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断捨離で出会ったロイヤルブルーの着物で広がった着物の世界

    断捨離をしていると、「これは捨てられない」というものが出てきます。
    ものにストーリーが付随しているからかもしれません。
    これは私の断捨離にまつわる着物のストーリーです。

    焦りの中で手放した祖母の手作り半纏

    2人の子育ての真っただ中の3〜40代の頃、片付いている部屋は一つもありませんでした。リビングは子供の学校のランドセルやプリント類が床に、おもちゃや脱いだ服がソファに置かれていました。
    物をとにかく減らさなければと焦り、不要なものをとりあえず処分していました。

    その過程で手放したものに、私の祖母がひ孫(私の子供)のために使った綿の入った半纏(はんてん)です。

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    半纏のイメージ

    昔の人は着ていた着物を半纏や布団にリメイクしていたようです。
    その半纏は祖母の丁寧な手仕事が伝わる可愛らしいものでしたが、結局子供に着せる機会はないまま2人の子供も10代に差し掛かっていました。

    クローゼットでかさばる赤ちゃん用の半纏は今後着る機会もないと考えゴミ袋に入れましたが、捨てたときのチクッとした心の痛みを今でも覚えています。
    その痛みの正体は、祖母の心のこもった手仕事を生かせなかった自分への不甲斐なさと、祖母の手仕事に出会える機会を自ら手放してしまった後悔かもしれません。

    50代になりプロの手を借りて断捨離をする

    子育てが少しずつ落ち着くにつれてミシンでの小物作り、洋裁などの趣味に没頭し、断捨離はそれほど進みませんでした。
    50代をすぎた頃、このままではいけないとジリジリとした焦りにも似た気持ちがやってきました。

    このまま片付かない部屋で自分に何かあったら周りに迷惑がかかるだろう、元気だとしても物が少ない部屋で穏やかに過ごしていきたい。
    その目的を叶えるには本格的に断捨離に取り組む必要がある、でも自分一人では無理と判断し、お片付けのプロの手を借りることにしました。

    お片づけの方と一緒に1か月に1回、2-3時間で部屋を片付けていきます。
    お支払いする金額は時給数千円とそれなりの出費でしたが、確実に片付くと思うと納得できる額でした。

    最初は進学のために自宅を離れた長女の部屋からスタートしました。
    一つ一つのものを手に取って、要る/要らない/保留を決めていきました。
    一人だと気が遠くなるような作業でも寄り添ってくれる人のおかげで少しずつ前に進むことができました。
    その方にお願いしてよかった点は「無理に手放そうとしなくてもいい」というスタンスだったことです。
    手放せないものは「保留」や「思い出」という形でとっておくことができたので、手放したのは明らかな不要品ばかりでした。

    断捨離で得られた計り知れないもの

    要らないものを減らすことを続けていくうちに、段々と心地よい変化に気がつきます。
    要らないものが減ったことで必要なものが探しやすくなりました。
    その他のメリットとして要/不要の判断が早くなってきました。
    何よりも良かったのは、残したものを愛でることの大切さに気がついた事です。
    以前は断捨離することは、ものを捨てる辛いことだと誤解していました。
    けれど実際は、必要なものを大切に残して暮らしを豊かさにするプロセスでした。

    そのうち自分一人でものを減らす作業が出来るようになり、結果として余計な物が置かれていない和室が一つ出来ました。

    その和室は玄関脇にあり、来客の際は人を通したり、桃の節句にはお雛様を飾ったりしたり、時には親戚を泊めたりする目的で作られました。
    しかしこれまでの暮らしの中では常に物がある状態で、少し片づけても皆が物を置いていくので物置となっていた残念なお部屋でした。

    何もない和室ができたことで、新たな使い方が出来るようになりました。
    床の間に花を飾って寝っ転がってぼーっとしてもいいし、昼寝をしてもいいし。子供と一緒にストレッチをしてもいい。
    何も物がない和室の空間を通して得られた心の豊かさは計り知れません。

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    和室のイメージ

    母の部屋で出会った100年前の祖母のロイヤルブルーの着物

    誰にとっても親の部屋の片づけというのは頭の痛いものです。

    80代後半の母は戦後の物が少ない時代に生まれ育ったせいか物を捨てるのは苦手です。物を減らすことが終活になりお迎えが早く来てしまうと信じていて余計に物が減らせませんでした。
    六畳程度の母の部屋にはベッドと和箪笥、洋服掛け、本棚、プラスチックの収納ケースが置かれて、人が1人通れるスペースがかろうじてありました。

    親には親の生活があるので子供がそれに口出しするのは余計なお世話でしょう。けれど私にはその和箪笥や中にある着物は不要品という乱暴な見方をしていました。そして断捨離で得た空間で豊かになった自身の経験から、母にすっきりした部屋で残りの人生を穏やかな気持ちで過ごしてほしい、と思っていました。

    そんな母が足を悪くして歩行器を使うようになったことから、姉の手を借りて母の部屋の物を減らすことにやっと同意しました。

    姉と私で母のもとを訪ね、一緒に和箪笥の中のものを整理しました。
    母が大事にとっておいた着物は亡くなった祖母や祖父の形見の着物、帯などでした。
    持ち主の思い出を聞きながら着物や帯を整理することは、私たち家族の歴史をたどる貴重な時間でした。

    その中に目の覚めるような鮮やかなロイヤルブルーの色留袖がありました。裾には鶴と船などおめでたい柄が金を混じえて描かれており、周りにはベージュ系の花が描かれています。よく見ると絵柄の途中で生地が合わされていますが、つなぎ目が分からないほど自然です。花の芯の部分には金の糸で刺繍がしてありました。
    5つの紋や鶴のモチーフから、これがただ事ではない礼装の着物と推測し、母から祖母の嫁入り衣装の着物と聞いて納得しました。
    祖母の生まれは大正初期、ざっくり予想しても100年ほど前の着物です。
    私の知る祖母はすでに「おばあちゃん」でしたが、若かった祖母がこの着物をきてお嫁にきた姿を想像すると祖母の人生の新たな一面を垣間見た気がしました。

    着物や帯は状態の悪いものはその場で処分し、使えそうなものを捨てるのは抵抗がある母に代わって処分するために私と姉で貰い受けました。

    もらい受けたものの処分方法を考える

    家に戻りもらい受けたものを和室で広げました。
    綿素材のレースでできた長襦袢は可愛いけれど背中に汗染みができて胴部分は使えないので、裾の部分でペチパンツなどスカートの下に履くものを作ろうと思いました。
    帯はスマホポーチがいいかもしれません。
    大島紬の羽織はそのまま羽織として着てもいいし、ジャケットにしても格好よさそうです。

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    写真上 レースの長襦袢と帯 
    写真下   大島紬の羽織り


    けれどロイヤルブルーの着物では考えが止まってしまいました。
    黒留袖をワンピースやドレスにリメイクしたものを見かけますが、この着物は地色が鮮やかすぎて普段着る服にリメイクしても着るか分かりません。
    裾の絵柄のベージュ系の花柄はその部分だけ切り取って小物を作ることも考えましたが着物に鋏を入れる勇気がありません。
    色々と悩んだけれど方針がたたなかったので、しばらく保留することにしました。

    着物と私

    着物を着る女性にどんなイメージをもつでしょう?

    少し前にホテルの会食で同級生が着物を着て出席しているのを見かけ、背筋が伸びた彼女の姿が素敵だと思いました。
    同時に着付けの準備や着物での所作などガサツな自分には無理かもと気後れしました。

    これまで50年以上生きてきた中で、成人以降に着物を着たのは4回と少ないです。
    唯一自分で着たいと選んだのはサーモンピンクの小紋でした。
    結婚前に偶然通りかかったお店で生地を目にして気に入り、着物を仕立てたいと思いました。
    結納の席にその着物を着て出ようとしたら「着物の格が場に合わない」と母に却下され、代わりに着物好きの母が気に入った辻が花染めの絵柄の藍の訪問着で結納に出ました。
    いい着物ですが、藍色が暗くて私自身はあまり好きではありませんでした。
    着物は「好き」という以外に「格」で決められるところが窮屈でルールも良く分からず苦手でした。

    一方で行きつけの美容室の美容師さんから着物を現代風にアレンジして着て楽しむ様子を聞くと、好きだからルールに縛られず自由に着るという考え方は素敵だと感じました。

    ミシンでのソーイングを趣味にしていると、高級な生地は年々値上がりする一方、着物の生地や帯は途方もない手間で作られている割に中古でお手頃価格で手に入れられるので、ソーイングの資材としての可能性を感じていました。

    ホテルでの祝賀会の案内


    そんな中、7月に開かれる知り合いの方のホテルでの祝賀会に出席することにしました。
    お洒落なドレスなど持っていないので、ふとお気に入りのサーモンピンクの小紋が着られないだろうか?と頭によぎりました。

    職場の先輩が「着物を着て食事会に出たとき6月だから単衣にした」と着物に詳しかったのを思い出し、小紋の写真をLINEで送って聞いてみました。
    すると「7月に袷(あわせ)の着物は暑いけれど、誰も気づかないだろうからいいんじゃない?」とのこと。
    たしかに世間一般では「女性が着物を着ているな」と思ってもそれ以上気にしない人が大半ですが、いちおう着物のルールを調べておくことにしました。

    そこで初めて着物の種類と着る季節について知りました。
    袷(あわせ)は裏地付きの着物で秋、冬、春と3シーズン着ます。
    単衣(ひとえ)は裏地のない着物で6,9月ですが、最近は温暖化の影響で単衣の季節は広がっており春は4月の終わりから6月まで、秋は9、10月と着ても問題ないようです。
    7、8月は絽や紗といった透け感のある着物で帯や小物も夏の素材だそうです。

    最近は女性の洋服も透けるものが流行っていますが、日本人はそんな昔から透ける素材を着物として着ていたとはなんとお洒落なんだと感心しました。

    姉から絽の着物を借りることにした

    7月なら絽の着物を着てみたい、と思った時にふと姉の存在を思いつきました。
    姉は昔ながらの家に嫁いでおり、恥をかかないように母が一揃い着物をあつらえていました。

    姉に聞くと母があつらえた単衣の色無地、絽の色無地、夏帯に加えて義母からもらった絽の付け下げと絽の夏帯も持っているそうです。
    絽の付け下げは薄紫地に小さく花やもみじが金を使って描かれた上品なものでした。白地の帯はお太鼓となる部分にミントグリーンの背景に白い花が描かれており、茎には金糸も使われていて、清涼感がありながらもお祝いの会にもふさわしいものでした。それに合わせてコーディネートされた帯揚げもラベンダー色に水色の柄が入っていておしゃれでした。
    その付け下げを見たとたんに着てみたいと思い、結局一式借りることにしました。

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    姉から借りた絽の着物のイメージ

    着付け教室へ行くことに決めた


    着物が手に入っても、まだ着物で祝賀会に参加することは迷っていました。
    着物に気をとられて食事を楽しめないのでは?トイレは順調にいけるだろうか?不安をAIに相談すると、まず着物を着てみてどこか出かけてみることを提案されました。

    確かに着物に慣れることは当日の不安を軽減するためにいいアイデアです。
    まずは家でも着付けの練習ができるように、洗えるポリエステルの長襦袢と中古の着物をお手頃価格で手に入れました。
    YouTubeをみながら着付けを練習しましたが、独学では出来る気がせず着付け教室に行くことにしました。

    和室に鏡台が持ち込まれ、玄関脇の和室には私の着付けの練習スペースという新たな役割が与えられました。

    着物の基本知識は電子書籍から

    着物の基本的知識を学ぶのにAmazonの電子書籍のサブスクリプションであるKindle -Unlimitedが役に立ちました。
    「着物」「入門」といった検索で初心者向けの着物の解説の本が出てくるのでとっつきやすいものを何冊か読みました。
    雑誌のバックナンバーではきものSalonという家庭画報の雑誌では女優さんの着物姿がきれいで着物に合わせるバックの形なども参考になりました。
    七緒という雑誌は可愛いらしくも実用的で、コラムも面白くて気に入りました。
    家でのリラックスタイムにそういう雑誌をみているうちに着物の種類と産地の知識も増えていきました。

    着物の世界を知り心が動かされた


    着物の色について知ると色彩の豊かさに感動しました。
    たとえば灰桜色(グレーっぽいピンク色)散りかけの桜の花びらの色だそうです。
    浅葱色(青緑色)は雲のない澄み切った薄い空色 や、涼やかな夏の空気を映し出すような色です。空気や空を色で表現する感性がすばらしい。
    かめのぞき色(薄いブルー)は、はじめは瓶に溜められた水の色かと思いましたが、薄藍染の瓶に1回だけ布をくぐらせて染められた色だそうです。
    露草色は青い露草の染料で染めた色、他にも植物の色で表される色は多いです。
    色を表す言葉には日本の自然の風景がちりばめられおり、昔の日本人は自然とともに暮らしていたことが良く分かります。
    温暖化で季節を感じる機会が減っている今だからこそ、昔の感性が刺さるのかもしれません。

    それぞれの文様にも意味があることを知りました。
    例えば吉祥文様はお祝いの席にふさわしい縁起が良いとされる伝統的な柄で、動物だと鶴、鳳凰、亀甲など、植物だと松竹梅など、道具だと扇などがあります。
    有名な日本のアニメ「鬼滅の刃」で禰󠄀豆子の着物の麻の葉柄は魔よけの意味がある伝統文様です。
    様々な文様に意味が存在することを知り、TPOにあわせて着物の柄や帯を選ぶことは高度な社交術と思いました。

    年齢を重ねると顔色がくすんだり体型が崩れたりして、似合う色や形の洋服を探すことが難しくなることもあります。
    その点着物は明るい色を着てもかえって顔うつり良く見え、また体型が多少ふくよかでも綺麗にみえます。

    着物を知るにつれて、着物は日本人女性を美しく見せる最高のおしゃれではないだろうか、そんな風にまで思い始めました。

    とうとう、自分用の着物をあつらえる


    着物について知るうちにどんどん魅力にはまっていき、借り物でなく自分用に単衣の着物が欲しくなりました。
    そんな時、不要な着物と交換に新しく着物を仕立てる催事に参加しアイスグリーンの単衣の着物を誂えることになりました。
    帯はネットで気に入った中古の帯を手に入る価格で購入しました。

    AIで着物のコーディネートを考えるのは楽しい


    帯の購入は気になる帯の写真を何枚か撮り、自分の持っている着物の特徴をAIに伝え、すすめられたものを参考に決めました。
    選んだ帯は白地に優しい色合いで波の模様が描かれていました。波の模様の帯は夏だけでなく通年使え、波の寄せては返し果てることがない性質から波の文様は不滅、長寿などが続く意味があります。マルチカラーでどの色の着物でも合わせやすそうで、波の間に描かれている白い花の模様がアクセントとして上品でした。何よりリズミカルな波の模様が見ていて楽しい気持ちにさせてくれて気に入りました。

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    中古で購入した帯の柄


    帯と着物の相性が合うか不安でしたが、最近はAIで画像を生成してくれます。反物の写真から着物のイメージを伝え、帯の写真を送ってコーディネートした画像を作ってもらいました。
    我ながら素敵なコーデで、着物について学んでいくうちに私の眼も肥えてきたようです。

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    あつらえた単衣に帯を合わせたイメージ

    しかも、この帯は私のもっている他の二つの着物にもぴったり合います。
    藍の辻が花染めの訪問着は白地の帯をあわせると深い藍色に辻が花の柄が浮かび上がり、着物の暗いイメージが上品なものに変わりました。

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    辻が花の訪問着に帯を合わせたイメージ

    サーモンピンクの色無地では帯が主張しすぎず着物の優しい色を引き立ててくれました。

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    お気に入りのサーモンピンクの色無地に帯を合わせたイメージ

    この帯を手に入れたことで、持っている着物をハレの日だけでなく、普段のちょっとしたおしゃれ着として活用できる機会が増えそうで嬉しいです。

    再び祖母の着物を広げて圧倒された(着物の写真あり)


    エッセイに写真を載せるために、祖母の着物を広げてみました。
    あらためてみると、あの日みたロイヤルブルーよりもさらに鮮やかな色で、とても100年前のものとは思えない発色に圧倒されます。
    柄合わせは布の境目がどこなのか探さなければ分からないほど自然で、艶やかな牡丹や菊の絵の花芯には、落ち着いた金糸の刺しゅうが施されていました。
    それは熟練の職人たちによる丁寧な手仕事でした。
    「私が手を加えてリメイクしてもこれ以上の作品には出来る気がしない。」と気が付きました。

    かといって、この5つ紋の鮮やかな色の色留袖は、自分が主役となる晴れがましい場でしか着ることができず、そんな場が将来訪れるか分かりません。紋を一つ紋に減らして訪問着に作り替えるといいかもしれませんが、とりあえず処分せずにとっておこうと思いました。

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    ロイヤルブルーの色留袖 正面
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    ロイヤルブルーの色留袖 背面


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    パッと見でどこが境目かわからない完璧な柄合わせ


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    牡丹や菊の花芯に施された刺しゅう


    最後に


    AIに言われてふと気が付きました。
    「最初は祝賀会は着物で行くか迷っていたのに今は着物をどうやって着ていくかで迷っていますね。」
    「最初はロイヤルブルーの着物を処分するかリメイクするか迷っていたのに、今は着る対象として残すようになりましたね。」

    たしかに処分の対象としていた祖母のロイヤルブルーの着物との出会いは着物文化について深く知るきっかけとなりました。
    着物はしまっておくより着て使ってあげることで生きてきます。
    クローゼットの奥に眠っていた自分の着物も帯合わせの工夫でより多くの場で着る機会が与えられ、着物として息を吹き返しました。
    こうして祖母の着物のおかげで私の暮らしは確実に豊かになりました。

    亡き祖母に言葉で伝えたい。
    「おばあちゃん、ありがとう。
    おばあちゃんの着物のおかげで着物の良さに気がついて、私は豊かになったよ。」

    もしかしたらロイヤルブルーの着物はいつか誰かに託して手放すかもしれない。
    けれど断捨離で祖母の着物と出会って広がった着物の世界と、そこから得られた豊かな時間は手放すことはないだろう。



     
     
    50代。着物や手仕事に惹かれています。日々の暮らしを通して心に残ったことを言葉で紡いでいきたいです。

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