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#1 世界最大級の奇祭:バーニングマンで寿司を配った話

    みなさん、こんにちは!
    普段、東京でスマホとネットに囲まれた生活を行っているネットジャンキーこと、三上と申します。.…今回、人生初、アメリカ・ネバダ州の砂漠で開催される世界最大のカルチャーイベント「バーニングマン」に行ってきました。

    目的は、「砂漠のど真ん中で、冷凍寿司を配る(ギブする)」という壮大なミッションのお手伝い。

    しかし現地で待ち受けていたのは、文字通り自分の人生観と世界観がひっくり返るような過酷で美しい体験でした。全3部執筆(予定)で、その一部始終をお届けします。

    ・第1部:砂嵐の洗礼と青空トイレ
    ・第2部:砂漠での人探し、バーニングマンの国勢調査ボランティア
    ・第3部:砂漠でお寿司をギブ!

    そもそも「バーニングマン」ってなに?

    バーニングマン(Burning Man)とは、毎年8月末〜9月初頭の約1週間、アメリカ・ネバダ州のブラックロック砂漠に突如出現する架空の街ブラックロックシティで開催されるイベントです。

    このイベントが普通のフェスとに異なるのは、会場内でのお金のやり取りが一切存在しないという点。(※一部の例外を除く)。お店も、飲食の屋台も、有料サービスもありません。水や食料、自分に必要なものはすべて自給自足で持ち込み、誰かに何かを提供するときは対価を求めないギブ(Gifting)の精神だけで街が回っています。

    広大な砂漠の中に集まった参加者(通称:バーナー)たちが、巨大アート、クラブ、パフォーマンス、キャンプなどをゼロから自らの手で作り上げていきます。

    そしてイベントの終盤には、街の象徴である巨大な木の男像(ザ・マン)を豪快に焼き払い、全員でゴミひとつ残さず完全に撤収して元の砂漠へと姿を戻す――まさに1週間だけ現れる“幻の都市”。

    事前に意識した4つの心得

    バーニングマンには、参加者全員が尊重すべき行動指針として「10の原則(10 Principles)」が存在します。

    今回バーニングマンに行くにあたり、私は渡航前に何人かの経験者の方々に話を聞きに行きました。その中で、初参加の私が特に意識しておこうと心に決めたのが次の4つです。

    • 1. 過酷さを受け入れる
      昼は40度近く、夜は4度近くまで冷え込む激しい寒暖差。視界を奪う砂嵐やハリケーンなど、何が起きても風や砂、大地をありのまま感じること。
      フジロックは幼稚園に感じるくらい、過酷な環境であると覚悟すること。

    • 2. ギブの精神(Gifting)をもつ
      会場内でお金の売買は一切禁止(氷とコーヒーなどを除く)。
      自分にできること、持っているスキルやものを分け与える精神をもつこと。

    • 3. 傍観者ではなく当事者でいる
      ただ見るだけの客ではなく、何が起きても自ら巻き込まれに行き、自分から輪の中に入って楽しむこと。

    • 4. スマホやカメラ、広告の持ち込みはNG
      電波はほぼ届かず、SNSや撮影目的での使用は嫌われます。
      また「脱商業主義」の理念から企業ロゴや広告は徹底的に排除されるため、スポンサーや商業的なマーケティングは一切持ち込ないこと。

    ※公式の10の原則が気になる方は、ぜひ調べてみてください。

    そもそも・・・なぜ行くことになったのか?

    きっかけは、クライアントである「冷凍の江戸前寿司を作っている会社」からのひとことでした。

    「今年のバーニングマンでお寿司をギブ(無償提供)することになった!」

    「……えっ、あのバーニングマンで?」

    あの有名な奇祭で、お寿司がギブできる。砂漠という超・極限の環境下でみんなでお寿司を食べる……そんなあり得ない、最高の瞬間を目にしたい!」と思い立った私は、急遽現地のお手伝いとして同行を決めました。

    行くことが決まったのは開催直前の8月後半。そこからGeminiと相談しながら怒濤の勢いで必要物資をリストアップし、サンフランシスコに住む兄の家にネット購入品を配送。現地では1人1日5Lの水、自転車、防寒毛布、体を光らせるLED、ド派手な衣装を爆買いして準備を整えました。

    【DAY 1】砂嵐の洗礼、砂漠の真ん中での青空トイレ

    サンフランシスコからリノへ

    今年のバーニングマン自体は8月30日(日)から始まっていたのですが、私は準備やスケジュールの都合上、9月3日(木)からの途中参加として現地へ向かいました。

    まずは事前準備の拠点にしていたサンフランシスコから車を走らせ、会場となるブラックロック砂漠への玄関口であり、最後の補給拠点でもあるネバダ州の街リノ(Reno)へ。ここで買い出しを済ませ、赤土の一本道を進んでいきます。日本にはない壮大な景色を横目に「意外と1時間くらいで着きそうだね〜」なんて同行者とのんきに進んでいました。途中でガソリンスタンドや最後の町でビールや物資を購入しながら、会場へと近づいていきます。

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    Insta360で撮影。このときはまだまだ余裕である

    爆速で走っていた周囲の車は、バーニングマン会場近くの小さな町に入った瞬間、一斉に30km/hの速度制限を守り始めます。バーニングマンが掲げる「近隣の町へのリスペクト」とゴミ放置ゼロを徹底し、会場に入る前から全員がバーナーとしての意識を保っていました。

    午後16時ごろ、いよいよ砂漠の会場に到着しました。バーニングマンの入場ゲートは、ピーク時には進入する車で最大8時間以上の大渋滞が発生することでも有名です。しかしこの時は幸運なことに長蛇の列もなく、拍子抜けするほどすんなりチケットの受付や車のチェックを通過できました。

    「なんだ、案外余裕じゃん!」

    いざPlaya(会場中心の広大な砂漠)の中へ入ろうとした――その瞬間でした。いきなり強風が吹き荒れ、突風とともに一瞬で視界一面が砂で埋め尽くされたのです。

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    真っ白な視界。今思うとこのときはまだましだった

    「砂嵐がすごいから、危ないからここで待機して!」

    砂影から急に現れたスタッフに止められ、進むことも引くこともできず車内で待機することになりました。大きめのバンで行っていたのですが、突風で車はガタガタと大きく揺れ、クーラーの隙間からジャリジャリと砂が入り込んできます。空自体は快晴なのに、窓の外は砂がぐるぐると舞い、目の前に停まっているはずの車すら見えない完全なホワイトアウト状態です。

    携帯もつながらない、自分の位置情報もよくわからない。「過酷すぎて人が死ぬこともある」と言われている初めての場所で、前も見えない砂嵐のなか車内に閉じ込められました。時間が経つにつれ、元々の不安症も相まって「車が横転するんじゃないか」とハラハラし、精神的にかなり追い詰められていきました。

    砂嵐の中で

    そのまま身動きが取れないまま2時間が経過。ここで猛烈にトイレに行きたくなり、いよいよ限界を迎えます。前のキャンピングカーに駆け込んでドアを叩こうか葛藤した末、我慢できなくなって砂嵐の中へ飛び出し、車の陰で青空トイレ(青空用たし&野ぐそ)を決行しました。

    お尻にバチバチとぶちあたる砂粒。トイレができた達成感と、車にいる同行者に何か飛んでいって見えたらどうしようという焦り。でも、車の中で怯えていた時は「人やモノが吹き飛ぶような恐ろしいハリケーンだったらどうしよう」と思っていたのに、一歩外に出てみると、風がすごく柔らかかったのです。自分を優しく包み込んでくれるような風でした。

    その瞬間、渡航前に経験者の女性が言っていた言葉が鮮明に蘇りました。

    「砂漠の中で砂嵐が起きて、前も見えないし息もできない状態になる可能性がある。心細くなると思うけれど、そんな中でも大きく深呼吸をして、まず風や大地を感じてみて。何が起きても戸惑わないで」

    外の風に触れた瞬間、恐怖だと思っていた感情がすべて排泄物とともに流れていって、「あー余裕じゃん!」と心がすっと軽くなりました。

    同行者からすると「今ここで?!(笑)」というレベルの大砂嵐の中に私が見えなくなり、視界から一瞬でいなくなって本気で心配していたそうです。晴れ晴れとした顔で車に戻ってきた私を見て胸をなでおろし、「風が案外柔らかいよ」という私の言葉にびっくりしていました。

    後から「実はうんちもしました……」と明かしたら、「めちゃくちゃバーニングマンしてるじゃん」とうらやましがられました(笑)。

    到着してすぐに、夜のPlayaで人探し


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    砂嵐を抜けてようやく会場入り

    トータル2〜3時間ほど車内でじっと待機し、砂嵐が少し落ち着いたところでゆっくり前進を再開しました。掘っ立て小屋のような簡易テントからボランティアの男性が出てきて、「砂嵐おつかれ、ゆっくり進んでいいよ」と声をかけてくれました。私が車内でギャーギャー騒いでいる間、一人でこの心もとなさそうな場所で待っていて案内してくれたボランティアの人に、心から感謝しました。

    今回の私のミッションは、別ルート(LAからの陸路)で向かっている別チームと会場で合流し、日本から準備してきた物資を届けることです。

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    バーニングマン公式サイトより抜粋。

    補足:バーニングマンの会場は巨大な時計の文字盤になぞらえた住所(放射状に広がる「◯時方向」という時間と、円弧状に広がる「A〜K」の通りの組み合わせ)が割り振られていて、参加者たちはクラスの出し物のようにそれぞれのテーマを持った「テーマキャンプ(街の中の小さな集落やお店のような拠点)」を構えて生活しています。

    あらかじめ指定されていた待ち合わせ場所のキャンプを目指すのですが、諸事情で待ち合わせ相手の直接の連絡先を知らず、別チームのメンバー経由でやり取りをしていた私。

    そのため現地のキーマンの電話番号も顔写真すら知らない状態でした。おまけに砂漠は電波が一切繋がらないため、広大な会場の中で顔も知らない相手を探し出すという、超高難易度な人探しがスタートしたのです。

    案の定、現地に着いても誰もその人を知らず、完全に途方に暮れてしまいました。規格外の大きさ。完全にバーニングマンを舐めてました。

    バーニングマンでの滞在方法は、大きく分けて2つのパターンがあります。

    1. テーマキャンプに所属するパターン
      事前に登録し、区画や設備、食事などをシェアする

    2. オープンキャンピング(いわゆる野良キャンパー)パターン
      指定された自由区画に自分でスペースを確保してソロキャンプをする

    ただ、後者の「野良キャンパー」として空きスペースを探すのは非常にハードルが高く、ましてや会期途中の木曜日からの参加となると、車を停めて寝床を作れるような場所の確保は極めて困難でした。

    途方に暮れた末、移民の人が多く集まるコミュニティキャンプにたどりつき、そのキャンプマスター(ぶっきらぼうだけど笑うとチャーミングなおじさん)に事情を話して泣きつきました。

    幸いなことにスペイン語話者が多く、そしてさらに幸いなことに私はメキシコに住んでいた経験があったため、つたない英語とスペイン語で(といいつつほとんど同行者の交渉のおかげで)なんとか今夜の車を停める場所=寝床を確保させてもらうことができました。

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    今回の私たちの寝床。「The Chubby Camper」。通称ぽっちゃりカーである。

    圧倒的な光の中へ

    夜22時ごろ、ようやく寝床を確保して服を着替え、夜のメインエリア(中心の広大な砂漠スペース)へ繰り出してみると――先ほどの暗闇と砂嵐とは打って変わって、目の前に広がっていたのは光!光!光!途方もない数の色とりどりの光が、漆黒の砂漠の中で眩しく点滅していました。

    • 夜道で車に轢かれないために、自らLEDを身に纏う人間の光

    • 自分の自転車を見失わないため&事故防止のための自転車の装飾の光

    • 巨大なテント全体がナイトクラブ化したキャンプの光

    • 会場内に数えきれないほど点在する巨大アート作品の光

    • 日本のデコトラよりデカいオブジェが爆音を鳴らして走る移動式ステージアートカーの光

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    (別日の写真)照らされるザマン。noteに動画を載せられないのが残念

    渋谷区ほどの広大な砂漠に広がる、無数の光。それも街の建造物ではなく、すべてこの1週間のためだけに人間がゼロから作ってきた光なのです。砂嵐の中で「もう無理かも」と半べそをかいていた後のこの絶景を見て、思わず涙が溢れました。東チベットの奥地からタイ、インド、メキシコまで色んな国に行ったけれど、世界のどこでも見たことがない光景がここにありました。

    クラブに入ると、光で装飾された様々な人種や年齢の人たちが音に合わせて踊り狂っています。服を着ていない人、毛皮を羽織った人、猫の被り物をした人……イメージとしてはスター・ウォーズの異星人が集まる宮殿や、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの混沌とした宇宙世界そのもの。

    そして一番驚いたのが、スマホやカメラを掲げている人が1人もいないこと。SNSに載せたら一瞬でバズるような映えまくりの世界なのに、誰一人画面越しで見ようとはせず、目の前の音楽と空間に身をゆだねて今この瞬間を全身で感じています。東京で暮らしているだけでは絶対に出会えなかった世界と、アメリカ人をはじめとしたバーナーたちの「本気で遊ぶエネルギーの凄さ」に、ただただ圧倒されました。

    深夜2〜3時まで踊り明かし、外には雨が降り始めました。夕方の砂嵐でバサバサになった髪の毛を車の中で解かしながら、「この髪を日曜日まで洗えないのか・・・」ととうとうバーニングマンに来たんだな、としみじみ感じながら眠りにつきました。

    次回予告:続・砂漠での人探し、バーニングマンでの国勢調査ボランティア

    怒濤の砂嵐と初夜を乗り越えた私。 しかし、本当のバーニングマンはここから始まるのでした。

    翌朝目を覚ますと会場一面が泥地獄と化しており、待ち合わせの別チームとは一向に連絡が取れない。お寿司を配るどころではない事態に……。

    泥まみれの砂漠を駆け回り、国境を超えたバーナーたちに救われ、ようやく合流……を果たしたのも束の間、最終的にはスマホもなくします。

    次回は【続・砂漠での人探し、バーニングマンの国勢調査ボランティア】編を公開します。

    バーニングマンと三上の今後に興味がある方は、ぜひいいねとフォローをお願いします!

    この記事を書いた人

    三上広葉 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
    若者の研究所 所長。新卒でバイデンハウスに入社。Weiden HausのFood & Beverage、Beauty & Cosmetics、Social mediaのリーダーシップ。 Z世代、サブカルチャー、海外トレンドへの幅広い知見を強みにZ世代マーケティングの支援を得意とする。2025年より株式会社バイデンハウス取締役。


     
     
     
    Z世代の調査レポートを毎月発行。「若者の研究所」はZ世代のトレンド・価値観・行動に関する考察レポートを発行しています。また、Z世代・α世代特化のマーケティングリサーチを提供しています。 運営会社:株式会社バイデンハウス

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