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夢を叶えるヒントは「過去」にある。英語力ゼロの美容師が理想の働き方を見つけるまで

    皆さんは
    ☑英語が喋れたらいいのにな。
    ☑海外旅行に行きたいな。
    ☑外国人の友達や恋人が欲しいな。

    って思った事ありますか?
    『いつかできたらいいな~』なんて思いつつ、気づけば毎日過ぎていき歳をとっていくばかり。

    でも実は、未来を変えるヒントって、新しい何かを探しに行くより、自分の「過去」をちょっと掘り返してみるだけで見つかったりするんです。

    沖縄の田舎娘が過去の憧れから自分らしい生き方を見つけるまでのちょっとしたお話。
    しばしお付き合いください。

    英語との出会い

    わたしは沖縄県の米軍基地の近くで育ちました。
    近くには髪の毛が金髪で目の色も薄いブラウンで爽やかな人や
    肌の色が黒く、髪の毛がクルクルな
    外国の方々が日常的に行き交う環境でした。

    祖父も基地の中の警備員として働いており、私が小学生の頃はよくピザを買いに行ったり、基地の中のゲームセンター行ったり、お墓参りは米軍基地の中だったりしました。

    小学校からの帰り道、低学年の足では片道40分くらいかかる下校道を、米軍基地のフェンスの網が破れたとこから潜り抜けて近道をしながら帰ることもできました。

    実家のすぐ隣はフェンス越しの米軍基地。

    朝は7時前に軍人のランニングの掛け声が私の目覚まし。
    アメリカの祝日の日には目覚ましが聞こえないので朝寝坊。

    たまに祖父のお遣いで買い物に行くと貰えるお小遣いはドルのコイン。
    使えるところはないけども、なんかカッコいいお洒落なコインが増えていくのが嬉しかった。

    小学校や中学校でも、もちろんハーフの子は数人いた。
    だけども、みんな日本語を話す。
    そりゃそうだ、日本の公立の学校なのだから。
    「きっと、彼らは家では英語を話すのだろう。」
    と半ば羨ましかった。

    私の身内には外国の血が入った人は居ない。
    ましてや、外国語を扱ったりする人もいない。
    でもそれが普通だと思ってたし、なんとも感じていなかった。

    小学校高学年の時に2つ上の姉が
    ブリトニー・スピアーズ(Britney Spears)
    のアルバムを買ってきた。

    何を言ってるのかは分からない。とにかく音楽がかっこよかった。
    とにかくMVがかっこよかった。
    その当時はR&Bが流行っていて、

    バックストリート・ボーイズ(Backstreet Boys)
    Ne-Yo (ニーヨ)
    アヴリル・ラヴィーン(Avril Ramona Lavigne)

    とかを頻繁に聞いていた。
    でもなんて言ってるのかも分からない。
    単語の意味さえ調べようともしない。

    でもなんだかとにかくかっこよかった。

    中学に上がり英語の授業も増えてきた。
    でも勉強嫌いな私はどの教科も60点くらいの平凡な学生だった。

    今思えば、勉強が嫌いというよりは勉強の仕方が分からなかったのかも知れない。

    中学で新しく仲良くなった子は、英語が得意だった。
    どうやら近所に外国人ファミリーが住んでるらしい。
    夏休みなんかはプチ留学とかをしていた。
    「お嬢様なんだな~」と皮肉心に思っていた。羨ましかった。

    プチ留学から帰ってきていろんな話を聞いた。
    アメリカと日本の違い。
    文化の違い。食事の違い。

    なんだかかっこいい。
    でも私には縁のない話だな。なんてね。


    将来の夢

     物心ついたころから大人は聞く。
    「大きくなったら何になりたいの?」

    まだこの世に誕生して数年しかたたってないのに歳を重ねるごとに決まり文句のように聞いてくる。
     小さい頃は、セーラームーンやお花屋さん、ケーキ屋さん。
    など、とりあえず無難に答えておく。そうすると大人は喜ぶから。

     小学生の頃に、SPEEDという沖縄出身の4人組アーティストが大人気だった。その前から安室奈美恵やMAXといった沖縄出身の人たちは人気だったが年齢が上なこともあり、「すごいな~」くらいにしか思ってなかった。

     そこにSPEEDという、最年少が小学生というインパクトのある
    そして沖縄出身という親近感があるアーティストが大人気になった。
    憧れた。歌って踊れる彼女たちになりたかった。
    小学生には見えない大人びてる顔立ちやファッション歌唱力や立ち振舞い。

    こんな小さな島から出たんだ。

    私も近づけるかもしれない。

     でも、致命的に音痴だった。
    一生懸命お風呂場で歌って練習してても
    姉や母から「音痴だ。」と笑われてた。

    そんな時、小学校の同級生がどうやらオーディションに合格して練習生になったらしい。と噂を聞きつけた。

    でも私の家には、練習に通えるお金もなかったし、自分には才能があるとも思えなかった。きっと少しでも家が裕福で私に期待値があればレッスンに通わせてもらえて音痴も改善できたのかな、なんて思っていた。


    私は、爆毛の天パだ。自分の髪の毛が嫌いだった。

    赤ちゃんの頃はくるくるカールでかわいかったけど、
    小学生になるとただただ邪魔になる。
    長いと汗をかき、ドライヤーもシャンプーも大変。
    ヘアゴムはすぐに弾いて切れてしまう。

    短くすると、根本が浮くのでヘルメットを被ってるようになる。
    ヘルメットでもなく、結べないギリギリにするとまる子ちゃんのようなおかっぱだ。

    近所のおばあちゃんたちは言う。
    「立派な黒髪で健康的だ。羨ましい。」と

    SPEEDになりたい私にはそれは褒め言葉ではない。
    私はかわいくなりたい。
    サラサラの艶々の髪の毛で、いつもヘアアレンジしてたり、衣装や服装に合わせて髪型が変わって雰囲気も変わる。そういうのに憧れがある。

    自分で三つ編みの練習をしたり、前髪の分け目を変えてみたり、
    ハーフアップにしてみたり、小学生向けの雑誌のヘアアレンジページを必死に見て鏡の前で練習した。

    歌も音痴。ビジュアルも良くない。
    ヘアスタイルで少しでも可愛くなれたり印象を変えられる。
    魔法使いみたい!
    将来美容師になりたい。✂

    小学3年生の文集から私の将来の夢は美容師になりました。


    夢の続きと、もう一つの憧れ


    美容師という夢に向かい、無我夢中で駆け抜けていたアシスタント時代。正直、この頃の私の頭の中に「英語」という文字はありませんでした。
    月に8日の休みはセミナーや研修参加、練習会、撮影会、モデルハントなどで忙しく、予定のない休日は寝て過ごす。
    というような生活。

    でも、地方から出てきた私は都会での一人暮らしと、
    小学3年生からの夢である美容師という職業で一人前になるために
    夜遅くまでの練習やお金も、自炊をする時間も気力もない、
    豆腐やもやししか食べられない生活も苦ではなかった。

    たまに、先輩がご馳走してくれたりするのが嬉しかったし楽しかった。

    仕事の愚痴を言いあったり、野望を言って叱咤激励してくれたり休みの前日に飲むお酒が美味しかった。

    地方から都会に出てきた同郷の集まりの
    県人会がリフレッシュできる楽しみでもあった。

    県人会では同郷だけど地元は違う。
    だけど同年代ってだけで仲良くなれる。
    みんな若さと有り余るエネルギーと都会で活躍するぞ!
    という情熱をもって業界は違えど頑張ってる。

    そこに感化されつつ、自分も頑張らなくてはと鼓舞する。 

    上京してきて4年。
    美容師アシスタント生活にも慣れ後輩もできてきた。

    実際にモデルさんを呼んでカットやカラー、パーマの練習もする。
    もう少しでスタイリストデビューできそうだ。

    夢が叶おうとしている。
    でも、目標に手が届きそうになったからこそ、ふと疑問に思った。

    「本当にこのままでいいのかな?」

    私の所属していた会社は毎年社員旅行で海外に行ってた。
    グアム、シンガポール、タイ。

    海外に行くたび、心の奥底に眠っていたあの気持ちが顔を出す。

    「英語が喋れるようになりたいな。」
    「英語が喋れたら将来地元に戻った時にも商売ができるな。」と。

    小さい頃に憧れてた、ただかっこいいと思ってた英語。

    日々の忙しさに追われて忘れていたけれど、大人になった今なら挑戦できるかもしれない。
    美容師としての技術に英語が加われば、将来の可能性ももっと広げられる。

     まだ顧客がついてない今のタイミングだ!
    と思い、単身で語学留学することにしました。


    挫折という名の失敗

    勢いよく、語学留学なんてやってみたものの
    そもそも勉強の仕方が分からない私は
    先生が何を言ってるのか全然理解できない。

    留学先の敷地内に寮も完備されてて
    いろいろ説明されるのだけど何も分からずに説明が終わる。

    オリエンテーションの初日。クラス分けテストがあった。
    椅子に座る。説明が始まる。全て英語。
    何も理解できない。

    とりあえずnameだけは読めた。
    名前の事だ。

    名前を書いて、いつテストが始まったのかも分からない、プリントに問題文が書かれてるけどももちろん全部英語。読めない。

    気づいたらテストは終わってた。名前しか書けなかった。

    「何しに来たんだ?」と自分でも呆れるほどに
    予習くらいしておけよ!少しぐらい単語知っとけよ!
    と今なら思う。でも当時は留学をした。
    という事実だけが私を認めてくれていた。

    次の日から授業は始まった。
    マンツーマンのレッスン。先生は優しい。
    幼稚園生に教えてくれるようにゆっく~り話しかけてくれる。

    電子辞書を使いながら徐々に会話をしながら新しい日常に慣れる。

    初めての共同生活。5人部屋で過ごす。
    中国人、韓国人、ベトナム人、日本人。
    みんな年齢も職業もバラバラ。学生もいれば社会人もいればみんなそれなりに予習はしてきているようだった。

    それもそのはず。私は学校を間違えて申し込んだようでこのスクールは
    IELTSという英語技能検定を集中的に勉強する学校だった。
    ズコー! もう、笑うしかありませんでした。

    IELTS(アイエルツ)は、海外留学、就労、移住を目的とした世界的な英語4技能テストです。世界140ヵ国以上で認められ、イギリスやオーストラリアなど英連邦への留学・移住には必須の英語力証明として活用されています。

    公益財団法人 日本英語検定協会

    そんな超スパルタな環境に、右も左も分からない私がお邪魔しちゃったわけです。でも、これが私の現実でした。
     ちゃんと調べる事もできない。場違いな場所で

    結局、3ヶ月の短期留学で身についたのは「幼稚園児が小学校低学年になったかな?」くらいの英語力。
    それでも、この「勘違い」から始まった無謀な挑戦が、のちに私の人生を大きく変えることになります。

     ワーホリでのまたもや失敗談は過去の記事につづってます。⇓

    帰国してからどうやって「英語を使う美容師」としての道を切り拓いていったのか……その詳しいお話はまた別の機会にじっくり書きますね。

    とにかく、一歩踏み出したことで、私の運命の歯車は確実に回り始めたんです。


    成功という名の通過点

    こんな感じで、なんだかんだゆる~く紆余曲折しながらすすんでいるんだけども、今では自分のサロンも持ち、英語を話す外国人が多く来るサロンになっています。

    ちなみに今でも英語の資格(IELTS、TOEIC、TOEFL、英検)一つも持ってません。だけど英語を使って仕事ができてます。

    この前だって、サービスに対して55%のチップを貰えたりしました。
    今の自分の顧客の半数くらいは英語を使う方々。

    私の夢だった美容師という職業と憧れだった英語がやっとここでつながった。伏線回収されて小さかった頃の自分には想像もしてなかった未来がいま目の前にはあります。

    大人になって『やりたい事が分からない』『好きな事が何か分からない』って人を多く見ますが、今振り返ると、子どもの頃に夢中になった事や、ただの憧れていた事などがもしかしたらその先の明るい未来に繋がってるかも。

    本当に人生のヒントやキッカケは、意外とそこら中に転がっています。

    ☑子どもの頃に憧れたもの。
    ☑なぜか気になっていたもの。
    ☑ずっと心のどこかに残り続けているもの。

    そんな過去の小さな種が、何年も経ってから思いがけない形で芽を出すことがあります。

    だからもし今、「やりたいことが分からない」と悩んでいたりするなら一度だけ過去を振り返ってみてください。

    最後まで読んでいただきありがとうございました!

    この記事が誰かの何かのキッカケになってると嬉しいです。

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    RIO

     
     
    🌏英語力0から世界へ|元豪華客船美容師✂️美容師歴17年 帰国後は外国人客が集まるサロンを開業。 海外挑戦・働き方・キャリアの選択肢を広げるヒントを発信しています。 What a wonderful day…. Life is always beatyful

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