
ギプスは重いしデカいし、何より滑る。(馬とケガのはなし)
私は25年以上もの間、競走馬に携わる仕事をしてきた。
(その後、突然変異を果たし、今はなぜか僧侶になっている。)
馬に関わる仕事内容は、主に調教で馬に跨り、お世話や手入れをするというものだが、気性の激しい馬も多いので、なかなかに危険も多かった。
ドリームファームという牧場の場長を長く務めさせてもらったのだが、スタッフのケガも決して少なくなかった。
数少ないデスクワークの中で、労災の申請というものがあるのだが、社会保険事務所のお姉さんと軽口を叩けるくらいに親しくなっていた。
それだけしょっちゅう労災の申請をしていたということになる。
だがじつは。私自身は仕事で大きなケガをしたことがない。
この長い年数、競走馬と共に過ごし従事して、労災を使ったのはたった一度だけである。
それは人馬転(馬の転倒に巻き込まれること)により馬の下敷きになり、意識を失い、救急車で搬送という、初手でいきなりドラマのような派手な案件であった。
しかし病院搬送後、諸々の検査後の診断が「軽い脳震盪。それ以外は問題ない」というもの。
目撃者によると私の頭が完全に馬の下敷きになっていたらしいが、後遺症として打撲の痛みすら残らなかった。(ピクリとも動かない私を見て死んだと思って泣いていたらしい。)
ちなみに全然記憶にないので、「ふーん」という程度の感想しかない。
とにかく、何事も無かったため、この事故はただのアクシデントであり、(自分の中で)ケガとしてカウントされていない。
同業の人には分かってもらえるだろうが、25年以上この競走馬業界にいて「馬で(派手な)怪我をしていない」という事実は、賞賛されるべき偉業なのだと自負している。
しかし残念ながら、その点に関して牧場内では全く評価されなかった。
その理由はハッキリしていて「怪我が多かった」からだ。
???え???
・・・つまり、それは私の趣味による。
その遍歴はインラインスケート、スケボー、スノボー、ランニング、クライミング。
いい年して、と言われがちなオッサンあるあるの、脳筋剥き出しのものだったからだ。
残念ながら特別に運動神経が良かったわけでもなく、当時は体も硬かった。
派手なケガをするのも必然だったのかもしれない。
数か月もの間、馬に乗れないような大ケガをしたこともある。
同業の人には分かってもらえるだろうが、25年以上この馬業界にいて「プライベートの遊びで怪我をする」という失態は、まことに唾棄すべき愚行なのだと自負している。
今更ながら、ホントにごめんなさい。
場長という役職にありながら、皆様にはご迷惑をおかけしました。
それでもそんな私についてきてくれた当時のスタッフには感謝しかありません。
中でも一番の大怪我は2016年、クライミング(ボルダリング)をしている時のものだった。
今回のお話は、その時のものだ。
ホールドを掴む手指の力ばかりが注目されるが、案外足指も酷使するスポーツがボルダリング。
小指の先ほどしかない小さなホールドにつま先をそうっと乗せて、バランスをとりながらじわじわと全体重を一点に乗り込ませていく。
そんな動作をしている時だった。
バンッ!
突然、右足首から大きな音が飛び出た。同時にガツンと衝撃が走る。
当然壁から落ちたのだが、何が起きたのか分からなかった。
一緒にジムで登っていた(当時中学生だった)息子が腹を抱えて笑いながら言う。
「なんかヤベー音が足から出た!」
特に痛みは無かった。すぐに立ち上がる。
しかし歩こうとした瞬間、また強い衝撃が走り、足元から崩れマットの上に転がった。
自分の右足首を見る。
折れてはいない。
腫れてもいない。
見た目は何の問題もない。
息子はなおも笑っている。
「それ、ヤベーーーって!」
何なのだ、お前ら世代の良いも悪いも全部「やべー」だけで済ませる、語彙力の貧困さは。腹が立ちつつも、なにがなんだか分からない。
とにかく自分の足首に尋常ではない何かが起こっていることだけは分かった。
注意深く立ち上がり、恐る恐る一歩を踏み出す。
「?」
拍子抜けするぐらい、何事もない。
しかし体重をかけた瞬間、やはり衝撃が走った。
見えないおじさんから足払いをくらったような感覚だった。
なす術無くマットの上に転がる。
「おおおっ!なんかヤベ―――っ!」
私は叫んでいた。
息子は涙を流して笑っていた。
数時間後、 診察室でこの不可解な現象を説明していた。
現状として違和感は強いものの、右足首に痛みはほぼ無い。不思議な感覚であった。
どう歩けば「見えないおじさんの足払いウェイヴを食らわないか」を把握してからは、なんとか歩くこともできる。
医者は「これは・・・おそらく【ヒコツキンケンダッキュー】でしょう」と言った。
なんだそれは。
ヒコツキンケン
全く聞いたことのない言葉だった。
北斗神拳でそんな流派があったような気もする。
じっさいは腓骨筋腱(ヒコツキンケン)と書く。
解説すると、ふくらはぎと足底を繋ぐ腱になる。外くるぶしの骨を滑車のようにしてグルッと繋いでいるらしい。
本来は滑車から腱が外れないように、ベルト通しの役目を果たす組織があるのだが、あらぬ方向への急激な力でそれが破損し、勢い余った腱が滑車から外れてしまった状態。
これが腓骨筋兼脱臼(ヒコツキンケンダッキュー)だ。
治療はギプス固定か手術。ギプス固定であれば1か月半くらいで治癒するが、再発する確率がなんと50%程度だという。
えええ。
馬に乗っている最中、グッと踏ん張った瞬間に、見えないおじさんから足払いウェイヴを食らったら。そんなもん恐ろしすぎるではないか。
食らわないとしても、再発5割って、傍でずっと見えないおじさんが足払いの素振りをしているようなものではないか。気になり過ぎて集中できないであろうよ。
というわけで、当然のことではあるが手術を希望した。
ただ、何度か述べているが見た目は全くわからない。
何かの拍子にゴキっと脱臼するのだが(もちろん結構痛い)、直後には自然と元の位置に腱が収まっている。
違和感と痛みの余韻だけがしばらく残るような状態だ。
注意をすれば、まあまあ普通に歩けないこともない。
しかし油断すると見えないおじさんが足払いしてくる。
その度に悲鳴をあげて悶絶するハメになる。その度に息子がサルのおもちゃのように手を叩いて笑い転げるが、こっちは必死だ。
歩けはするが、常に恐怖心がありストレスフルだった。
とっとと手術をして欲しかったが、ある問題があった。
それは脱臼直後に「腱が元の位置へ戻ってしまう」こと。
後日のMRIの検査を終え、画像を見ながら先生が「やっぱり腓骨筋腱脱臼でしょうねぇ〜」と言いながら、ある問題について教えてくれた。
それは「脱臼している状態を目視で確認」できなければ、確定診断できないというのだ。
つまりそれは治療方針(手術)がいつまでも決まらないことを意味する。
そう言いながら先生は、私の足首をむんずと掴みグイッグイッといろんな方向へ動かし始めた。
かなりアグレッシブ、そして力強い。
先生の手が震えるくらいに、渾身の力を込めている。
先生、・・・あの。
ひょっとして無理やり脱臼させようとしてますか?
すんごい怖いんですけど。
「うーん、外れないなー。」
やっぱり。
先生、頭をひっぱたいて良いですか?
先生は諦めて力を抜くと、無邪気な顔でこう言った。
「自分で外せます?」
え?
自分でわざと脱臼させるの?
そんなの怖すぎるんですけど。
そーいったプレイは得意ではないんですけど。
僕、けっこう気が小さいんですけど。
恐る恐る足首を曲げて、親指だけを少し下げてみる。
くるぶしの違和感がグーンと一気に増してくる。
く・く・くっ。
や、やっぱり怖いんですけど。
これ以上無理なんですけど。
ハァハァハァ。
なんですか先生。
何故そんなキラキラした少年のような瞳で見つめてくるんですか。
ふうー、深呼吸。
仕切り直そうと、いったん脱力。
足首を戻そうとした瞬間
バギッ!
うぉおおおおおっ!!イッ痛ぇええええっ!!
無理やり登場させられた、見えないおじさんの怒りを感じる、今までにない力強い足払いウェイヴであった。
「よしっ!」
なんですかっ、先生っ!「よしっ!」てなんですかぁぁぁっ!
「間違いないです。ヒコツキンケンダッキューです。」
ガッツポーズでもしそうな勢いで、先生は言った。
こうしてやっと確定診断し手術が決定した。
説明を受けると、手術は「くるぶしの骨に溝を掘って、靭帯を埋めて縫い付ける」というものだった。文字にすると恐ろしいが、案外怖さも抵抗もない。
私のキャラクターとして脳筋健康優良中年を気取ってはいるが、実は手術は今回で4度目になる。実際は事故歴多めのランクルみたいなボディーといえよう。
最初に20代でやった腰の椎間板ヘルニアの手術が前方固定という手法だった。
前方、つまりお腹を開けて内臓を避けてから、背骨の椎間板を除去する。
そして空いた背骨の空間に、自分の骨盤から削り出した骨のブロックを、グリグリ埋め込んで固定する。
こんな想像するだけで気を失いそうになる、なかなかえげつない手術で、検査を含めてとんでもない恐怖と痛みの繰り返しであった。
あの時かいた脂汗の総量は、狭山湖の湖面に油膜を張ることすら容易であろう。
2回目の手術は粉瘤除去で、入院も無く日帰りで誤差みたいなものだし、3回目の脱腸は「ダッチョー」という響きが、ひたすら恥ずかしかっただけで、手術はなんの緊張感もなかった。
それがいけなかったのかも知れない。今回も楽勝だと、たかをくくっていた。
実際、足首の手術自体は全く問題なく終了したのだが、必要以上に軽く捉えていた私は、術後すぐに駄々をこね始めた。
神妙にベッドの上で大人しくするという感覚に欠けていた。
だってあまりに退屈過ぎたのだ。
あれほど普段から休みが欲しいと切望していたのに、寝るだけの生活は一日で十分過ぎるほどだった。
病室で無駄に「元気で大丈夫」アピールを繰り返したので、翌日には松葉杖での歩行訓練が許可された。
「少しずつ歩行の練習をして、退院予定の8日後までにしっかり歩けるようにしよう」
という先生の説明を
「問題なく松葉杖で移動ができるようになったら退院できる」
と勝手に脳内変換した私はブンブン移動しまくった。
松葉杖での移動を筋トレと位置づけ、無駄にスピードを上げでフンフン鼻息を吐き出しながら移動していた。
驚く看護師さんに得意げに手を振る。
先生の術後診断でも、持て余して抱えきれないほどの元気をアピール。
結果として、翌日(術後2日)で退院することになった。
先生からは
「早く退院したからって治りが早いという事ではない」
「動き回ったからと言って早く治るわけではない」
と何度も釘を刺されたが、私は内心得意満面だった。
まるで一流のアスリートみたいではないか。
「驚異の回復力!9日の入院予定を2日目で退院!」
誇らしげにSNSにそんな投稿をしていた。
いや実際、そんな投稿をするために頑張ったという、当時の歪んだ自意識も否定できない。
帰宅すると玄関でサブロー(黒柴犬、去年(2021年)暮れに老衰で死去)が熱烈に嬉ションをまき散らし歓迎してくれた。
それに比べてどうだろう。某夫人はあくまでも冷たかった。
「どうせ無駄に元気アピールしたんでしょ。困るのよね。そーゆー患者。」
医療従事者である某夫人は、にべもない。
だが実際に退院時、担当の看護師さんが「満面の苦笑い」だったのはそういう事なのだろう。
まあ、とにかくこれで自由だ。
牧場スタッフには申し訳ないが、動ける休日を満喫しようではないか。
玄関から家へ上がると、興奮したサブローが激しくじゃれついて来る。
松葉杖でヒョコヒョコ歩く私が「何か新しい遊び」を始めてくれたのだ、と勘違いしたらしい。
イヤ危ないって、マジでぶつかって来るなって。
松葉杖に襲い掛かるなって。
ダメだって噛みつくなって!
嬉しそうに唸り声をあげながら、なおも距離を詰めてくるサブローを必死に拒絶する。
バランスを崩しそうで、ほんとうに怖い。
転んだ時のことを想像したくない。
そうだ。とりあえず服を取りに2階へ行こう、と思った。
ちょっと考える。
松葉杖では無理だろう。杖を階下において、四つん這いになって階段を上り始めた。
これは。
思っていた以上に動きにくい。
足首をモビルスーツの如く覆ったギプスがデカ過ぎて、しかも重い。
一段上る毎にあちらこちらに当たり、ズキンと傷に響く。
さらにギプスが異常に滑った。
ちょっとでも体重を乗せてしまうと、ローション地獄のように摩擦係数ゼロで滑っていく。
階段という狭く急な傾斜は、とんでもなくリスキーであった。
そしてもう一つとんでもないトラップが襲い掛かってくる。
サブローは、すでに様子のおかしいレベルで興奮していた。
階段を四つん這いでジワジワ登る私を見て、なにか勘違いしている。
こら!サブロー!
嗚呼ッ!すき間にめり込んでくるんじゃないっ!
落ちるってっ!顔を舐めるなってっ!
俺はふざけてるんじゃないの!
う、嬉ションをまき散らすんじゃないっ!
得体の知れない動きで、未知の遊びにいざなうご主人様に、サブローの興奮は頂点に達していた。
本気の脂汗が噴出する。狭山湖の湖面に油膜のグラデーションを張れるくらいボトボト汗をかいた。
これは最速退院したオッサンが、爆速当日に再入院なんてSNSに投稿する話になりかねん。
数分後、どうにかこうにか2階にたどり着いた。
スキージャンプ台をヒルクライムするレッドブル400に等しい苦行であった。
しかも妨害行為付き。
這いつくばって、洋服ダンスの前にたどり着く。
?
???
これは、どうやって立ち上がって服を取り出せば良いのだ?
どうやって着替える?
着替え終わった洗濯物はどうする?
どっと疲れた。
結局何もすることができず、上がったときの2倍の恐怖を感じながらズリズリと階段を下りる羽目となった。
サブローばかりが大喜びしている。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・
「仏道をならふといふは、自己をならふ也」とある。
単純に意訳すれば「仏の教えを学ぶとは、自己を学ぶことである」。
この学びは、書物を読んだり、他人の話を聞いたりするだけでは決して成り立たない。かといって内証に耽ることでもない。
自分の身体と心を以て、直接、坐り、動き、痛み、喜びを受けとめていく、その道中に仏の智慧が現成するといえる。
すべては「縁」によって成り立つのだ。
自分の身体一つとってみても、ただ独りで存在しているわけではなく、無数の縁に支えられ、支え合って生きている。
一つ一つ気が付いていくことで根を張った自我を無くしていく。
自分はこうも周りに迷惑をかけているのか。
自分の安っぽい自己主張にどれだけ多くの人を巻き込んできたのか。
ほんの少しだけ自分を客観視するだけで、滑稽にすら思えてくる。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・
やっと階段下にたどり着いた私を見る某夫人の視線が、呆れ果てたものになっている。
私は今回の経験でひとつの真理に気が付いた。
某夫人に尋ねる。
「ひょっとしてさ、『入院』って家に帰っても何もできないし、家族の負担が増えるだけで迷惑だから病院にいなさいって意味もあるのかな」
某夫人は一言
「なにをいまさら」
コチラを見もしないで言った。
サブローだけは、嬉しそうにいつまでも尻尾を振っていた。
了