
品川駅に蝶が舞う
毎朝、同時刻の満員電車に乗る。
呼吸を躊躇いたくなる湿気た臭いが、車内に立ち込めている。
昨晩、雨が降ったからだろう。
そんなことは気にしていない乗客たちは、背中同士で押し合いながら、それぞれの目的地へ運ばれる。
額に髪がへばりついている。
私はため息をこらえながら、ようやく目的地である品川駅に到着した。
駅のホームでは人の頭が行列をなし、上下左右に規則正しく揺れている。
私は周りを見渡し、人と人との隙間を見つけては体を放り込む。
ふと足元をみると、靴紐がほどけていた。しかし立ち止まっている余裕はない。
ため息が、ついにこぼれた。
私は息が苦しくなり、顔を上に向けた。
どこから迷い込んできたのだろう。そこには一匹の蝶が、ゆったりと舞っていた。
目を凝らすと、少し黄色を帯びた白い羽が、光をはらんでいる。
蝶は時の流れに逆らうように、自由に飛び回り、人の波の上を、蝶だけが自分の速度で進んでいた。
まるで、幻を見たかのようだった。
視界が、にじみ始める。
その時、屋根の隙間から光が飛び込んできた。
その光は真っ直ぐに、一点を照らしていた。
ああ、こんなに真っ直ぐな光を見たのは、いつ以来だろう。
あの時の憧れが形を変えて、胸に鋭く突き刺さった。
私は気づいた。
これは、私の光だ。
自分にとっての光はいつの間にか日常に溶け込み、私は光を見失っていた。
余裕がなかった。どうでも良いとさえ、思ってしまっていた。
自分を大切にできるのは自分だけだと、
自分を愛せるのは自分だけだと、
気付いていたはずなのに。
蝶に視線を向けると、その場からは既にいなくなっていた。
駅のホームには次の電車の到着を告げるアナウンスが鳴り響く。
私は靴紐を強く結び直し、光の方へ歩き出した。