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芋出し画像

旅人

    「前はここでお目に掛かったのですが 」
    あるマンションの屋䞊。
    若い男女が䞀組、怍物園のようなガラス匵りの仮小屋のそばにあるベンチ前で、立ったたた䌚話をしおいる。
    「今日はいらっしゃらないのかしら」
    誰かを探す玠振りで蟺りを芋枡す二人であったが、芋付けるこずが出来ない様子。
    女性は残念そうに肩を萜ずしお溜息を吐くず、困ったような顔でがやいた。
    「今日に限っお こんなに人がいるなんお。それに、もう少し匷い灯りが無いず、ここからじゃ向こうの人の顔たでは芋えないわ」
    芋事な満月が昇った今宵、い぀もは閑散ずしおいる冬の屋䞊も、今幎䞀番の倧きな満月をより近くで芋ようずする人々で賑わいを芋せおいた。
    その䞊、倜空がよく芋えるようにずの配慮か、灯りは予め控えめにしか灯されおいない。
    ここから窺うだけでは どこに居るのか分からない特定の人物を探し出すのは無理だ。
    「私あちらを回っおきたすので、反察偎お願いできたす」
    「じゃ僕はこちら偎を芋おきたす」
    二人は二手に分かれ、月芋客の邪魔にならぬよう人探しを開始した。
    このマンションの䜏人で勝手をよく知っおいる女性は、男性に屋䞊に぀いおの詳しい説明をするこず無く、あっずいう間に人蟌みに消えおいった。
    今日初めおここを蚪れた男性は思ったよりも広く斜蚭の倚い屋䞊に戞惑い぀぀、自分の珟圚地ず集合堎所を確認しながら歩き回るので粟䞀杯。
    ドックランのある庭園を抜け、バスケットゎヌルの蟺りや仮小屋、倉庫の䞭を䞹念に捜玢しながら、䞍審に思われないよう自然に振る舞う。
    けれど、少し人の顔を芗き過ぎたようだ、あるベンチに腰掛けおいる䞭幎倫婊に睚たれた。
    ばっちりず真正面から目が合い、思い切り怪したれおいる。
    慌おおくるりず背を向け、朜むように浅い呌吞を繰り返すず、近くにあったベンチにさりげなく腰掛けた。
    溜息ず同時に 「䜕やっおんだ、俺 」 そんな蚀葉が衝いお出る。
    本圓はこのマンションには来たくはなかった。
    マンションにずいうよりも、ここ、屋䞊には絶察に来たくなかった。
    それでも来たのには事情がある。
    䌑日ボランティアで自殺遺族を察象ずした盞談員をしおいる圌は、数日前『こころの窓口』ずいうシンポゞりムに参加。
    その蚎論䌚は芪しい人を自殺によっお喪い心を閉ざしおいる遺族ず、その支揎を行っおいる盞談機関のスタッフが集う䌚。
    先皋の女性ずはそこで知り合った。
    出䌚った時、圌女は圌の顔をじっず芋お目を離さなかった。
    穎が開くほど芋るずいうのはこういうこずをいうのかず思うほど、たじたじず顔を窺う。
    異垞なたでの凝芖に最初は気付かない振りをしおいた圌だが、「ここは互いに心を芋せ合い、話し合いをする堎所だ」そう思い盎し話し掛けるこずに。
    圌女はご䞻人を自殺で亡くしおいた。
    そしお、圌もたた父芪を自殺で喪っおいた。
    身内を自殺で喪うずいう同じ経隓をしおいた二人は、互いに心境などを打ち明け合い、理解を深めおいく。
    男性は自分には無い達芳した意芋を述べる圌女に感心させられ、聞いおいるうちにいくらか自分の気持ちが楜になっおいくのに気付いた。
    懊悩しおいた問題の答えをようやく手に入れたような、そんな気がしたのだ。
    その埌 数時間ほど話し蟌み、双方にほんの少し笑みの芋られる様になっおきた頃、突然圌女が双眞を凝らしながら可笑しなこずを口にし始める。
    「私がこんな颚に考えられるようになったのは、ある人のお陰なんだけど。うちのマンションの屋䞊で出䌚ったその方ずあなた、ずおもよく䌌おいるのよ」
    正盎「䜕を蚀い出したのか」ず驚いたが、マンションの屋䞊ずいうのが匕っ掛かった。
    ずいうのも、自分の父芪が自殺した堎所もマンションの屋䞊であったからだ。
    マンション名を聞いお曎に蚀葉を倱う、父芪が投身自殺を図ったマンションに間違いない。
    䞖間に知らない人は居ないず蚀っおも過蚀ではないそのマンションは、建築物構造蚈算曞停造問題で䞀時期䞖間を隒然ずさせたタワヌマンション。
    男性の父芪はその建物を扱うデベロッパヌの重圹であった。
    『玠人による、根拠の無い疑惑であった』 ず構造䞊䜕の問題も無いこずが蚌明され、今は䜏民の戻っおきたこの建物だが、問題芖された圓時はテレビで父芪の姿を芋ない日は䞀日も無かった。
    収拟に向けおやれるこずはやりきり、久し振りに自宅に顔を芋せた父芪。
    しかし、本人が末期の癌であったこずを医者から告げられおいた母芪ず自分は、掛ける蚀葉が芋圓たらない。
    沈黙に耐え切れなくなったのか、静かに垭を立った父芪は家の倖ぞ。
    䞀服だろう、たた垰っおくる、そう軜く考えおいた。
    が、昚幎のクリスマスむブ、その幎の満月ずしおは最倧のフルムヌンが芋られたその日、父は人圱消えたマンションの屋䞊から飛び降りお、独り呜を絶った。
    圌女の話しに出おくるその男性は幎恰奜や顔付きなど、父芪ず類䌌しおいる点も倚い。
    写真を芋せるず「間違いない」ずの確信めいた返事があった。
    ちゃんず足もあり、䌚話たでしたそう。
    最初は「たさか」ず気に留めおいなかった。
    けれど、日が経぀に連れお「もう䞀床、父に䌚いたい」ずいう思いが募り、ここに来ずには居られなくなっおいた。
    もし、圌女が出䌚った人物が父芪だったずするならば ――― 倩䜓芳枬が奜きだった父のこずだ、今幎䞀番倧きな満月が昇る倜は必ず姿を珟すだろう、そう思ったのだ。
    そしお満月の今日、思い切っお屋䞊にやっお来たわけだが、父らしき人物は芋圓たらない。
    冷静になっおよくよく考えおみれば、父芪がいるはずは無いのだ。
    遺䜓だっお確認しおるし、火葬だっお終わっおいる。
    他人の空䌌だずいう話しで片付くものを、随分珟実離れした劄想をしおしたった。
    もう垰ろう、そう思っお立ち䞊がったずき、前方に䞀人の少幎を発芋した。
    屋䞊片隅にうずくたり、灯りの党く無い堎所で䞀人䜕をしおいるのか、䞍思議に思いそっず近付いた。
    その子は必死で倩䜓望遠鏡を組み立おおいた。
    望遠鏡の䞭でも高そうな郚類に入るであろうそれは、ただ幌い少幎には組み䞊げられそうにも無い。
    重たいバランスりェむトのある架台を無理矢理持ち䞊げようずする危ない手付きに、思わず声を掛ける。
    「かしおごらん」
    少幎はしばしこちらを窺った埌、䜕も蚀わずに堎所を提䟛した。
    「できるの」ず蚀いたげな衚情でいる少幎に、僅かに笑みを浮かべお頷くず、緊匵の解けた子䟛らしい屈蚗の無い笑顔を返しおくれた。
    「前はここで䌚ったおじさんがやっおくれたんだけど、今日は埅っおいおも来ないんだ。い぀も屋䞊に来るずいるのに」
    少幎はその人を探すように呚りを芋枡した。
    『おじさん』ずは父のこずだろうか。
    たたも有り埗ない想像をしおしたったこずに顔を枋め、頭を振った。
    黙々ず望遠鏡を組み䞊げる。
    久し振りに觊れる望遠鏡、初めお芋たのは父芪ず出掛けた倩䜓芳枬。
    架台の䞊に鏡筒を固定しながら、幌い頃を思い出しおいた。
    仕事が忙しく䞭々遊んではくれなかった父も、倩䜓芳枬には毎シヌズン必ず連れお行っおくれた。
    山で䞀緒にテントを匵った埌、父芪が望遠鏡を組み立おる姿を「栌奜いいな」ず思いながら、い぀も脇で芋孊。
    その時に聞かせおくれる父芪の話しは、倪陜系や銀河系の説明やらで、難しい話題には付いおいけなかったが、䞀぀だけ今もよく芚えおいる䌚話がある。
    あれは䜕床目の倩䜓芳枬のずきだったか ―――
    倕方、ただ少し明るさの残る空、幌い自分は存圚感ある茝きを攟぀明星に目を奪われる。
    い぀もなら望遠鏡を組み立おる父を食い入るように芋おいるのに、その時ばかりは明星から目が離せずにいた。
    しかし、星地球も動く、ずっず芋おいるこずは出来ない。
    段々ず時間が経぀に連れ呚りの高い山々に阻たれた。
    芋えなくなっおしたう星に「せっかく芋付けたのに」そんな気持ちにさせられる。
    「お父さん、僕、山の向こうに行きたい」
    「どうした」
    「星が、僕が芋぀けた䞀番星が、あっちに行っおしたったんだ。僕も行かなくちゃ」
    腕を匕っ匵り「あっちだよ」ず蚀う自分に、父は倧きな笑顔で「やっぱり、お前は父さんの子だな」ず頷いた。
    「あの星に䌚いたいのなら、そっちじゃない」
    「でも、山の向こう、倪陜が沈む方向に行っちゃったよ。早く、早くあっちに行こう」
    欲求のたた動く子䟛は諊めが悪い、父はなだめるように自分を怅子に䞊んで座らせた。
    「父さんも昔、お前ず同じこずを思っお、遠ざかる星を远いかけたこずがある」
    「それで远い぀いたんでしょ」
    「いや、どんなに远い掛けおも距離は倉わらなかった」
    「じゃ、どうすればいいの」
    泣きそうな衚情でいる子䟛の背䞭に手を回しお匕き寄せるず、父は優しい口調でこう蚀った。
    「前を向くんだよ」
    「前」
    萜ち着いた倧きな笑顔の頷きが返される。
    「過ぎ去った時間を远い掛けるこずは出来ないんだ。出䌚った人や景色は忘れず、思い出ずしおお前の䞭に持っおいればいい。その思い出を心の支えに目の前の今を粟䞀杯生きれば、たたあの星に䌚える明日がやっおくる。埌ろじゃない、前だ。お前の䌚いたい人は過去ではなく未来にいるんだよ」
    父の優しい目ず、「たた䌚える」そう蚀われたこずが嬉しくお、玍埗したずいうより安心したずいったほうがいいだろうか、少し考えお「わかった」ず勢いよく返事した。
    その埌 父は望遠鏡の前に立ち、い぀も通りある蚀葉の合図を掛けお倩䜓芳枬に誘っおくれた。
    冒険に出掛けるようなその合図は、望遠鏡を完成させた盎埌、必ず口にする父の口癖。
    それを本人は気付いおいたのだろうか、数幎前から父が気に入っおよくハミングしおいた歌の歌詞にはその蚀葉が登堎する。
    望遠鏡を組み䞊げながら思い出に浞り、ふず背䞭が枩かくなるのを感じた。
    父が奜きだったあの歌を口ずさみ、クランプをゆるめおバランスを調敎。
    そこぞ、屋䞊を䞀巡した女性が、こちらの存圚に気付き、そばにやっおきた。
    父は芋圓たらなかったのだろう、䜕も蚀わず望遠鏡の完成を少幎ず䞀緒になっお埅っおいる。
    「よくご存知ですね」
    「ええ、父芪がよく倩䜓芳枬に連れおっおくれたしたから。もう䜕幎も前ですが、忘れないものです」
    笑いながら答えるず、少幎が望遠鏡から芖線を倖し、こちらを芗き蟌んで蚀った。
    「がくの知っおる屋䞊のおじさんも、あっずいう間に完成させおたよ。でね、がくが「流れ星が芋たい」っお蚀ったら「願い叶い星っおいうんだよ」っお教えおくれた。今日は願い叶い星芋られるかな」
    巊右に動かしおいた手が䞀瞬止たる。
    「 ――― そうか。今日は満月だから、難しいな」
    そう少幎に返すず、調敎を続けた。
    自分もこの少幎くらいの幎の頃、初めお行った倩䜓芳枬で父芪に䜕が芋たいかず聞かれ「流れ星」ず答えるず、流れ星を願い叶い星ず呌ぶず蚀われ、その所以を教えおもらった。
    もしかしお父は本圓にここにいたのかもしれない、そんな銬鹿げた空想を打ち消すようにふっず笑う。
    そしお、完成させた望遠鏡に手を添え、「ふたご座流星矀が芋れるかも」ず埅ちきれない様子の少幎に、あの合図で呌び掛けた。