
船の上で島焼酎を飲みたい
わたしは今、島に行きたい。
乳幼児子育て真っ最中。
日々のドタバタの中で、お出かけ欲が抑圧されているからか、今、猛烈に島に行きたい。
もしも3日ほど自由な時間をもらえるのなら、伊豆諸島のどこかの島へ、ひょいっと一人旅がしたい。
子どもが生まれる前に、神津島・三宅島・八丈島へそれぞれ一人旅をした。今となってはそれら全てが、宝物のような懐かしい記憶だ。
写真を見返すと、圧倒的な自然に包まれて、気ままで軽やかだったあの瞬間の空気が蘇ってくる。


噴火による地層の荒々しさと
そこから芽吹く自然の力強さを見ることができる


山と海と、島々と。
島で過ごしていると、心なしか、空がわたしに近づいてきてくれている気がする。
無意識に着込んでいた重い衣を脱ぎ捨てて、「剥き出しの自分」でいることを、ただ許してくれているような。
自然はわたしを判断しない。
その圧倒的な包容力にふれたとき、わたしは深く呼吸することができる。ただただ、ひとりの人間として佇んでいられる。



本州から伊豆諸島のアクセスはいくつかある。
わたしは中でも船旅が一番好きだ。
行きの船では、きらめく東京の夜景を見ながら、都会の喧騒に別れを告げるように出発する。そして、やがて美しい朝日が昇るころに島に到着するのだ。
船酔いに耐えられるのなら、お気に入りの小説をひとつ持っていって、船の中でページをめくるのもまた良い。
家に帰ってからその本を読み返すとき、旅の記憶も一緒に、鮮やかに思い出すことができる。
そして島での時間をひとしきり味わった後、帰りの船で、旅中のさわやかな余韻に浸りながら飲む島焼酎。
これが、もう、至極の時間なのだ。
ゆらゆらと船に揺られて、島での時間を思い出しながら、船のデッキで夕日を眺める。ほろ酔いで現実と夢との狭間に漂っている時間。たまらない。
しかしそんな贅沢な時間も永遠ではなく、船は夜中に本州に到着する。
船の上から光り輝く東京タワーを眺めながら、
「ああ、もう終わってしまった」
「ここがわたしの帰る場所か」
「でもこれもこれで、人生か。それも悪くない」
と、自分の居場所を静かに再確認するのである。
また船で一人旅できるのはいつになるだろうか。
子どもたちが小さいうちは「一緒にいられる今」を大切にしたいから、家族でたくさんお出かけしたい。そう思うと一人船旅はしばらくお預けだ。
子どもたちが独り立ちしたら?
いや、それよりも前に、ある程度大きくなった学生の子どもたちを、わたしから船旅に誘ってみてもいいかもしれない。
今から考えると、ずいぶん先の話だなあと思ってしまう。
けれどきっと、その時がきたら「ああ、なんてあっという間だったんだろう」と少し寂しく思うのだろう。
今の、ドタバタで、でも愛おしい日々を抱きしめながら、またあの海を眺められる日が来ることを、わたしは今からわくわくしながら待っている。