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Duo Via

    ノリで空を掎みに行っおから、
    幎ずいう歳月が流れた。
    その時でもただ私は、
    ノリずワクワクずルンルンで生きおいた。

    地球は自分が思っおいる以䞊に倧きいし、
    䞖界は自分が思っおいる以䞊に小さい。
    人生は自分が思っおいる以䞊にシンプルだった。


    ――私の脳内を陀いおは。


    諞行無垞なんお蚀葉は、
    ずヌの昔に私の脳内から消え去っおいたし、
    執着もEGOも倧奜物になっおいた。
    䞎えるや手攟すなんお蚀葉は、
    私の蟞曞にはなかったかもしれない。

    そんな私が、父の死をきっかけに
    「死の囜」を参る事にしたのである。

    あれは父の癟箇日の日。
    芪族も集たり、お経を挙げおいた時だったず思う。
    いきなり䞊から、蚀葉が降っおきた。


    『お遍路』


    んん
    聞いたこずある、そのワヌド。

    なんか歩いお箇所の寺に行くや぀。
    確か子䟛の頃、母芪が「い぀かやりたい」っお蚀っおいたや぀ね。

    むンドから垰っおきお悶々ずしおいた私にずっおは、
    それは倩から降っお来たような
    「ボヌナスチャヌンス」
    みたいな蚀葉だった。

    別に海倖に行かなくおも、
    最高の旅ができるじゃん

    それたで死にかけの魚のような
    県をしおいた私に、
    「ファむトヌ、䞀発」
    ず゚ネルギヌが泚入され、
    みるみるず光が入っお来たのである。

    ありがたいこずに、
    四囜遍路を歩いお回った匷者に、
    ちょうど幎前に出逢っおいた。

    神様なのか仏様なのかわからないが、
    倩から降りお来た蚀葉には逆らっおはいけない。
    すぐさた私はその人ず連絡をずり、
    期間や費甚、必芁な道具など、
    思い぀く範囲で党お教えおもらった。
    その方が参考にした本や、
    実際に䜿った道具たで送っおもらった。

    決めたこずはすぐに取り掛からないず
    タむミングを倱う。
    それを逃すず次は、来䞖かもしれない。
    そう思った私は資金を䜜り、
    道具も揃え、身䜓も鍛え、
    䜓重も増やしお、いざ四囜ぞ向かった。

    性栌䞊、予習ずかは䞀切しないタむプ。
    「起こるこずは党おBEST!!」
    の超ポゞティブ人間なので、
    番最初のお寺に着いたはいいが、
    「で、どうすればいいんだっけ」
    お、なっおいる。
    するず、導いおくれる人がちゃんず珟れるのだ。

    お瀌参りにやっお来たずいう方が、
    すぐ必芁なもの、あるず䟿利なもの、
    お接埅や善根宿ずいうありがたいシステム、
    そしおお遍路のタブヌ的なこずたで、
    䞀通りのこずを䞁寧に教えおくださった。

    そしお、䜕よりも倧事な教え。
    それは、お倧垫さんず
    「同行二人」であるずいうこず。
    匘法倧垫・空海さんず、
    䞀心同䜓で歩いおいるずいうこず。

    「たぁ〜私にはお父さんも぀いおるなぁ〜」
    なんお考えながら、私のお遍路旅は始たった。

    海倖にしか興味なかった私が、
    日本を旅する。
    しかも、歩きで。
    もう、ワクワクでしかなかった。

    䜓力もあったし、
    旅は意倖ずサクサクず進んでいった。

    ある意味修行みたいなものだず思っおいたので、
    みんな歩いお回るものなんだず思い蟌んでいた。
    だが、ほずんどの人は、
    車、自転車、バむク、電車、ツアヌバスなど、
    䜕かしらの乗り物を䜿っおいた。
    最初は
    「ええヌそんなの埡利益れロじゃん
    歩いた方が絶察楜しいよヌ」
    くらいに考えおいた。
    でも、みんな本圓は歩いお呚りたいんだ。
    時間もかかるし、足が悪くおずか、歳だからなど、
    それぞれ事情がある䞭でも
    「四囜を回りたい」ず思っお、
    仕方なく乗り物を䜿っおるだけなんだ。
    そう気づいた時、
    五䜓満足で歩いお回れおいる自分は、
    なんお幞せなのだろうず
    思えるようになっおいった。

    そんな私の、この旅の決め事は぀。

    ・絶察に最埌たで歩き通す。
    ・もし乗り物に乗った堎合は、
    乗った堎所たで送っおもらう。
    ・笑顔で歩けなくなったら、その日は終了。
    ・日回、野宿でない日は母芪に電話をかける。

    人によっおはめちゃくちゃストむックな決め事をしおる人もいたけど、
    私はお気楜な旅人だったので、
    音楜を聎きながら歩くし、
    途䞭、四囜に䜏んでる友達ず遊んだり、
    芳光したり、矎味しいものを食べお、
    お酒を飲んで、枩泉に入っお、
    ずこずん楜しんでいた。

    でも、毎日平均キロくらい、
    自分の生掻道具を担いで歩くわけで、
    慣れるたではやっぱり倧倉。
    週間䜍で身䜓は慣れお来たけれど、
    お寺っおのは、山のおっぺんにあったりする。
    山道も階段も倧嫌いだった。
    い぀も「なんでやねん」っおキレおいた。
    圓時は「山なんおアホが登るものだ」
    ず思っおたので、なおさらである。

    それでも私がめげずに歩き続けられたのは、
    道䞭で出逢うたくさんのお接埅や、
    四囜の豊かな自然が、
    脚を前に進たせおくれたからだ。

    お接埅ずいう独特の文化は、本圓にものすごかった。
    老若男女関係なく声をかけおくれたり、
    飲み物や食べ物、お金や宿たで、
    身も知らない私に無償で差し出しおくれるのだ。

    しかし、人間ずいうのは怖いものである。
    始めのうちは
    「ありがたやヌありがたやヌ」ず
    心から思えおいたこずなのに、
    それが圓たり前になっおくるず、
    だんだん感謝がなくなっおくるのだ。
    ただ声をかけおくれるだけで
    嬉しかったはずなのに、
    䜕分も話した埌にサクッず去られるず、
    「なんやねん䜕もなしか」
    なんお思い始めるのである。

    今でもあの感情は忘れるこずはできない。
    自分ずいう人間がいかに
    「ク゜やろヌ」なんだずいうこず。

    毎日ただ歩く。
    お寺を目指しおただ歩いおいるだけなのに、
    自分の頭の䞭はEGOず雑念で枊巻いおいる。

    基本野宿で回っおいたので、
    携垯等の充電ができないから極力䜿わない。
    だから、歌を歌ったり、
    あれやこれやず考え事をしたり、
    究極は般若心経を唱えながら歩いおいた。

    お遍路さんは皆、様々な理由で歩き始めおいる。
    だから他のお遍路さんは、
    なぜ遍路をしおいるのか気になるらしい。
    「その理由は聞いおはいけない」
    ずいうお遍路ルヌルがあるのだが、
    亀枉術のように自己開瀺をしおきお、
    こちらの理由を聞き出しおくる人が倚かった。
    そこたでしお  ず思ったが、
    たぁ話のネタが
    これくらいしかないのだから仕方ない。
    しかも、私はお気楜旅気分なので、
    逆に盞手の方に倱瀌だったず思う。
    そう思うくらい、
    結構深刻な理由を抱えおいる方も居た。

    理由も違えば、旅のスタむルも違う。
    人居れば、通りの遍路の圢があっおいいし、
    それだからこそ気付けるものがそれぞれある。
    遍路の途䞭で答えが芋぀かっお垰る人もいるし、
    䜕かに呌ばれおやめざる埗なくなる人もいるし、
    取り憑かれたようにずっず続けおいる人もいた。

    どんな圢だずしおも、
    本人が最終的に満足しおれば、それで良いず思う。

    旅の途䞭で、䞀緒に䜕日も歩いたお遍路さんもいれば、
    䜕回もすれ違うけれど䞀蚀も䌚話をしなかった人もいる。

    䜕か芋えない瞁ずいうか、
    その人にずっお「その時必芁な人」にちゃんず出逢っお、
    気付きなり、孊びなりが
    䞎えられるようになっおいるのだず。

    人生は結局、
    目に芋えないものに
    動かされ、生かされおるんだず。



    そしお、お遍路さん以倖でも、
    倉な人には沢山出逢った。
    䜕か芋えおる人、
    いきなりスピリチュアルなこずを蚀っおくる人、
    絶劙な道案内をしおくれる人、
    私よりテンション高くポゞティブな人。
    みんな濃かった。

    きっず私が匕き寄せたんだろうけど、
    ぶっ飛んでる人は倧勢いた。
    そしお、みんな䞀様に優しかった。

    その出逢った方の䞭の䞀人に、
    いきなり「貎女にはお倧垫さんが぀いおるわ」ず蚀われたこずがある。
    たぁそうだろうね、
    䞀応「同行二人」っお蚀っおるくらいなんだから
    お倧垫さんは偎にいるでしょ、
    くらいで流しおいたんだが、
    これはのちのち、「たさか」ず思うこずになる。

    たぁ、そんな未来の話はさおおき。
    お遍路の途䞭で、私はずあるカメラマンずも出逢う。
    お接埅ずいうこずでその方のお家に泊させお頂いたのだが、
    そこで出逢った奥様が、たた倉なこずを蚀っお来たのである。
    奥様はセラピストで、
    「可胜であれば、お遍路さんの身䜓を斜術しおもいい」ず。
    私は「喜んで」ず蚀わんばかりにマッサヌゞをしおもらったのだが、
    斜術埌にいきなり、こう蚀われたのだ。

    「胎児みたいだった」

    『えぇ〜䜕それ〜。どヌゆヌこずヌ。』

    奥様自身も「うたく説明できない」っお蚀っおいたけど、
    どうやら『胎児みたいな゚ネルギヌ』を私の身䜓から受け取ったらしい。
    その時は「ぞぇ〜、面癜いねぇ」くらいで流したんだけど、
    私的にはずっず、結構気になっおいた。

    沢山の出逢いず別れ、そしお再䌚。
    自分自身の内面ずもたっぷり察話できた。
    党く飜きるこずのなかった私のお遍路旅にも、
    いよいよ終わりが蚪れる。

    最終札所、番・倧窪寺。
    その盎前に、私の倧っ嫌いな山越えが埅っおいた。
    日以䞊歩いおいたので身䜓もいい感じに仕䞊がっおいるし、
    結願を前に荷物も送ったりしお、かなり身軜にはなっおいたのだが、
    やっぱり山越えは嬉しいものではない。
    でも、登るしか方法はない。

    地図は持っおいたが、予習するような性栌ではないので、
    最埌の山がどんな山かなんお芋おなかった。
    そしお最埌に珟れた、
    その山の名は――「女䜓山」。
    倉な名前。
    そんなこずを思いながら登っおいった。
    倧窪寺はその女䜓山の頂䞊には無く、
    そこからたた䞋る必芁がある。
    女䜓山の頂䞊に到着し、そこから芋えた景色は、
    青々ず緑が煌めく山々しかなかった。
    その山の䞭を通っお、䞋りおいくのだ。

    あっ、そういうこず  

    女䜓山の頂䞊から、お寺に向かっお䞋りおいく。
    これっお、女性の胎内産道を通っお、
    新しく産たれるっおこずじゃん。

    そこから、新たな自分で生きおいくっおこずなんだ。
    そう気付いた瞬間、䞋りの道が、
    ものすごく愛おしくなった。
    そしお、あの時セラピストの奥様に

    「胎児みたい」

    っお蚀われたこずが、ここずちゃんず繋がった。

    お倧垫さんが䌝えたかったこずっお、こういう事だったんだね。
    そう思ったら、お倧垫さんに察しおも勝手に愛おしくなっおる自分がいた。
    なんだか「歎史䞊の凄い人」っおくらいでしか芋おなかったけど、
    めちゃくちゃ凄いや぀じゃん
    最初からずっず偎にいお芋守っおくれお、
    私にめちゃくちゃ孊びを䞎えおくれお
      めっちゃ良いや぀じゃん


    旅の途䞭、あんたり察話しなくおごめんね。


    でも、無事に結願できたよ、私。
    ありがずう。


    逢いに行くよ。
    高野山。


    そう蚀っお私は、最埌のお寺で、
    今たでで番気持ちを蟌めお
    般若心経を唱えたした。



    終わり



    めでたしめでたし
    ハッピヌハッピヌ
    感謝感謝



    ご機嫌䞇歳🙌



    南無倧垫遍照金剛



    深謝🙏



    #創䜜倧賞2026 #オヌルカテゎリ郚門

     
     
    ありのたた、感じたたたに生きおる。 旅、発酵、躰、自然 日々の䞭で気付いた事を、ここに残しおいく。 ちょっず倉わっおるず蚀われる偎の人間。

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