
あの子とアイストールソイラテ【短編小説】#片想い文芸部
アイデアが思いつかない。
あの子に話しかけるための。
僕はあの子のことが知りたい。
なのに、いっつも僕は弱虫。
まず、目を合わせて喋ることができない。
お店に入って、あの子がレジに立っていたら、心の中で「ラッキー」と親指を立てるのに。
注文することすら、緊張してしまう。
結局、僕の中ではド定番の「アイストールソイラテ」と素っ気なくお願いし、あの子は「はーい!」と明るく答えてくれるのに。
それ以上、お話することができない。
スマートフォンの画面を差し出し、QRコードで代金をお支払いして。
「あちらのカウンターでお待ちください」
あの子の声は、いつも弾んで聞こえるのに。
僕の心は、どんより沈んでいく。
あぁ、意気地なし。
あの子と喋れるチャンスなのに。
いきなりプライベートなことを聞き出すのはお門違いだけど。
せめて「今日も暑いですね」って、僕から言ってみてもいいんじゃないか。
こないだ、母親と同い年くらいの店員さんからそう話しかけられたとき、普通に「そうですね、暑いですよねー」なんて答えられたのに!
モヤモヤしながらアイストールソイラテを別の店員さんから受け取り、空いていた席に座る。
持参していた文庫本を取り出して、しおりを挟んだ部分から先を読もうと開いてみたけど、頭に入らない。
もう、仕方ないのでバッグにしまい、スマートフォンを取り出す。
そして、検索する。
「店員への好意 アプローチ」
出てきた記事を片っ端から読もうと思ったけど。
なんだか気持ち悪くなってきて、ブラウザを閉じた。
僕が望んでいることは何だ?
あの子とお食事に行くことか?テーマパークに行くことか?
そして将来を誓って、一緒に暮らすことか?
全部、気が早いにも程がある。
僕は、ただあの子とお話をしてみたい。
ただそれだけなんだよ。
レジでいちいちシャイなクールガイになっているのが嫌なんだ。
たまには勇気を出して、目を合わせて、「今日のオススメは何ですか?」なんて聞けばいいのに。
なんでいっつも、あの子がレジの時は緊張してしまって、まるで呪文のように「アイストールソイラテ」としか言えないんだ。
せめて、「たまにはカスタマイズしてみたい」とか言えばいいのに。
シロップ追加とか、ホイップ乗せてみるとか。
ラテのミルクを変更してもいいだろ。牛乳もアーモンドミルクもオーツミルクもあるんだし。
緑の人魚が微笑むプラスチックのカップを見ながら、今日も僕は憂鬱に浸る。
あの子と僕はどうなりたいんだ。
ただ、一方的に憧れてるだけじゃないか。
相手からしたら、ただ気持ち悪いかもしれないのに。
そもそも、恋なのかどうかも分からないのに。
僕はこうしてモヤモヤしながら、アイストールソイラテを飲み干していく。
カップに残った氷がカラカラと音を立てる。
あの子は空いた席のテーブルをクロスで拭いている。
このモヤモヤ、まだこのままでもいいのかもしれない。
あの子との距離を、縮めようとしないほうがいいのかもしれない。
僕は、もしかしたら、あの子に憧れている自分に酔っているだけかもしれない。
いや、そう信じたいだけかもしれないけど。
氷の残ったカップを片付けようと、立ち上がったとき。
「いつもありがとうございます」
数席離れたテーブルの脇、クロスを持って立つあの子。
笑顔で僕に声をかけてくれていた。
あれ?
胸がドキッとしている。
やっぱり、これって恋なのかな。
ナルさん主催の「片想い文芸部」への参加作品です。
今回のテーマは「アイデア」です。
(締め切り間近でギリギリ書けました!)