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吾輩は猫なのだろうか 第2話 赤い満月の夜

    飲み会の途中、禁煙の店内から外に出てタバコを吸った。外には同じように数人の男性がタバコを吸っていたのだが、いつもと違って何やら空を見上げていた。

    この日は何年かぶりの皆既月食だったようで、空を見上げるとみなとみらいの高層ビル群の空に、今まで見たことのない赤く鈍い光を放つ妖しい満月が姿を見せていた。

    その赤い満月のあまりの不思議さに、慶子さん達も呼ぼうと思い店の中を覗くと、トイレから戻る途中の慶子さんの後ろ姿が見えた。店内に入って「慶子さん」と声をかけると、慶子さんが振り向いた。吾輩は出口の方を指しながら手招きをし、二人で店の外に出てその赤い満月を見詰めた。

    「へぇ~不思議ですね、赤い月なんて。皆既月食なんて、生まれて初めて見ました」

    慶子さんが感動している様子で空を見上げながらそう言った。

    「皆既月食って、太陽と地球と月が一直線に並んで、月が完全に地球の影に隠れるから起きるんですよ。でも地球の大気を通過した赤い光だけが屈折して月を照らすから、真っ黒にはならずに赤く見えるんです」

    さっきタバコを吸った時にスマホで調べたことを、さも知っていたかのように説明した。

    「へぇ~、センター長って物知りなんですね」

    慶子さんは優しい笑みを浮かべながら言った。嬉しかったが、

    「実は、さっきスマホで調べたんですけどね」

    と、正直に告白した。

    「本当にキレイですね」

    吾輩がそう言うと、慶子さんがこう言った。

    「本当にキレイ……。いつも見ている月よりも、今日の月は断然キレイですね。次はいつ見られるのかしら?」

    そう聞かれスマホで調べようとしたところ、慶子さんが続けた。

    「次もまた一緒に見れたらいいですね」

    慶子さんは、ほんの少し吾輩の方を向いた。それだけだった。

    残念ながら、それは無理だろう。センター長という職種は長くても三年、短いと一年くらいしか勤められないのだから。

    赤い月の光が、慶子さんの頬にやわらかく落ちていた。

    「まるで月が、泣いているみたい。こんなに赤いなんて」

    慶子さんはそう呟いてから、少し笑った。吾輩は慶子さんの方を向いて「本当に、月がキレイですね」と続けた。

    その時突然、高校の国語の先生がこんなことを言っていたことを思い出した。

    夏目漱石が英語を教えていた時、I love youを「私は君が好きだ」と訳した生徒に「日本人はそんなことは言わない。『月がキレイですね』と訳しなさい」と指導した、と。

    慶子さんは、この逸話を知っているだろうか。

    それよりも、妻に、月がキレイだと言ったことがあっただろうか。三十年近く一緒に暮らしてきたのに、記憶の中を探しても見つからなかった。

    「飲み会は二時間以内」というコロナ禍での銀行内のルールもあり、焼き鳥屋を八時過ぎに出た。空にはまだ赤い月が浮かんでいたが、少しずつ欠け始め、赤みが薄らぎ始めていた。

    駅までの帰り道、自然と二人ずつになり、吾輩は慶子さんと並んで歩いた。多くの人が赤い月を見るために上を向きながら歩いていた。

    交差点の信号で待っていると、月を見ていて前を見ていなかったらしく、後ろのサラリーマンが慶子さんにぶつかってきた。慶子さんは前に押し出されそうになり、私の腕につかまってきた。

    慶子さんが「あっ、ごめんなさい!」と詫びてくれたが、吾輩は正直胸がドキドキしていた。

    駅に着き、慶子さん達とは別々の電車で帰るため、吾輩は三人と駅の入口で別れた。

    駅で別れる前、吾輩は改めて慶子さんの顔を見た。駅の灯りの中で笑うと真っ白な八重歯とチャーミングなエクボ。飲み会が始まった頃より、ずっと明るく見えた。

    ただ不思議なことに、その笑顔は吾輩に何か遠い懐かしさを感じさせた。どこかで見たことがある、そんな気がした。しかし記憶の糸を辿ろうとすると、するりと逃げてしまった。

    吾輩は猛烈に慶子さんの飼い猫が羨ましくなった。いや、もう慶子さんの猫になりたくてしょうがなかった。

    その瞬間、なぜだか今朝妻から言われた「気をつけてね」という声が、記憶の奥からふっと浮かんだ。毎朝、当たり前のように聞いていたあの声が、今夜に限って、なぜこんなに遠く聞こえるのだろう。

    慶子さんが

    「この満州焼きって、すっごく美味しいですね。まるで焼き鳥じゃないみたい」

    と言うので、吾輩は自慢げに「実は豚のカシラ肉なんですよ」と説明した。

    ただし、吾輩がそれを知ったのは、二十年通ってようやく二、三年前のことだ。その間ずっと鶏肉だと信じていた。

    初めて行った焼き鳥屋でこんなやり取りをしたその慶子さんが、今まさに、猫である吾輩の目の前にいる。

    ついさっきまで、吾輩の飼い主である佐藤慶子さん達と会社近くで一緒にお酒を飲んでいたのだから。そこで慶子さんが猫を飼っていることを初めて聞き、その時「慶子さんの猫になりたい」と思ったことを、はっきり覚えている。

    日本を離れて暮らしてみて初めて日本の良さに気付いたという話を聞いたことがあるが、吾輩は猫になってみて初めていかに自分が恵まれていたかに気付いた。

    これが、吾輩が猫になる直前の記憶である。

    そして吾輩は、慶子さんの寝室のベッドの上にいた。

    これはきっと夢に違いない。今日は久しぶりに相当飲んだので、帰りの電車で埼玉まで寝過ごし、揺れる車内で猫になった夢を見ているのだろう。最初はその程度に思っていた。

    だが、もしこれが夢でなかったとしたら——吾輩は何かを見るために、ここに来たのかもしれない。

    人間のままでは、見えないものがある。毎朝「気をつけてね」と送り出してくれる妻の声に、ありがとうと言えなかった。夕食の香りにも、気づかなかった。洗い物で荒れた手を、子供が産まれてからは、一度も握ったことがなかった。

    ずっと、そうだった。

    ――――――――――

    まさかこの一夜が、吾輩を猫に変えるとは。
    慶子さんの正体も、この胸のときめきの理由も、まだ何もわかっていない。
    ちなみに慶子さんは、女優の篠ひろ子さんによく似た、クールな昭和美人だった。吾輩は、篠ひろ子さんの大ファンだ。

    (第3話「ニャーオ」へつづく)

     
     
    50代の、出向を控えたサラリーマン。 母と妻の父の介護を終え、ふと振り返る。妻に任せきりだった子育てと介護、しっかり言えなかった「ありがとう」。猫の視点を借りて綴る『吾輩は猫なのだろうか』。猫になって振り返る吾輩の人生は、不器用で、だけど案外いい人生(猫生)だったのかもしれない。

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