
「学ぶ人」から「伝える人」へ。新たな日本語学習法「紙芝居でラーニング」が留学生の“自信”を引き出す理由 /日本語教師 片岡由里子さん
日本独自の文化「紙芝居」が、日本語教育の現場で驚きの変化を起こしています。
日本語学校教師として外国人留学生に日本語を教える片岡由里子さんは、日常で使える自然な日本語を学ぶ学習法として「紙芝居でラーニング」を始めました。
これまでは、教科書を通して日本語の読み書きを学んでいた留学生たち。片岡さんが編み出した新たな学習法により、彼らは日本語を習得するだけでなく、仲間と協力しあったり母国の文化をまわりに伝えたりと、心の成長面でも大きな変化がありました。
紙芝居のなにが、留学生たちを成長させたのか。片岡さんに「紙芝居でラーニング」誕生の物語を伺いました。
教科書を使わない日本語学習法
「紙芝居でラーニング」とは
「紙芝居でラーニング」は、片岡さんが2016年から始めた日本語学習法です。従来の教科書では教えきれない日本独自の文化や自然な会話などを、紙芝居を通して伝えます。
日本語学校の留学生の多くは18〜20歳、最近はベトナム、ミャンマー、ネパール、バングラデシュなど、さまざまな国の出身です。留学生たちは日本で進学や就職をして生活していくために、言葉だけでなく日本の文化も学びます。
しかし、日本で暮らした経験がない彼らは、学校の教科書で学んでいるだけでは「日本らしい情景」を上手くイメージできません。
たとえば、日本人は「山」と聞くと緑豊かな里山を想像しますが、ヒマラヤ山脈があるネパール人の留学生が頭に思い描く山は雪が積もった険しい山なのです。

日本語教師である傍ら「Kamishibaist(紙芝居師)となみゆりこ」として活動する片岡さんは、紙芝居を使って日本文化と日常会話を学ぶ「紙芝居でラーニング」を考えました。紙芝居には絵があるので、イメージにずれがあっても世界観を共有できるからです。
「紙芝居でラーニング」は「鑑賞する」「市販の作品を練習する」「自分たちで作る」「作った紙芝居を実演発表する」という流れで日本語を学びます。
まず、紙芝居の鑑賞から始めます。紙芝居を通して日本の文化に触れることが目的です。季節に合わせて「七夕」や「お月見」など、年中行事を紹介する作品を選ぶと留学生たちの視線が自然と集まります。絵と共に話が進むので、難しい日本語でもストーリーを理解しやすく、楽しく日本文化を学べます。

次は、紙芝居の練習です。 描かれている登場人物の表情に合わせてセリフを繰り返し練習するうちに、自然な発音に慣れ、気持ちを言葉にのせる楽しさを体得していきます。

留学生たちが紙芝居の流れに慣れてきたら、オリジナル紙芝居作りに取りかかります。母国の物語や文化をテーマに、グループで話し合いながら日本語の脚本を考える過程で「書く」「話す」力が養われます。

作品が完成したら、演じる練習をし、 いよいよ実演発表です。他のクラスや地域の保育園、イベントなどで紙芝居を披露します。「観客に楽しんでもらいたい」という気持ちをモチベーションに、留学生たちの熱も高まっていきます。

なぜ、片岡さんは紙芝居を使った学習にこだわるのでしょうか。
そこには、教師として教壇に立つなかで彼女が目にしてきた、留学生たちの切実な姿がありました。
「日本に憧れて来日した留学生たちが、日本語の勉強やアルバイトに疲れ、心をすり減らし、目標を見失っていくことがあります。そんな彼らを見るのがつらかった。紙芝居がもつ人を共感させる力を使って、彼らを笑顔にしたい。自信を取り戻してほしい。そう思ったことがきっかけです。紙芝居を使った授業をすると彼らの瞳が輝いてくるのです。」
片岡さんの言葉には、留学生たちへの温かい思いがにじみ出ていました。
教科書の棒読みから卒業。
紙芝居のセリフで学ぶ自然な会話
今では片岡さんの授業に欠かせない「紙芝居でラーニング」ですが、もともとは日本文化を伝えるために紙芝居を見せていたことがはじまりです。
ある授業で紙芝居の鑑賞をおこなったとき、留学生からこんな言葉をもらいました。
「僕も先生のように話したいです」
その言葉に片岡さんは「留学生たちに紙芝居を実演してもらえば、自然な日本語を学べるのでは?」とひらめきました。

教科書はごく簡単な会話文などが並ぶだけなので、留学生はただ文字を追い、棒読みになってしまいます。紙芝居を使えば自然な会話の練習になると考えたのです。
留学生たちに紙芝居のセリフを読んでもらったところ、予想は的中。
留学生たちは、登場人物の気持ちになって、声色やトーンなどを変えながら紙芝居のセリフの練習を始めたのです。教科書だけで学ぶよりはるかに自然な会話ができるようになっていきました。
人前で大げさな感情表現をするのは、気恥ずかしいものです。しかし、留学生たちが照れずに演じられるのは、紙芝居の絵があるからだと、片岡さんは分析しています。
「素の自分として話すのは照れくさいですが、描かれている登場人物のセリフだと思うと、感情を込めて話せるのでしょうね。アニメ好きで声優に憧れる留学生が多いことも、練習を楽しめる理由かもしれません」

恥ずかしがって練習に参加しない留学生もいますが、片岡さんは無理強いしません。最初は消極的でも、仲間が少しずつ上手くなる姿を見るうちに「自分もできるかもしれない」と自発的に一歩踏み出す留学生も多いからだと、片岡さんは語ります。
「上手くなくてもいいとわかると、安心できるようです。そして、聞くことは語学を学ぶ大切な要素です。見ていただけの留学生がいつの間にかセリフをつぶやくことがあります。繰り返し練習する声を聞くうちに覚えるのでしょうね」
「自分の国のことを知って欲しい」
留学生の心に火をつけた紙芝居作り
「紙芝居でラーニング」を通して、留学生たちのコミュニケーションや普段の姿勢にも変化がありました。
クラスの中にはさまざまな国籍の生徒がいますが、同じ国の人同士で固まりがちです。ところが、留学生たちの母国の文化や昔話をもとにしたオリジナル紙芝居作りは、国籍の壁を溶かしていきました。
例えば、ネパールの留学生とバングラデシュの留学生が知恵を出し合って作品を作るなど、国境を越えた共作が生まれました。
隣のグループの話を見聞きしているうちに、「ベトナムの服ってステキだね」「ネパールには、そんな話があるんだね」と交流も始まります。
あるミャンマー人の留学生は、他国の生徒の作品を見て、「きちんと自分の国のことを伝えなければ!」と気づき、主人公の服をすべて自国の民族衣装に書き換えたこともありました。

紙芝居作りには、脚本、作画、色塗りといった多くの工程があります。最初は見ているだけだった留学生も仲間の熱気に誘われるように作業に加わっていきます。
授業後の留学生たちのアンケートでは「自分の国のことを知ってもらいたいと思ってがんばれた」「他の国のことを知る良い機会になった」との声が多くあがりました。
文化を「学ぶ人」から「伝える人」へ。
紙芝居が留学生の笑顔と自信を取り戻した

オリジナル紙芝居は、片岡さんや留学生にとって、想像以上の成果をもたらしました。紙芝居の実演を通して、留学生たちの姿勢に大きな変化が現れたのです。
それまでも近隣の保育園やイベントなどで、市販の紙芝居の実演をして、観客から「日本語が上手ですね」とほめられることがありました。
ところが、オリジナル作品を実演すると、日本語が上手いかどうかではなく「モンゴルにはそんなお話があるの?」「ベトナムにも台風が来るんだね」と、紙芝居の内容で学生たちと観客の交流が始まったのです。
そんな様子を見て、片岡さんは紙芝居が単なる教材を超えた可能性を秘めていると確信しました。
「留学生たちの生き生きとした表情を見て胸が熱くなりました。この瞬間、彼らは『日本語を学ぶ人』から『海外の文化を伝える人』へ変わったのです。紙芝居は、学生が自分たちの文化に誇りを持ち、見る人を笑顔にできる『魔法のアイテム』になりました」
留学生たちからも「自分の国の物語や文化を伝えられてよかった」「恥ずかしかったけれど発表できてうれしかった」と自信に満ちた声が上がっています。
【留学生の作品紹介】
ここからは実際に学生が作った作品の一部を紹介します。実演の様子もご覧下さい。


ひとりからみんなへ 広がる活動の環。飛躍のきっかけになった「なりきり紙芝居」制作
「紙芝居でラーニング」は画期的なものでしたが、欠点もありました。片岡さんがこの学習法を他の日本語教師にも広めようとしても「紙芝居の演じ方を留学生に教えるのは難しい」と、誰も実践してくれなかったのです。
「紙芝居でラーニング」は、片岡さんだから実践できる、特別な手法だと誰もが思ってしまったのです。
ところが、2020年のコロナ禍が大きな転機となります。
外国人の入国が制限され、日本語学校も長期休校に。片岡さんもほかの日本語教師たちも、仕事のキャンセルが続きました。しかし、自粛が解除になれば、授業も再開するはずです。
「休校が解除されるまでは、今できることをやろう」と、仲間たちとともにより良い学習法を考える中で「紙芝居でラーニング」が話題にあがりました。
「誰でも簡単に演じられる紙芝居があったら、もっと多くの現場で使えるのにね」
片岡さんの何気ない一言が、仲間たちの心に火をつけました。
「それなら、私たちで初心者でも外国人でも使いこなせる紙芝居を作ろう!」と一致団結し、「チームにほんご紙芝居」が結成されました。
誰でも簡単に演じられる「なりきり紙芝居」シリーズ作りが始まったのです。

一般的な紙芝居は説明文や解説が細かく書かれていて、日本人であっても難しそうに感じます。

片岡さんのオリジナル作品「千葉笑い」から引用
そこで「なりきり紙芝居」では、誰でも演じやすくなる工夫を多く盛り込みました。
まず、場面や状況を説明する「ト書き」部分を少なくして、登場人物の会話を中心に話が進むようにしました。使用する言葉は、やさしい日本語です。これによって感情移入がしやすくなります。
そして、誰のセリフなのかが一目でわかるように、アイコンを表示して枠で囲みました。

「これなら私にもできそうだ」と、演じるハードルも下がり、今では「チームにほんご紙芝居」のメンバー以外の人も「なりきり紙芝居」を実演しています。
口コミで紙芝居の評判が広まり、ある日本語学校では、従来のカリキュラムに変更を加えて、「紙芝居でラーニング」を全クラスで取り組み、学生たちの満足度も高い授業となっているそうです。
国籍も年齢も関係ない。紙芝居は人と人をつなぐ、「魔法のアイテム」
「なりきり紙芝居」はその後、日本語学校以外の場でも広がり、読み聞かせボランティアさんが使ったり、中学生が演じたりしています。
2026年3月、片岡さんは千葉市の公民館で「声と表情がよみがえる 紙芝居の健康術」講座を開催しました。紙芝居を使って、普段出さない声を出し、感情を開放して、心と体が整う楽しさを感じようという企画です。
シニアの方が多く集まった講座は、身体ほぐしや発声練習などをして、身体と気持ちの緊張をゆるめていくことから始まりました。

その後、グループに分かれて「なりきり紙芝居」を実践します「この絵の表情だとどんな声がいいと思いますか?」など、片岡さんのアドバイスや問いかけに沿って、参加者は登場人物になりきって演じます。

練習後の発表では、参加者みんなが大熱演。
「ひとり暮らしで人と話す機会がないけれど、今日は大きな声を出せて本当に楽しかった」とイキイキと話す参加者に、片岡さんは「紙芝居は、国籍も年齢も関係なく、人と人の心をつなぐ魔法のアイテムだ」と確信しました。
最近ではドイツやイギリスからも「なりきり紙芝居」の注文が入り、まさに国境を越えて広がっています。
2023年に日本語教育に関する法律が変わり、日本語学校のカリキュラムも変わってきました。
生活場面に応じた日本語学習がより必要とされていることを受け、片岡さんは「紙芝居でラーニング」をより多くの学校や先生に伝えるチャンスだと考えています。
「活動を広めるために、もっと紙芝居の魅力を発信しようと思います。そして、いつかは千葉に紙芝居を楽しめる場所を作りたいです。日本人も外国人も紙芝居を演じたり、作ったりしながら、楽しく交流できる。そんな場所、チームを作るのが私の夢です」
片岡さんは「紙芝居は紙に芝居をさせる“世界で一番小さい芝居小屋”」と表現しています。
見る人を作品の世界観にひきこむ日本独自の文化。その魅力をいかした「紙芝居でラーニング」には国籍や年齢、性別の違いを超えて人と人をつなぐ温かいメッセージが込められています。
留学生たちの作品は、片岡さんの紙芝居活動を紹介する「となみん紙芝居」のYouTubeで視聴できます。ぜひ、あなたも紙芝居の新たな魅力にふれてみてくださいね。
◆【となみん紙芝居のYouTube】
◆【なりきり紙芝居・チームにほんご紙芝居】
◆【片岡(となみ)由里子さんのSNS】


「私を更新中。」このnoteでは、自分を更新し続けている人たちの物語をお届けします。
小さな一歩を積み重ねて、「さらに新しい景色を見にいこう」と歩み続けている人たちの等身大のストーリー集です。
あなたの熱い想いを形にするお手伝いをいたします。
ぜひお声がけください。