
思い出は、なぜ人を生かすのだろう。
年金の緑色の封筒が届いた。
手に取った瞬間、
「ああ、私もここまで来たのだな」
と思った。
数字の上では知っていた年齢なのに、書類になって届くと、また違う重みがあった。
人生には節目がある。
入学式
卒業式
成人式
結婚式
還暦祝
そして年金のお知らせ
それは「あなたは今ここにいますよ」と教えてくれる道しるべのようなものだ。
最近、家族旅行のことを思い出しながらnoteを書いていたら、不思議なことに心が温かくなった。
思い出は過去のもののはずなのに、
なぜだろう。
もう二度と戻れない時間なのに、
なぜ人は思い出によって励まされるのだろう。
夫はもういない。
子どもたちは大人になった。
家族で旅行したあの日々も過ぎ去った。
それなのに、その記憶は消えない。
むしろ年を重ねるほど鮮やかによみがえることがある。
私は一人暮らしになった今、思い出は過去ではなく、今を支えるものになっている気がする。
思い出は記録ではない。
心の奥で熟成された時間なのかもしれない。
そしてある日突然、
香りや景色や言葉をきっかけに顔を出す。
そのたびに私は、自分が確かに生きてきたことを思い出す。
人は未来だけでは生きられない。
けれど過去だけでも生きられない。
過去から受け取った思い出を抱えながら、未来へ向かう。
その橋渡しをしているのが記憶なのではないだろうか。
だから私はnoteを書く。
忘れたくないからではない。
思い出を未来へ手渡したいからだ。
年金の書類が届き、
自分の年齢を改めて知った。
でも不思議と、終わりを感じなかった。
むしろこれから先、
どんな思い出を作れるだろうと考えている。
思い出に支えられながら、
私はまた、今日を生きていく。