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ゲルハルト・リヒタヌ//絵画の終決者Ⅹ絵画の黙瀺録//〈積局流䜓色圩論序説〉のための短いメモ曞き/〈泥の光の色圩Ⅹ色圩の光の泥〉のランドスケヌプ

    ゲルハルト・リヒタヌGerhard Richterの絵画

    ゲルハルト・リヒタヌのそれは絵画ではない。䜕床でも繰り返さなければならない。ゲルハルト・リヒタヌのそれは絵画のようなものですらない。ゲルハルト・リヒタヌの絵画は絵画ではない。それは絵画の終焉の向こう偎に存圚する燃え䞊がり燃焌した埌の絵画の灰の塊りであり、絵画がわたしたちず離別するその最埌の瞬間にわたしたちに芋せるこずになるその埌ろ姿だ。わたしたち人間はゲルハルト・リヒタヌの絵画を前にしお絵画ず決別するこずになる。ゲルハルト・リヒタヌは絵画を終了させた最埌にしお唯䞀の画家なのだ。圌以埌、䞖界に画家は存圚しない。ゲルハルト・リヒタヌの絵画以埌絵画は䞖界に存圚しない。仮にそこに絵画のようなものが存圚しおいたずすれば、それはゲルハルト・リヒタヌの絵画以前に䜜補されるべきものが遅刻しお誀っお生たれるこずになっおしたった時間錯誀の絵画でしかない。

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    No.1〈ビルケナり〉以埌、絵画は存圚するこずができない/絵画の終決者Closerゲルハルト・リヒタヌによる絵画の黙瀺録

    ビルケナりその

    圌が迂回を重ねながら避け難く蟿り着くこずになったあの堎所、ビルケナりで、圌は戊慄ず䌎に気付くこずになる。絵画は終わらなければならない。この堎所、ビルケナりで、絵画の終わりのピリオドを打たなければならない。ゲルハルト・リヒタヌは自身が絵画の終決者であるこずを悟り、絵画ぞの垌望ず絶望が沈黙の蚀葉ずしお攟たれる。ゲルハルト・リヒタヌの絵画に぀いお語るこずそれが䜕であるのか語るこず、それは〈絵画の黙瀺録〉を語るこずになる。黙瀺録Apocalypse。終わりの蚘録/蚘憶。絵画の終わりの蚘録/蚘憶。絵画は氞遠にクロヌズされる。ビルケナり以埌、絵画は存圚しない

    ビルケナりその

    長倧にしお厖倧なる絵画の生成の歎史、その終了のピリオド。ゲルハルト・リヒタヌがそのピリオドを刻印する。わたしたちは以埌、時間錯誀を繰り返しながらそのピリオドの前の時間に立ち戻り絵画を生成させるこずになる。

    ビルケナりその

    〈ビルケナり〉ずは党おの絵画の収斂点であり終着地であり、その墓暙だ。

    絵画の終決者Closerゲルハルト・リヒタヌによる絵画の黙瀺録が静謐の時間の䞭で沈黙の蚀葉で語られる。〈ビルケナり〉ぞ向かうゲルハルト・リヒタヌの長い旅。わたし/わたしたちもたたその旅を圌ず䌎に行くこずになる

    ビルケナりその

    Gerhard Richter

    No.2〈ビルケナり〉ぞ向かうゲルハルト・リヒタヌの長い旅/圌のその旅をわたし/わたしたちも行わなければならない、あるいは、ゲルハルト・リヒタヌの孀独を分かち合うために。

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    以䞋、幟぀かの裁断的吊定ず肯定が行われる。ゲルハルト・リヒタヌを巡る固定化された既存の枠組みず評䟡ず意味は無効化され、圌の党おの思考/行為/䜜品/衚珟は解䜓され再構築される。それらは圌の沈黙の蚀葉を読み解くために必芁なこずずしお実行される。正確に慎重に躊躇うこずなく。結果ずしお、それは神話を砎壊するものであり、圌を珟代矎術のアむコンずする者たちぞの打撃でもある。ゲルハルト・リヒタヌを珟代矎術の巚人ず厇める者たちにはそれは耐え難いものなのかもしれない。呚到な甚意も準備も戊略も戊術も知識もない無力で非力な私が行う巚人ずの戊いが静かに開始される。

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    その傲慢なる戊いは軜蔑に倀するのかもしれない。しかしそれはゲルハルト・リヒタヌを䟮蟱し愚匄するものではないず断蚀しおおく。決しおそうではない。決しお。たたそれは「物語ずしお」「わたしの物語ずしお」ゲルハルト・リヒタヌを語るための䜜為でもない。私がここで詊みようずしおいる事柄は、わたしの物語の䞭にわたしの論理の䞭に、ゲルハルト・リヒタヌを閉じ蟌めるこずではない。その真逆だ。私はゲルハルト・リヒタヌを解攟したいのだ。「珟代矎術の巚人」ずいう滑皜にしお䟮蔑的なる氟濫する欲望にたみれ汚された呌称から解き攟ち、その〈art〉の真の力を解攟したいのだ。

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    ゲルハルト・リヒタヌずいうひずりの孀独なる芞術家。その姿を刳り貫き、その沈黙の声に耳を柄たせ目を凝らし、圌ず䌎にその垌望ず絶望の蚀葉を私のこころの奥に迎い入れるためにその孀独を分かち合うために、それは必芁なこずなんだ。ゲルハルト・リヒタヌの孀独をそのたたにしおはいけない。それを封じ蟌めおはいけない。圌が芋぀けたその垌望ず絶望をわたしたちは分かち合わなければいけない。その垌望ず絶望はわたし/わたしたちのもの。

    ゲルハルト・リヒタヌよ、その深き孀独/深き魂をわれらに分け䞎えたたえ。

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    Gerhard Richter

    No.3絵画の誕生に぀いお、あるいは、巚倧な砊・ゲルハルト・リヒタヌの本䞞ぞず䟵入する。絵画の終決者Closerの姿を芋定めるために

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    ゲルハルト・リヒタヌの巚倧な思考/行為であるその䜜品矀を読み解くために倚くの前哚戊的前眮きを必芁ずするこずになる。難攻䞍萜のその砊を攻略するためには片付けおおかなければいけない耇数の倧小の事柄が存圚しおいる。そのひず぀ひず぀が深く広倧で繊现で耇雑な事柄であるこずは承知しおいる。だがそれらの现郚に拘泥しおしたうずゲルハルト・リヒタヌに蟿り着くこずは困難ずなる。现郚を棄お浮遊する足堎を軜く蹎っお挂うようにしお前ぞ進もう。論理の階段の堅牢さよりそれを螏み蟌むステップが響かせるその足音の軜やかさを頌りに砊・ゲルハルト・リヒタヌの本䞞ぞず䟵入するこずにしよう。絵画の終決者Closerの真の姿を芋定めるために。

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    砊・ゲルハルト・リヒタヌの本䞞ぞの道筋はかなり難解だ。絵画原論ずゲルハルト・リヒタヌの旅の蚘録/蚘憶を同時䞊行的に進行させ぀぀、ゲルハルト・リヒタヌの〈絵画の終焉した埌の絵画/燃焌埌の灰ずしおの絵画〉に぀いお語らなければならない。「絵画原論ず蚘録/蚘憶ず絵画ならざる絵画」䞉぀の話が互いに絡み合うゞグザグの行き぀戻り぀する屈折したものずなる。

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    党文字数玄15000文字の長い長いものになっおしたった。うん、それでも凄く駆け足で重芁な事を幟぀かすっ飛ばした、穎だらけのスポンゞ状の感想/論考でしかない。これを曞くために想像以䞊の倚くの時間が必芁だったけどでもたあこんなものしかずりあえず今の私には曞くこずができない。無様で無甚な胜曞きず蚀いわけはこれくらいにしおさっさず始めるこずにしよう。

    さお、話は絵画の誕生を巡る想像力ず蚀葉ず欲望ず像/むメヌゞimage、そしお鳎り響く愛ず暎力の物語からはじたるこずになる。絵画が持぀こずになる持たざるを埗ないその光ず闇が暎き出される。画家であるこずの光ず圱

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    Gerhard Richter

    No.4想像力/欲望/像/むメヌゞimage////、そしお、奏でられる愛ず暎力の人間の物語

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    Gerhard Richter

    想像力/像/むメヌゞimage                    想像力ずは人間が思考したその思考を描写しそれにかたちを䞎える力のこずである。想像力は人間の思考にかたちをもたらす。いろずかたちずしくみを所有した人間の思考ずしおの像/むメヌゞimage。人は想像力なしにその感じたこず思ったこず考えたこずに構造/機構/仕掛けを芋出すこずはできない。具象であろうが抜象であろうが想像力以倖の力によっお䞖界にかたちを芋぀けるこずはできない。想像力が思考にかたちを䞎え思考を駆動する。

    蚀葉/〈意味Ⅹ物質Ⅹ像/むメヌゞimage〉像/むメヌゞimage
    蚀葉ずは〈意味✕物質✕像/むメヌゞimage〉意味を担うものである蚀葉蚀葉ずは意味の入っおいる容噚にしおノィヌクルのこずだ。意味の入っおいる容噚を䜜り出しおいるものずしおの物質✕像/むメヌゞimage。音/光/声/信号/蚘号/文字が、内的な像/むメヌゞimage、あるいは、倖的な像/むメヌゞimageずしお蚀葉の容噚/ノィヌクルずなり意味を担い、それが蚀葉ずなる。人間が䜕かを思いその思いの意味/無意味を芋出し意味/無意味を保存し運ぶための容噚/ノィヌクルが必芁ずなり、そこに物質✕像/むメヌゞimageが甚意され、蚀葉が誕生した。想像力が思考にかたちを䞎える必然ずしおの蚀葉が生たれ、知性を獲埗した人間が思考する生呜ずしお出珟する。物質から生呜ぞ、生呜から知性ぞ。物質でありながら物質を超越する

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    Gerhard Richter

    具象ず抜象/像/むメヌゞimage                  無数の具象から濟過し取り出し抜出した無数の骚栌/仕組み/構造/論理を重ね合わせ溶け合わせられ具象の圌方に出珟する透明なるものずしおの抜象。その透明なる抜象の䞭で無数の具象の残像が揺らめき生成/消滅する。ひず぀/耇数の抜象の流れに捻じれが生じ枊ずなり透明なる抜象が色圩を垯びた濁流ずなり構造/論理に肉䜓がたずわれる。具象の生誕。具象が抜象から抜出される。具象は抜象から絶えず生成され、抜象は具象から垞に匕き出される。

    具象の䞭に抜象を芳るこずず、具象の䞭に抜象を芳るこず。人の䞭で䞖界は透明なるものず透明ならざるものの入れ子现工のように倉転する。だから、人は応然ずしお目の前に珟れる宙に舞い散る䞀片の花びらに氞遠なるものを芋出し、本の䞭で偶然に遭遇したひず぀の蚀葉/センテンスにあの日の手觊りのある蚘憶を呌び起こすこずができるのだ。具象/抜象の䞭の抜象/具象。

    像/むメヌゞimageは具象/抜象ずしお珟れる。それが人間の思考のすべおにかたちを䞎える力を持぀こずになる。すべおだ。䟋倖は存圚しない。その圧倒的構築力ず砎壊力。想像力ずは人間の知性の根源に君臚する皇垝だ。

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    Gerhard Richter

    欲望/像/むメヌゞimage                     かたちを䞎えられた人間の思考が像/むメヌゞimageずしおわたしたちの前に顕れる。吊応なくわたしたちを誘惑する像/むメヌゞimage。それはわたしたちが倱ったものたちわたしたちに欠けおいるものたちの姿を痛みず䌎に教える。像/むメヌゞimageが欲望を喚起し欲望が像/むメヌゞを䞊曞きする。欲望ず像/むメヌゞimageの無限的連鎖反応的反響の䞭で人間は欲望の囚われ人ずなる。欲望の䞭で像/むメヌゞimageが錬成され喪倱の物語が欲望の物語ぞず倉貌する。欲望ずは像/むメヌゞimageの父にしお母でありその子䟛たちだ。像/むメヌゞimageが欲望の震源ずなる。

    愛ず暎力的なるもの/像/むメヌゞimage
    それは愛ず暎力にかたちを䞎える。想像力が愛にかたちを䞎え、同時に、暎力にかたちを䞎える。わたしたち人間は想像力の限りを尜しその力が虚空に出珟させるいろずかたちの限りを尜しお、人間を愛し人間を殺戮する。愛ず暎力の物語が想像力によっお奏でられる。人類の歎史を溺れるほどに埋め尜くす透明にしお至高なる愛の悲劇/喜劇ず無数の戊争の奇怪なたでの華麗なる凄惚さ、それらは党お想像力が産出したものだ。考えるこずしかできなく像/むメヌゞimageを描出するこずができなかったずしたら、それらの物語もこれほどたでに耇雑な圢状ず色圩の満ち溢れたものにならなかっただろう。愛ず暎力的なるものを生み出す像/むメヌゞimage。想像力が圢成する像/むメヌゞimageが愛ず暎力的なるものの根源ずしお䞖界を支配する

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    Gerhard Richter

    絵画/〈絵画図鑑〉/欲望の図鑑/像/むメヌゞimage          絵画を「䞀定の領域を占領する有限の平面の䞊の衚面に、䜜者が身䜓/道具を甚いお〈䜕かしらのもの〉によっお、像/むメヌゞimageを物質化し固定化した/されたもの」ず仮定/芏定しおみる。像/むメヌゞimageの平面的なるものぞの物質化ずしおの絵画。像/むメヌゞimageの内容を問わずに

    さらに、その有限の平面のありよう、䜜者の絵画を圢成する䞭での身䜓の身振りのありよう、甚いられる〈䜕かしらのもの〉のありよう、その物質化された像/むメヌゞimageの具象/抜象のありよう、を絵画の圢匏ずしお区分しおみる。そうするず絵画は暙本箱の䞭の暙本のように敎然ず秩序立おられ〈絵画図鑑〉が出来䞊がる。人間の生み出した像/むメヌゞimage図鑑ずしおの完党なる〈絵画図鑑〉。あらゆる絵画の蚘録ずしおの〈絵画図鑑〉

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    Gerhard Richter

    幟぀かの絵画が具象を倖的䞖界から内的䞖界ぞず深化させシュルレアリスム等々、幟぀かの絵画が具象でありながら具象を超越し具象ず抜象を混沌ずさせクロヌド・モネの睡蓮、ポヌル・セザンヌの林檎、サント・ノィクトワヌル山、パブロ・ピカ゜、フランシス・ベヌコン、デむノィッド・ホックニヌ等々、幟぀かの絵画が有限の平面の䞊の衚面であるこずから逞脱しルヌチョ・フォンタナ、フランク・ステラ等々、幟぀かの絵画が像/むメヌゞimageを物質化する方法ずしお写真術を取り蟌み越境し䜜者の身䜓の身振りを抹消しスヌパヌリアリズム等々、幟぀かの絵画が・・幟぀かの絵画が・・ず延々ず終わるこずなく絵画の革呜は継続され倉転を重ねる。

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    Gerhard Richter

    しかし、絵画がどれほど倉転したずしおも䞖界に存圚する党おの絵画はその〈絵画図鑑〉の现分化されたいずれかの区分/枠組みの䞭に入るこずになる。党おの絵画がその䞭に収められる。新しい絵画が誕生し区分/枠組みは曎新され図鑑は曎新される。絵画は無限の広がりを持ちながらも有限の図鑑の䞭の䞀頁ずしお差し蟌たれる。絵画が絵画であろうずすれば、その絵画は必ず図鑑の䞭の秩序に回収されるこずになる。絵画の党きの革呜が蜂起されたずしおも、絵画は〈絵画図鑑〉の䞭の䞀頁ずしお吞い蟌たれお行くこずになる。

    そしお、像/むメヌゞimageが人間の欲望の顕れであるならば〈絵画図鑑〉は人間の欲望の図鑑ずなる。必然ずしお。劂䜕に矎しく華麗で醜悪でグロテスクであろうずも、絵画は人間の欲望の党郚を描き尜くすこずになる。

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    Gerhard Richter

    No.5絵画ずいう装眮/機械によっお像/むメヌゞimageの䞭に閉じ蟌められおいるわたしたち

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    像/むメヌゞimageの平面的なるものぞの物質化ずしおの絵画。転倒させおその事態を蚀い衚せば、絵画ずいう平面的なるものの䞭に物質の衣を着た氞遠の像/むメヌゞimageが安息の堎所ずしおそこに存圚しおいる。絵画は像/むメヌゞimageを物質化し保護し氞遠ずする装眮/機械なのだ。

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    そのようにしおあらためお絵画を芳おみれば、わたしたちは像/むメヌゞimageを絵画の䞭に封じ蟌めた぀もりが、そうではなく、像/むメヌゞimageを生き延びさせるために絵画が存圚しおいるこずに気付くこずになる。その絵画の䞭の像/むメヌゞimageはい぀でもその倖に出るこずができるのだ。閉じ蟌められおいるのは像/むメヌゞimageではない。わたしたちだ。わたしたちは絵画ずいう装眮/機械に取り囲たれ、像/むメヌゞの䞭に閉じ蟌められ封じ蟌められ囚われおいる。像/むメヌゞimageの囚人ずしおのわたしたちず像/むメヌゞimageの門番/守護者ずしおの絵画。

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    絵画の可胜性ず䞍可胜性。ここに来おようやく絵画の終決者Closerゲルハルト・リヒタヌに぀いお語るこずができるこずになる。この地点からゲルハルト・リヒタヌの旅に぀いお語るこずを始めよう。この語りの終わりにおいお、絵画の終決者Closerゲルハルト・リヒタヌずは䜕者であり䜕をしようずしたのか䜕をしたのかが明らかになる。鍵ずなるのは前哚戊ずしお私が解き明かした次の事柄である。再床、曞き出し留意するこずずしよう。

    「像/むメヌゞimageが欲望を喚起し欲望が像/むメヌゞimageを䞊曞きする。欲望ずは像/むメヌゞimageの父にしお母でありその子䟛たちだ。像/むメヌゞimageが欲望の震源ずなる。愛ず暎力的なるものにかたちずいろを䞎え生み出す像/むメヌゞimage。想像力が圢成する像/むメヌゞimageが愛ず暎力的なるものの根源ずしお䞖界を支配する。わたしたちは絵画ずいう装眮/機械に取り囲たれ像/むメヌゞimageの䞭に閉じ蟌められ封じ蟌められ囚われおいるのだ。像/むメヌゞimageの囚人の私ず像/むメヌゞimageの門番/守護者ずしおの絵画」        本蚘事「No.4想像力/欲望/像/むメヌゞimage////、そしお、奏でられる愛ず暎力の人間の物語」より匕甚

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    尚、本蚘事の構成は以䞋、「No.6〈ビルケナり〉その堎所で決断する。絵画を終わらせなければならない。欲望の装眮/機械であり像/むメヌゞの氞遠化のための道具ツヌルである絵画を終焉させるこず」ず「No.7ゲルハルト・リヒタヌのアブストラクト・ペむンティング〈泥の光の色圩✕色圩の光の泥〉のランドスケヌプ/地景Landscape、あるいは、〈積局流䜓色圩論序説〉」にお、䞀旊、閉じられるこずになりたす。

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    䜆し、そのNo.7の埌に補遺ずしお1から5連番のNo.8〜No.12が远蚘されたす。ゲルハルト・リヒタヌの旅の蚘録/蚘憶に぀いおの私の考察であり、圌が䜕者であり䜕を行ったのかに぀いお圌の党貌を芋出すために曞かれたものです。補遺ず蚘されおいたすが補った内容ではなく、同時䞊行的に進行しおいた事柄を蚘述したものです。本来であれば同時䞊行的に配眮されるべき蚀葉ですが、線集䞊の煩雑さを回避するために、時系列を前埌させお集玄的に配眮したものです。ゲルハルト・リヒタヌの党貌を芋出すために。

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    本蚘事は冒頭のプロロヌグから本文のNo.1〜No.7、補遺1〜5連番のNo.8〜No.12、そしお、あずがきの党郚たでを含んで䞀䜓ず成すものです。すべおの章が必芁䞍可欠なものであり郚分は郚分でしかなく単独では機胜しないずあらかじめ明蚘しおおきたす。郚分だけでは意味を倱いたす。

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    Gerhard Richter

    No.6〈ビルケナり〉その堎所で決断する。絵画を終わらせなければならない。欲望の装眮/機械であり像/むメヌゞimageの氞遠化のための道具ツヌルである絵画を終焉させるこず。

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    〈ビルケナり〉。ゲルハルト・リヒタヌは䜕床も制䜜しようずし䜕床も䞭断された。幟床も䞭断せざるを埗なかった。鮮烈な理由。逡巡ず疟走。悔恚ず決断。〈ビルケナり〉、ゲルハルト・リヒタヌの長い長い旅の終着地。

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    ゲルハルト・リヒタヌは〈ビルケナり〉に斌いお自身の宿呜に芚醒するこずになる。想像力こそが、愛、そしお、暎力を生み出す根源であるこずに。像/むメヌゞimageこそが愛ず暎力の根源であるこずに。圌はその厳粛にしお残酷なる䞖界の成り立ちのありように戊慄しその堎所で立ち尜くすこずになる。圌は〈ビルケナり〉のその堎所で像/むメヌゞimageを物質化するずいう、画家が絵画を䜜るこずの持぀本圓の意味ず向き合うこずになる。

    絵画ずは〈欲望されたもの=像/むメヌゞimage〉の物質化/固定であるこず。欲望を氞遠ずする装眮/機械ずしおの絵画。ゲルハルト・リヒタヌは自身が䜕をしおいるのか自身が䜕者なのか知るこずになる。絵画ずは欲望であり像/むメヌゞimageずは愛ず暎力の根源であるこず。画家ずは絵画ずいう欲望の装眮/機械をその手で䜜り䞊げる者なのだず。絵画/画家は欲望だ。

    ゲルハルト・リヒタヌは〈ビルケナり〉の堎所で決断する。絵画を終わらせなければならない。欲望の装眮/機械であり、像/むメヌゞimageの氞遠化の道具ツヌルである絵画を終焉させるこず。ゲルハルト・リヒタヌはただひずり深遠なる孀独の䞭で決断する。〈ビルケナり〉を最埌の絵画ずするこず。〈ビルケナり〉以埌、絵画が生たれるこずはない。絵画の終決者Closerによる絵画の黙瀺録。ゲルハルト・リヒタヌが絵画を終わらせる

    ビルケナりその

    ビルケナりその

    ビルケナりその

    ビルケナりその

    Gerhard Richter

    No.7ゲルハルト・リヒタヌのアブストラクト・ペむンティング〈泥の光の色圩Ⅹ色圩の光の泥〉のランドスケヌプ/地景Landscapeあるいは、〈積局流䜓色圩論序説〉

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    ゲルハルト・リヒタヌのアブストラクト・ペむンティング/〈泥Ⅹ光Ⅹ色圩〉

    /それを語るために〈流䜓色圩〉の物理孊が必芁ずなる。/
    無数の色圩を内包し光ずしお攟぀粘床を有した物質、発光する物質/流動䜓/粘土/土/地/æ³¥/。光が泥ずなり色圩ずなる。流動する色圩の光の泥。泥の光/光の泥、流䜓の色圩/色圩の流䜓。色圩をたずったひかりが泥のように氟濫する。光ずしおの泥、色圩ずしおの泥。泥の光ず色圩の融合ず錯綜ず分裂。そこに存圚しおものは絵の具でありながらその平面の䞊で絵の具ずは党く異なったものたちぞ倉容する。描くためのものでも塗るためのものでもない。それを正確に蚀い圓おる適切な蚀葉は既存の蟞曞の䞭には存圚しない。ひかりであり色圩であり物質/流動䜓である〈泥の光の色圩色✕圩の光の泥〉あるいは、〈流䜓色圩〉。その流䜓的色圩光〈流䜓色圩〉に぀いお語るためには〈流䜓色圩〉の物理孊が必芁ずなる。これたでの矎孊/矎術は無効ずなる。

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    ゲルハルト・リヒタヌのアブストラクト・ペむンティング/その生誕の瞬間

    /板切れで掬い取られその泥は平面の衚面を行き亀う/擊り通過する泥の光/
    〈泥の光の色圩✕色圩の光の泥〉の垂盎に立おられた平面の衚面で繰り広げられる混沌の劇。泥の光/色圩が泥ずしおその衚面を滎り萜ちながら色圩/光の泥はその平面を埀埩する。描写のためでも塗り蟌めるためでもなく。䜕床も䜕床も。ゲルハルト・リヒタヌのスキヌゞ板切れがその泥の光を挆喰の鏝のように掬い取りその平面を埀埩し行き亀う。䞀定の色圩がその平面を染め䞊げ占有するこずなく䞀定の光がその平面にかたちを描くこずなく。その泥はその平面を埋めるために甚意されたものではない。その泥はその平面の䜕かしらの堎所を到着地ずするこずなくひたすらその平面の䞊を通過する擊り付けながら平面の衚面を通過する〈泥の光の色圩色✕圩の光の泥〉。

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    /固たり぀぀溶け合い溶け合い぀぀固たり合い重ね合わされる泥の光の波/
    ひかりずいろの流動䜓が絵画ずいう平面の䞊で波ずなる。その波は立䜓を圢成するこずなく平面の衚局の䞭で溶け合う。厚みを持った平面の䞊の衚局、その無数の衚局の重ね合わされた倚局の䞭で生誕し死滅する〈泥の光の色圩✕色圩の光の泥〉の融合ず離別の時間が俯瞰される。泥は固たり぀぀溶け合い溶け合い぀぀固たり合う。刻々ずその粘床を倉曎するその泥。剥ぎ取られ塗り蟌たれ塗り蟌たれ剥ぎ取られ重ね合わされる光の泥の波。波はやがお固たりひかりずいろの局ずなっお平面を芆い尜くすこずになる。色圩ず光の局

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    /流䜓色圩=〈泥の光の色圩Ⅹ色圩の光の泥〉の積局䜓/物質性の光の積局/
    〈流䜓色圩〉が有限の平面の衚面を芆い尜くし塗り蟌められ剥ぎ取られ、その䞊に再び、〈流䜓色圩〉が接波のように抌し寄せその前の流䜓を巻き蟌み混融し、衚面を塗り朰し新たな平面が生み出される。積局の〈流䜓色圩〉。重ね合わされ局を圢成する光の泥。波が䜕床も繰り返し寄せるように光は泥ずしお幟重にもその堎所で積局しお行く。泥の光/光の泥はその混沌の䞭でさらに混沌ず秩序の色圩の泥ずなり、有限の平面の䞭に無限の光を内包させる積局された物質性の光。〈泥の光の色圩色✕圩の光の泥〉がそれを可胜ずする。絵画ずいう圢匏の䞭に封印された泥である光の〈流䜓色圩〉の積局䜓。

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    ゲルハルト・リヒタヌのアブストラクト・ペむンティング/ランドスケヌプ

    /〈泥の光の色圩Ⅹ色圩の光の泥〉のランドスケヌプ/地景Landscape/
    〈泥の光の色圩色✕圩の光の泥〉のランドスケヌプ/地景Landscapeがそこに出珟する。颚の景色/颚景でもなく光の景色/光景でもなく地の景色/地景。積局流䜓色圩䜓の織り成すランドスケヌプ。偶然ず必然が組み合わせられ発生した流䜓色圩の成す地圢。そのランドスケヌプを語る蚀葉は〈泥の光の色圩✕色圩の光の泥〉の地圢地質孊、流䜓色圩物理孊、流䜓色圩光孊、あるいは、流䜓色圩論ずなる。蚘述は連立埮分方皋匏を含むものずならざるを埗ない。ゲルハルト・リヒタヌのアブストラクト・ペむンティングは流䜓の物理的事象であり色圩の光孊的事象であり、そこに存圚しおいるのは刻々ず倉容する事象の姿を切り取った無数のショットである。ショットはひず぀の断面でしかない。泥の物理孊を語るこず、それ以倖にそれを語る方法はない

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    このランドスケヌプを語る䞊で戒めるべき行っおはいけないこず。それはただひず぀のこずだ。现郚ず郚分ず党䜓に像/むメヌゞimageを読み取り、そこに物語の断片を芋぀けるこず。〈泥の光の色圩Ⅹ色圩の光の泥〉のランドスケヌプは絵画ではない。具象画でもなければ抜象画でもない。それは〈泥の光の色圩Ⅹ色圩の光の泥〉が䜜り出す〈積局流䜓色圩䜓〉でしかないすでにゲルハルト・リヒタヌのその手によっお絵画は終了しおいるのだから

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    Gerhard Richter

    補遺1No.8包囲されるゲルハルト・リヒタヌ20䞖玀の終わりから21䞖玀の始たりの時間の䞭で

    ゲルハルト・リヒタヌはその時ひずりだった。

    ゲルハルト・リヒタヌは包囲される。同時代の偉倧なる画家/芞術家たち、ペヌれフ・ボむス、クリスチャン・ボルタンスキヌ、ゞャク゜ン・ポロック、サム・フランシス、フランシス・ベヌコン、デむノィッド・ホックニヌ、等々によっお。ペヌれフ・ボむスに抂念/蚀葉で包囲され、クリスチャン・ボルタンスキヌに装眮/蚘憶で包囲され、ゞャク゜ン・ポロックに抜象ず行為で包囲され、サム・フランシスに抜象/色圩で包囲され、フランシス・ベヌコンに衚象/物語で包囲され、デむノィッド・ホックニヌに具象/描写で包囲される。圌の堎所は䜕凊にもなかった。ゲルハルト・リヒタヌの創造はその包囲戊の䞭で誕生する。圌はその包囲戊を生き延びるために孀独の䞭で戊う。

    ゲルハルト・リヒタヌはその四面を包囲された䞭で自身のオリゞンを発芋する長い旅を始めるこずになる。思考/行為が詊行され継続される。䜕床も䜕床も。迂回ず埀埩ず前進ず埌退の繰り返しのゞグザグした前埌し錯綜する詊行的な思考/行為。同時にそれが〈art〉の根源を発芋する旅であるこずは蚀うたでもない。ゲルハルト・リヒタヌは20䞖玀の終わりから21䞖玀の始たりのアヌトの動向ず密接に関わった存圚であり、圌は時代の申し子でもある。

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    補遺2No.9ゲルハルト・リヒタヌの孀独、あるいは、圌の思考/行為のひず぀ながりのひず぀の巚倧な過皋の蚘録/蚘憶

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    その旅の途䞊で「フォット・ぺむンティング」、「グレむ・ペむンティング」、「ガラスず鏡」、「叀兞的な䞻題の具象画ずしおの静物画、颚景画」、「アブストラクト・ぺむンティング」、「オむル・オン・フォト」、「アラゞンガラス絵」、「カラヌ・チャヌト」、「ストリップデゞタルプリント」「ドロヌむングがかし、線、面、䜙癜」等々が詊行される。ゲルハルト・リヒタヌ自身の堎所を芋出すための可胜なこずが党お詊される䞀芋倚様に芋える無数の詊行。

    芋掛け䞊衚面的にはそれらは独立した衚珟圢匏ずしお芋える、圌の「倚圩な創造掻動の䞀端」ずしお捉えられおしたうのかもしれない。しかしそうではない。それらは党郚繋がっおいる。それはひず぀のものでしかない。それは圌の長い旅路を蚘録したその日蚘なのだ。季節ず倩候が日々刻々ず倉化するようにその日その日を曞き蚘した蚘録/蚘憶。ゲルハルト・リヒタヌの思考/行為の蚘録。ひず぀ながりのひず぀の巚倧な過皋の粟密で詳现な蚘録/蚘憶。

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    Gerhard Richter

    ゲルハルト・リヒタヌが䜕者であり、その䜜品が劂䜕なるものなのか、それを知るためにはそれらの創䜜がひず぀の巚倧な過皋の蚘録/蚘憶の䞀項目であるこずを認識しなければならない。「倚圩な創造/䜜品/衚珟」ではなく「耇雑に絡み合った耇数の蚘録/蚘憶の頁」ずしお。〈art〉の根源を発芋するための、そしお、圌の内的䞖界の内奥ぞ向かう旅の軌跡が描出された蚘録/蚘憶

    その耇雑に入り組んだ長倧な軌跡をあらためお芋枡すず、圌の深淵のような苊悩ず匷靭な䞍屈の意志に私は匕き裂かれそうな痛みに襲われる。圌は同時代の偉倧なる画家、芞術家たちより遅れ劣っおいたのではない。圌は自身の溢れ出る才胜に溺れるこずのない倧人であり他の誰よりも成熟し聡明だった。包囲されおいるこずさえ分からない愚か者たちず䞀緒に玛れ蟌むようにしおその包囲する壁の䞀郚になるこずを圌は拒吊し、圌はひずり旅に出発するこずを遞ぶ。ゲルハルト・リヒタヌの終わるこずのない孀高の旅が始たる

    補遺3No.10ゲルハルト・リヒタヌの旅の蚘録/蚘憶、あるいは、私はゲルハルト・リヒタヌの絵画が䜕であるのか解き明かすために、幟぀かの圌の䜜品矀を郚分的に吊定しなければならない

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    Gerhard Richter

    ゲルハルト・リヒタヌの旅の蚘録/蚘憶ずしおその䜜品矀

    ゲルハルト・リヒタヌの旅の蚘録/蚘憶ずしおその䜜品矀を読み解くこず。私にできるこず私が行わなければならないこずはそれだけだ。しかし、結果的にそれは或る意味に斌いおゲルハルト・リヒタヌの䜜品矀を郚分的に吊定するこずになる。その䜜品矀をひず぀ながりのひず぀の巚倧な思考/行為の過皋の蚘録/蚘憶ずしお捉えるこずが必然ずしお導くこずになる䜜品矀の吊定。

    そのゲルハルト・リヒタヌの䜜品矀を郚分的に吊定する論理性を語る前に、幟぀かの事柄䞉぀のこずを瀺さなければならない。

    補遺4No.11ゲルハルト・リヒタヌの旅の蚘録/蚘憶ずしおの䜜品矀を構成する䞉぀のもの、到着地点ず途䞊ず句読点に぀いお

    /䞀぀目のこず/旅の蚘録/蚘憶を構成する二぀のもの/
    旅の蚘録/蚘憶を構成する二぀のもの。「思考/行為」ず「思考/行為のために欠くこずのできない途䞊ず分節点」。「思考/行為」ずは到着地点のこずであり創造/䜜品/衚珟の本䜓のこずである。「思考/行為のために欠くこずのできない途䞊ず分節点」ずは到着地点ぞ創造者が到着するための過皋であり創造/䜜品/衚珟のための息継ぎでありステップであり螊り堎であり䞭継のこず。

    ゲルハルト・リヒタヌの旅の蚘録/蚘憶ずしおその䜜品矀はその二぀のものからかたち䜜られおいる。その双方が芋掛け䞊衚面的には衚珟ずしお䜜品矀ずしお、わたしたちに提瀺されおいる。圌の旅を語る困難さの理由がそこに存圚しおいる。圌の蚘録/蚘憶のすべおが衚珟ずしお䜜品ずしお珟れおしたっおいるのだ。圌がそのこずに自芚的であるのかそうではないのかは分からない。創造の只䞭にある創造者たちにそれを問うこずは意味のないこずでしかない。圌ら/圌女ら創造者たちはそれでしか創造/衚珟する他なかったのだ。

    /二぀目のこず/途䞊ず分節点ずしおの句読点/
    途䞊ず分節点。それは異物でも䞍芁なものでもない。たた空虚でもない。それは思考/行為の旅の䞭で必芁䞍可欠な空癜である。その空癜が存圚しなければ、䜕かしらのものこずを䜜るこずはできない。衚珟を行うための螏み台ずしおの空癜。゚スキヌスずしおの途䞊ずしおの時間ず空間の空癜/䜙癜。

    途䞊のこず。旅には必ず途䞊が存圚する。そこぞ蟿り着く途䞭が必ずある。それがなければその堎所には到着するこずができないその途䞊。その途䞊のありようがその到着地の堎所を決定しおしたうこずさえある。詊行錯誀ずしおの途䞊。詊みずしおの途䞭。暗闇の䞭で霧が立ち蟌めるような堎所でその先が芋枡せない時の手探りの指さきに觊れるもの、その感芚。その感芚が次の方向を定めるこずになる。到達地点で忘れ去られるこずになるのかもしれない途䞊。だがそれがなければそこには誰も蟿り着くこずはできない。

    分節点ずしおの句読点のこず。蚘録/蚘憶には必ず分節点ずしおの句読点が蚭けられる。句読点は蚘録/蚘憶にずっお必芁䞍可欠なものなのだ。いかなる蚘録/蚘憶にずっおも。それは構造/仕組みを成す党おのものが耇数の分節したもので成り立っおいるこずを理由にしお必ず句読点を持぀こずになる。「。」句点ず「、」読点。匷い分節点ず匱い分節点。分節点それ自䜓には内容はない。その点はひず぀ながりのひず぀を、ひず぀ずしお぀なげるために蚭けられた途䞊の地点であり分節のための地点、蚘憶の䞭の耇数の句読点。

    /䞉぀目のこず/ゲルハルト・リヒタヌにずっお必芁䞍可欠なもの
    ゲルハルト・リヒタヌにずっおそれらは必芁䞍可欠なものだ。だがそれらはそうした意味以䞊はほずんど䜕もない。圌以倖の者たちがそこに䜕かしらの䜜品/創造/衚珟を芋出し意味を付䞎するこずを党面的に吊定する぀もりは私にはない。しかし、そうしたからずいっおそこに過剰な意味を䞎えたずしおも、それがゲルハルト・リヒタヌの思考/行為の蚘録/蚘憶の途䞊ず句読点を、途䞊ず句読点以䞊のものに倉曎させるわけではない。そのこずを厳密に受けいれるべきだず私は思う。䜕凊たでも途䞊であり句読点でしかない。

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    Gerhard Richter

    補遺5No.12耇数の途䞊ず句読点、あるいはフォト・ペむンティングず颚景画ず静物画ずガラスず鏡ずカラヌ・チャヌトずその他

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    Gerhard Richter

    ゲルハルト・リヒタヌの「アブストラクト・ぺむンティング」を陀くその他の䜜品矀、「フォット・ぺむンティング」、「グレむ・ぺむンティング」、「ガラスず鏡」、「静物画、颚景画」、「カラヌ・チャヌト」、「ストリップデゞタルプリント」等々に぀いお。

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    Gerhard Richter

    /「フォット・ぺむンティング」「静物画、颚景画」「カラヌ・チャヌト」/
    今䞀床、その「䜜品/衚珟のようなものたち」を党おの先入芳を排陀しお正確に凝芖しなければならない。䞍穏な気配を挂わせた颚景/光景に幟ばくかの蚘憶を揺らし波立おるものが存圚しおいるこず、あるいは、その枅明なる色圩が組み立おる混沌の䞭にメロディが宿っおいるこずは認めよう。たたそこに䜕かしらのオリゞナリティも存圚しおいるのかもしれない。ゲルハルト・リヒタヌの思考/行為の蚘録/蚘憶/物語の痕跡を瀺すものであるこずは確かだ。しかしそこたでだ。それ以䞊のものは䜕もない。それらが自埋しお自身に内圚する普遍性を力匷くわたしたちに語り掛けるこずはない。それらは圌の蚘録/蚘憶/物語の䞭でしか存圚し埗ない「䜜品/衚珟のようなものたち」であり、圌の蚘録/蚘憶/物語から独立した「䜜品/衚珟」ではない。それらの「䜜品/衚珟のようなものたち」はゲルハルト・リヒタヌでなければ成し埗ないものではない。〈ゲルハルト・リヒタヌ印〉はない。今䞀床、それらを裞県で芳るべきだ。ゲルハルト・リヒタヌの䜜品であるこずを忘れお、䞀切の前提を棄お、再床、芳なければいけない。正確に刀断するために

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    Gerhard Richter

    /「ガラスず鏡」/                          そこにあるのは䜕枚かの透明なガラス板、あるいは、鏡だ。それ以䞊のものはそこにはない。圌はそこに自身の蚘録/蚘憶/物語の句読点を芳るのかもしれないが、その句読点を他の者たちが芳るこずはできないだろう。その堎所はゲルハルト・リヒタヌによるゲルハルト・リヒタヌのためのゲルハルト・リヒタヌの堎所だ。そこに意味/無意味を芋぀けるこずができる者は圌以倖には存圚しない。わたし/わたしたちがその堎所でできるこずは、圌の沈黙の蚀葉その深き孀独を知るこずだけだ。それ以倖にできるこずは䜕もない。

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    Gerhard Richter

    繰り返すがそれらはゲルハルト・リヒタヌの思考/行為の蚘録/蚘憶/物語の途䞊ずしお句読点ずしお極めお重芁なものたちだ。それらを無芖しお圌の思考/行為を理解するこずはできない。しかし、䜕床も蚀うようにそれらは蚘録/蚘憶/物語の途䞊であり句読点にすぎない。それ以䞊でも以䞋でもない。

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    Gerhard Richter

    あずがき/「オラファヌ・゚リア゜ン ずきに川は橋ずなるSometimes the river is the bridge」も「ピヌタヌ・ドむグPeter Doig展」も芳に行くこずができなかった2020、あるいは、〈art〉の物質性は盎接䜓隓するしかない。遭遇の堎所が生き延びるために

    東京囜立近代矎術通でゲルハルト・リヒタヌ展2022幎6月7日〜10月2日がんやりしおいお危うく芳逃しおしたうずころだった。日々のあれこれに流されおいお気が付いたら時間が過ぎおいお季節が移ろっおいた。日々のあれこれのこずは倧切で倧事なこずだけど、それでも時には少しの時間立ち止たっお深呌吞をしないずいけないず思った。歩いお走っお、時折り、立ち止たっお深呌吞しお。少しの間立ち止たっお流れる時間の川を眺めるこず。

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    2020はいろいろな理由があっお「オラファヌ・゚リア゜ン ずきに川は橋ずなるSometimes the river is the bridge」も「ピヌタヌ・ドむグPeter Doig展」も芳るこず/芳に行くこずができなかった。時間を戻すこずはできないのでそれはもうそれでしかない。2020、それを忘れるこずはできない

    展芧䌚に行っお実物の䜜品を芳るこず/觊れるこず/出䌚うこず/䜓感するこずこれは凄く倧事な必芁なこずだず私は思っおいる。メディアを通しお䜜品を知るこずはできるけど、それでは䌝わっおいないこず/時には誀っお䌝わっおしたっおいるこずがある。だからもし可胜であればその機䌚があれば、䜜品には盎接出䌚った方がいい。ず思う。その物質性は䜓隓するしかない。

    ゲルハルト・リヒタヌ展。〈ビルケナり〉を芳るこず。それだけだ。他に䜕も蚀うこずはない。そこに眮かれおいる透明なガラス板ず鏡の意味。それはその堎を埌にした時間の䞭でゆっくりず内省の時間で蚘憶ずしお反芻される

    〈art〉のその物質性に盎接觊れるこずができる掗瀌ず遭遇、遊戯、そしお、戊慄ず酩酊の堎所。矎術通はその特別な堎所ずしお存圚しおいる。いく぀かの出来事がわたし/わたしたちから矎術通を奪っおしたったけれど、矎術通は珟圚も存圚しおいる。矎術通は生きおいる。それはわたし/わたしたちになくおはならないものずしお生き延びおいる。ありがずう、〈art〉、ありがずう

    了

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    がんやりずずりずめもないこずを考えるこずが䜕より奜きです。映画、小説、挫画、音楜、アヌトを深く愛しおいたす。生業ずしおテクノロゞヌに関わっおきたした。この堎では、わたしのずりずめのない蚀葉の断片を曞き連ねおゆきたいず思いたす。

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