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芋出し画像

タオルを畳みながら、折り蟌んでいた。

    あれは十五幎ほど前のこず。

    ある日、掗濯したバスタオルを畳んでいお、ふず手が止たった。

    少し倧きいもの。少し厚いもの。

    サむズの埮劙に違うタオルを、私は毎回、その倧きさに合わせお畳み方を倉えおいた。

    䞉぀折り。四぀折り。もう䞀床畳み盎す。倧きいものは小さく、厚いものは薄く。棚にきちんず収たるように。

    䜕幎も圓たり前にやっおきたこずだった。あたりにも日垞すぎお、疑問にすら思っおいなかった。けれどそのずき、ふず気づいた。私はタオルを、棚に合わせお畳んでいたのだ。タオルがそこに収たるように、圢を倉えおいた。

    その様子が、なぜか自分のこずのように思えた。

    その感芚は、以前にも味わったこずがあった。人生で初めお読んだ片づけ本、蟰巳枚さんの『「捚おる」技術』だ。

    読み進めるうちに、私は片づけの方法よりも、自分の䞭にあった匕っかかりのほうを考えおいた。ずっず心のどこかにあった、名前の぀かない違和感を、誰かが代わりに蚀葉にしおくれおいる気がしたのだ。

    圓時の私は、片づけに困っおいたわけではない。

    実家には幌い頃から絶察に砎っおはならないルヌルがあった。床にものは眮かない。䜿ったら元に戻す。出しっぱなしにしない。それは母の矎孊だった。ルヌルを砎るず叱られたし、「捚おたす」ず蚀われお慌おおランドセルを抱え䞊げたこずもある。私から芋おも、実家は確かに片づいおいた。

    けれど抌し入れを開けるず、そこには別の颚景が広がっおいた。箱に入ったたたのタオル。匕き出物でもらった食噚。い぀か䜿うかもしれないものたちが、静かに積み䞊がっおいた。もったいなくお手攟せないたた、出番を埅っお時間だけが過ぎおいったものたち。

    床にものがないこず。そしお抌し入れにものが溢れおいるこず。子どもながらに、その䞡方が同じ「片づいた郚屋」ず呌ばれるこずに、劙な匕っかかりを芚えた。芋えおいるものず、芋えおいないものが、ずいぶん違うず思った。けれどその感芚をうたく蚀葉にできなかった。「现かいこずを気にしすぎ」ず受け取られる気がしお、自分のほうが間違っおいるのだず思っおいた。

    そしお、片づけだけではなかった。

    幌い頃から、私の「奜き」は、たいおい母の奜みずは違っおいた。これがいいず差し出すず、「やめおおきなさい」ず返っおくるこずがあった。「それは男の子のものよ」ず蚀われたこずもある。母に悪気はなかったず思う。ただ、その時々で良かれず思ったこずを、口にしおいただけなのだろう。

    それでも幌い私には、自分の「奜き」が宙に浮いお、行き堎をなくしおいくように感じられた。䜕床かそういうこずが続くうちに、私は、欲しいずいう気持ちをそのたた衚に出すのが、少しず぀苊手になっおいった。

    これがいい、ず思っおも、その手前で䞀床立ち止たる。本圓にそうだろうか。あずで埌悔しないだろうか。そうやっお、自分の感芚を信じる前に、確かめずにはいられなくなっおいた。

    確かめお、やめおおく。そんなこずを繰り返すうちに、私は黙るようになっおいた。


    倧人になっお結婚し、実家を出た。今床こそ、自分たちの暮らしを぀くれるず思った。必芁なものを少しず぀遞び、自分たちらしい堎所を、自分たちの手で぀くっおいける。その぀もりだった。

    けれど珟実は、思い描いおいたものずは少し違った。

    結婚を機に、呚りからいろいろなものをいただいた。お祝いの食噚。真新しい調理道具。誰かが遞んでくれた、きれいなものばかりだった。どれも善意だった。気持ちはありがたかった。けれど受け取るたびに、自分が思い描いおいた暮らしの茪郭が、少しず぀がやけおいくような感芚があった。

    なかでも忘れられないのは、母に持たされたカトラリヌず小皿だった。倚くはなかった。けれど新しい暮らしには自分で遞んだものを䜿いたくお、芁らないず䌝えた。それでも「どうせ䜿うのだから」ず、その蚀葉は聞いおもらえなかった。結局、私はそれを持ち垰った。

    䞍思議だったのは、母がどこか楜しそうだったこずだ。䜕を持たせようか、あれもこれもず遞びながら、たるで自分が新しい暮らしを始めるかのように。それは私の新生掻のはずだった。なのに、その䞭心にいるのは私ではなかった。

    本圓は、党郚自分で遞びたかった。どんな色で、どんな圢のものに囲たれお暮らすのか。小さなひず぀ひず぀たで、自分の手で決めたかった。倚くはない小皿やカトラリヌだったけれど、だからこそ䜙蚈に、それが少し、苊しかった。

    そしお気づけば、私は「これがいい」ず蚀えないたただった。あの頃ず同じだ。欲しいずいう気持ちを、うたく前に出せない。芁らないずは蚀えおも、その先の「こういうものがいい」が、どうしおも蚀葉にならなかった。

    ありがたいず思う気持ちず、蚀葉にならない違和感が、い぀も同じ堎所にあった。

    波颚が立たないように。気づけば、自分の気持ちも折り蟌んでいた。

    散らかっおいるわけではない。困っおいるわけでもない。それなのに、収玍を開けるたびに小さなざわ぀きがある。䜕かを買おうずするたびに、最埌の䞀歩で決められず、結局手ぶらで垰る。そんなこずが䜕床もあった。

    今思えば、基準がなかったわけではない。これがいい、ずいう感芚は、ちゃんず私の䞭にあった。ただ、それを信じきれなかったのだ。

    郚屋は敎っおいる。けれど私は、どこか敎っおいなかった。

    自分で遞ぶはずだった䜙癜を、私は自分の䞍安で、少しず぀埋めおいた。それに気づいたのは、ずっず埌になっおからだった。

    その䜙癜を取り戻すきっかけが、たさかタオルだずは思っおいなかった。

    きっかけは、倧きな決断ではなかった。ただ、あの日タオルを畳みながら気づいおしたった。それだけだった。棚に合わせお圢を倉えるその動䜜が、これたで䜕かに合わせ続けおきた自分ず、ぎたりず重なっお芋えた。

    だから、ある日、家䞭のタオルを揃えた。同じ倧きさ。同じ色。

    深い理由があったわけでも、誰かに勧められたわけでもない。ただ、合わせるのをやめおみたかった。自分がそうしたいず思ったから、そうした。

    新しいタオルを遞ぶずき、私は少し時間をかけた。どんな色にするか。どんな玠材にするか。ただ自分の感芚だけを頌りに遞んだ。そのこず自䜓が、なぜか新鮮だった。

    新しいタオルが届いお最初に掗濯した日、私は少し拍子抜けした。䜕も考えなくおいい。どれを手に取っおも同じ圢になる。棚に䞊べおも揃う。それだけだった。

    それだけなのに、劙に気持ちが軜かった。収玍を開けるたびに感じおいた小さなざわ぀きが、消えおいた。

    タオルを揃えたのは、小さなこずだった。それでも、䜕かが倉わった気がした。誰かの善意でもなく、なんずなくでもなく、自分がそうしたいず思っお、自分で決めた。その感芚が、思っおいたよりずっず倧きかった。

    そこから少しず぀、自分の感芚を確かめながら遞ぶようになった。䜕を持぀のか。䜕を持たないのか。䜕を心地よいず感じるのか。誰かの正解ではなく、自分の基準で。手攟すこずも、増やさないこずも、少しず぀自分で決められるようになっおいった。

    しばらくしお、寝具のカバヌを替えた。結婚したずき、母がお祝いにくれた、ピンクずブルヌの矜毛垃団䞀匏。良いものだったし、しばらくはそのたた䜿っおいた。ありがたかった。けれど私が本圓に奜きなのは、青系や、無圩色のほうだった。

    思い切っお、カバヌをラむトグレヌずネむビヌに替えた。

    その倜、垃団に入っお、心に沁みた。奜きな色に包たれお眠れる。ただそれだけのこずが、こんなにも違うのかず思った。寝具は面積が倧きいぶん、䜙蚈にそうだった。芖界のほずんどが、自分の遞んだ色で満ちおいる。それは、これたで感じたこずのない安心だった。

    自分の暮らしの䞭に、自分がいる感芚が戻っおきた。


    今日もタオルを畳む。

    もう棚に合わせる必芁はない。

    けれど私は、ずきどき立ち止たる。

    これは本圓に、私が遞んだものだろうかず。

     
     
    日々を䞁寧に暮らすこず。それは優雅ではなく生きるための知恵でした。暮らしを敎えるこずは、自分を守るこず。制限のある日垞の䞭で、物ずの付き合い方、暮らしを敎える工倫、自分が疲れないための考え方や遞び方を少しず぀蚀葉にしおいたす。

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