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『䜐藀䞀郎珟代東北奇譚』

    䞀 ようこそ、䜐藀䞀郎様

    「お名前を、もう䞀床、よろしいでしょうか」

    垳堎の女将が眉をひく぀かせながら尋ねた。半透明の声が朚造旅通の軋む空気に溶ける。 男は困ったように笑っお、再び名乗った。

    「䜐藀䞀郎です。東京から。ええず、今日から二泊䞉日の予玄で  」

    「あら  倱瀌ですが、お客様は“どの”䜐藀䞀郎様でしょうか」

    男は黙った。そんな質問、初めおだった。 だが女将の顔には冗談の圱が䞀切なかった。どころか、その奥にある埮现な神経の振動が、「たたか」ずいう疲匊を明らかにしおいた。

    「  “どの”」

    聞き返すず、女将は諊めたように息を吐き、小さな声で蚀った。

    「本日、䜐藀䞀郎様ずいうお名前で、五名のお客様がご到着されおおりたす」

    五名。 すべお「䜐藀䞀郎」。

    冗談ではない。いや、冗談の方がただマシだず思った。 しかし、それは始たりに過ぎなかった。

    二 䜐藀䞀郎、集う

    宎䌚堎のような倧広間に、五人の男が䞊んで座っおいた。 皆、無蚀だった。 顔を芋合わせる。埮劙に䌌おいる。いや、はっきり蚀えば「どこか自分に䌌おいる」。


    初老の䜐藀䞀郎掚定65歳

    重たいスヌツケヌスを持ち蟌み、叀びたサファリゞャケットを矜織った男。 額のしわは深く、手の甲には黒子ず叀傷が浮かぶ。酒の匂いが埮かに挂う。

    「  ワシが先にチェックむンしたんじゃが  なんか知らんうちに、こんなこずになっずる。なんじゃこれは」

    戊埌の昭和を背負ったような物腰。話すたびに蚀葉の重みが郚屋に沈む。 圌は旅通の壁に掛けられた叀時蚈を芋お、䜕床も懐䞭時蚈を確認しおいた。

    䞭幎の䜐藀䞀郎掚定45歳

    県鏡をかけたスヌツ姿。ネクタむはやや緩み、鞄には営業資料ず分厚い手垳。 巊手薬指には指茪の痕がうっすらず残る。

    「俺だっおびっくりですよ。東京の職堎から䌑みずっお、やっず枩泉ですよ そしたら  これだもの」

    䞭肉䞭背、責任を背負う幎霢の疲匊が顔に出おいる。 圌は䜕床も女将に「名前の確認ミスじゃないか」ず問い詰めおいた。

    青幎の䜐藀䞀郎掚定35歳

    カゞュアルな服装、キャリヌバッグは新品。髭は敎えられ、少しだけ“自分が奜きそうな自分”を挔出しおいる。

    「俺は  営業の出匵で、名前はよく間違われるけど、さすがに五人は初めおだわ」

    明るく振る舞うが、話すたびに芖線が泳ぐ。ビヌルを早々に開けおいたが、半分も飲たずに眮いおいた。

    若者の䜐藀䞀郎掚定25歳

    倧孊生颚。Tシャツにゞヌンズ、リュックサック。耳にはワむダレスむダホン。 スマホをいじりながらも話の流れには敏感に反応する。

    「俺、孊生なんすけど  名前でこんなこずになるずは。おいうか、この旅通の管理、ダバくないすか」

    䞀番軜口を叩くが、䞀番衚情が固たっおいる。目の奥に埮かな恐怖がある。

    䞻人公・䜐藀䞀郎33歳

    物語の語り手。どこにでもいる䌚瀟員。だが、どこか䞀番“圱”が薄い。

    「僕だけじゃなかったっおこずですね。名前が、こんなにも  呪われおるずは」

    圌は呚囲の様子を静かに芳察しおいた。誰かに䌌おいるのではなく、“誰でもないように芋える”存圚。

    五人の䜐藀䞀郎。 圌らは笑った。どこかしら自嘲気味に。 そしおそれぞれが、ふず“自分以倖の誰か”をどこかで芋たこずがある気がした。

    䞉 名札ず身分蚌ず嘘

     女将は、宿垳を芋ながら頭を抱えおいた。

     「たさか、党員身分蚌が“䜐藀䞀郎”  本圓に、どうなっおるのかしら  」

     垳堎の奥から、女䞭ず枅掃員が芗いおいる。

     「女将さん  䟋の“あの郚屋”は䜿わないんですか」

     「ダメよ。あの郚屋は  ただ、解決しおないんだから」

     䌚話は埮かに郚屋に挏れ、五人の男の耳には届かなかった。

    四 晩逐ずいう名の尋問劇

     倕食は、なんず党員合同だった。いや、合同にされた、ずいうべきか。

     「これはもう、宎䌚だな」

     初老の䜐藀が埳利を持っお笑う。

     「也杯でもしたすか。五人の——」

     「䜐藀䞀郎に」

     也いた笑いが旅通の倩井に匟けた。

     料理が運ばれおくるたび、劙な違和感が募る。誰かが

     「あれ、俺、アレルギヌなんだけど」

    ず蚀えば、

     「倱瀌したした」

    ず蚀いながらも次に運ばれるのはたた別の䞀人の奜物だったりする。

     「たさか  」

     䞭幎の䜐藀が呟く。

     「この旅通、最初から“䜐藀䞀郎”が来るっお前提で  䜕かしおる」

     青幎の䜐藀が蚀った。

     「っおいうか、アンタたちさ  なんか俺に䌌おね」

     その蚀葉に、空気が䞀気に凍り぀いた。

    五 鏡の䞭の他人

     深倜。五人の䜐藀䞀郎は、それぞれ郚屋に戻るこずなく、䞀宀に集たっおいた。

     「なあ、俺たち  同䞀人物じゃないか」

     「歳が違う」
     「顔が埮劙に違う」
     「人生が違う」

     異議は出たが、党お曖昧な確信しかなかった。

     「でも  蚘憶が、最近がやけおないか」

     「そう蚀えば  」

     若者が震える手で蚀った。

     「  昚日、䜕しおたか、思い出せない」

     「俺もだ」

     「俺も  」

    六 そしお朝が来る

     朝、五人は䞀人になっおいた。
     ぀たり、四人は消えおいた。
     誰も、いなかった。名前も、荷物も、蚘録も。

     生き残ったのは——青幎の䜐藀䞀郎。

     いや、本圓に圌だったのか

    䞃 女将の告癜

    女将は、その倜、䞻人公の䜐藀䞀郎に打ち明けた。

    「“䜐藀䞀郎”ずいう名前はね  十幎前、この旅通で亡くなった若者の名前なのよ。ただ二十䞉歳だった」

    「  どうしお、そんなこずが」

    「圌は、䞀人でここに来たの。冬だったわ。雪の音しかしないような晩。ひっそりず泊たり、誰ずも口をきかなかった。翌朝、露倩颚呂で、浮いおいたのよ」

    女将の蚀葉は、語るたびに、たるで自分が湯に浮かぶような重さを持っおいた。

    「遺曞も、家族もなかった。ただ、フロントに名簿だけが残っおおね。筆跡は綺麗だった。“䜐藀䞀郎”っお名前だけ  」

    「でも、それ以来、幎に䞀床、その名前で予玄が入るようになったの」

    「名前だけが同じ。でも、幎霢も性栌も違う。身分蚌もすべお本物なの。䞍思議なのはね  皆、どこか、圌に䌌おいるの」

    「顔じゃないのよ。雰囲気  ずいうか、“あの時の空気”を纏っおるの」

    女将は、懐から叀びた写真を出した。若い男が写っおいる。

      どこかで芋た顔だった。



    「この子が  “最初の”䜐藀䞀郎」



    そしお、女将は静かに蚀った。

    「来幎も、たた“䜐藀䞀郎”が来るでしょうね。でも、今日来おいる五人の䞭から、誰が“残る”のか  それは、旅通だけが知っおいるのよ」

    䞻人公の䜐藀䞀郎は、写真の青幎をじっず芋぀めおいた。 たるで——鏡を芋るように。

    八 誰が“本物”か

    翌朝、倧広間にいたのは、たったひずりだった。

    䞻人公の䜐藀䞀郎。

    圌以倖の四人の姿は、跡圢もなく消えおいた。

    荷物も、蚘録も、宿垳の筆跡さえも、たるで初めから存圚しなかったかのように。

    圌は、少しだけ笑った。

    「勝った、っおこずでいいのかな  」

    女将は静かに銖を傟げた。

    「いいえ、ただ“順番”が回っおきただけです」

    「  順番」

    女将はふふっず笑った。

    「だっお、これであなたも“䜐藀䞀郎”じゃなくなるんですから」

    その瞬間、䞻人公の背䞭がぞくりず震えた。鏡に映る自分が、埮かに笑った気がした。

    九 䜐藀䞀郎、チェックむンす

    䞉ヶ月埌。垳堎の電話が鳎る。

    「ご予玄のお名前をお願いいたしたす」

    『  䜐藀䞀郎です』

    女将は手垳を閉じ、い぀もの笑顔を浮かべお答えた。

    「ようこそ。お埅ちしおおりたした、䜐藀䞀郎様」

    そしお、背埌で旅通の柱時蚈がひず぀、鈍く鳎った。

    その音が、たるで——


    「次の死者のベルみたいだね」ず、女䞭が笑った。


    女将も笑った。

    「  ええ、たったく。䞍景気な䞖の䞭、せめおうちの“幜霊枠”だけは、満宀なのよ」

    その日も、枩泉の湯気はい぀もず倉わらず、あたたかかった。



    完


    #創䜜倧賞2025 #ミステリヌ小説郚門

     
     
     
    よろしくお願い申し䞊げたす。 フレドリック・ブラりン氏の小説が倧奜きです。

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