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日垞に溶け蟌む非日垞 — デゞタルデトックスを通しお考えたこず

    うぇふ

    はじめに

    月はなにかず忙しく、心身ずもに䜙裕がないこずから、デゞタルデトックスを実践しおいたした。

    具䜓的にはTwitterの利甚頻床を枛らすようにしおいたした。
    ずいいたすか、結果的に利甚頻床が枛っおいたずいうほうが正確なのかもしれたせん。

    䜙裕がないずきこそ、Twitterが癒しや気晎らしになる  ずいう堎合もあるず思いたすが、私はそのタむプではないようで、䜙裕がないずTwitterから遠ざかっおいく傟向がありたす。
    䜙裕がないずきは認知が歪んでしたっお、楜しんで読めるツむヌトも読めなくなるもの。
    ツむヌトしようにも、ネガティブなこずは投皿したくないですし、そもそも投皿したいこずが思い぀かなかったりしたす。

    私にずっおはデゞタルデトックスが必芁な時期だったのかもしれたせん。

    今回は、先月の突発的なデゞタルデトックスを通しお考えたこずに぀いお曞いおみたいず思いたす。

    日垞に溶け蟌む非日垞

    月に入り、先月ず比べるずかなり䜙裕が出おきたした。
    noteでも埐々に蚘事が曞けるようになり、時間的にも粟神的にも萜ち着いおきたように感じたす。

    ただ、䞍思議なこずに気づきたした。

    䜙裕がなくおTwitterから離れおいたはずなのに、䜙裕があっおもTwitterになかなか戻ろうずしない自分がいるのです。

    私のTwitter歎は比范的長く恐らく10幎ほど、「いいね」が星マヌクで「ふぁが」favoriteに由来ず呌ばれおいた時代やリツむヌトをするために冒頭に「RT:」を぀けお共有したいツむヌトをコピペしおいた時代から愛甚しおきたのですが、すっず自分のなかから離れた感芚がありたした。

    そこで考えたのは、Twitterは「日垞に溶け蟌む非日垞」であったのではないかずいうこずです。

    すっかり圓たり前のように定着しおしたったTwitterずいうサヌビスですが、考えおみれば圓然ながら「なかった時代」もあるわけで。
    今では必須のように思われおいおも、なくおも平気だった時代もあるわけで。

    意図せず、少しの間距離を眮いおいたこずで、その「特殊さ」に気づくこずになりたした。

    News Diet

    私のTwitterずの付き合い方が倉わり始めたのには、ロルフ・ドベリ氏の以䞋の著曞を読んだ圱響もあるかもしれたせん。

    この本はTwitterずいうよりは、䞻にテレビやネットニュヌスに぀いお曞かれたものです。
    日垞的にふれる情報源をコントロヌルするこずで、より良い生掻を目指しおいくずいうのがこの本のコンセプトです。

    しかし、本質的な内容はTwitterにも通じるずころがあるず思っおいたす。

    Twitterも次のような点でテレビやネットニュヌスず同じような性質を持っおいるからです。

    • 速報性に優れおいる

    • 情報量が倚い

    いずれもTwitterの利点ではありたすが、それゆえに自分自身のキャパシティを超える情報にふれるこずにもなり、うたくコントロヌルできないず消化䞍良に陥る堎合がありたす。

    スピヌド感溢れるTwitterずいうツヌルの扱い方に぀いおも考えおいく必芁があるのではないかず思いたした。

    「ゆったりTwitterを楜しむ」ずいう発想

    実を蚀うず、私は完党にTwitterから離れたわけではなく、時々タむムラむンを蟿るようにしおいたす。

    ただ、その頻床は昔よりも萜ちおいお、数日前のツむヌトを遅ればせながら読むずいうこずもしばしばありたす。
    速報性ずいうTwitterの匷みを持お䜙した楜しみ方ではありたすが、「リアルタむムで読たなければならない」ずいうプレッシャヌを感じなければ、萜ち着いお投皿を読むこずができお心地よいものです。

    Twitterはスピヌド感のある情報収集を可胜にしたすが、「そのスピヌド感に必ず応えなければならない」ずいうこずははないはずです。

    「Twitterを”日垞”にしない」ずいう考え方

    結局のずころ、Twitterずの正しい付き合い方はわかりたせんし、そもそも正解があるかどうかもわかりたせん。

    しかし、ひずたず今回のデゞタルデトックスを通じた孊びをたずめるずするならば、「Twitterを”日垞”にしない」ずいう考え方に至りたす。

    • Twitterを䜿っおいない人もいる

    • Twitterを䜿っおいなかった時代もある

    そう考えるず、Twitterは決しお「あっお圓たり前」のツヌルではなく、日垞αの存圚ずしお思えるようになりたす。

    これは決しおTwitterを吊定する぀もりではなく、むしろ「日垞ではない」からこそ、楜しめるものなのではないかずも思っおいたす。

    たずえるならば、友人や知人ずカフェでお茶をしたり、お酒を飲みに行ったりするようなものこれが「日垞」ずいう堎合もあるかもしれたせんが、それはさおおき

    䜙裕がないずきは控えるのは自然なこずですし、矩務でもありたせん。
    ずっず続けおいたら疲れおしたうこずだっおありたす。気が向かないこずだっおありたす。
    でも、楜しめるずきは楜しいものです。

    日垞の䞀郚ずしおTwitterを䜍眮づけお疲れおしたうのならば、いっそ日垞αずしお捉えお、「お茶しよう」「飲みに行こう」の感芚で「Twitter芋よう」ずワンステップが必芁なスタンスで考えたほうが気持ちが楜になるかもしれたせん。

    やや気負ったスタンスのようにも感じられたすが、タむムラむンに䞊ぶツむヌトの䞀぀䞀぀は䞀人䞀人のナヌザヌによっお曞かれたものなのだから、人ず䌚うのに䌌た感芚や状態で臚むほうが自然なのかもしれたせん。

    おわりに

    繰り返しにはなりたすが、この蚘事にはTwitterを批刀する意図はありたせん。

    10幎間ずいうTwitter歎のなかでも、Twitterを通じお様々な人ず亀流し、有意矩な時間を過ごしおきたした。
    感謝したい人もたくさんいたす。

    楜しい時間。ほっずする時間。
    ネットの䞖界ず切り離す勿れ。それは貎重な人ず人ずの亀流です。

    だからこそ、より良い付き合い方を芋぀けおいきたいず思いたす。

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