審判者
審判者の旅路
一回目:広大な領地
私は選ばれた。
神の声が聞こえたあの日から、私は「審判者」として生まれ変わったのだ。
目を覚ますと、広大な草原に立っていた。これが私に与えられた試練の地か。見渡す限り何もない荒野は、まるでゲームのフィールドのようだ。
「さすがは神の用意した領域...スケールが違う」
歩き始める。どこかに次の指示があるはずだ。ミッションが表示されるはずだ。
喉が渇いてきた。だが審判者たる私に、そんな些細なことは問題ではない。肉体の限界など、精神力で超えられる。
歩き続けた。
足が痛い。視界がぼやける。
「これも...試練...」
倒れる直前、思い出した。
あの日、街で見た光景を。
「罪人には裁きを」
私は正義を執行したのだ。彼らは罰せられるべき存在だった。スマホばかり見て歩く若者。騒がしく笑う学生たち。ルールを守らない、秩序を乱す者たち。
私が審判を下した。
それは正しかった。だから神が私を選んだのだ。
意識が遠のく。次のステージが待っているはずだ。
二回目:浄化の湯
熱い湯に浸かっている。
「これは...浄化の儀式か」
審判者として次のステージに進む前の、清めの儀式に違いない。RPGでもよくある展開だ。
しかし湯が熱すぎる。深すぎる。足はかろうじて底につくが、少しでも油断すれば溺れてしまう。
「試されているのか...」
立ち続けるしかない。審判者の資格があるか、試されている。
足が震える。息が苦しい。熱さで意識が朦朧としてくる。
ふと、浮かんだ記憶。
公園で遊んでいた子供たち。うるさかった。秩序を乱していた。
「静かにしろ」と言ったのに、笑い続けた。
だから審判を下した。
それは正しかった。私は審判者だから。
湯の中で、私は正義を思い続けた。
三回目:闇の試練
真っ暗な洞窟。
足元で何かが蠢いている。触手のようなものが這い上がってくる。
「モンスターか...」
審判者として、魔物を討伐する試練に違いない。
掴もうとしたが、逆に捕まった。引きずり込まれる。無数の触手が体に絡みつく。
「くそ...力が...」
息ができない。
なぜだ。私は審判者のはずなのに。
記憶が蘇る。
駅のホームで、ぶつかってきた男。謝りもしなかった。
だから、突き落とした。
それは審判だった。正しい行いだった。
...本当に?
四回目:叫びの中で
周りに人がいる。全員が叫んでいる。
「同じ審判者たちか...」
いや、違う。彼らは逃げている。何かから。
炎が迫ってくる。
「これも試練...!」
走った。しかし炎は追いついてくる。
叫び声が聞こえる。自分の声だと気づくのに時間がかかった。
焼かれながら、思い出す。
コンビニの店員。態度が悪かった。客に対して無礼だった。
だから深夜、店の裏で待ち伏せた。
ナイフを持って。
「審判を...」
いや、あれは。
五回目:崩壊する理論
また目を覚ました。
もう何度目かわからない。
草原で、風呂で、洞窟で、炎で...
パターンが見えてきた。
「これは...レベル上げ...」
そうだ。審判者として強くなるための修行だ。
でも。
でも、なぜ苦しいんだ。
なぜ痛いんだ。
なぜ、記憶が蘇るんだ。
公園の子供たち。駅の男。コンビニの店員。スマホを見ていた女子高生。騒いでいた大学生。
次々と顔が浮かぶ。
「罪人たちだ...私が裁いた...」
今いるのは血の池だ。体が沈んでいく。
血の色を見て、ようやく気づいた。
これは、あの時の。
最終回:審判者の正体
「被告人、立ちなさい」
法廷にいた。
裁判官が判決文を読み上げる。
「被告人を、殺人罪により死刑に処す」
ざわめく傍聴席。泣き叫ぶ声。
遺族たちだ。私が「審判」を下した人々の。
「被告人は一貫して、自らを『審判者』と称し、犯行を正当化し続けた」
裁判官の声が続く。
「精神鑑定の結果、被告人は現実と虚構の区別がつかず、自らを特別な存在と妄信していたことが判明した」
違う。
「被告人が殺害した被害者は計十三名。いずれも無差別で、被害者に落ち度は一切ない」
違う、彼らは罪人だった。
「動機は『秩序を乱した』『態度が悪い』といった極めて身勝手なもので...」
違う、私は審判者だ。
「被告人は、アニメやゲームの世界観に没入し、自らを主人公と同一視していた」
違う違う違う。
「これは殺人ではない。審判だ。正義の執行だ」
そう叫んだはずだった。
でも誰も聞いていなかった。
エピローグ:真実
独房で目を覚ました。
執行の日が近い。
「地獄を見た」
そう看守に言ったが、鼻で笑われた。
「お前が作った地獄だろう」
彼らには分からない。私が見た光景。草原で渇き、風呂で茹で、洞窟で溺れ、炎で焼かれた記憶。
あれは悪夢だったのか。
それとも、これから行く場所の予告だったのか。
テレビのニュースが流れている。
「通称『審判者殺人事件』の犯人、明日死刑執行」
私の顔が映っている。
コメンテーターが言う。
「アニメやゲームと現実を混同し、自らを特別な存在と勘違いした典型的な...」
消した。
私は審判者だった。
...本当に?
携帯していたノートが、証拠品として法廷で読み上げられたことを思い出す。
『レベル1達成。次のターゲットは駅で』
『経験値が足りない。もっと審判を』
『神の声が聞こえる。私は選ばれた』
あれを書いたのは私だ。
でも今読み返すと。
「これは...」
正気の人間が書くものじゃない。
翌朝、執行室に向かう。
歩きながら思う。
私が見た地獄は、罰だったのか。
それとも、私が作った地獄だったのか。
最後に思い出したのは、最初の被害者の顔だった。
ただ笑っていただけの、中学生の少女。
「罪人」などではなかった。
ただの、子供だった。
刑が執行される。
暗闇の中で、私は理解した。
審判者などいない。
ただの殺人鬼が、いただけだ。
そして本当の審判が、今、下される。