
極陽の印【第四話】
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第三話「浄化」
「結衣ちゃんだっけ、送ってやれ」
魔物が逃げた後、美凪はそう言って、俺の背中をぐいと押した。
「変なことするなよ」
「す……するわけないだろ!」
姉の口の悪さは、こういう時にも遠慮がない。
結衣は、魔物のことは覚えていないようだった。
「ごめんね、急に気分悪くなっちゃって……。せっかくのお出かけだったのに」
申し訳なさそうに、何度も謝る結衣。
俺はその度に「気にしてないよ」と繰り返した。
話題を変えようと色々話しながら歩いた。
結衣は三姉妹の1番上らしい、今日はお母さんと妹達が家にいるのだとか、
結衣を自宅前まで送り届けて手を振って分かれた。

翌日、学校が終わった夕方。
俺は美凪と一緒に、昨日と同じ、テーマパークのあの場所へと来ていた。
平日のテーマパークは、休日とは別の顔を見せる。
入場ゲートはまばらにしか人が並んでおらず、園内も閑散としていた。
「このテーマパークが事故続きで閉園に追い込まれたのも、奴がここに居座っているからだろうな」美凪が言った。
「どうやって奴を探す?」
「パーク全体を、結界で包み込む」
「……できるのか、そんなこと」
美凪はニヤリと笑って見せた。
美凪は右手を構え、静かに告げる。
「いでよ、三の印」
手のひらに、淡い金色の光輪が浮かび上がる。
中心に輝く数字は――「参」(三)。
「――三の印、三才結界」
光輪が美凪の手を離れ、空中で三つに分かれる。
分かれた光輪はそれぞれが文字の形を象りながら、ゆっくりと回転を始めた。
「天」「地」「人」。
三つの光が、その文字を描きながら大きく広がっていき、見えないドーム状の幕のように、テーマパーク全体をぐるりと包み込んでいく。

三才結界がテーマパーク全体を包み込んだ、その瞬間だった。
「ぐぎぎぎぎゃあああああっ!!」
血の底から湧き出るような呻き声が、園内に轟いた。
昨日の魔物だ。
おじさんのような姿をした影が、鬱蒼とした茂みの奥から現れる。
だが今日はその輪郭が昨日とは違った。黒い瘴気と、百年近く膨らみ続けた憎悪の念が、まるで嵐のようにその周囲を取り巻いていた。
「またお前らかーーっ!もう許さんぞ!」
「正体を現したか」
美凪が静かに言った。
「魔物は、自身を生み出した人間の姿を真似ることがある。だが、その正体はおぞましい怪物だ」

おじさんの姿が、みるみる崩れていく。
鳥のようなクチバシにはギザギザの歯が並び、爬虫類を思わせる鱗に覆われた体躯。
異様に長く大きな両腕には、鉤爪がいくつも生えている。
魔物は大きな腕を振り上げ、昨日と同じ、瘴気の渦による攻撃を繰り出そうとした。
「正体を現したな」
「ゆう!」
美凪の声が飛ぶ。
「壱(一)の印をやつにぶつけろ。奴の偶数を暴け!」

「一」という数字で何かを割っても、その数字そのものは変わらない。
数学ではこれを「単位元(たんいげん)」と呼ぶ特別な性質だ。
この「一で割っても変わらない」という性質を利用して、魔物の持つ偶数が何なのかを明らかにする。
それが、俺たち九印師の戦いの基本だ。
俺は右手を構えた。
「壱の印――恒等律!」
手のひらから放たれた光輪が、魔物の身体に打ち込まれる。
魔物の表面に、ぼんやりと数字が浮かび上がった。
「拾肆(十四)」
「ゆう、よくやった!」
美凪の目が、一瞬鋭く光る。
「漆の印、七陽斬!」

美凪の手のひらに光輪が現れ、放たれた瞬間、光の中に「14÷7」という数式が浮かぶように直撃した。
魔物が悲鳴を上げてよろめく。

「陰数が一桁になった。奴より大きな陽数を打ち込めば、浄化できる」
美凪はすでに次の光輪を構えていた。
手のひらの中心で輝くのは、「玖(九)」の文字。
「極陽の印――極光、陽炎」
光の炎が魔物を包み込み、容赦なく燃え尽くしていく。
魔物は断末魔の叫びを上げ、その輪郭を失いながら、静かに消えていった。
辺りが静寂に戻った後、俺には、見えた。
魔物が浄化される時、その魔物を生み出した憎悪の念が、記憶のように流れ込んでくることがある。

今からちょうど百年前。
世はまさに大正ロマン――古い伝統と新しい西洋文化が混ざり合い、華やかに開花していた時代の片隅に。
貧困から抜け出せない、一人の男性の姿があった。
世を恨み、人を恨み、何もかもに取り残されたまま、その生涯を終えた男。
もう彼はこの世には居ない。
自身の憎悪の念だけが、百年の時を超えて残り続けていたことを、彼自身は知るよしもなかった。
【次回、第五話へと続きます。】
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本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは関係ありません。