
「ヒト」という一つの種
「戦争なんてくだらねぇぜ!俺の歌を聴け!」
1994年10月に放送された。
毎日放送・ビックウエスト製作のTVアニメ「マクロス7」より熱気バサラ(以下バサラ)が、戦場で自分の歌を伝えようとする際に発するセリフです。
戦場に飛び出しながらも、決して戦うことなく歌い続ける一風変わった主人公のセリフなんですが、思春期の著者が感銘を受けたセリフでもあります。
音楽・芸術・勉学・スポーツ・人望のほぼ全てにおいて、平均的な才な著者ですが、この頃から1つの念がありました。
「人という種は1つのなのに…複雑すぎないか?」
ヒト属の唯一の種なのに、様々な要因で分類されている。
今までの歴史・文化・習慣・信仰・慣習・環境などが影響して無意識化に自身と他者を比較・区分しているんだとは思います。
でも、大きな枠で見ると全員「地球人」なんですよ。
こうして書くと、多様性・共生を推奨しているかのように感じる方もいるかもですが、土地・文化・習慣・マナー・ルールなどを無視し、他者を軽んじる様な行動をするような人は、どこの国の人でも「人」ではなく排除・排斥すべき存在と著者は考えます。
昨今は様々な文化・慣習の共生・ジェンダーフリーの様に、生き方・生き様を受け入れようとする流れが、一時期の「オタク」が疎遠になっていたのが、万人受けするようになった流れと同じように感じます。
少し脱線しましたが、著者がバサラのセリフから、言いたいことは
「人種?地球単位でみたら、同じヒトという生物でしょ。そこに個体差以上の違いなんて無意味」
個人で接した際には、合う・合わないがありますが、そこに人種の違いという先入観が凄く「くだらない」と感じていました。
当時は、狭い世界(今でもそんなに広がったとは思わないが)でしたが、それでも海外の血が入った友人も居ましたし、才能にあふれた人にも可愛がって貰っていました。
対個人であれば、受け入れれるのに、一部の人の行いを全体の行いのように捉えてしまう…。
批判される行動をするヒトが、相対的に多いのかもしれない。
だからと言って、全体が批判される事をするとは限らない。
綺麗ごとと言われても、そう信じたい…。
集団というのは怖い。マイノリティを除外・排除する。
人はどこまでいってもマイノリティだと思う。
夫婦でもそうだ。もとは他人だ。
でも、個人だから共に歩ける。
そこに人種は関係するか?答えは「NO」だと思う。
国際結婚・年の差結婚・同性婚などがあるからだ。
どうか、これを読んだ方は先入観を一度、横に置いてその人を見てほしい。
きっと地球規模で見たら、信仰も育った環境も違うその隣人を優しい気持ちで話すことができるはず。
何気ない歌に、文字に、景色に、五感全てで感じて思いを感じる事ができるヒトという種ならば、手を取り合えるはず。
歌が、メロディーが、景色が人を感動・涙させれるのは、全員の根っこは同じなのだから…。
唯々、届いてほしい…。シンプルなこの考え、想い。