
きつい時こそいつも通りやる
今週はとくに忙しかった。
その影響で体が疲れていて、今朝は起きるのにかなり苦労した。
体が重くて起き上がれず、5時からスヌーズ機能で鳴り続けたアラームの何度目か、45分になってようやく体を起こした。今日だけはもうこのまま起きずにゆっくり寝ることを許そうかと迷ったが、大きなため息と共になんとか起き上がった。
起きてからもぼーっとして、いつものルーティンにまったく身が入らない。
いつもよりペースは遅いし集中力もない。だけどやることをちゃんとやっているところに、ルーティンとしての定着の度合いが見れた。
瞑想は呼吸や身体感覚の観察は一旦忘れて、溜まっている仕事へのモヤモヤについて集中して考えることにした。20分間目を閉じて真剣に向き合ったことで、重たかった気持ちが幾分スッキリした。
そのまますぐに50分noteに取り掛かることができずに、またぐずぐずして現実から目を逸らしたがった。それでもなんとか今日もこうして書き始める。
体も頭も疲れが残っているし気分もまったく乗らない。集中もせずダラダラとこなすだけでは意味がないんじゃないか、それなら今日だけは思い切って休みにして、完全にリフレッシュにあてようかとも悩んだ。
迷った結果こうして今日も続けている。ここでオフにすると、何か大切なものが折れて2度とここに戻ってこられない気がした。
きつい時こそ、いつも通りやる。
そうするとこんな時でもやれたという自信がひとつつく。この先また同じようにしんどいときに、あの時もやれたという実績があるのとないのとでは、気持ちに大きな差ができる。ここで休むと、同じようにしんどくなった時にも休んでしまう。やれば限界値が一つ上がり、普段も楽になる。
一旦やり始めさえすれば、だんだん集中してきてやり切ることができた。