
そもそも、苦手って克服しないといけないものなのか。
私は大学生。
高校生の時、英語が苦手で夏休みに猛特訓して標準クラスから発展クラスに上がった。
大学2年生、二十歳になって思った。
できないなら、逃げて良いのではないか。
いや、できない かつ やりたくない ならそもそもやれないじゃないか。
努力が美徳とされる時代は終わるんじゃないか。
そうあって欲しいという希望も込めて言ってみる。
なんでかって?
今の時代は、何でもありだからだ。
昔、まだ個人が大衆に発信など出来なかった時代。
あの頃は、マーケティングするにしても市場に一万人以上、見込み客は一千人以上いないとビジネスなんてできなかった。
今はというと、客(というよりファン)が百人いれば生きていける。
YouTubeのスパチャ(Liveをしている個人に視聴者が投げ銭をする機能、多分)とかが良い例だ。
万人受けが成功する時代は終わった。
つまり、平均的なものはもうさほど魅力的じゃない。
よし、話を戻そう。四段落くらい脱線した。
だから、つまり、人が難なくやっているように見えることを嫌になる程努力してもできないなら、自己嫌悪に陥る前にさっさと諦めたら良いじゃないか。
努力して克服したところで、得られるのは忍耐力と達成感だ。
しかし、人並みにできるようになったところで、この世界では平均的なものはもう役に立たない。
高校生くらいまでなら、頑張ってみるのも良いかもしれない。
これから生きていくために忍耐力は必要だし、達成感から得られる自信も大事だ。それに、高校生のときは脳が新しいことに対して柔軟だ。
まだ好き嫌いも変えれるし、吸収力がある。
でも、大学生になり親の手も借りなくなると自我がかなり確立される。
ここまで来ると、
できないことはできない。はい次!できること!やりたいことー!
って行った方が効率よく成功できるのではないかと思うのだ。
今の世の中、何か突出している人。そして自分のことを愛している人。
この種族は最強だと私は思う。
だから、早い段階で苦手を諦め、好きなことをどんどん探究して見つけて究める方が自分も楽しいし、そのまま周りにもファンがつく。
だから、
苦手なんて忘れて、努力していると気づけないくらい何かに夢中になりたいよね
って話でした。ちゃんちゃんっ。