じゃがバター
じゃがバター。
それはポテトチップスなどのお菓子でよく見る味だ。
しかし、本物を現実で食べようと思えば食べれる代物が何故か今まで食べたことがなかったのだ…。
そして初めてじゃがバターを食べて感動を覚えたそんな話をしようと思う。
初めて食べたのは屋台であった。
何故かじゃがバターを食べたことがないからか、その時は寄ってみたのだ。
特段ジャガイモのいい香りがしたわけでもなく、美味しそうというわけでもなく…
単に今まで食べたことがなかったから興味が湧いた。
それだけのことである。
お菓子の味では確かに食べたことがあるものだか、本物は食べたことがなかった。
簡単に作れるレシピのはずだが、何故か今まで作ろうとしなかった。
だからこそ、この機会に乗じて食べたかったのかもしれない。
勇気を振り絞って一つ、じゃがバターを頼むことにした。
屋台の人はせいろのようなものの蓋をあけ、白い湯気があたりに立ちこもる。
そして、白い湯煙の中から顔を出したのはたくさんのジャガイモだった。
ジャガイモが今か今かと待ち侘びるようにも見えた。
そのジャガイモを屋台の人が手際よく白いトレーに乗せていき、ジャガイモがホクホクとした感覚がこちらでも見ていてわかる。
思わず息を呑んだ。
ホクホクほろほろとしている様子を見るだけでも美味しそうに見えたのだ。
そして屋台の人から少しほぐされたホクホクのジャガイモが渡された。
そのジャガイモも湯気を出していた。
単なるジャガイモだが、それでも不思議と美味しそうに見えた。
しかし、よく見ると肝心のバターが乗っていなかった。
少し戸惑っていたが、よく見ると、バターや塩、醤油などの味付けはセルフサービスとなっていた。
最後の仕上げはこちらで、という感じがし、芸術作品の肝心な部分の仕上げを任されるような気分だった。
セルフサービスだと気づき、大量のバターが入っている容器からすくい、まだホクホクとしているジャガイモにのせようと試みた。
ジャガイモにのせたというよりは塗りつけた感じになった。
あんなお菓子のイラストのような仕上がりにしようとするのは難しかった。
おそらくあのイメージ図はおそらくすでに切り分けられたバターをジャガイモにのせているものだと思われる。
そんなこんなで考えていると、乗せたばかりのバターにジャガイモの熱が伝わり、アイスクリームのように溶け出していた。
どう食べるのが正解だったのだろうか。
その時に少し焦って、箸で少しほぐしてから、溶けたバターがついたかけらを急いで口に放り込むことにした。
ジャガイモはまだ熱かった。
猫舌だったことと、ホクホクのジャガイモの熱を冷ますのには少々時間がかかることを忘れていた。
思わず熱さで飛び上がりそうになった。
が、それを忘れるくらい、ジャガイモの素朴な味に有塩バターのちょっとしたしょっぱさがアクセントになり、見事な調和が織りなされていた。
そしてジャガイモが口の中で音もなくほろほろと崩れ、この食感がたまらない。
バターが加わるだけでこんなに虜にするとは。
食べるまではそのようには思うことがなかった。
ただのふかし芋でも好きではあったが、人生で初めてじゃがバターは美味しいのだなとわかった。
プディングの味は食べてみないとわからないと言われていたが、まさしくそうだった。
それからというもの、無心になってじゃがバターをガツガツ食べ続けていた。
周りの人が見ると、野犬が餌にあり付いたかの如くの勢いだったのかもしれない。
しかし、そんなことはお構いなしに食べ続けていた。
そして食事も軽く済ませたはずだが、腹が膨れて限界のSOSを出していても食べ続けていたのだ。
ジャガイモの皮は食べても問題はないとは思うが、念のため残しておいた。
昔に、別のもので食あたりにあってからは少し慎重になっているのだ。
こうして、人生初のじゃがバターは終えてしまった。
食べてみないとわからないことが多いのだなとじゃがバターに教えられたのは変な話ではあるが、そうなのである。
もっと色々なものを食べて、経験の一部として昇華しておきたい。
(一人称・極力敬語なし)
