちゃくちゃに折りたたむような、ずおも優しくお枩かい笑顔を芋せた。圌女はこくりず䞀぀頷き、静かに扉を閉めた。

䞀人になった郚屋で、私はポカポカになった足を桶から出し、手ぬぐいで拭いた。

ベッドに朜り蟌み、あの重たい毛皮を被る。 盞倉わらず、雚の日の倧型犬の匂いは匷烈だった。背䞭の干し草もチクチクする。 だけど、䞍思議ず嫌な気分ではなかった。

蚀葉も通じない、名前も知らない異䞖界のおばちゃんが、足を匕きずっお階段を登る倪ったおじさんのために、わざわざお湯を沞かし、重い毛皮を運んできおくれた。 その事実が、冷え切っおいた私の心を、お湯よりもずっず熱く枩めおくれおいた。

「  異䞖界も、悪くないな」

私は倧型犬の匂いに包たれながら、い぀の間にか深い眠りに萜ちおいた。 その倜は、䞀床も目を芚たすこずはなかった。

第4話『オプショナルツアヌず、ドブの匂いがするスラむム』

あの獣臭くも枩かい毛皮のおかげで、昚晩は泥のように眠るこずができた。 翌朝、足の痛みもすっかり匕いおいた私は、すこぶる機嫌が良かった。億り人特有の「心ず懐の䜙裕」ずいうや぀が、私を少しだけアクティブな気分にさせおいた。

せっかく異䞖界に来たのだ。芳光名所を巡るだけでなく、少しは「それらしいアクティビティ」も䜓隓しおおきたい。ハワむに行ったらりミガメず泳ぐツアヌに参加するように、異䞖界に来たらやはり「魔物狩り」だろう。

私は倧通りにある冒険者ギルドぞ向かった。 そこは屈匷な男たちのむせ返るような䜓臭に満ちた、たるで区圹所の窓口のような堎所だった。蚀葉は通じないが、パンフレットの挿絵ず身振り手振り、そしお銀貚数枚の力で、なんずか「初心者向けスラむム蚎䌐䜓隓ツアヌガむド・レンタル歊噚付き」らしきものに申し蟌むこずができた。

案内しおくれたガむドは、そばかす顔の15歳くらいの少幎だった。 圌は私に、レンタル品である「倪い朚の棍棒」を手枡しおきた。受け取った瞬間、私の腕はズンッず䞋に持っおいかれた。

重っ  

ただの朚の棒だずいうのに、野球のバットの䞉倍は重い。衚面はダスリがけすらされおおらず、ささくれ立っおいる。これを玠手で振り回せずいうのか。私は䞀抹の䞍安を芚えながら、少幎の埌を぀いお村の倖れにある草原ぞず向かった。

倪陜がゞリゞリず肌を焌く。歩くこず20分、少幎がピタリず立ち止たり、草むらを指差した。

いた。スラむムだ。 ゲヌムやアニメで芋るスラむムは、半透明でプルプルした、たるで゜ヌダ味のれリヌのような可愛らしい姿をしおいる。 しかし、珟実のそれはたったく違った。

色は淀んだ緑色で、衚面にはブツブツずした気泡が浮き沈みしおいる。そしお䜕より、颚に乗っお挂っおくる「匂い」が最悪だった。 倏の終わりに干䞊がった、ヘドロたみれのドブ川の匂い。あるいは、䞉日間攟眮した熱垯魚の氎槜の匂いである。

「うっ  くっさ  」 思わず錻を぀たむ私を芋お、少幎は「さあ、やっちたいな」ずばかりに背䞭を叩いた。

やるしかない。私は90キロの䜓を螏ん匵り、重い棍棒を䞡手で振りかぶった。 「どりゃあぁぁぁ  ッ」

――ピキッ。 その瞬間、私の右肩から銖にかけお、鋭い皲劻のような痛みが走った。 四十肩である。日頃マりスより重いものを持たない私が、無理な姿勢でフルスむングなどしお無事で枈むはずがなかった。

「いっ、だあああ」

激痛に顔を歪めながらも、振り䞋ろされた棍棒は重力に埓い、スラむムの脳倩に盎撃した。 ゲヌムならここで「パシャァン」ずいう爜快な砎裂音ずずもに、スラむムが光の粒子ずなっお消え去るはずだ。

しかし、珟実は違った。 「ベッチャアァァァッ」

生暖かい、匷烈な氎しぶきが飛び散った。 棍棒に朰されたスラむムは、䞭途半端にちぎれおドロドロの粘液を撒き散らし、私のナニクロのノヌカラヌゞャケットずスりェットパンツに、べっずりず付着したのだ。

「うわあああ 汚っ くっさ」

粘液は、玍豆ずダマト糊を混ぜたような最悪の粘床を持っおいた。しかも、匷烈なドブの匂いが、今床は至近距離から私の錻腔を盎撃する。 パニックになりながら服を拭おうずする私の足元で、真っ二぀に分裂したスラむムが、ポペン、ポペンず䞍気味に蠢きながら再生を始めおいる。

「もういい 無理無理無理無理」

私は棍棒を攟り投げた。 そしお、ポケットから銀貚を䞀枚取り出すず、呆然ずしおいる少幎の手に握らせ、スラむムを指差しお「お願い あずよろしく」ず日本語で叫んだ。

少幎は銀貚ず私を亀互に芋比べるず、肩をすくめ、腰の短剣を抜いた。そしお、熟緎の魚屋がアゞを捌くような手際で、あっずいう間にスラむムの栞らしきものを突き刺し、蚎䌐を完了させおしたった。

その埌、私は朚陰に座り蟌み、持参したぬるい氎を飲みながら、少幎が次々ずスラむムを間匕いおいくのをただ眺めおいた。

右肩はゞンゞンず痛み、お気に入りのゞャケットからはドブの匂いが取れない。 金で他人に戊わせるずいう、億り人特有の最䜎な資本䞻矩的解決策を䜿っおしたった眪悪感ず、圧倒的な疲劎感。

「魔物狩りなんお、二床ずやるもんか  」

私は草の䞊に寝転がり、流れおいく異䞖界の雲を芋぀めた。 剣ず魔法の䞖界においおも、四十肩の痛みず、運動䞍足の珟実は、決しお魔法で消えたりはしないのだ。私は、残りの日皋はすべお「食う、寝る、足湯」の䞉぀に党振りするこずを、静かに、そしお固く心に誓った。

第5話『路地裏の猫耳ず、資本䞻矩の猫じゃらし』

スラむム蚎䌐ずいう名のお金での解決から䞀倜明け、私はすっかり異䞖界の空気に銎染んだ気になっおいた。 ノヌカラヌゞャケットに染み付いたドブの匂いも颚に晒しおなんずか消え、私は王郜の賑やかな垂堎をぶらぶらず歩いおいた。

私は、無類の猫奜きである。 幡ヶ谷の路地裏を歩いおいるずきなど、野良猫を芋かけるず぀い立ち止たっおしたうし、実は今も、靎の䞭には密かに「猫柄の靎䞋」を履き、ゞャケットの䞋には「猫のプリントTシャツ」を着蟌んでいる。40代埌半・90キロの独身男性ずしおは少々ファンシヌすぎる自芚はあるが、猫ぞの愛は誰にも止められない。

そんな私が、異䞖界の垂堎の片隅で「それ」を芋぀けおしたったのは、ある意味で必然だったのかもしれない。

果物屋ず垃屋の間の、少し薄暗い路地。 そこにしゃがみ蟌んでいる人圱の頭に、ピンず立った䞉角の耳があった。しかも、そのお尻のあたりからは、ふさふさずした長いしっぜが揺れおいるではないか。

ね、猫耳  

異䞖界ファンタゞヌにおける王道䞭の王道、獣人である。 そのしっぜの優雅な揺れ方を芋た瞬間、私の脳内で「幡ヶ谷の路地裏スむッチ」が完党にオンになっおしたった。理性よりも先に、猫奜きずしおのDNAが暎走したのだ。

私は吞い寄せられるように路地に入り、その背䞭の埌ろにそっず近づいた。 そしお、90キロの巚䜓を揺らしおしゃがみ蟌み膝がパキッず鳎った、最高に甘ったるい、自分でも吐き気のするような「猫撫で声」を出しおしたったのである。

「チッチッチッ  おいで〜。どうちたの〜、こんなずころにいちゅわっお〜。にゃあ〜ん」

私は右手で、芋えない猫じゃらしを振るようなゞェスチャヌたで添えおいた。完党に䞍審者である。

「  あ」

ドスッず響くような、地鳎りのような䜎い声がした。 ゆっくりず振り返ったその「猫耳」の持ち䞻を芋お、私の心臓はヒュッず瞮み䞊がった。

そこにいたのは、アニメに出おくるような華奢で可愛い猫耳矎少女などでは断じおなかった。 身長は2メヌトル近くありそう。䞞倪のように倪い腕には無数の刀傷が刻たれ、顔の巊半分には県垯。そしお、口からは鋭い牙が芗いおいる。 䟋えるなら「歎戊の傭兵の顔面に、無理やり猫のパヌツをくっ぀けた生き物」であった。

圌は路地に敷いた垃の䞊で、血の匂いがする巚倧な牙や、謎の獣の毛皮を䞊べお売っおいる最䞭だったらしい。

「なんだ、おめェ  俺を舐めおんのか」

県垯の奥の鋭い隻県が、私を射抜いた。 空気が凍り぀いた。本胜が「こい぀はダバい。ワンパンで銖が飛ぶ」ず譊鐘を鳎らしおいる。 「チッチッチッ」の圢に固たっおいた私の右手は、ゆっくりず震え始めた。

蚀葉は通じないが、私が圌を「ペット扱い」しお舐め腐った態床をずったこずだけは、䞇囜共通の殺気ずしお完党に䌝わっおしたったのだ。倧剣の柄に、圌の手がゆっくりず䌞びる。

終わった。私の異䞖界旅行は、己の猫奜きのせいで幕を閉じるのか。

その時、私の脳裏に「億り人」ずしおの本胜が閃いた。 この䞖の揉め事の9割は、資本䞻矩の力で解決できる。私は震える手を玠早くポケットに突っ蟌み、ツノダ・ツヌリストで䞡替しおきた分厚い銀貚を3枚、いや5枚、圌の目の前の垃に叩き぀けるように眮いた。

「アッ、アむム゜ヌリヌ ノヌ舐めおる これ これ党郚買う オヌルバむ む゚ス」

私はめちゃくちゃなルヌ語ず身振り手振りで、圌が売っおいた「血の匂いがする牙」ず「ゎツゎツした謎の骚のネックレス」をすべお指差した。

獣人はピタリず動きを止めた。 銀貚5枚。それがこの䞖界でどれほどの䟡倀かはわからないが、路地裏の露倩商にずっおは、おそらく数ヶ月分の売䞊に匹敵する倧金だったのだろう。

圌の鋭い隻県が、銀貚ず私を䞉埀埩くらいした。 そしお、ゆっくりず倧剣から手を離し、牙を剥き出しにしお、ニダリず笑った。

「  たいどあり」

圌はそう蚀った気がした。 そしお、䞞倪のような倪い手で私の右手を取り、骚が砕けそうなほど力匷く、ガッチリず握手を亀わした。皮族の壁を越え、売り手ず買い手ずしおの確かな「絆」が生たれた瞬間だった。

垰り道。 私は宿屋のベッドの䞊に、買ったばかりの「謎の牙」ず「骚のネックレス」を䞊べお途方に暮れおいた。 どう考えおも、日本の皎関を通れそうにない代物である。そもそも、こんな呪われそうなアむテム、家に食りたくもない。

しかし、私の呜を救っおくれた倧切な品だ。 私は深くため息を぀きながら、靎を脱ぎ、猫柄の靎䞋を芋぀めた。 異䞖界の猫獣人は、ちゅ〜るではなく、銀貚で撫でるのが䞀番安党なのだず、私はこの日、高い勉匷代を払っお孊んだのである。

第6話『90キロのノィヌナスず、初めおの「ごめんなさい」』

私の腹には、立掟な浮き茪が぀いおいる。 40代に差し掛かった頃から、どれだけ腹筋をしおも、この浮き茪は決しおしがむこずなく、幎々その質量を増しおいった。

日本にいた頃、䌚瀟の健康蚺断では産業医に「このたただず死にたすよ」ずため息を぀かれ、電車で座れば隣の若い女性にスッず肩をすくめられる。私にずっお自分の90キロの肉䜓は、ただの「劣等感の塊」であり、重たい十字架だった。

異䞖界に来おからも、その十字架は健圚である。すぐ息は䞊がるし、膝は痛い。この過酷な剣ず魔法の䞖界においお、脂肪などただのデッドりェむト死重でしかないず思っおいた。あの日たでは。

その日の午埌、私は王郜の広堎のベンチで、クレヌプのような薄焌きパンに甘い豆のペヌストを塗った異䞖界のスむヌツをかじっおいた。

その時だった。倪陜の光を遮るように、私の目の前に巚倧な圱が萜ちた。

芋䞊げるず、そこには身長2メヌトル近い、筋骚隆々の戊士が立っおいた。 赀銅色に日焌けした倪い腕。歎戊の山賊のようにゎツゎツずした四角い茪郭に、無数の刀傷。どう芋おも「屈匷な男」の顔立ちだったが、革ず鉄でできた防具の胞元だけが、物理法則を無芖したかのようにドカンず前方にせり出しおいる。 その圧倒的な質量巚乳を芋お、私はかろうじお「あ、女性なんだな」ず認識した。

私が呆然ずしおいるず、女戊士はズンッず片膝を぀き、私の目の前にしゃがみ蟌んだ。 そしお、䞞倪のような巚倧な手を䌞ばし、私の「ぜっこりず出たお腹」を、指先でそっず、たるで壊れ物を扱うようにツンッず突いたのだ。

「  ッ」 私がビクッず身を瞮めるず、圌女は私のお腹の「プニッ」ずした感觊を確かめ、ほうっず熱い感嘆の溜息を挏らした。そしお今床は、䞡手で私のお腹を倧事そうに包み蟌み、撫で始めたではないか。

パニックになる私の元ぞ、芋かねた露店の店䞻少し日本語がわかる案内人のおじさんが駆け寄っおきた。店䞻は女戊士ず二、䞉の蚀葉を亀わすず、呆れたような顔で私に向き盎った。

「お客さん、あんた、求婚されおるよ」 「  はい」 「圌女、北の荒野の郚族の戊士なんだけどね。『こんなに矎しくお、柔らかくお、真っ癜な男は芋たこずがない。ぜひ私の倫になっお、私のテントで䞀生守らせおほしい』っお蚀っおる」

私の脳内は完党にバグを起こした。矎しい 柔らかい このメタボ腹が

店䞻の話によれば、垞に魔物や他郚族ずの呜懞けの戊いを匷いられおいる圌女たちの文化においお、「䜓に傷䞀぀なく、たっぷりず脂肪を蓄えおいる男」ずいうのは、「戊う必芁がないほどの圧倒的な富ず平和の象城」なのだずいう。

女戊士は腰の袋から、蜂蜜がたっぷりずかかった高䟡そうな朚の実のタルトを取り出した。圌女はそれを私の䞡手に握らせ、傷だらけのいか぀い顔を少しだけ赀らめ、乙女のようにはにかんでみせた。

「食え、私の柔らかい王子様」 蚀葉はわからなくおも、その県差しが、あたりにも玔粋な敬意ず奜意に満ちおいるこずだけは痛いほど䌝わっおきた。

私は、タルトの重みず蜂蜜の匂いを感じながら、なんだか泣きそうになっおしたった。 40幎以䞊生きおきお、自分のこの醜いお腹を、こんなに優しい手぀きで、たるで宝物のように撫でおくれた人間がか぀おいただろうか。誰からも期埅されず、自分自身でも諊めおいた肉䜓が、この遠い異䞖界の空の䞋で、党肯定されたのだ。

「  ありがずう」 私は心からの笑顔で、圌女の目を芋お蚀った。 「でも、ごめんなさい。私、もう少しだけこの䞖界を䞀人で歩いおみたいんだ」

案内人の店䞻が通蚳するず、圌女は少しだけ悲しそうに目を䌏せた。しかし、すぐに立ち䞊がるず、私の肩をポンッず優しくそれでもむち打ちになりそうなくらい痛かったが叩き、颯爜ず人混みの䞭ぞず消えおいった。

残された私は、ベンチに座り、タルトを䞀口かじった。 口いっぱいに広がる蜂蜜の匷烈な甘さ。

その甘さを噛み締めながら、私はふず、ずんでもない事実に気が぀いた。

  俺、今、女の子を『振った』のか

バレンタむンデヌの最高獲埗蚘録は「母からのチロルチョコ」のみ。そんな筋金入りの非モテおじさんが、生たれお初めお女性の求婚を断っおしたったのだ。

もし、あの手を取っおいたらどうなっおいた 私は北の荒野のテントで暮らす。倕方、オヌクの生銖をぶら䞋げお垰っおきた圌女が「ただいた、私の柔らかい王子様」ず、血たみれの屈匷な腕で私を抱きしめる。愛の蚌ずしお、圌女のあのゎツゎツした山賊のような頬ずりが、私の柔らかい顔肉にめり蟌む  。

いやいやいや、ないないない 私は思わず銖を暪に振った。熊のハグである。いくら平和の象城扱いでも、呜がいく぀あっおも足りない。

危ないずころだった、ず冷や汗を拭いながらも、私の口角は少しだけ䞊がっおいた。

日本に垰れば、たた「痩せろ」ず迫害されるだけの、邪魔な脂肪の塊だ。 でも、今日だけは。初めお女の子を振っおしたった「90キロのノィヌナス」に、少しだけ胞を匵っおもいいような気がした。

第7話『飛竜の空の旅ず、片道切笊の絶望』

異䞖界の街にもすっかり慣れおきた頃。私は少し離れた隣町たで足を䌞ばすこずになった。

埒歩や銬車では䞞䞀日かかる険しい山越えのルヌトだ。四十肩ず膝の痛みを抱える私にずっお、山道など自殺行為に等しい。どうしたものかず悩んでいるず、街の広堎に「飛竜ワむバヌン䟿・隣町たで盎行」ずいう看板を出しおいる商人がいた。

おお、これぞファンタゞヌの醍醐味である。 広堎の奥には、芋䞊げるほど巚倧な、緑色の鱗を持った翌竜が倧人しくしゃがんでいた。映画『ネバヌ゚ンディング・ストヌリヌ』のファルコンのように、倧空を優雅に滑空するロマンチックな旅。私は高鳎る胞を抑え、少し高い銀貚を払っお搭乗手続きを枈たせた。

しかし、案内された飛竜の背䞭を芋お、私は嫌な予感を芚えた。

「  あの、鞍的なものは」 「鞍 そんなもんねえよ。この手綱の革玐にしっかり掎たっおな。あんた重そうだから、振り萜ずされないように気を぀けおな」

埡者の男は錻で笑い、私をワむバヌンの背䞭ぞずよじ登らせた。

跚っおみお、絶望した。 ワむバヌンの背骚は、ゎツゎツずした巚倧な岩の連なりのように尖っおいたのだ。おたけに、衚面の鱗はダスリのようにザラザラしおいる。 座面は平らではなく、完党に「山の尟根字」である。そこに90キロの䜓重が乗るのだ。出発前からすでに、私の股間ず尟おい骚には「䞉角朚銬」に乗せられたような鋭い圧が掛かっおいた。

「じゃあ、飛ぶぞ」

埡者の合図ずずもに、ワむバヌンが巚倧な翌を広げ、力匷く地面を蹎った。 「バサァッ」

「んぎゃあぁぁぁッ」

凄たじい重力ずずもに䜓が䞊空ぞ抌し䞊げられた瞬間、私の口からカ゚ルのような悲鳎が挏れた。 ワむバヌンが矜ばたくたびに、背䞭の筋肉が倧きく盛り䞊がり、尖った背骚が䞋から私の股間を容赊なく突き䞊げおくるのだ。

「痛い痛い痛い 割れる 骚盀が真っ二぀になる」

颚切り音で私の声など誰にも届かない。 高床1000メヌトルの空の旅は、ロマンずは皋遠い「物理的な拷問」だった。

䞊空の颚は、息をするのも苊しいほどの暎颚だ。ノヌカラヌゞャケットの隙間から氷のように冷たい颚が入り蟌み、急激に䜓枩を奪っおいく。 ドラむアむの目は涙でボロボロになり、時折、パチンッ ず正䜓䞍明の硬い虫が顔面に激突しおくる。

しかし䜕よりも蟛いのは、やはり「鞍がない」ずいう圧倒的な人間工孊の欠劂であった。 䞊䞋にバりンドするたびに背骚の突起が食い蟌み、内股はダスリのような鱗ず擊れ合っお、ゞヌンズの生地越しでも火が出るように熱い。私は涙ず錻氎を流しながら、ただひたすらに手綱の革玐を握りしめ、この生き地獄が終わるのを祈り続けた。

「ほら、着いたぞ。降りな」

隣町の広堎に着陞した時、私は自分の足で立぀こずができなかった。 股関節は完党に麻痺し、内股はひどい股擊れを起こしおガニ股のたた固たっおいる。私は生たれたおの子鹿のようにプルプルず震えながら、ワむバヌンの背䞭から滑り萜ち、地面の土に這い぀くばった。

「  もう二床ず、空なんか飛ばない」

涙目で地面の草を握りしめ、私は固く誓った。 空を飛ぶのは確かに奇跡だが、鞍のない飛竜に乗るなど、ただの拷問である。

しかし。 地面に這い぀くばったたた、私はふず、ずんでもない事実に気が぀いおしたった。

ここは、王郜から䞞䞀日かかる「隣町」である。 そしお私の垰りの切笊、぀たり日本ぞ繋がる「ツノダ・ツヌリストの扉」は、王郜の宿屋にあるのだ。

ずいうこずは、私はあの王郜ぞ「垰らなければならない」。 空を飛ばないずいうこずは、埒歩か、サスペンションの欠片もない朚の銬車に乗っお、䞞䞀日かけおデコボコの山道を匕き返すずいうこずだ。 この、ワむバヌンの鱗でズタズタに股擊れを起こし、ガニ股でしか歩けなくなった、悲鳎を䞊げる䞋半身を匕きずっお。

「  嘘だろ」

倕暮れの空ぞ向かっお、バサァッず意気揚々ず飛び立っおいくワむバヌンの背䞭を芋䞊げながら、私は己の蚈画性のなさを呪い、異䞖界の冷たい土の䞊で静かに絶望の涙を流したのだった。

第8話『初めおのダンゞョンず、幻のドロヌン空撮』

鞍のないワむバヌンによる空の旅は、私の股関節ず倪ももの内偎に壊滅的なダメヌゞを残した。 もう二床ず、背骚のゎツゎツした空飛ぶ爬虫類になんか乗るものか。激痛の走る股間をかばいながら、私はガニ股でペタペタず王郜の石畳を歩いおいた。

ツノダ・ツヌリストのよれよれのわら半玙によれば、次の行皋は王郜から銬車で北ぞ向かった先にある「詊緎の掞窟」。いわゆる新米冒険者たちの登竜門ず呌ばれるダンゞョンである。

本来なら「ダンゞョン」などずいう物隒な響きの堎所には、この無防備な90キロの肉䜓で近づきたくはない。しかし、ワむバヌンの拷問から解攟されたばかりの私にずっお、「初心者向け」ずいう蚀葉は䞍思議な安心感があった。

それに、掞窟である。ひんやりず涌しいに違いない。 灌熱の倪陜ずホコリっぜい銬車の移動にやられた䞭幎男にずっお、倩然のクヌラヌは非垞に魅力的だった。「初心者向けの掞窟なんお、芁するに芳光地化された鍟乳掞ツアヌみたいなものだろう」。私の脳内には、修孊旅行で行った山口県の秋芳掞のような、歩きやすく舗装された遊歩道ず、カラフルなLEDラむトでラむトアップされた涌しげな地底湖のビゞョンが広がっおいた。

せっかく異䞖界に来たのだ。涌みがおら、ちょっず地底探怜でも芋孊しおやろう。

そんな芳光客気分䞞出しの軜い気持ちで足を運んだ私だったが。 掞窟の入り口に立った瞬間、私の冒険ずいう名の芋孊ツアヌは早くも終わりの気配を芋せおいた。

ぜっかりず空いた巚倧な岩穎の奥には、䞋ぞず続く石段があったのだが、これが日本の建築基準法を完党に無芖した、䜓感45床の急募配だったのだ。しかも、衚面にはびっしりず濡れた苔が生え、䞀段䞀段の高さもバラバラである。

「  これ、降りるの」 私は絶望的な気分で、暗闇ぞず続く階段を芋䞋ろした。

90キロのわがたたボディを支える私の膝は、その光景を芋ただけで「これ以䞊螏み蟌んだら、二床ず地䞊には戻さないぞ」ずストラむキを宣蚀しおいた。このダンゞョンの真のボスは、奥に朜むゎブリンなどではない。この「膝砎りの階段」である。

暪をすり抜けおいく若い冒険者たちは、軜い身のこなしで次々ず暗闇の底ぞ降りおいく。 私も、ダンゞョンの奥底にあるずいう光る鉱石や、巚倧な地底湖の景色は芋おみたい。しかし、呜ず膝の軟骚を懞ける気には到底なれないのだ。

掞窟の入り口にある手頃な岩にドッコむショず腰を䞋ろし、私は深いため息を぀いた。

「ああ  ここにドロヌンがあればなぁ」

この時、私が心から欲したのは、䌝説の聖剣でも匷力な炎の魔法でもなかった。 DJIの高機胜ドロヌンず、リアルタむム出力機胜の぀いたGoProである。

もし今の私にそれがあれば、どうだ。 私はこの安党で日圓たりの良い岩の䞊にどっかず座り、手元のコントロヌラヌを握るだけでいい。暗闇のダンゞョンを、高性胜なLEDラむトを搭茉したドロヌンが静かに、そしおスピヌディヌに進んでいく。急な階段も関係ない。トラップの矢が飛んできおも、巧みなスティックさばきでヒュンッず避ける。 手元の4Kモニタヌには、高画質のGoProが捉えた地底湖の絶景が、リアルタむムで鮮明に映し出されるのだ。

「そこ右 あヌ、宝箱あるね。でもミミックかもしれないから、䞊からズヌムで確認しお  よし、安党」

私は岩の䞊で䞀人、手の䞭にある幻のプロポ送信機を操䜜しながら、ブツブツず呟いた。 想像するだけで最高だ。汗氎垂らしお泥だらけになっおいる冒険者たちを尻目に、氎筒のぬるい氎を飲みながら、安党圏からダンゞョンの党貌を暎く。これぞ、珟代の倧人の資本䞻矩的・異䞖界攻略法である。

しかし、悲しいかな。珟実の私の手の䞭には、ドロヌンのコントロヌラヌではなく、先ほど道端で拟ったただの朚の枝しか握られおいない。

「  垰るか」

䞀時間ほど岩の䞊で『幻の空撮』を楜しんだ埌、私はゆっくりず立ち䞊がった。 ダンゞョンを䞀歩も進んでいないずいうのに、なぜかものすごい達成感ず、少しの虚しさが胞を満たしおいた。

どれだけ異䞖界の魔法が凄くおも、おじさんの膝を守りながら絶景を届けおくれる「珟代テクノロゞヌ」の優しさには敵わない。 私は垰り道、空を飛ぶワむバヌンを芋䞊げながら、い぀かこの䞖界に最新型のドロヌンを密茞しおやる、ず固く心に誓ったのだった。

第9話『事務的な回埩魔法ず、緑色の泥氎』

ワむバヌンの匷烈な股擊れず、過酷なダンゞョン探玢。立お続けに異䞖界の理䞍尜な掗瀌を济びた私の四十代の肉䜓は、完党に限界を迎えおいた。

腰は爆発寞前、䞡膝は笑いっぱなしである。這うようにしお宿のロビヌに蟿り着いた私は、「あいたたた  」ず倧げさに腰をさすり、女将に向かっお「これ、なんずかならない」ず懇願するようなゞェスチャヌを送った。

蚀葉は通じないが、䞇囜共通の『限界を迎えた䞭幎男の』は䌝わったらしい。女将は「しょうがないねぇ」ずいう顔をしお、私を路地裏の掘っ立お小屋ぞず連れお行った。

モグリの敎䜓院か䜕かだろうか。 䞭には、やる気のなさそうな䞭幎女性がパむプ怅子のようなものに座っおいた。私のボロボロの䜓を芋るなり、女性は面倒くさそうに立ち䞊がり、患郚に向けおスッず手をかざした。

えっ。ちょっず埅っお。 もしかしおこれ、ずっず密かに期埅しおいた「魔法」っおや぀じゃないか

異䞖界に来おからずいうもの、火おこしも氎汲みもすべお人力のアナログな光景ばかり芋せられ、すっかり忘れおいた。そうだ、ここは「剣ず魔法の䞖界」なのだ。 四十代のいい倧人が恥ずかしい限りだが、䞀応はファミコン時代からRPGを嗜んできた身である。䞍意打ちでやっおきたファンタゞヌの真髄に、私の胞の奥で䞭孊生男子のようなワクワク感が急激に膚れ䞊がった。

来るぞ。神聖なる光、倩䜿のさえずり、党身を包み蟌む枩かいオヌラ  

しかし。 女性の手のひらから挏れたのは、寿呜の近づいた蛍光灯の豆電球のような、頌りない緑色の光だった。「ゞゞゞ  」ず、叀い家電のようなノむズたで鳎っおいる。 あっずいう間に光は消え、女性は「はい終わり」ずでも蚀いたげに顎をしゃくった。

えっ、ショボい。事務的すぎる。 しかし、恐るる恐る腰を回しおみるず  痛くない。 魔法、マゞですごい。物理的な損傷が、本圓に䞀瞬で消え去っおいる。

ずはいえ、私の心には䞀抹の虚しさが残った。 幡ヶ谷にある「60分2,980円の揉みほぐし」で、無口な敎䜓垫のお兄さんがゞワゞワず凝りを解きほぐしおくれる、あの「過皋の喜び」が䞀切ないのだ。 プロセスをすっ飛ばしお結果だけを出力されるこの無機質さ。魔法ずいうのは、なんずも情緒に欠けるテクノロゞヌである。

そんな莅沢な䞍満を抱いおいるず、女性が朚のコップに緑色の液䜓を泚いで差し出しおきた。

埅およ。この䞍自然に発光する緑色の液䜓  。 私はハッずした。もしやこれ、ファンタゞヌ䞖界の王道、「ポヌション」ずいうや぀ではないか

私のテンションは再び跳ね䞊がった。色は完党に「絵の具の緑」だが、きっずメロン゜ヌダのようなチヌプで甘い味がするに違いない。私はコップを受け取り、せっかくの異䞖界䜓隓だずばかりに、䞀気に飲み干した。

その瞬間、私の芖界がぐらりず揺れた。

味芚ずいうよりも、それは「暎力」だった。 カブトムシの飌育ケヌスの底の土を、サビた十円玉ず䞀緒に煮詰めたような、圧倒的な腐葉土感ず金属臭。それがダむレクトに錻腔を突き抜けおいく。

「――っっ」

私は声も出せず、その堎にうずくたった。 腰の痛みは消えたはずなのに、胃袋からせり䞊がっおくる劇的な吐き気のせいで、私の疲劎床はさっきよりも確実に増しおいる。

涙目で口元を芆いながら、私の脳裏に、ある蚘憶が遅れおフラッシュバックした。 出発前、ツノダ・ツヌリストの芪父が枡しおきた、あのわら半玙のチラシ。その右䞋の端っこに、赀ペンで殎り曞きされおいた䞀文である。

『※ポヌションは䞍味いので泚意』

第話より

  あの芪父、そういう倧事なこずはもっずデカい字で曞いずいおくれよ。

私は口内にい぀たでもこびり぀く泥氎の味に顔をしかめながら、日本の補薬䌚瀟の偉倧さを狂おしいほどに噛み締めおいた。 どんなに苊い成分でも、無味無臭のツルッずしたカプセルで包み蟌み、ナヌザヌに䞍快感を䞀切䞎えずに飲み蟌たせおくれる、珟代の思いやり。

魔法は確かに奇跡だ。 だが、情緒の欠片もない豆電球の光を济び、この眰ゲヌムのような泥氎を毎回我慢しお飲たなければならないのだずしたら――私は喜んで珟代のロキ゜ニンず湿垃を遞ぶ。

嘘みたいに軜くなった腰のたた、私は荒れ狂う胃を抌さえお「くの字」に曲がりながら、治療院のテントを埌にした。 傍から芋れば、入る前ず出た埌で、おじさんの歩く姿勢は1ミリも倉わっおいなかったはずである。

第10話『吟遊詩人の䞍協和音ず、無口なマスタヌの塩茹で芋』

あの「ゎムタむダのような骚付き肉」ずの死闘から数日。 私はすっかり、宿屋の䞀階にある酒堎の垞連になっおいた。

倕暮れ時になるず、い぀もの隅の垭にドッコむショず腰を䞋ろす。するず、スキンヘッドで顔に傷のある匷面のマスタヌが、䜕も蚀わずに「垞枩の濁った゚ヌル」ず「塩茹でした芋」をドンッず眮いおくれるようになった。 私の貧匱な顎の筋力ず、肉に察するトラりマを完党に察しおくれおいるのだ。蚀葉は䞀蚀も通じないが、私たちの䞭には確かな「行き぀けの客ず店䞻」の阿吜の呌吞が生たれおいた。

その日の倜は、い぀もより酒堎が隒がしかった。 「吟遊詩人」がやっお来おいたのだ。

ファンタゞヌ䞖界においお、吟遊詩人ずいえば花圢である。矎しいリュヌトの音色ずずもに、英雄の叙事詩や遠い囜のロマンスを歌い䞊げ、酒堎の客たちを魅了する  はずだった。

「ギャリィィン ゞャカゞャァァン」

私の耳に突き刺さったのは、およそ音楜ずは呌べないような暎力的なノむズだった。 吟遊詩人の青幎が抱えおいるのは、安っぜい朚をくり抜き、獣の腞おそらく也燥が甘いを匵っただけの粗悪な匊楜噚である。チュヌニングずいう抂念が存圚しないのか、和音は絶望的にズレおおり、匊を匟くたびに「ビペン、ビペン」ず情けない音がする。

おたけに、圌の歌声は発情期の猫をさらにヒステリックにしたような高音で、延々ず「同じスリヌコヌドのフレヌズ」をルヌプさせおいるのだ。

  うるさい。圧倒的にうるさい

私は塩茹での芋をかじりながら、眉間を匷く揉んだ。 そしお、喧隒から逃れるようにそっず目を閉じ、東京の自宅のタワマンの䞀宀を思い浮かべた。

億り人になっおから、私が唯䞀莅沢をしたのが「オヌディオ環境」だった。 オレンゞ色に枩かく光る真空管アンプ。ずっしりず重い朚補のノィンテヌゞスピヌカヌ。そこに、分厚い180グラム重量盀のアナログレコヌドを眮き、静かに針を萜ずす。 プチッ、ずいう埮かなノむズの埌に流れ出す、ビル・゚ノァンスのピアノや、山䞋達郎の透き通るようなカッティングギタヌ。 䜎音は茪郭を持ち、高音はどこたでも䌞びやかで、耳に䞀切の疲劎を䞎えない「至犏の音響空間」。

それに比べお、なんだこの目の前の珟実は。 「ギャリゞャカ ニャアアアアン」 狂ったチュヌニングの䞍協和音が、私の䞉半芏管を容赊なく削っおいく。珟代の緻密なミキシングずマスタリング技術に甘やかされた40代の耳にずっお、この野生のラむブはただの拷問でしかなかった。

私はたたらず目を開け、倧きなため息を぀いた。 その時である。

ふずカりンタヌに目をやるず、ゞョッキを垃で拭いおいたスキンヘッドのマスタヌず、バッチリ目が合った。

マスタヌは拭く手を止め、チラリず暪目で、熱唱する吟遊詩人を芋た。 そしお再び私の方に芖線を戻すず、ほんのわずかに肩をすくめ、「フゥッ」ず錻から呆れたような息を吐き出したのだ。

  だよな。お前も、こい぀の歌、ヘタク゜だなっお思っおるよな

私は、声に出さずに目でそう語りかけ、小さく頷いた。 マスタヌの厳぀い顔の口角が、䞀瞬だけ埮かに䞊がった気がした。

䞖界を救う勇者には、この狂った和音も「酒堎の掻気」ずしお聞こえるのかもしれない。 しかし、日々の静寂を愛し、平穏に酒を飲みたい䞭幎男にずっお、この隒音はただの迷惑だ。皮族も蚀葉も育った環境も違う異䞖界のマスタヌず、私の「おじさんずしおの感性」が、䞍快な音楜を通しお完党にシンクロした瞬間だった。

数分埌。 マスタヌは私のテヌブルにやっおくるず、頌んでもいない小皿を無蚀でコトンず眮いた。 芋るず、そこにはい぀もの芋ではなく、少し炙っおトロトロになった「ダギのチヌズ」が乗っおいた。

「  奢り」 私が日本語で小声で聞くず、マスタヌは私の肩をポンず軜く叩き、再びカりンタヌぞず戻っおいった。

隒音は盞倉わらず酒堎に鳎り響いおいる。 しかし、私はその炙りチヌズを霧り、垞枩の゚ヌルを流し蟌みながら、なんだかひどく満ち足りた気分になっおいた。

真空管アンプも、アナログレコヌドもここにはない。 けれど、無口なマスタヌがくれたこのチヌズの塩気は、どんな名盀の音色よりも、私の心を静かに、そしお枩かく満たしおくれたのだ。

第11話『幡ヶ谷のアスファルトず、次なるわら半玙』

異䞖界での3泊4日の滞圚は、私の90キロの肉䜓を限界たで远い詰めおいた。

四十肩は悲鳎を䞊げ、ふくらはぎはパンパンに匵り、錻の奥には垞に埮かな獣の匂いがこびり぀いおいる。それでも、あの無口な酒堎のマスタヌず別れる時、私は少しだけ名残惜しかった。圌が最埌に握らせおくれた、干し肉ず塩茹で芋の包みは、リュックの䞭で確かな重みを攟っおいる。

「ツノダ・ツヌリスト」の店䞻は、「垰りは、宿屋の郚屋のドアノブを巊に3回、匷く回しお開けなさい」ず蚀っおいた。

私は干し草のベッドに別れを告げ、蚀われた通りに朚補のドアノブをガチャ、ガチャ、ガチャず回した。そしお、思い切りドアを手前に匕く。

その瞬間。 むせ返るような酒堎の匂いず、埮かな土の銙りがフッず消え去った。 代わりに錻腔を突いたのは、カビの生えた段ボヌルず、昭和の喫茶店に染み付いたダニの匂いだった。

「  おかえり。ずいぶん泥だらけだね」

パむプ怅子に深く腰掛け、スポヌツ新聞から顔を䞊げたツノダ・ツヌリストの店䞻が、面癜そうに笑っおいた。 私は、ただいた、ず小さく呟き、雑居ビルの急な階段を降りお倖ぞ出た。

倖は、芋慣れた幡ヶ谷の街だった。 䞀歩足を螏み出した瞬間、私は猛烈な違和感に襲われた。

  平らだ

足の裏が、どこたでも滑らかで、䞀切の凹凞がないこずに驚愕しおいる。アスファルトずいう近代の魔法は、石や泥に足をずられる異䞖界の道ずは根本的に違う。぀たづく心配が䞀切ないずいうこずが、これほどたでに膝ぞの負担を枛らすずは知らなかった。

駅前を少し歩くず、赀い自転車が䞊んでいるポヌトを芋぀けた。私が愛しおやたない、ドコモのシェアサむクルだ。 私はポケットからスマホを取り出した。4日ぶりに電源を入れるず、未読の通知が䞀気に滝のように流れ蟌んでくる。私はそれを無芖しおQRコヌドを読み蟌み、サドルにたたがっおペダルを挕ぎ出した。

「スィィィ  ッ」

――なんずいう、軜さ。 電動アシストが䜜動した瞬間、私の背䞭を透明な巚人が優しく抌しおくれたかのような掚進力が生たれた。90キロの質量を乗せおいるずいうのに、股は分厚いクッションでできたサドルに守られおいる。颚を切っお幡ヶ谷の街を疟走しながら、私は思わず「ははっ、すげえ」ず声に出しお笑っおしたった。

空飛ぶ竜なんかより、よっぜど優秀じゃないか。

自宅のマンションに垰り着くず、私は真っ先に颚呂堎ぞ盎行した。 蛇口をひねれば、40床に蚭定されたお湯が、匷烈な氎圧でシャワヌヘッドから勢いよく噎き出しおくる。頭から熱いお湯を济びた瞬間、毛穎に詰たっおいた異䞖界の土埃や、スラむムのドブの匂いが、すべおきれいに掗い流されおいくのを感じた。

颚呂䞊がり、私はスマホで宅配ピザを頌んだ。 30分埌、玄関に届けられたのは、薄い生地にたっぷりのモッツァレラチヌズず、真っ赀なトマト゜ヌスが茝く、完璧なマルゲリヌタだった。

リビングの゜ファに深く腰掛け、コヌラず䞀緒に熱々のピザをかじる。 口いっぱいに広がるトマトの酞味ず、旚味の爆匟。あの、ゎムタむダのような異䞖界の骚付き肉ずは次元が違う。柔らかく、蚈算し尜くされた珟代の矎食が、私の胃袋を優しく満たしおいく。

「あぁ  最高だ」

゚アコンが効いた、適枩で快適な郚屋。 スマホを芋れば、攟眮しおいるS&P500のむンデックスファンドが、私が泥だらけになっおいる間にも勝手に資産を増やしおくれおいる。 䜕䞀぀䞍自由のない、完璧な「億り人」の平穏な日垞がここにあった。

しかし。 ピザを半分ほど食べたあたりで、私はふず、郚屋の「静けさ」が気になり始めた。

うるさい吟遊詩人の䞍協和音もない。 荒々しい冒険者たちの怒号もない。 そしお、私が黙っおいおも、絶劙なタむミングで炙りチヌズを出しおくれる、あの無骚なマスタヌもいない。

快適すぎるのだ。 䜕䞀぀負荷のないこの䞖界は、90キロの私を優しく包み蟌んでくれる反面、どこか物足りなく、無菌宀の䞭にいるような息苊しさを感じさせた。

私はリュックを匕き寄せ、䞭から着替えを取り出そうずした。 するず、リュックの底から、䞀枚のザラザラしたわら半玙がハラリず床に萜ちた。

拟い䞊げおみるず、そこにはあの店䞻のゆるい手曞きの文字で、こう蚘されおいた。

『氷点䞋の絶景・ドワヌフの隠れ湯ツアヌ 2泊3日※雪男の求愛に泚意』

私は、そのわら半玙ず、目の前の冷めかけたピザを亀互に芋比べた。 ドワヌフの隠れ湯。絶察に道䞭は険しいだろうし、寒さで四十肩が疌くのは目に芋えおいる。おたけに雪男の求愛ずはなんだ。たた面倒なこずになる予感しかしない。

「  ふっ」

私は思わず吹き出し、そのわら半玙をテヌブルの䞊の、䞀番目立぀堎所にそっず眮いた。

私の90キロの肉䜓は、しばらくこの快適なアスファルトず電動アシスト自転車の恩恵に預かっお、しっかりず䌑たせる必芁がある。

だが、膝の痛みが完党に匕いた頃。 私はきっずたた、あの湿った匂いのする雑居ビルのドアノブを、匷く回しおしたうのだろう。

私は残りのピザを平らげ、ふかふかのマットレスにダむブするず、獣の匂いがしない枅朔なシヌツの銙りに包たれながら、深い眠りぞず萜ちおいった。

いいなず思ったら応揎しよう

ペ゜ゞ 䜜者の僕は億り人でもなければ株で儲けおもおりたせん。 チップいくらでもほんずに、ほんずぉヌに嬉しいです

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