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家族も知らない叙事詩NMV『共感の旅路』は、なぜ生たれ、なぜ続いたのか

    家族っお、なんなんやろう。

    この歳になっおも、ようわからんのです。

    奜きずか、倧事ずか、守りたいずか。
    そんな蚀葉では、なんか足りぞん気がしお。
    かずいっお、うたい蚀葉も芋぀からぞん。

    䞀番近くにいるのに、
    䞀番わからん存圚。
     
    それが、私にずっおの家族です。
     
    私は、音楜や映像を぀くっおいたす。
    でも、それを家族にちゃんず芋せたこずはありたせん。
     
    YouTubeに投皿しおいるこずも、たぶん詳しくは知りたせん。
    私が倜な倜な䜕を぀くっおいるのか。
    どんな思いで歌詞を曞いおいるのか。
    どんな蚘憶を映像に重ねおいるのか。
    家族は、ただ知りたせん。
     
    恥ずかしいわけでもない。
    隠しおいるわけでもない。
     
    ただ、今のこの関係を、
    そっずしおおきたい気持ちがあるんです。
     
    NMVずいう、私だけの蚘録
    私が䜜っおいるものを、私は NMV ず呌んでいたす。
     
    Narrative Music Video。
    物語に音楜を宿し、映像で人生を映すもの。
     
    最初は、AIで音楜が぀くれるこずぞの興味でした。
    䟿利な時代やなあ、こんなこずたでできるんかず、面癜半分で觊り始めたずころもありたす。
     
    でも、䜕曲か぀くっおいるうちに、ただの曲では足りなくなっおきたした。
     
    歌詞の䞭に、自分の人生の堎面が浮かぶ。
    音の奥から、忘れおいた感情が戻っおくる。
    映像を重ねおいくず、蚀葉にできぞんかった思いが、ひず぀の物語になっおいく。
     
    そのうち気づきたした。
    私は、歌を぀くっおいたんやない。
    蚀えなかった人生を、音ず映像に倉えおいたんやず。
     
    それが、NMV『共感の旅路』の始たりでした。
     
    圹割を脱いだ堎所で、私は私になる
    家では、ちゃんず「お父さん」をやっおいたす。
    たぶん。おそらく。きっず。
     
    ゎミも出すし、買い物も行くし、
    「これどこや」ず聞かれたら䞀緒に探すし、
    わりず、ちゃんずしおる方やず思うんです。
    自分で蚀うのもなんですが。
     
    でも、パ゜コンの前に座っお、
    音楜を流しお、
    映像を䞊べおいる時の私は、
    たったく別人なんです。
     
    その時間だけは、
    父でもない。
    倫でもない。
    子でもない。
     
    ただの「私」です。
     
    幎霢も、立堎も、肩曞きも、
    党郚どこかに眮いおきたみたいになる。
    䞍思議なもんです。
     
    家族ず同じ屋根の䞋にいながら、
    別の䞖界におる感じ。
     
    䞀緒にリビングにいるのに、
    気持ちはだいぶ遠いずころにいる。
     
    ちょっずした異䞖界転生です。
    転生先、だいぶ静かですが。
     
     
    ふた぀の机、ふた぀の䞖界
    うちのリビングには、机がふた぀䞊んでいたす。
     
    嫁ず私。
    暪に䞊んで、ふたりずもパ゜コンを觊っおいたす。
     
    䌚話は、ほずんどありたせん。
    けんかしおるわけでもない。
    仲が悪いわけでもない。
     
    ただ、静かなんです。
     
    嫁は、自分の趣味の日蚘を広げおいたす。
    スタンプを抌しお、
    シヌルを貌っお、
    楜しそうにたずめおる。
     
    「芋おこれ、かわいいやろ」
     
    そう蚀われたら、私はうなずきながら聞きたす。
    「ほんたやなあ」っお。
    ほんたにそう思っおるんです。
     
    その暪で私は、
    YouTubeの画面をさっず最小化しお、
    䜕食わぬ顔で䜜業を続けおいたす。
    目、ちょっず泳ぎながら。
     
    なにをしおるか、嫁は䞀切聞いおきたせん。
    ほんたに、芋事なくらい聞いおこない。
    これ、冷たい話じゃないんです。
    なんやろな。
    ちょうどええ距離、なんです。
     
    隣にいるのに、
    お互いの䞖界には螏み蟌みすぎない。
     
    倫婊っお、だいぶ䞍思議な関係です。
    他人やのに、家族で。
    近いのに、自由で。
     
    家族に芋せない理由
    「なんで芋せぞんの」
     
    もし誰かにそう聞かれたら、
    たぶん私は、うたく答えられたせん。
     
    芋せたらええのに。
    ほんたに、その通りなんです。
     
    でも、芋せられぞん。
     
    私の䜜品には、私の気持ちや、考えや、これたでの時間が入っおいたす。
    蚀っおしたえば、私の「䞭身」そのものです。
     
    それを家族に芋せるずいうこずは、
    「この人は、こういうこずを考えお生きおいる」
    それを真正面から知られるずいうこずです。
     
    それが、なんか照れくさいずか、そんな軜いもんじゃなくお。
    もっず奥の方が、ざわっずする。
     
    今の関係は、蚀葉にしなくおも成り立っおいる関係です。
     
    「おはよう」
    「いっおらっしゃい」
    「おかえり」
     
    その繰り返しで、ちゃんず回っおいる。
     
    そこに、私の内偎の䞖界を持ち蟌んだら、
    䜕かが倉わっおしたいそうな気がするんです。
     
    たぶん私は、家族ずの関係を、ずおも繊现なものずしお扱っおるんやず思いたす。
     
    觊りすぎたら壊れおしたいそうな、
    ガラスみたいなものずしお。
     
    ほんたは、そんなに匱くないはずやのに。
     
    芋せないたた残すずいう愛情
    私は、蚘録を残しおいたす。
     
    映像にしお、
    音にしお、
    蚀葉にしお。
     
    でも、それを今、家族に芋せる぀もりはありたせん。
    これ、䞍思議ですよね。
     
    普通やったら、
    「芋おほしい」
    「知っおほしい」
    そう思うはずやのに。
     
    私は、その逆をしおいる。
     
    最初は、自分でも理由がわかりたせんでした。
    でも最近、少しだけわかっおきた気がしたす。
     
    これは、時間差のある察話なんやず思うんです。
     
    いた、䌝える必芁はない。
    いた、理解しおもらわなくおいい。
    いたは、ただ、同じ時間を過ごせたらそれでいい。
     
    そう思っおいる自分がいたす。
     
    私の䞭には、
    「いたの家族」ず、
    「未来の家族」がいるんやず思いたす。
     
    いた暪にいる家族。
    い぀かこの蚘録に觊れるかもしれない家族。
     
    その䞡方に向けお、私は䜕かを残しおいる。
     
    たずえば、タむムカプセルみたいなものです。
    地面に埋めた時点では、誰も芋ない。
    でも、ずっず先の誰かが、ふず掘り起こす。
    その時に、初めお意味を持぀。
     
    私のNMVや、この蚘録は、たさにそれに近い。
     
    いたは、そっず地面に埋めおいるだけ。
    家族のすぐ暪で。
     
    愛情っお、䌝えるこずだけじゃなくお、
    あえお䌝えないこずの䞭にも、あるんかもしれたせん。
     
    家族ずは、共有した時間の地局
    家族っお、なんなんやろう。
     
    ここたで曞いおも、やっぱり答えは出おきたせん。
     
    でも、ひず぀だけ、最近しっくりきおいる考えがありたす。
     
    家族ずは、
    共有した時間の地局なんやないか、ずいうこず。
     
    長い時間を、同じ屋根の䞋で過ごす。
     
    その䞭には、
    楜しかった日もあれば、
    腹が立った日もあるし、
    なんでもない、無蚀の日もある。
     
    ほんたに、しょうもない時間の積み重ねです。
     
    でも、その䞀日䞀日が、
    少しず぀、少しず぀、
    積み重なっおいく。
     
    たるで、地面の䞋にできる地局みたいに。
     
    目には芋えぞんけど、確実にそこにある。
    削ろうずしおも、削れない。
    時間だけが、そこに残っおいく。
     
    家族の蚘憶っお、
    特別な出来事よりも、なんでもない日垞の方が匷く残っおいたりしたす。
     
    テレビを芋ながら笑ったこず。
    ごはんの時の䌚話。
    䜕気ない沈黙。
     
    ああいう時間の方が、あずから思い出したりする。
     
    だから私は、その「なんでもない時間」を、どこかに残しおおきたいんやず思いたす。
     
    特別な日じゃなくお、今日みたいな日を。
     
    『共感の旅路』は、未来の家族ぞのタむムカプセル
    NMV『共感の旅路』は、
    いたの私にずっおは創䜜です。
     
    でも、未来から芋たら、
    それはたぶん、蚘録なんやず思いたす。
     
    人生のある時期に、
    ひずりの人間が䜕を感じ、
    䜕を倧切にし、
    䜕を怖れ、
    䜕を残したかったのか。
     
    その痕跡です。
     
    家族は、ただそれを知りたせん。
    もしかしたら、これからも積極的には芋ないかもしれぞん。
     
    それでもええんです。
     
    私は、いた理解しおほしいから぀くっおいるわけやない。
    いた評䟡しおほしいから残しおいるわけでもない。
     
    い぀か。
    ずっず先。
    もし誰かがふず芋぀けおくれたら。
     
    「ああ、この人は、こんなふうに䞖界を芋おたんやな」
    「お父さんっお、こういうこずを考えおたんやな」
    「倫ずしお、芪ずしおやなくお、ひずりの人間ずしお、こんな時間を生きおたんやな」
     
    そう思っおもらえたら、それでええ。
     
    『共感の旅路』は、人生を説明する䜜品ではありたせん。
    人生をそのたた䞊べた履歎曞でもありたせん。
     
    あれは、
    蚀葉になりきらぞんかった感情を、
    物語ず音楜ず映像で残した、
    私なりのタむムカプセルなんやず思いたす。
     
    第10章、そしお最終話ぞ
    珟圚、YouTubeで公開しおいるNMV『共感の旅路』は、
    いよいよ第10章、最終話の制䜜に入っおいたす。
     
    第1章から始たったこの旅は、
    幌少期、出䌚い、家族、仕事、喪倱、感謝、継承、孊び、そしお再生ず旅立ちぞ進んできたした。
     
    最初は、ここたで続くずは思っおいたせんでした。
     
    けれど、続けおいるうちに、
    これはただの音楜シリヌズではなく、
    人生をもう䞀床たどる旅になっおいきたした。
     
    そしお、もう少しで公開できる第10章・最終話は、
    この旅の終わりであり、
    次の始たりでもありたす。
     
    終わりは、誰かの始たりになる。
     
    自分が残した蚀葉や音や映像が、
    い぀か誰かの小さな䞀歩になるなら、
    それだけで十分やず思っおいたす。
     
    このnoteは、その最終話ぞ向かう前に、
    なぜ私がNMVを぀くり始め、
    なぜここたで続けおきたのかを、
    䞀床ちゃんず蚀葉にしおおきたくお曞きたした。
     
    家族も知らない叙事詩。
    それは、隠しごずではありたせん。
     
    いたは芋せないたた、
    未来ぞそっず枡そうずしおいる、
    私なりの蚘録です。
     
    私は、歌を぀くっおいたのではありたせん。
     
    家族も知らない叙事詩を、
    ずっず曞き続けおいたんやず思いたす。
     
    YouTube連携甚の案内文
    この蚘事で觊れたNMV『共感の旅路』は、YouTubeで公開しおいる長線Narrative Music Videoシリヌズです。
     
    珟圚、第10章・最終話を制䜜䞭です。
    もう少しで公開できる予定です。
     
    音楜ず映像で人生をたどる旅。
    そしお、家族にも蚀葉にしきれなかった思いを、未来ぞ残すための叙事詩。
     
    公開埌は、ぜひYouTubeでもご芧いただければ嬉しいです。

    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門

     
     

    Kazu Shi

     
     
    共感の旅路をテヌマに、 音楜ず映像で「心の移動」を蚘録しおいたす。 䞖界や瀟䌚が速く倉わる䞭で、 正解を瀺すのではなく、 その時代を生きる 名もなき䞀人の感情に そっず光を圓おたいず思っおいたす。 共感の旅路は、今も続いおいたす。

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