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連作短編小説『優里の波路』 第23話

    あらすじ


    優里(ゆうり)は現在56歳。ひとりっ子で、小さな頃から個性が強く変わり者。そんな性格のせいか、子供の頃から友だち作りが苦手だった。「赤毛のアン」が愛読書でアンのように一人の世界に入り込み、想像力豊かに過ごすことが大好きな女性だ。趣味は料理と花を見ること。ひとり息子も優里に似て、鉄道と食べることが大好きな変わり者。親にはその個性をなかなか理解してもらえず、自分を受け入れるのに苦しんだ時期もある。数少ない大切な友人二人をがんで亡くし、優里も46歳で最初の乳がん、53歳で別の胸に二度目の乳がんを経験した。優里の乳がん治療のあれこれや、人生を通して出会った人々との交流から優里が心豊かに大人になっていく様子を描く。



    「小さな優里はおばあちゃんと商店街へ行く」 Vol.5


    おばあちゃんが亡くなって数年後、優里の父が施設に入り、優里が実家を片付けていたときに父の手帳が出てきた。
    手帳には誰かが羨ましい、アイツを疎む、これは修行だ、こんなことばかりが書かれてあり、優里は父がこの手帳に気持ちを吐き出していたのかと、父の心の中を知った。

    そして手帳にはおばあちゃんが書いたメモが挟んであった。
    「すみれちゃん、どうして帰ってしまうの。さみしいよぉ。帰らないでここにいてよ。」と書かれていた、優里の父の妹宛てに書かれたメモだった。おそらく自分の介護で娘がやってきたとき、娘の帰宅後に書いたのだろう

    あの気丈なおばあちゃんがこんな弱音を書き遺していたなんて、思いもよらなかった。
    きっとこんな弱音を優里の両親に言うわけにもいかず、すみれ叔母さんに言えば叔母さんが帰れなくなる。人には言えない寂しさをどこかに吐き出したかったのだろうか。

    亡くなって数年が経った今になってこのようなメモが見つかり「すみれ叔母さんのところでなく、どうして父の手帳に挟んであるの…。」と切なくなった。父に処分されずに自分が見つけて良かったと優里は思った。

    あの頃優里の母は「私がこんなにお義母さんの介護をしているの!私は忙しいのにすごく大変なのよ!」と自分ばかりを主張し、実の娘のすみれ叔母さんに「私が用事がある何曜日と何曜日にあなたは来て。私はその他の何曜日と何曜日に来て、主人が残りの日に来るから。」と3人でおばあちゃんの介護をするための指示を出していたのを思い出した。

    自分の予定だってあるだろうにすみれ叔母さんは反論することなく、波風立てないよう優里の母の言う通りに実母に会いにきていた。
    優里が口出しはできなかったが、いくら長男の嫁であろうが何故優里の母が指示を出し、実の娘のすみれ叔母さんが好きなときに母親に会いに行けないのかと疑問に思った。

    優里はこのすみれ叔母さんが大好きだった。茶道を嗜み、控えめだが実直で、いつも優しい叔母だった。
    両親の言い分ではおばあちゃんは自分たちを一番慕っていると言っていたが、実はこのすみれ叔母さんを一番慕っていたことがこのメモから分かり「そりゃそうだよ。」と納得できて嬉しかった。

    父はどうして母親が遺した手書きのメモを実の妹に渡さなかったのだろうか。兄であれば渡すだろう。

    そういえば優里が「すみれ叔母さんはすごい人だと思う。私は尊敬してるよ。」と話したときに「そうかぁ。なんであいつを尊敬すんの?」と言った父を思い出した。自分の妹のことをこんなふうに慕う優里の言葉を喜ぶかと思いきや、反対の反応を示した父に違和感を感じたことがあったが、父の手帳を見てようやく理解できた。

    尊敬していた母さんは自分宛ではなく、妹宛に書いていた。自分宛ではないメモを見て羨ましくなり、妹には渡さないという悪戯心が生じたのか。それだけ母親のことを息子として慕っていたのかもしれない。
    けれども優里としては兄である父から妹であるすみれ叔母さんへ渡して欲しかったと、父を残念に思った。

    このメモは私がすみれ叔母さんに渡さなければいけないと考え「父の手帳からおばあちゃんが書いたメモが出てきました。送ります。父が渡さずにごめんなさい。」と郵送で送った。
    大好きなおばあちゃんの大事な本心は、向けたその相手に渡したかった。父に邪魔をさせたくなかった。

    すみれ叔母さんは兄のことには触れずに「優里ちゃん、ありがとう。私には3時になると『遠いんだからもう帰りなさい。』と言っていたのに、あの気が強いお母さんがこんなふうに思っていたなんて知りませんでした。良かったです。」と連絡があった。

    おばあちゃんが書いた小さな手紙は、数年を経てようやく娘のところへ辿り着いた。
    喜んでいるのだろうか、それとも気が強いおばあちゃんは「そんなの見ないで!」と恥ずかしがっているのかもしれない。

    小鉄が大学生になってから優里とおばあちゃんのことを話したときに、海島商店街の話になった。
    小鉄をよく連れて出かけたのは幼稚園入園前の頃。小さかったはずなのに、それでも小鉄にとっても海島商店街の記憶は残っているようだった。

    「母さんもあの製麺屋が好きなの?オレも海島商店街の中であの製麺屋が一番好きなんだよなぁ!あの店なんか良いよねぇ。」「よく覚えてるね!あんなに小さかったのに。」と二人で話が盛り上がった。

    小鉄がくすのき研究室に入り、自分の研究テーマを決めるために何かきっかけはないかと街歩きをしていたときに、不意にこの製麺屋を思い出して海島商店街へ出かけたことがあった。

    「実はオレ、海島商店街へ行ってきたんだよ。なんか寂しくなってたな。」
    小鉄のイメージではもっと活気があったのに、今では閑散としていて残念だったと話した。

    小鉄はこのときに海島商店街を訪れたことから、これから自分が取り組む研究テーマのイメージを決めた。
    そしてこれが小鉄のライフワークのひとつへと発展した。

    おばあちゃんが大切に過ごした海島商店街は、優里の人生だけでなく小鉄の人生まで導いた。優里もまさか海島商店街が小鉄にまで影響するとは考えていなかった。

    そして小鉄が全国へ鉄道旅に出かけるとき、地元の商店街があればなるべく立ち寄り、その土地に根付いた食を食べ、日本の地域の良さを知ることもライフワークのひとつとなっていった。

    おばあちゃんから優里へ、そして優里から小鉄へ、三人が大切に想う何かが引き継がれた。

    人で賑わい、人々の生活に密着していた活気のある海島商店街を小さな小鉄に見せることができたことは幸運だった。
    おばあちゃんに会うために遊びに行って、散歩がてらに連れていった海島商店街。
    当時のままであれば…とつくづく残念に思う優里と小鉄だ。

    小学校を卒業できなかったおばあちゃんは子供たちの教育を大事に考えた人だから、海島商店街をきっかけにして、自分の膝の上でぴょんぴょん跳んでいたひ孫の小鉄が大学院で学ぶことをきっと喜んでいるだろう。

    おばあちゃんの料理と、割烹着姿のおばあちゃんと出かけた海島商店街で過ごした時間は優里の宝物だ。
    あんな商店街がどこかにあればいいのに。
    おばあちゃんと海島商店街は今でも優里の心の中で生き続けている。


     
    最初の乳がんから10年の節目を迎えました。作品によってはきつい内容もあるかもしれませんが、お読みいただきありがとうございます。コメント、フォローのお返しは控えて創作を楽しみたいと思います。

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