【第63回】3つのお題に空想のひらめきを〜エメラルド・ドラゴンの宅急便〜
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画像は、片桐みかんさんよりお借りしました。ありがとうございます。
短編小説
〜エメラルド・ドラゴンの宅急便〜
雲の隙間から差し込む朝焼けが、夜色の街並みを茜色に染めはじめていた。港町カンタレの朝は早い。風に混じる潮の香りと、焼きたてのパンの匂い、そして空を行き交うドラゴンの羽音と影が、この街の一日の幕開けを告げている。
「よし、本日の第1便、積み込み完了だ!」
少年ケンは、愛竜のルビーの背に括り付けた大きな革袋を固く結び直し、パンパンと叩いた。
ルビーは体長5メートルほどの小柄な緑竜(エメラルド・ドラゴン)で、鼻を鳴らして応える。二人の仕事は、空の宅配便、通称「ドラゴンの宅急便」だ。
陸路では何日もかかる険しい山越えや、海を隔てた離島への荷物配達も、翼を持つ「ドラゴン」にかかれば数時間で済む。

「ルビー、今日も頼むぞ!」
ケンが鞍に飛び乗ると、ルビーは力強く地面を蹴り、飛び立った。
一気に高度を上げると、冷たい風が頬を打つ。街が小さくなり、眼下にはどこまでも続く青い海が広がった。
「ん……なんだあれ?」
雲海の上に出た瞬間、ケンは目を細めた。
遥か上空、薄桃色の高層のもやの中を、悠然と進む巨大な影があった。
巨大な胸びれを優雅にしならせて、まるで水の中を滑るように飛行する全長百メートルはあろうかという巨大な「空を泳ぐ鯨」、天空鯨(スカイ・ホエール)だった。
天空鯨は、大気中の高濃度な霊力を食べて生きる伝説の生物だ。
滅多に人前に姿を現さないが、季節の変わり目に霊力を多く含む気流を追って、こうして陸に近い高い空を長距離移動することがあるのだ。
「すごいな、こいつは圧巻だ」

ケンとルビーが見惚れていると、天空鯨が大きく尾ひれを振った。
その瞬間、鯨の噴気孔からキラキラと光る粒子が粉雪のように空中へと散らばった。
鯨が気流を吸い、溜め込んだ余分な霊力を排出する大変珍しい現象だ。その光の粒子は、朝日に反射して七色に輝きながら、花火の余韻のようにゆっくりと下層の雲の方へと落ちていく。
「きれいだな…まさに『天使の落とし物』だ」
竜の乗り手たちの間では、天空鯨が落とす結晶化されたこの霊力の粒子のことを、驚きと敬意を込めて「天使の落とし物」と呼んでいた。
もし、それを手にすることができた者には、大きな幸運が訪れると言われている。
『天使の落とし物』は次第にまとまり、ひとつの小さな輝く結晶となって、ケンたちの少し下の雲間に吸い込まれていった。
「ルビー、急ぎの荷物は今朝は無かったよな?」
ルビーが「グルル」と短く鳴く。
「ちょっと寄り道しよう! あの『天使の落とし物』、探しに行ってみよう!
ケンが手綱を引くと、ルビーは翼をすぼめて急降下した。
風を切り裂きながら高速で雲海へ飛び込む。真っ白な視界を抜けると、そこは荒々しい崖が続く絶壁の海岸地帯だった。
絶壁に沿ってしばらく飛ぶと、落ちていった光の結晶らしき物が切り立った岩壁の岩の間に引っかかって、キラリと光るのが見えた。
「あった! あそこだ!」
ルビーが慎重に崖の突起に着地する。ケンは鞍から飛び降りて、岩の隙間で淡い青白に輝くこぶしほどの大きさの結晶へと駆け寄った。
手を伸ばして拾い上げると、ほんのりと温かく、ゴツゴツとした水晶のようで、僅かな振動が手に伝わってきた。
「本当に拾えるなんて思わなかったな……」
ケンが結晶に見惚れていたその時、ルビーが警戒するように低く唸った。
「どうした、ルビー?」
視線を上げると、崖の窪みの陰から、翼を傷つけた一羽の小さなまだ幼い竜が震えながらこちらを見ていた。親とはぐれてしまったのか、細い足を畳んで縮こまっている。
「お前、怪我をして動けないのか……」
ケンは手の中にある輝く結晶を見つめた。
「この結晶の霊力で助けてやれるかもしれない。このまま放っておけば、この幼い竜は助からないだろう」
「一生に一度手に入るかどうかという幸運の象徴。市場に持っていけば、遊んで暮らせるほどの金になる代物だ」
ケンは迷わなかった。
「そう、ドラゴンの宅急便のモットーはさ、『大切な届けものを、あるべき場所へ確実に』なんだ」
ケンは幼竜に近づくと、優しく声をかけながら結晶を細かく砕き、その光の粉を幼竜の傷ついた翼へふりかけた。すると、柔らかな光が傷口を包み込み、瞬く間に皮膚が再生していった。
やがて幼竜の瞳には元気が戻り、「キュイ!」と嬉しそうに鳴いた。
その時、上空で地響きのような鳴き声が轟いた。
見上げると、はぐれていた親の大型竜が必死の様相で舞い降りてくるところだった。
親竜は我が子を抱きかかえると、ケンとルビーに向かって深く頭を下げ、感謝を示すように翼を大きくゆっくりと羽ばたかせた。
親子の竜が悠然と空へ帰り、静けさが戻った崖の上で、ケンは空っぽになった自分の手を眺めて嬉しそうに笑った。
「幸運は逃げちゃったかもしれないけど、俺たちいい仕事したよな?」
ルビーはケンの頬を鼻先で小突いて誇らしげに空を見た。
宝物は残らなかった。けれど、見上げた大空には、朝日に照らされながら空を覆わんばかりに悠々と泳ぎ去っていく「空を泳ぐ鯨」の雄大な姿と、いつの間にか快晴の空が広がっていた。
「サンキュー、大鯨くん!」
「よし、行こうルビー、荷物を待ってる人達の所へ、気合入れていくぞ!」
二人は再び風に乗り、雲一つ無い空と海の境界へ向かって飛び立っていった。
了
片桐みかんさん、マガジンに収録していただきありがとうございます。🤗
