
花屋の裏の魔女の家 べべちゃんの脱出
魔女たちが引っ越してきた年の冬のことである。
ブランシュとネロはこの家に馴染んでそれなりに面白おかしく暮らしていたし、べべは普段は彼氏と一緒に住んでいる家で過ごし、時々花屋の裏のこの家に泊まったりしながら過ごしていた。
その日はもう昼過ぎからカラスたちが家の周りで騒いでいた。
言語にならないざわめきに頭を痛めていたのは他でもないブランシュである。
緑のゴブラン貼りの書斎兼寝室で、引き受けないでもいい非魔人向けの魔法を騙った詐欺商品への注意喚起文をこともあろうか非魔人の役所から引き受けてしまった。
その締め切りが今日の午後5時。
現在の時刻は午後4時30分。
「今日カラスどないしてん、めっちゃやかましいやん。」
あまりのカラスのうるささにクラクラしながら部屋を出たブランシュは居間に降りる階段で畳んだタオルを山積みに持った猫の千代さんとすれ違った。
「あら、お嬢さん、お仕事は?」
「後は誤字脱字見て送るだけ。千代さん、強めのリコリス茶、居間に持ってきてくれる?頭痛くて死ぬ。」
そう言うと白いフランネルの塊のような彼女は階段を降りてゆく。
魔女たちはカラスの情報網を使ったネットワーク、クロウズを使いメッセージをやり取りする。魔法の使えない非魔人たちがインターネットを使うのと同じだ。
実に色々な方法で魔女たちはメッセージをやり取りしている。
最もこの家は二人の仕事の都合上インターネットも引いてあるのだが。
居間では黒のTシャツに袴風ロングスカートを履いたネロがブランシュと同じように頭を抱えている。
「カラスが、うるさすぎるんじゃ…」
カウチにいつもネロが倒れているのはソファでは体の長さが収まらないからだ。
「ネロちゃん、カラス語だいぶんわかるんちゃうかったっけ?」
ブランシュが一人がけのチェアに勢いよく座る。
「今日のカラスは伝言伝言、から先を言ってくれんから、事実うるさいだけなんじゃ。」
ネロが頭を振り、それを後悔していた。頭が痛かったのだ。
「難儀やな。誰や、うちにメッセージ送ろかどうか悩んでる奴は。はよ送ってこんかいな、ほんまに。」
クロウズの欠点は「送ろうかな」と思った時点でカラスが送り先に先んじて行ってしまうことにある。
想いが大きければ大きいほど多くのカラスが相手先にお邪魔してしまう。
リコリスのお茶が2杯居間に運ばれてきた。
甘草の強い香りが赤天鵞絨とマホガニーのサンルームに立ち込める。
元々甘いそのお茶にブランシュは菩提樹の蜂蜜を、ネロは山羊のミルクを少し入れた。
二人がそれぞれ一口飲んだ時、カラスが2羽、埃と共にものすごい勢いで窓をこじ開けて入ってきた。
一本のピンクのリボンの端と端を咥えていて、そのリボンには文字が書いてある。
「どうしよう、家賃振り込まれてなかった!この家、出るしかない…って思って。引っ越し手伝ってほしいの!」
ベビーピンクのリボン、ということはべべからのメッセージだ。
魔女たちはお茶に浮いたごみを除けながら、あるいは前髪についた埃を払いながら頼もしく、言う。
「いいゾ」
「まかし」
魔女たちがカラスに言うと、そのままそれがメッセージになってべべに届く。
ネロのメッセージは黒檀の板に白のチョーク、ブランシュのメッセージは白の天竺木綿にブルーブラックのインクで記される。
「とりま、今からそっち行く!30分くらいで着く」
もう一本リボンが届き、べべがもうこちらに向かっていることを知る。
メッセージには怒りが多分に含まれていたようで、リボンは届いた端からチリチリと音を立てて燃えた。
ブランシュが憐れむようにそれを見ている。
カラスたちはたちまちのうちに解散し、常駐カラス二匹のみになった。
「いつ別れるのかと思っておったが、今日か。」
「にしても急やなぁ!仕事終わらしてくるわな。」
魔女たちもそれぞれの部屋に解散した。
ブランシュは言うまでもなく非魔人の役所に詐欺対策の文章を送り、ネロは最近使っていなかった箒の手入れをしている。
最近本当に寒く上空なんかを時速50kmで飛ぶと一瞬でまつ毛が凍ってしまう。その上この都会で別に箒を使わなくても徒歩で十分どこへでも行けるから最近箒に乗っていなかった。
渋谷なんて行かなくても、駅まで行けば十分。コーヒーも紅茶も薬草の苗も手に入るし、魔法使い御用達の老舗石鹸店まである。
それでなくてもネロは箒メンテナンスの達人だ。
この辺りの魔女、特におばあさんの魔女から箒を預かりメンテナンスをするのを副業としている。
「やっと終わったわ〜。ネロちゃん、ちょっとかまへん?」
ノックもそこそこにブランシュがネロの部屋に入ってくる。蜘蛛の巣のような黒の紗で覆われたその部屋は薔薇窓が荘厳と並び、その下に猫足のスツールが等間隔に配置されている。
「どうしたんじゃ?」
窓際のヌックで箒に膏薬を塗っていたネロが顔を出す。
「引っ越しな訳やん?空飛ぶ絨毯とか、うちないよな?」
「葉山の祖母が持っておるぞ。」
「借りれる?」
「聞いてみよう!」
そう言うと、ネロはヌックの奥の薔薇窓を開けた。2月の凍てつく空気が部屋の中に入り込んでくる。
「カラスくん、いるかい?」
常駐カラスがぱっと窓に止まる。
「葉山のお祖母様に伝言。
空飛ぶ絨毯をお借りできますか?」
カラスは2度頷いて満点の星空に舞い上がった。台所の煙突から煙が出ている。今からやってくるべべがしょげていることを見越して、千代さんが何か美味しいものを作ってくれているのだろう。
「今日、星綺麗やな。」
「うむ。」
いつの間にかネロと一緒にヌックの窓から顔を出していたブランシュが空を見上げている。
「ナーウトルォフ・ルーヌボ・シャンス」
「どうかうまくいきますように。」
そんな話をしていると、カラスが帰ってきた。古い封筒を持っている。封を開けると封筒は話し始めた。お祖母様の声だ。
「貸してあげたいのは山々なんだけどね、この間絨毯ちゃん一人でお散歩していたら、お向かいのワンちゃんに気に入られちゃったみたいで、大穴を開けて帰ってきたのよ。お向かいさん、平謝りで申し訳なかったわ〜。それでね、伊東に絨毯の職人さんがいらして、今その方に直してもらっているのよ。
だからね、今お貸しできません。ごめんなさいね。
またお茶でも飲みにいらっしゃい。じゃあね」
伝言が終わった封筒はポトリ、と黒檀と紛うほど黒い床に落ちた。
ネロはその細い指で封筒を拾い上げる。
並んで座っていたブランシュが言う。
「絨毯くん、災難やったな。」
「本当に。」
二人はしばらく黙っていた。
何かいい手があるはずだ。それにしたって寒いな。べべはまだか。
など、思うことはいろいろあったがどれもまぁまぁしょぼかった。
流星群の多い2月である。
今日もいくつかの流れ星が魔女達の頭上を飛んでいったが、とうの彼女らはそれに気付かず窓を閉めた。
猫の金吾が慌ただしく階段を上がり、ネロの部屋の開けっ放しの扉を叩く。
「べべさんが来たっすよ!おぉ、寒い!!なんで窓開けてんすか?変な魔女さんっすねぇ…おぉ、寒い寒い…」
金吾は文句を言うと大袈裟に寒がりながら下の階に降りていく。
魔女たちもそれに倣って猫を先頭に階段を降りた。
今まで千代さんに慰められながら居間の一人がけソファに座っていたべべがパッと顔を上げる。
「ねぇさぁぁぁぁん、ねぇぇぇ、ほんっと信じらんないんだけどぉぉ!!!!!」
そのままべべはこの世の終わりの如くひとしきり泣いた。
魔女たちは、まぁそうだろう、とそれぞれソファやカウチに座り荒れ狂うかわいいべべを眺めるしかできなかった。
金吾が心配そうにホットミルクを運んでくる。
ぽてっとしたマグカップが5つ、くり抜きの取っ手のついた木のお盆に乗っているところを見ると、猫たちも一緒にべべの話を聞くつもりらしい。
湯気が立っていないのが猫用だろう。
ピンクのフリルブラウスに黒の肩紐付きのミニスカート、濃いピンクの髪をツインテールに結んだべべが泣き止み、猫たちもソファに座った。
「泣いてしまった、大人なのに。」
ミルクを受け取りながらべべは言う。
「泣けるのはいいことじゃぞ。脱水になっておらぬか?」
「脱水に一番ええのは牛乳やねんて。金吾ちゃんようわかってる。さすがやわ。」
怒涛のように話しかけてくる二人にべべは少し笑って、
「今日はいろんなことありすぎたわ。あとで話していい?」
といった。猫たちは、解散かぁ、みたいな顔をしている。猫は猫なので多少野次馬だ。
「そういやべべちゃん、何で来たん?箒?」
深緑のぽてっとしたマグを手のひらで覆いながらブランシュは聞く。
「電車だけど?」
それが何か、と言わんばかりのべべにブランシュが続けて聞く。
「箒ではなく?」
「わたしの格好見てよ!!タイツ履いてるとはいえミニスカだよ?箒できたら今頃凍ってるって。」
と、所謂地雷ファッションのべべを二人は見、納得した。
「それはそうじゃ。それで、箒はどうしたんじゃ?」
これはネロの純粋な好奇心。
「スモーラかけてポケットに入れてる。」
と、小さくなった箒をべべは出して見せる。キーホルダーサイズだ。
「良かった、持っては来てたんや。」
ブランシュが安心するや否や、
「家に置いておいたら売り飛ばされそうで…」
またべべは泣きそうになった。
「やばいな…」
「やばじゃ…」
魔女たちがざわめいていると、千代さんがさて、と言って立ち上がった。
「さて、お嬢さん方、本日は牛肉たっぷりのブラウンシチューと金吾さんが手伝ってくれた焼き立てのバターロール、たらとじゃがいものベシャメルですよ。
タラゴンとオレンジのサラダもあります。
さぁ、お早く食卓へ!!」
ネロとブランシュは徐に立ち上がり、杖を天井に向けた。
杖からは青色の光が渦を巻くように天井を照らした。
光の先から7人は掛けられるテーブルと椅子が3脚に燭台が二つ、そして金色の渦巻き蝋燭が次々に現れて決まった位置にセットされてゆく。
元々あった居間用の椅子たちは、食卓に踏まれないようにそそくさと部屋の端に逃げていっている。
猫のテーブルと椅子もセットされ、千代さんがブランシュに持たせて料理をどんどん運んでくる。
シチューのお鍋は冷めないように手持ちのストーブの上に置かれ、大きなレードルでウォルナッツの器に注がれた。鱈とじゃがいものベシャメルは茶色の大きなグラタン皿でほかほかと蒸気を上ている。タラゴンとオレンジのサラダは空吹きガラスのボウルに彩りよく盛られていた。ぶどう蔓をざっくり編んだカゴには、たっぷりのバターロールが詰め込まれている。
千代さんが大きすぎる金色のサービングスプーンを両手で使い、たらを取り分けながら、
「たらのベシャメルは、ビーフシチューをかけて召し上がっても美味しいですよ。」
という。
魔女たちは口々に、いただきますと呪文を唱え出てきたものを食べ始める。
バターロールを一口食べたブランシュが目を丸くする。
「え〜〜、めっちゃおいしいやん!!バターが中で溶けてるタイプやん!!これ、難しかったやろ?千代さんも金吾ちゃんもすごいわぁ。こんなんお店の人かてようしやんで。」
どれどれ、とネロもパンに手を伸ばす。
「本当じゃ、これは世界魔法使いパン研究会に出したら一位のパンじゃ。べべちゃんも食べてみるといいぞ。」
「シチューも美味しい…ワインと、生クリームも入ってんのか…美味しい…最高や。べべちゃんも食べ。」
あれもこれも食べろと言ってくる魔女たちにべべはまた泣きそうになる。
「こんな…ちゃんとしたもの食べるの久しぶりすぎて……」
「今までどんなもん食べとったん?」
興味100%でブランシュが聞く。
「基本はカップ麺。あと、お菓子と酒。あとは同伴で食べた肉類。」
攻めた食生活に
「よう死なんかったな。偉すぎる。」
ブランシュは呆れたような、感じ入ったような反応をする。
「肝臓が強い人間が一番強いんじゃ。」
ネロが根拠のないことを言い、ブランシュもそれに乗る。
「肝臓の弱い奴は魔力も弱いもんな。べべちゃん最強の魔女になれるで。」
ネロとブランシュは結託すると本当か嘘かわからないことを言う。
ベベは何か決めたように
「わたしは魔女にならない。一生魔法少女なの。」
といった。
「まぁ、とりあえず食べ。明日、ホームセンター行くで。」
唐突にブランシュが言う。
「ホームセンター?なんで?」
べべの当然の反応に事もなげにネロが応える。
「引越しなのに空飛ぶ絨毯が入院中なんじゃ。」
「なるほ?わたし、明日新作のドーナツ食べに行きたい。あるじゃん?ドーナツ屋。」
べべもまた唐突であったが、ブランシュは慣れていた。
「ホームセンター、ドーナツ屋のすぐ向こうやし、ドーナツも食べよ。新作て何出てるん?」
「わしはバレンタインのやつを食べるぞ。」
と、ネロは前から狙っていたドーナツを挙げる。
「赤いハートのやつ!!わたしもそれ食べに行くの!!姉さんは?」
「今そんなんやってんのんか。うちはいつも通り生クリームの食べるわ。」
ブランシュはとにかく流行りに疎い。
「本当にいつもそれじゃん?」
呆れ顔のべべに、当然、と言わんばかりにブランシュは言う。
「研究の結果あれが一番おいしかってんて。」
ドーナツの話をしながら、夕飯はどんどんと消え、空のお皿が目立ってくる。
たらの最後の一口はブランシュが食べたし、バターロールは最後の一つをべべとネロが半分ずつ食べた。
ビーフシチューが残ったが、千代さんが明日パスタを入れてくれるらしいと聞いて協力して残したという方が正しかった。
食後、ネロがお茶と金平糖を持ってきた。
ガラスのティーポットの中で銀河色のお茶がゆっくり渦を巻いている。
食卓はいつの間にか居間に戻り、魔法ガラスの天井には満点の星空と流れ星が映っている。
お茶に金平糖を入れるとシャラシャラと鳴ってカップの中に流星群が舞う。
「それで、何があったんじゃ?」
とネロは心底心配そうに聞く。
「まず、わたしが働かない男と暮らしてたのは知ってるじゃん?」
「あのクズな」
「そう、あのクズ。
ずっと非魔人のフリしてOLとかしてたんだけど、金銭的に本当に無理になっちゃって、わたし去年から水商売してたの。知ってるでしょう?コンセプトカフェ。マイルドなキャバクラ。
でも、どんどんお金消えてっちゃって、彼、多分お金を食べる魔獣だったんだね。
何にも買えないしさ、水商売してんのにヤキモチも妬かないしさ。
不安になるじゃん?わたしこの人のこと本当に好きなのかな、って。
それで、今まで私が全部払ってた光熱費とか家賃をさ、三ヶ月前くらいに完全に折半にしたの。先にわたしが半分を彼に渡しといたの。
何よりわたし最近家に帰ってなかったしさ。
そしたら、あいつ使い込みやがって、まずガスが止まったの。このクソ寒いのにだよ?
次にあいつのスマホが止まったの。
でもまぁ、家賃は半分払ってるしなって思ってたら、昨日大家さんから電話が来て、払ってないって、それも二ヶ月!!
それだけならまだ払えばいいかなって、なるじゃん?
でも、最近気づいたんだけど、あいつネトゲで知り合った女の子になんかプレゼント渡してるみたいでさ。
わたしの金だよ…って思って、虚しくなったからもう出て行くことにしたの。
10年も一緒にいたのにさぁ…プレゼントなんてほとんどもらったことないのにさぁ…」
べべはまた俯いてしまった。紅茶の中で白い金平糖が溶けてゆく。ネロとブランシュもつられて黙っている。何を言っても不適切な感じがした。
「というわけで、お引越しです。しばらくご厄介になります。」
べべは俯いたまま頭を下げる。
「ずっと一緒に住もうや。3人の方がおもろいで。」
ブランシュは大概のことをおもろいかおもろないかで分けている。
「魔法薬の配達を手伝ってくれるとありがたいんじゃが…」
ネロは本当に切実そうだ。
「姫部屋も日の目を見るいうて、喜んでるで。」
ブランシュはすぐに冗談を言う。
「部屋が!!??」
べべが冗談にのってやる。
「そう、部屋が。やったーっていうてる。」
「昼間、布団が自分でシーツも着替えて屋根に登って日光浴をしておったぞ。」
「窓も勝手に開いて、部屋がブルブルってしたら埃全部飛んでってたわ。」
「歓迎されてるねぇ。嬉しい。」
どこまで冗談かわからないが、べべは嬉しがらせようとしてくれてる二人が嬉しかった。
翌朝、3人はずいぶん遅くに起きた。
昨夜は寝室に戻らず、居間に大きいハンモックを釣って猫たちも一緒に寝た。
寝た、というか明け方まではしゃいでいた。
朝、3人はズルズルとハンモックから落ちながら朝ごはん面倒だね、もうドーナツ食べに行っちゃおうか、などと話し合った。
魔女の身支度は早い。
特製の薔薇とルリジサのエキスにコットンを漬け込んだもので顔を拭き、イラクサのクリームで保湿、その上にお気に入りのメイクを定着させたシュミンケシートを乗せて剥がせばほぼメイクは完了だ。
あとは細かいところを直し、まつ毛をあげる。
魔女たちの部屋には各々シュミンケシートのファイルが何冊かある。
祝祭用のシュミンケシートは輝く夜空のようだ。最も、今日はそこまで派手ではない。
何しろ非魔人に混ざってホームセンターに行くのだ、あまり目立ち過ぎてはいけない。
最低限チークと口紅に黒や青を使ってはいけない。
と言いながら、三者三様に派手ではある。
黒いネロと、白いブランシュ、そしてピンクに黒のべべ。
3人が楽しそうにドーナツ屋を目指す姿は牧歌的で実に麗しかった。
ポプラ並木を、箒に乗らず徒歩で行く。
少し歩けばあっという間にドーナツ屋だ。
ドーナツ屋はブランシュの田舎から来た普通のチェーンのドーナツ屋で、秋には栗や南瓜、春は桜やイチゴ、そしてバレンタインにはチョコレートのドーナツが店頭に並ぶ。
今年は真っ赤なハートのドーナツにフランボワーズのソース入り、らしい。
べべとネロは真っ赤なハートを買い、ブランシュは昔からある定番のオフロード車の車輪の形をしたふわふわのドーナツを買った。
そのほかにもパイやホットドッグも幾つかと、コーヒー、カフェオレ、そしてイチゴ入りのソーダ水なんかも買って一大朝ごはんとした。
昼前のドーナツ屋はとても空いている。
決して広いとは言えないドーナツ屋の安っぽいソファのある4人がけの席に3人は座り、ヒソヒソと話しながらドーナツを食べてゆく。
「これからホームセンターに行くじゃろ?それで、パレットかスノコを買おうと思うんじゃ。寸法は頭に入っておる。」
とネロがいう。
「ん?」
と訝しげなブランシュ。あれ、うちが話聞いてなかったんか?という顔をしている。
「なんの寸法?」
「ん?箒じゃよ?」
当然だが?と言いたそうなネロ。
「ん??」
ブランシュはネロの説明が全然飲み込めないでいる。
「箒とスノコを、どないする予定なん?」
改めて聞いてみると
「別にダンボールでもかまわんぞ。」
別の選択肢をお出しされた。
「え〜〜ん!なんもわからん!!助けてくれ!!」
「がんばえ〜」
全く話を聞かずにスマホを触っていたべべにやる気なく応援される。
さっきからべべの齧っている赤いハートのドーナツから、真っ赤なソースが垂れて彼女の手を汚した。
ブランシュもパイの細かい皮まみれだった。
ネロだけがどこも汚さずにホットドッグを頬張っていた。
ドーナツ屋の安いテーブルに三つ並んだ飲み物も、随分と減った。
ブランシュがコーヒーのおかわりをしたそうにソワソワしている。
ブランシュがコーヒーをもう一杯おかわりしたあと、3人はもう少し西にあるホームセンターを目指して歩いていた。
午後2時をすぎて、寒いには違いなかったがまぁお散歩できる気温となり、その遊歩道はこの時間にとりわけ美しく、石畳の歩道は鈍色に沈みポプラの間から金色の光が路肩の噴水を煌めかせていた。
ドーナツ屋からホームセンターはとても近い。
ポプラ並木が今日も綺麗だな、と思っているうちに到着していた。
ホームセンターに入ってすぐに右に曲がると、プロ向けの材木売り場があり、その奥にスノコやパレットを売っている。
ネロはそのスノコ売り場に何も見ずに直進し、べべとブランシュはどこに連れていかれているのかわからないまま彼女に従った。
ネロはどこからか箒を出してきてちょうどのスノコを探すべく近い長さのスノコの上に置いた。
「考えたんじゃが、こう箒にスノコを垂直方向につけてじゃな、このさきにもう一本箒をつけるじゃろ?
それで、こちら側にも同じようにスノコと箒をつける、と荷物を大量に運べるんじゃ。
止めるのは接着魔法でも良いが、やや不安なのでインシュロックで三箇所ずつ固定しておけば、少々重いものを乗せても壊れにくい、と思うんじゃが、どうかの?」
この上なく嬉しそうにブランシュを見る。
「なるほど、さっきの話はこの話やったんか。」
「いかにも!」
職人の血が騒ぐらしいネロはずっと嬉しそうだ。
「いや、わからんすぎるわ。」
「接着剤とかの方が安心じゃない?」
べべが言うと、ネロは残念そうに
「知っておるか?
非魔人の接着剤は固まるまでに1日とかかかってしまうんじゃ。
それでは間に合わん。」
と言った。
「なるほど」
ブランシュが何か思いついたらしい。
「おもてんけどさ、椅子キャップをさ、箒の先につけておいたら前方向からスノコすっぽ抜けんでええんちゃう?100均行こ!2階にあるわ。」
「インシュロックも100均で充分じゃ。」
そう言って、ネロは手に持っていた箒を緑の炎にして消した。
100円均一で3人は椅子を引いても床が傷つかないキャップと、インシュロックの長い方、そしてシールやスタンプ、小さくて毛足の長いポーチなんかを買って大満足で店を出た。
スノコを買った後、運搬をどうするか悩んでいたら、表の花屋さんが偶然店内にいて声をかけてくれた。
「あぁ、お隣さんじゃないですか。お困りで?」
「花屋さん!こんにちは。スノコって思ったより重いんですのね。
わたしたちで一枚ずつ持とうと思ったんですけど、ほら、わたし寸足らずでしょう?
引きずっちゃって。」
ブランシュが精一杯関東の発音で話している。
イントネーションは完全に千代さんと同じだ。
「へぇ!今、おれ車で来てるんすよ。スノコ3枚くらい運びますぜ。
玄関に置いて、ねぇ、そしたら、まぁおれが先に着いちまっても何とかなりゃしませんか?」
威勢よく花屋が言う。
「よろしいんですか?」
尋ねるブランシュに、花屋は元気にカラッと答えた。
「いいですよ!そんなデカいもの持って歩いてお嬢さん方が怪我でもしちゃ大変だ。」
「ありがとうございます。助かります。」
そう言って魔女たちは花屋の軽トラックにスノコを便乗させてもらった。
これは本当に助かることで、非魔人のように持って帰るとそれだけで体力を使い果たしてその日中は再起不能になるし、魔法で風船のように空を飛ばして帰るにしても危険だ。瞬間移動させるのは軟膏が必要で、その軟膏が非魔人のいるところで使うには非常識なほどダメな方に香り高かった。
花屋は花屋で裏に住んでいるこのお姉さん方が魔女だと薄々勘付いてはいるが、だからと言って親切にしないと言うのは紳士でないな、と思っていた。
そんなわけで3人は身軽なまま帰路についた。
随分陽も沈み、寒さが増してきていて通り過ぎる人たちはダウンを着込み、マフラーで耳まで覆い、急足で歩いている。
薄着の魔女たちは別に寒くもさなそうに夕飯は何だろうね、なんて言っている。
ここだけ見ると、ちょっと着るものにこだわりのある三姉妹にしか見えない。
そんなに遠くないところに遠出して帰ってきた3人を見て千代さんは過剰に心配していた。
彼女は猫なので寒いところに出かけると言うのは全く信じられない行為らしかった。
暖炉でほかほかに温めた台所にすぐに3人を通し、カルダモン抜きのチャイをたっぷり出してくれた。
「こんな寒い中ウロウロなさるなんて!死んでしまっても知りませんよ!!」
「死なんて。大丈夫やて。ヒトボディはネコボディより寒さと毒に強いから平気やねんて。」
ブランシュはいつものように千代さんを説得する。
「お嬢さんが万が一でも死んでしまったら、わたし、あなたのおばあさまに顔向けできないじゃありませんか。お分かりかしら。本当に、もう。」
千代さんはぶつぶつと言いながら台所の奥に一度消え、戻ってきた時にはオレンジの蜂蜜を持っていた。
「体が、あたたまりますからね。」
と言って3人のマグに横から蜂蜜を入れてまわる。
「さぁ、それをお飲みになったら、居間にでもいてくださいまし。暖炉を炊いていますから。
わたしはお夕飯の支度がありますからね。」
彼女はお話に出てくる母親のように言った。
魔女たちは言われたとおりにチャイを飲み終わると、口々に礼を言い台所を後にした。
その後、牛肉のラグーにフェットチーネ、チーズにサラダという大変結構な夕飯が出て、みんな満足した。
魔女たちは夕飯を済ましてからスノコ箒の加工に勤しんだ。
ネロが作り置きをしてくれていた飛行軟膏をスノコにも塗り込み、それに貼り付け薬を塗った後インシュロックで仮止めする。
もちろん、普段使ってない箒にも飛行軟膏をしっかりと塗り込んだ。
ネロの作った軟膏を塗り込むと、一瞬ものすごい臭いを放った後、手も潤ってローズマリーの香りになる。
スノコ表面に100円均一で買った滑り止めも貼り付けた。
そのカーペットようの滑り止めはブランシュが前から気になっていたものだった。
ブランシュもネロも生粋の魔法使いの一族出身のため、あまり非魔人の使うものを知らなかったりする。
本当に滑らなくなるのか、強力とはどれくらいなのか楽しみでしょうがない。
その点べべは非魔人の親に育てられたので
「まぁまぁ、だよ。まぁまぁ。100円に期待できる程度だよ。」
なんて言っている。
べべに居間で待っているように言い一度自室に戻ったネロとブランシュは、絵に描いたような宝箱を一つずつ持って階段を降りてきた。
「魔道具と魔除け選ぶんじゃ。いくつ選んでも良いぞ。」
そう言ってネロが蓋を開けた宝箱をベベは覗き込んだ。
「え〜〜!!アクセじゃん!!かわいい!!!」
「せやねん、アクセやねん!!べべちゃんにはこれとか、これとか似合うと思うんやん!!」
ブランシュが片手に黒いリボンのヘアクリップ、もう片手に石付きのベロアのリボンチョーカーを持っている。
「指輪が一番強いんじゃ。」
そう言ってネロが重厚な銀製で赤い石の入った指輪を手渡す。
「リボンのモチーフは結界を強め結束も強める。赤い石は勇気の石と言われてるんじゃ。」
「何があったかな?代々受け継がれてるんもあるし、ユザワヤで買ってきてここで魔力詰めたんもあるねん。」
とブランシュは宝箱の中をゴソゴソと探し回る。
「チャイハネやチチカカで買ったのもあるぞ。」
ネロは銀のネックレスをいくつか取り出す。
「意外と適当じゃん。」
「祖母様が高島屋のバーゲンで買って魔力込めたんもあるで。現代の魔女なんてそんなもんよ。
あ、でも、これとかは、お上から賜ったとかいう先祖代々、1000年以上持ってるやつやで。」
牧歌的な龍が彫り込まれた玉の指輪をべべに見せる。
「ジャパニーズテイストすぎる…」
「奈良時代のお品です。
いや、ほんま強すぎて滅多に出せへんよ、これは。
持って出ると何が起きるかわからんすぎる。」
ブランシュは指輪を布で巻き、小さな箱に入れて宝箱の中にしまい込んだ。
「ブランシュのうちって世界最古の魔女の家?だよね?お家探索したい!」
べべは無邪気に言う。
「うっ…どうやろ…家系図見たら2000年以上前の人から中国の名前やからそうなんかな…?」
珍しくブランシュが自信なさげだ。
「どこまで遡れたの?」
べべはもう面白くなってしまっている。
「紀元前11世紀くらい…」
自分でも信じられない様子のブランシュにネロが追い打ちをかける。
「伝説の範囲内のやつじゃ。」
「自分でも信じられへんのよ。祖母様が適当な嘘ででたらめの家系図書いたとしか思えへん。」
ブランシュは下を向いて首を傾げている。
思い出したようにベベが問う。
「じゃあ、寝室の家系図は?」
パッと顔を上げたブランシュがニコッと笑う。
「あれはうちが拵えた100%嘘のパチモン家系図。
よう見てみ?ニコラス・フラメルとかおるから。」
3人は笑い転げて言った。
「嘘すぎる!!」
魔女たちは思い思いに選んだ魔道具を身につけた。
居間に大きな魔法陣を書き、台所からハーブのスワッグを二、三取ってきて魔法陣に置く。3人は手を繋いで、輪になった。
「どうかこの道具たちが私たちを守り、べべが無事に引っ越せますように。」
「スローシュスローエカーパータ」
夜の魔女のネロが呪文を唱える。
身につけた魔道具たちが命を得たかのように光を帯び、かたかたと震えた。
翌日の昼前、3人は大いに着込み、箒と改造箒を携えて家を出た。
もうすっかり魔女だと面が割れているスーパーに立ち寄り、段ボール箱を6つもらい、ついでにお昼ご飯も買った。
たまごサンドに、おにぎり、温かいお茶には保温魔法をかけて、本当の魔法瓶だ、と言って喜んだり、した。
ネロの改造箒はスノコ部分を折りたたんでフライングモードになっていたが、ダンボールを積むためにスノコが開かれ、大積載モードになった。ダンボールは接着魔法で簀子から離れないように接着された。
軟膏を塗り込まれ沈んだ輝きを見せるその姿は古い時代の飛行機のようでもあり、鷹のようでもあった。
スノコの鷹と二本の箒は空の割と低いところをノロノロと飛んでゆく。
あまり高いところを早い速度で飛ぶと寒くてまつ毛も凍るのだ。
べべは相変わらずのミニスカートにフェイクタイツを履いて黒いポンチョがはためいている。
ブランシュは茶色いドラゴン革製耳当て付きの飛行用魔女帽子を被り、白いスキーウエアの上着を着て、スキニーデニムを履き、足元はドクターマーチンのショートブーツだ。
ネロは裏に白鳥のダウン綿の入った黒いライダースーツに、スキー用の手袋をはめゴーグルをつけて黒いバジリスク革の飛行用魔女帽子をかぶっている。
「べべちゃん、前飛んでや!よう考えたらべべちゃんとこのうち場所がようわからん。」
ブランシュがべべにスーッと近づき、言う。
「いやだよ、前飛んだら寒いじゃん。」
べべはさっきからずっと俯いている。
「つかへんようなるで?」
少しブランシュが困惑する。
「わしが前を飛んでやろうな。大体の場所はわかっておる。」
そう言いながら、すっと大きい翼を持つネロが前に出る。
「さすがネロちゃん!寒ない?」
ブランシュがしなくていい一回転を決める。
「最強の防寒をしておるからの。地図をな、こうやって出しておけば道がわかっていいぞ。」
ネロの箒の先には一見魔法陣に見える地図が表示されている。
「やり方はわかるねんで。でもな、うちな、地図出したかてさっぱり読まれへんねんわ。」
とブランシュは笑った。
久しぶりのお出かけにブランシュは少しはしゃいでいた。
この状況ではしゃぐべきでないことも理解していたし、落ち着こうと努力もしたがあまり意味はなかった。
べべは空を飛びながら何か考え込んでいたし、ネロは3を効率よく73にする式について考えていた。なぜなのか?魔女だからである。
街をこえ、河を越え、高速道路も越えて、魔女たちはべべの家に到着した。
初めて見るべべの家は郊外にあるちょっとおしゃれな現代風二階建てアパートで、鍵はオートロック、広い車寄せがある。
ネロの鷹を車寄せに停めた。
べべの彼はべべの口車に乗せられて不在だった。3人はダンボールを小脇に抱え、べべの家に入った。
彼女の家は、全くどう言っていいかわからないにおいが立ち込めており、床も棚も薄汚れ、流しにはペットボトルが何本かといつからおいてあるのかわからないコップがおいてある。
3人がギョッとしたのは、床にゴミ袋を直に置いて、その中がカップ麺の空き容器でいっぱいだったことだった。
べべは眉を顰めながら、
「臭い…汚い……」
と言った。
窓を開けて空気を入れ替える。
魔法のステッキを取り出して、部屋の四隅を叩きながら呪文を唱える。
「不浄なるものよ、息を潜め、清らかなるものとなれ。」
張り詰めていた重苦しい空気がふっと、軽くなり、埃っぽさも減った。
部屋が相当汚かったようで、浄化魔法を使ったべべはぐったりとしてしまった。
今までの疲れもあったのかもしれない。
ネロが窓の扉に結界を張る。
「万が一彼くんが帰ってきても、一瞬別空間に繋がるようにしたぞ。」
「それ、ちゃんと彼くん戻せんのか?」
ブランシュが訝しげに聞く。
「戻らなかった時は、失踪、ということで平和解決じゃ。」
と、ネロ。
「誰も困んないからいいよ。」
べべはぐったりしたまま行った。
「ほな、パッキングしよか!がんばろ!!」
ブランシュはこの上なく元気に言った。
べべとブランシュは最初のダンボール箱を組み立て始める。
ネロは、外にもべべの彼が近づいたらわかるような結界を張りに出ていった。
ネロは他人の家に入るのが苦手だ。
生活の気配が濃いと、気持ちが悪くなる、という。
何より彼女は喘息持ちなので、物理的に埃も吸わないに越したことはない。
そういうことを知っているブランシュがネロに端末で
「どっか外の温いとこにおり。座ってご飯なと食べとき。」
とメッセージを送った。
ネロは足りないものがあればすぐに買えるように百円均一のあるビルにいることにした。
べべとブランシュは、その台所と寝室しかないべべの家の宝物が飾ってあるカラーボックスから着手した。
宝物、というのは主にテレビアニメの魔法少女のアクスタである。
「お前んとこ、アクスタなんぼほどあんねん」
とブランシュがいうほど包んでも包んでもアクスタが出てくる。
だんだん緩衝材がなくなってくる。
繊細なフィギュアもある。持つと台座に埃がフェルトのようになっていて、ネロを外に出してよかった、と思うと同時に、フィギュアの腕が外れた。
ブランシュが途方に暮れていると、べべが新品のもこもこ靴下を出してくる。
「この靴下に入れたらさ、パーツ取れてもいけんじゃない?プチプチの在庫が怪しいんよ。」
名案、天才、と言いながら、新品の靴下にフィギュアやアクスタを巻いて、ダンボールに詰めてゆく。
「あっ。」
と言ってベベの手が止まった。白い手が紺色の箱をギュッと持っている。
「どうしようか、これ。」
ブランシュに渡された箱にはネズミの形のペンダントトップを持つペンダントが二つきちんと収まっている。
「これね、彼とプレゼントしあったの。
この時はね、永遠だって思っててさ、彼もちゃんと働いてたし、彼のことすごく好きでさぁ、ネズミーの夜にさぁ、めっちゃロマンチックでさぁ、ねぇ、これどうしよう?」
そういう間にべべの元気はどんどんなくなっていく。
保証書を読むと老舗の宝石屋の名前が書いてある。
「気持ちの整理がついてから売るか、ここに置いていくか。いや、そやけど、これええのんやからええ値にはなるで?
あのカスのお小遣いにすんの惜しいねんやったら持っていき。」
べべは一度鼻を啜った。
「そうする。」
宝物だけで大きなダンボールの4つが埋まった頃、ブランシュはネロに
「そろそろ1回目行こか」
とメッセージを送り、ネロはスノコの鷹の羽根を広げやってきた。
ダンボール箱の何割かは本が入っており、重たくて危ない。
ぬいぐるみを満載した袋もいくつかあり、スノコの鷹はあっという間に積載量ギリギリに達した。
「では、一回目行ってくるのでな!!」
そう言って飛び立った姿は実に勇敢であった。
残った二人は未着手のクローゼットをまとめ始めた。
クローゼットを開けるや否や
「この三着以外は、私んだから。」
と服を分けた。
「彼くんの服はそんだけ?」
「前にちょっとずつ売ったんだってさ。」
「ほんまの限界やん。」
「で、こっからが私の仕事着。」
とシャカシャカ音のするポリエステルの服を指す。
「めっちゃかわいいやん!!」
「かわいいをするのが仕事だからね。やめようと思ってるから置いていってもいいんだよな。」
そんなことを言いながら何着か箱に入れたところで問題が発生する。
箱が、圧倒的に足りないのだ。
「あ、あかん、もう箱あらへん。ゆーか、ダウン一着入れたら一個埋まる。」
「六つじゃ無理だったかぁ。服ね、ゴミ袋で、なんとかならない?」
とべべはゴミ袋を持ってきて、底を鋏で切り取って穴を開けて、穴にハンガーのかけるところを通し、簡易の衣類カバーを作った。
四つほどを一気にかけてビニールテープで穴とハンガーを一緒に縛る。
それをまた三つ折りにしてテープで止めた。
ブランシュは思いついたようにベランダに出て、べべの家つきカラスを呼んだ。
「千代さんに伝えて、うちの学校に行ってた頃の柳行李みな出しといて、ネロちゃんにもたしたげて」
カラスは2回頷いて飛んでいった。
唐突にべべのスマホが鳴り、べべの悲鳴が上がる。
「帰ってきたいとか言ってるよ、あいつ。」
「そういや、あのカス今日はどうしたん?」
ブランシュが手を止めて聞く。
「今日ね、日雇いで仕事に行ってるみたいなんだけどさ、体調悪くなってきちゃったみたい。」
そう言うべべにまだ愛情があるのを気にしながら、ブランシュは敢えてこう言った。
「えっ、これさ、帰ってきた時、うちら刺される可能性がちょっとない?」
「結構ある。」
「阻止して〜!!うちも何とかするから。」
魔女とて流石に刺されると痛い。
「なんとかって、どうするの?」
「この部屋の時間の進み方を外よりちょっと過去にずらす。」
「えっ、おもろいじゃん。」
「せやろ?やから、相手がおる方お願いしていい?」
「へへっ、任せて。伊達に10年付き合ってないよ。」
べべは自分の言ったことに愕然とした。
10年も!あんな男と暮らしていたなんて!!
この時、べべが彼になんと言ったかはわからない。
ブランシュは立ち上がり、右の中指にはめた指輪に左の人差し指を乗せて呪文を唱える。
表は太陽の印があり、裏は月と星の飾りがあるその指輪を左回転させながら、唱える。
「太陽と月を司りし星よ、銀河よ、今我と我が部屋の時を反転させ過去に止まらせたまえ。」
部屋がグンニャリと歪んだように感じた。
沈みかけていた陽が少しだけ高い位置に戻った。
急ごう。
台所の立派な食器棚はほとんど空で、書類とかわいい魔獣コレクションの食器やネズミ王国の愉快な食器、あとは百円均一の白い器がいくつか、だけが入っていた。
べべが書類を整理し始める。
電話代の請求書、水道代の請求書、電気代の請求書、家賃の請求書。
小さい食卓がいっぱいになるほどの、未払いの請求書を見ながら、べべが呟く。
「2年前の10月からずっと私が払ってたのか…
そりゃお金、ないはずだよ。
ずっと、そうか…
交互に払うはずだったじゃんか。
でもこれじゃないんだよな、いる書類。どこに行ったの??」
そう言って、食器棚の下を開けたり、周りに積んであるぬいぐるみをのけたりする。
ブランシュはそれを見ながら、ぬいぐるみにどんどんスモーラをかけ、紙袋に詰めてゆく。
「これ、全部持ってく、でええねんでな?」
確認するブランシュに、少し悩んでべべが答える。
「あ、どうしようかな。もうこの子とかボロボロだし、綺麗にならない気がするから置いていこうかな。」
「わかった。あんまりくたびれてるんはどんどんベッドに寝かしてくわ。いるのあったあら言うて。」
そう言うブランシュにべべは泣きそうだった顔をキッと引き締めサムズアップを突き出してみせた。ブランシュも小さくサムズアップする。
それからしばらくの間、ブランシュはぬいぐるみを選別していたし、彼女からはベベの唸る声やゴソゴソという音だけ聞こえていた。
ぬいぐるみはちょっと古くなって綿が減っているものの方が小さくしやすく、新しくてパンパンのぬいぐるみは小さくするときに手足が震える、ということを学んだ。
あらかたぬいぐるみが運べる状態になった頃、一際大きいベベの悲鳴が聞こえた。
「何?どうした?」
ブランシュは虫が出たのかと思い飛び上がった。
「あいつ、私の魔道具、売りやがった。ペンデュラムとオラクルがない!!」
大ごとである。非魔人に魔道具が流出するのは可能な限り避けたい。
「待ちぃな、待ちぃな、どっか紛れてない?」
そういうブランシュに、紙箱を見せながら
「ここにね、魔道具入れておいたの。普段魔法使わないけど、いくらかはあるじゃん?学校で使ってたペンとかさ、軽い文鎮とかさ。
その中でも、高価で売れるやつだけないの。ペンデュラム、エメラルド製だったし、オラクルも卒業祝いでもらった本当の金の箔押しのやつだったの。
それだけなくなることないじゃん?
絶対相場検索して売りに行ったんだ、あいつ。」
と捲し立てたあと、また少しだけ泣いた。
ブランシュは、まぁペンデュラムとオラクルなら非魔人に渡っても大したことないな、と少し安心した。悪くてめちゃくちゃ当たる占い屋ができる程度だ。
その箱にごちゃっと入っている魔法薬系は流出したら大変なことになるものばかりだ。
「絶対に許さない。気に入ってたのに。
万が一にもよりが戻ることが、今、なくなった。
一人で野垂れ死んだらいいんだ。」
泣き止んだべべはものすごい勢いで必要書類とその箱を一緒に紙袋に入れた。
その時、家付きカラスが窓をノックした。
窓を開けると、ブワッと冷たい空気が流れ込み、べべの怒りが少しだけ鎮まった。
外にいたのはネロだった。
「すごい量じゃ。載せられたんなら降ろせると思うじゃろ?
これがダメなんじゃ。なんか増えるんじゃ。」
見るからに疲れている彼女に、ブランシュは言う。
「だってうち圧縮魔法だいぶんかけたもん。揺れで魔法解けるの早いんかもしらんな。」
「そ、それかー!!」
ネロが疲れて珍しくハイになっている。
「それや、ごめんな。お疲れさんやで。次からもうちょい強くかけるわ。
それから、柳行李持ってきてくれた?」
箒に取り付けたすのこから、大きい柳行李を二つおろす。
「あるぞ。千代さんが渡してくれたぞ。」
「あれ?二つ?」
「わしの分じゃ。」
「わぁ、助かる!ネロちゃん、おおきにな!」
落とすと本当にまずい書類と宝物枠のぬいぐるみを柳行李に入れ、後のものはどんどんすのこに乗せて上から網で覆いをかける。
服とぬいぐるみでネロが見えなくなりそうだ。
網は先ほどネロが買ってきたのだという。
「ネロちゃん、あいつ帰ってこようとしてるから、この回ダッシュでお願いするわ。」
ブランシュが真剣に言う。
「失敗率が上がると刺される率も上がっちゃう。」
べべも本気だ。
「腰が死にそうじゃ!」
と、ネロ。
「帰ったらええ方のお風呂屋さんいこな!」
ブランシュがそう励ますと、ネロはゴーグルをつけ、何か叫びながらものすごい速さで飛び立った。
「やっぱ競技箒してただけあって早いね。」
べべは寒空を彗星のように飛んでゆくネロを見ていた。
「ねー。さて、続きやろか。」
「ちょっと、一回座っていい?わたし後何持ってけばいい…?」
そういってベベは崩れるようにベッドに腰掛けた。
「ええよ。流石に疲れたよな。」
ブランシュは座椅子に座る。なんとなくベッドが気持ち悪いものに思えていた。他人の家のベッドなんて、基本的にどれも薄気味悪いと言えばそうなのだが。
「もう家ん中、ほとんど何もないね。」
べべの言うとおり、家の中にはもうカラーボックスとベッドだけになっていた。
べべはいつの間にかベッドにあった大きめのぬいぐるみを抱きしめている。
綿が減ってしまってクタクタになっているが人気アニメ魔獣コレクションに出てくるマスコット、デデドンのぬいぐるみだとまだギリギリわかる。
最初は耳をすまさないと聞こえなかったベベの嗚咽がだんだん泣き声になり、号泣になった。
ブランシュは、引っ越しだけでもセンチメンタルになるもんな、と思いながら、何も声をかけられないまま、ずっと座ってべべを見ていた。
ベベの涙がどんどんデデドンに吸い込まれてゆく。
まるで、意思を持っているように。…意思を??
何かに気づいたブランシュの顔が、みるみる青ざめてゆく。
「べべちゃん、それ、放し。そのぬいぐるみ。デデドン、いっぺん置き。言いにくいんやけど、それ、あかんやつや。」
いつもにない真剣な面持ちのブランシュが言う。
「ダメなことないよ、これはわたしが彼にあげたデデドンだもん。ずっと一緒に寝てたんだもん。だいじな子だよ。」
べべはデデドンをぎゅっと抱きしめる。
「それが原因か。ぬいぐるみと一緒に寝たらあかん。
デデドンに彼くんの魂全部入ってしもてるやん。今出掛けてるんは抜け殻や。」
ブランシュはいつもより強く言う。
「そんなこと、あるな…魂、元に戻せる?」
べべはかつて習った式神の法を思い出していた。
「彼くん、非魔人やろ?無理や。」
「そうか、お前が犯人だったのか…」
尚もデデドンを手放さないべべに、ブランシュは何を思ったのかデデドンの擁護を始める。
「まぁ、それと一緒におる間ずっと生きるの無理になってたあのカスのせいやで。
ほな、わしが替わりに生きたろって言うデデドンなりの親切心かもしらんけど、あんま抱っこしてるとベベちゃんの魂も抜いてまいよるから、いっぺん離れよ。な?」
諭すように言いながらブランシュが杖を振るとデデドンは少し空を舞ってベッドに落ちた。
落ちたからといって何が変わるわけでもなかったが、少しだけ空気が変わった。
「食器がさ、ちょっとあってさ。魔獣コレクションのやつとか、ネズミ王国のとかは持ってきたいと思ってるんだよね、高かったし。」
べべがポツリと呟く。
「持っていこ、あいつ売りよるで。」
「でも、プチプチがもうほとんどないかも知んない。」
ブランシュが悩みながら、
「柳行李に魔法かけたらなんとかなるんちゃうかな。空気ゼリーで柳行李満たして、そこに器入れたら少々入ると思うわ。」
というと、べべは
「でもまぁ、一回プチプチでやってみる。」
と決意したように言った。
二人は立ち上がって、台所へ行った。
先ほどべべが言っていた食器は全然ちょっとではなかった。
ほとんど使われていないその食器たちは埃を被り、少しベタついていた。
「どうする?一回洗う?」
「移動中に水出てきたらネロちゃんかわいそうやしやめよ。うち帰ってから洗お。」
そう言いながら二人はどんどん梱包材で食器を巻いてゆく。夢のある食器は奇抜な形をしがちだ。どう巻けば割れないのかよくわからないものもある。半分ほど包んだところで梱包材は底をついた。
あとはネロの到着を待つしかない。
「もうこんなもん?」
ブランシュがそう聞くと、べべが家を見回しながら
「あとはシャンプーとか、かな?」
と言った。
「いる?うちにもあるで。ネロちゃんが調合したええやつ。」
「じゃあ、置いてこうかな、こんな二束三文のやつ。歯ブラシもあったり…?」
「する。ようけある。」
「じゃあ、歯ブラシは捨ててこ。
あっ、あっ、洗面台に大事な物あったわ。ディオールとジルスチュアートの香水。」
と、ベベは立ち上がって変色したプラスティックの洗面台から香水瓶を二つとってきた。
「割れ物やん!食器と一緒に入れよな。え、まって、瓶かわいすぎやん?」
「香りもいいんだよ〜」
と、瓶の蓋を開ける。
「ほんまや〜。これ、うち出る時2プッシュくらい撒いて出たら?後悔しよんで。」
ブランシュは疲れで意地が悪くなっている。
「悪魔か!」
「おっ、悪魔に格上げしてくれんのか!」
そんなことを言っていると、またカラスが窓を叩き、ネロが入ってきた。
「あぁぁ、ネロちゃん、やばいね、ごめんな。
最後は割れ物やねん。」
「ぐぁ…」
ブランシュの宣言に如実にダメージを受ける音を出しながらネロは柳行李を置いた。
「荷物はどんどん千代さんが部屋まで運んでくれておる。ただ、溢れそうになっておるから、帰ったらしっかり後悔することになりそうなんじゃ。」
「玄関にあって蹴っちゃうよりかはいいんじゃない?」
「それはそう。とりあえず、柳行李に魔法かけてまうから、どんどん詰めてこ。」
ブランシュがそう言い終わるや否や、柳行李に魔法をかけた。
柳行李は一度膨らんで元に戻った。べべが柳行李を開けるとそこには見えないけれど触れるものが詰まっていて、それが空気ゼリーだった。
デフォルメされたドラゴンのポットや、デデドンの形のケーキ皿、香水瓶やフェイスクリームがどんどん詰め込まれてゆく。溢れた空気ゼリーが、ぽた、ぽたと床に落ちては消えてゆく。
忘れてた、と言いながら、どこからともなく出してきたアクセサリーの類まで詰められて、柳行李は閉じられた。
「荷物、もうあらへん?」
ブランシュの問いかけにベベは力無く頷く。
「じゃあ、帰るぞ。」
スノコをつけた箒に跨ったネロが言う。
べべはなんだか元気がなくなっていた。
「とりあえず、いっぺん帰ろ?な?」
そう言って、べべを箒に乗せ、ブランシュも箒に乗った。
ノロノロと3人の魔女は飛び立った。少し春の香りのする湿った夜だった。湿気のせいかあまり寒く感じない。薄曇りの夜だった。何か変わりそうで眠れない夜があるのなら、それはきっと今日みたいな日だ、とブランシュは思っていた。ずっと、そう思っていた。そろそろ梅も咲く。
そんなことを思いながら飛んでいると、視界からべべが消えた。振り返るとベベは高度も速度も落として空から落ちそうになっている。
「ネロちゃん、先行ってて。」
ブランシュにそう言われ、ネロは一度頷き、早々に速度を上げた。
ブランシュはべべの横に降りた。
「大丈夫か?」
「う…ん…」
大丈夫ではなさそうだ。ぐすっ、と鼻を一つ啜ってから、ベベは話始める。
「わたし、すごく酷いことしたんじゃないかな。すごく優しい人だったのに。」
「あのクズか?優しい人やったらベベちゃんにだけ金払わせたりせんやろ。」
「でもさ、クリスマスにプレゼントくれようとしてバイトしたりしてたんだよ。わたしがクリスマスにさ、バイトしてから姉さんとこ泊まってそのまま、またバイト行ったりして帰ってなかったから、大晦日くらいになって言われたんだけどさ、クリスマス、一緒に出かけたかった、って。
ないお金を頑張って作ってくれてさ。
そんな優しい人を、わたし傷つけちゃったんだな、って、思ってさ…」
この時ブランシュが正直思っていたのは、何を抜かしとるんや、ずっとあいつの文句言うてたやないか、が全てであった。
「わたし、ダメだ…」
「ほな、あいつんとこ戻んのんか?」
何も思ってない風を装ってブランシュは聞く。
「…うぅ。」
「戻ったかて、ずっと搾取されんねんで?戻んのんか?」
ブランシュも疲れで少し機嫌が悪くなっている。
「戻ん…ない!けど、もうちょっと弱音は、吐く…。鳴き声だと思って聴いてて。」
「鳴き声な、わかった。あと、もうちょっと高いところ飛ばな、ビルに当たりそうで怖いわ。」
「もう高度を保つほど魔力がないのよ…」
メソメソとベベはそう言った。
「えぇ!うちにかてもうほどんど魔力ないで!!物理で紐かなんかで繋ごか?」
慌てるブランシュをベベは混ぜ返す。
「ヒモでねぇ…」
「そっちやない!」
「えぇん、姉さん、わたしには大事なヒモだったんだよ…」
「自分でヒモて言うてもてるやん。」
取り繕ってくれよ、とブランシュは思う。
「でもこないだ、抱き寄せられた時に気持ちわる、ってなっちゃって。
終わるんだなぁって。ずっと好きだったのになぁ…
多分ねぇ、わたしが泣いてるのは別れたからとか彼がまだ好きだとかじゃない気がする。物事が終わることに対して悲しんでるんだと思う。」
と言う長い鳴き声に、ブランシュも思い当たるところがあるようで
「引っ越しかて心にくるもんなぁ。」
といった。
「そうでしょ?悲しいよう、終わってゆくもの全て、悲しいよう。」
「哲学やなぁ」
二人はあはは、と笑った。
その後も、ベベはぐずぐず泣き、たまにビルにぶち当たりそうになりながら、なんとか二人は花屋の裏の家にたどり着いた。
先に帰っていたネロは居間のカウチで伸びていたし、後からついた二人も凍りつきそうなほど冷えた体が、居間の暖炉の熱で溶けてゆくのを感じながら、居間の大きなラグの上に座り込んだ。
「お腹すいたね。」
とベベ。
「今何時なんやろ。」
とブランシュ。
「もうすぐ0時ですよ、お嬢さん方。」
そう言ったのは千代さんだった。
「本当にこんな寒い中お引っ越しだなんて、まぁ!
ちょっとベベさんのお部屋ご覧になってくださいましよ!!
私たち頑張って運んだんでございますよ!!」
猫は不満たらたらで台所へ消えていった。
3人は言われたとおり、べべの部屋を見にいった。すると、よくこれがあの狭いワンルームに入っていたな、という量の箱、袋、服にぬいぐるみが山積みになって、途中から廊下に溢れている。
「これ、どないして部屋入るねんな。」
とブランシュは言い、ネロが後ろから魔法で入り口の荷物をのけた。
「入れんこともないぞ。」
「ありがとう。あれ、ベベは?」
「ん?途中までいたんじゃが、居間に戻ったのかの?」
「かな?」
二人が居間を覗くとべべが具合悪そうにうずくまっていた。
「大丈夫?」
「気持ち悪くなってきちゃった。」
「ネロちゃん、千代さんにあったかいレモネード作ってっていうて。」
ネロは頷いて、台所へ向かった。
「べべちゃん、大丈夫やで。」
ブランシュが横に座ってそう言うと、ベベはまたさめざめと泣き始めた。台所からパタパタと千代さんがお盆に3つマグカップを載せてくる。
一つはホットレモネード、後の二つはホットワインだった。
ホットレモネードをべべに渡し、ホットワインはブランシュとネロが飲むことにした。
べべを中心に3人はピッタリとくっついて床に座り、その温かい飲み物を飲んだ。
レモネードは夏にネロの大叔母様から送られてきたレモンを砂糖で煮て、シナモンを入れて瓶詰めしたものだ。ホットワインも、ブランシュの実家から「これ甘いからあんたらで飲み」と言って分けられたポートワインに八角やクローブを漬け込み、蜂蜜を入れて温めてある。
台所にはそう言うものがたくさんあった。
少しずつ体が温まり、眠気が容赦なく襲ってくる。
「このまま寝る?」
「お化粧落としてない…」
「ちょっと休憩…したらお風呂に入るんじゃ…腰が…ヤバいんじゃ…」
「ネロちゃん、寝てもてるて。」
次に千代さんが居間に戻って来た時、3人はラグの上で眠りこけていたので、猫たちは協力して家中のブランケットをかき集め3人が寒くないようにくるんだ。
朝起きた時に寒くないように、誰も寂しくないように。
そして二匹の猫は、魔女たちの隙間に入り込んだ。
翌朝、誰ともなく「体が痛い!」と騒いだことは言うまでもないだろう。
シンプルな肉体疲労と筋肉痛、そして冷え。非魔人が堪えることは、大体魔女も堪える。
一番最初に目を覚ましたネロが風呂に湯をはり、たいていの痛みによく効く入浴剤を調合しているうちに風呂が溢れていると風呂の床が騒ぐ。その音でべべとブランシュは起きた。
二人はべべの部屋の惨状を思い出し、ため息をついた。
「あの部屋、片付けなきゃいけないの、まじ鬱なんだけど。」
「手伝うたるて。これでべべちゃんも住民やな。ようこそ、花屋の裏の魔女の家へ。」
それからしばらくして、ネロの営む黒色魔法薬品店の1スペースにファンシーなマジカルアクセサリーが並ぶようになった。
おしゃれな魔法少女べべの手作りアクセが巷で人気になるのはまだ先のことである。
<続く>
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