
実録出張回想録vol.69転機
突然の配置転換。。
その日、それはまるで不意打ちのように訪れた。
会社の近く麹町界隈の、昼は海鮮丼が売りの居酒屋でランチを済ませ、戻りがけに自販機のドリップコーヒーを片手に一息ついていたときだった。
「直ぐに上の会議室へ来るように!」
担当部長の声は妙に硬かった。
――これは何かある。。
階段を登るわずかな時間、脳裏にいくつもの考えが駆け巡った。
「何がバレた?」「ついに来たか?」
報告できない不正や裏取引に手を染めてきた過去が、頭の中で一斉にざわめき立つ。会議室のドアに手をかける頃には、すでに覚悟を決めていた。
中に入ると、海外担当役員、営業本部長、管理・企画部長ら重鎮がずらりと並んでいた。
――これはただ事ではない。下手をすれば、クビか?

張り詰めた空気のなか、管理部長が口を開いた。
「ライバル会社に本日10時頃、公取が入った。立入検査や事情聴取の中身はわからないが、我が社も関わるODA(政府開発援助)関連書類や担当者の手帳やらを根こそぎ持っていかれたみたいだ。我が社にもいつ行政調査が入るかわからん。直ちに関連資料を処分せよ。至急だ!」
ーーODA関連は業界で無駄な争いを避けるために水面化でルール化されています。それが万が一、表に出れば間違いなく業界及び商社全てが何らかの行政処分を受け新聞紙面の一面を飾ることになると共に我々業界を超え、全ての二カ国間援助が根底から見直される超鬼ヤバMAXとなります。

転石苔を生ぜず
瞬間、私の危機防衛本能は全開になった。
会議室を飛び出すと、階段を駆け下り、キャビネット、机、手帳に至るまで関連資料を根こそぎかき集める。後輩と手分けをし、次々とシュレッダーにかけた。幾つもの袋に詰めた紙屑をエレベーターで運び、地下のゴミ置き場へ。まるでスパイ映画の一場面のように、証拠は2時間足らずで跡形もなく消えた。
当時はまだPCが普及していなかったため、削除対象は紙資料とワープロ用のフロッピー程度で済んだ。並行して、ODAに関わるビジネスを展開する各商社へ電話を入れ、同様の処分を依頼する。午後の社内は、まさに嵐のような騒ぎだった。
報告を終えると部長は言った。
「しばらくは行動を慎重に。」
その言葉どおり、数日間は息をひそめて過ごした。二週間ほど経った頃には、公的な動きもなく、関連会社からの新情報もない。ひとまず嵐は去った――そう判断された。

だが、この出来事は私の仕事を大きく変える転機となった。ODA関連の入札業務は当面自粛せざるを得ず、私は遠くアフリカの大地を離れ、日本海を越えた川向こうの国、韓国を担当することになったのだ。
韓国とのビジネスは今、急成長の波に乗り、人手不足と聞いていた。アジア部門の責任者は、かつての師匠「キツネ目の上司」と犬猿の仲で、私も正直好きな人物ではない。だが、この際、好悪を口にする余地はない。
長年携わってきたアフリカや中東とはまるで異なる文化圏。
同じ単一民族の国、日本の隣国・韓国で、私はまた新たな人々と出会うことになる。
――この転換は、不安であると同時に、少しばかりの期待も孕んでいた。
