メインコンテンツへスキップ
見出し画像

コンビニで3000円買っても気分は晴れない


    夕方のコンビニで、私はだらりと腕を下げてゾンビのように佇んでいた。

    全身が重力に負けている。かろうじて立ってはいるが、ちょこんとつつかれたらその場に崩れ落ちそうだ。帰り道、この近くにスーパーマーケットは2つあり、ちょうど同じ遠さ、ここから歩いて行ける距離だ。バスや電車を乗り継げば、もっと遠くのスーパーにもショッピングモールにも行ける。

    いや、行けない。

    体が重い。気温が高く、湿度が高く、鉛色の曇り空が広がっている。外界のすべてから圧をうけているような感覚。よく外に出て歩けているなと思う。スマートウォッチが昼間から「もう休みましょう」と伝えてくる異常事態だ。これでは本来はどこにも行けない。

    しかし、心ゆくまで休むと、お金がなくなる。人とのつながりも、外界との接点も、すべてなくなる。もちろんそんなときのための福祉があるが、それを受けるときに、失うものもある。もういろいろ失っているから、失うことがとても怖い。さらに、元気がない時、人は、役所に申請をしに行く元気もない。歩いて行けるスーパーにさえ行けないのだから。


    心の限界シグナルの、その先に、体の限界シグナルがある。
    だから心の予兆に気づいておくことは大切だ。
    体の限界を越えるとどうなるか。その先におそらく死があるが、私の体感として、心や体の限界を知らせる信号機から、走っている道ごと途切れるポイントまでには、かなりの距離があると思う。少なくとも心の限界の時点では、道が途切れるようにはまるで見えない。厳密にいうと「終わらせてもらえない」。サービスエリアもインターチェンジもない高速道路のように、進み続けるしかない状態に置かれるのだ。

    心のサービスエリアを通過してしまって、ついに体に病気が現れても、道は続く。あっさり肉体が限界を迎えると思っている人が多すぎる。実情は、体を「一部壊したまま生きる」ことになる。私はこれでも割と手前で止まったつもりだ。周囲には、もう取り返しがつかないほど壊れてしまって、それでも道が終わらなくて苦しんでいる人が、結構、いる。


    店内の、外と違う涼しさだけが救いだ。このままコンビニの中をさまよいつづけるのだろうかと、村田沙耶香氏の小説「コンビニ人間」をうっすら思い出しながら、からっぽのカゴを持ってみる。すでに重く感じる。

    甘いものを買った。辛いものも買った。
    はっきりした味で自分の意識を繋ぎ止めておきたいから。

    アイスを買った。
    冷凍食品を買えば、溶けないように、寄り道せず確実に帰れるから。

    ほしかった新商品も買った。
    もし帰りに倒れたら新商品のことを考えながら朦朧とする羽目になるから。

    日持ちする食品も買った。
    この体調の悪さが、数日間は続くだろうと予測したから。

    思考はさまよい、カゴの中身はどんどん増えていった。
    お会計をしたら、3000円ほどだった。
    さっき電子決済の残高確認をしたら3000円ほど入っていたから、ほぼ使い切ることになる。いらない買い物をしすぎだと思ったが、もう戻る元気もない。

    レジのお姉さんが話している言葉があまり聞き取れなかった。お姉さんはおそらく日本語が母語ではない人の話し方をしていたし、私はぼんやりして、「スプーン」と聞いてもそれが何なのかわからなかった。
    日本語が宙を舞い、すれちがい、電子決済の音が鳴った。

    物価高でコンビニの商品はかつての倍の値段ぐらいになっている。
    今の私に金銭的余裕はない。
    今日は、お金に余裕があるからコンビニに行ったのではなく、余裕がなさすぎてコンビニに行ったのだ。

    スーパーに行けば安くつくだろうし、スーパーを数軒回ればもっと安くつくだろう。知っているはずなのに。細かい計算がまともにできないほど疲れている自分を憐れむべきか、それでも電子決済の残金の範囲内で買い物できた自分を労わるべきか。どちらもか。

    わかっているのに動けない状態は私の内側から圧をかける。



    『少し高くついた買い物でも心が軽くなればそれでいいじゃない』

    帰路、揺れるバスの車内で、なんとなく祖母の言葉を思い浮かべる。
    心は軽くなったのか?

    別に主治医を疑ってはいないが、私はこの状態を「うつではない」といわれると「うそだあ」と思う。抑うつ気分ど真ん中のような感じなのに、うつ病ではない。別のメカニズムでこうなっているのだろう。

    心は軽くならなかった。
    ただ、なんか、やりすごせた感じはあった。

    家まで歩く。重力に沿って体が勝手に傾いていく。白線の内側をそっと歩いて、車に気をつけるかのように周りを見渡しながら体の軸を整える。

    荷物の中にアイスがある。
    アイスは溶ける。
    私は、そう易々とは溶けない。
    そういうものだという事実がただある。それならそれに沿って生きる。

    家について鍵を開けて家に入ってドアを閉めて、靴を脱いで荷物を下ろして部屋に入って、冷房をつけると生き返るような涼風が流れてくる、脱力してその場に寝転んだら服のポケットがガサッと音をたててひっかかる、取り出すとやたら長い、さっきのレシート。

    あーあ、と思う。

    そんな日もある。

     
     
    レバーハープ(アイリッシュハープ)演奏、作詞作曲。詳しい自己紹介と過去の作品は「プロフィール」欄をご覧ください。各種ご連絡はX(旧Twitter)または hironostairs@gmail.com までお願い致します。

    あなたへのおすすめ