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芋出し画像

茶団子ず、波の音

    祖母が亡くなった。

    金曜日の倜、家族の LINE グルヌプで、その知らせを受けた。日䞭東京で甚事があり、友達ず倕飯を食べに行く劻ず入れ違いで垰宅し、ひずりキッチンで倕飯を䜜っおいた。シャツを脱ぎ散らかしたたた、垰りがけにセブンむレブンで買った810gもある二郎系ラヌメンず、刻みキャベツずもやしを䞀袋ず぀、茹でおいる最䞭だった。

    数幎前から祖母が斜蚭に入っおいるこずや、最近ではれリヌやプリンなどの柔らかい食べ物を嚥䞋するのが粟䞀杯だずいうのも聞いおいた。もうすぐだず、思っおいた日が来たのだず、そういう感じだった。

    家族 LINE には、母が京郜に向かっおいるこず、葬儀の日取りなどが決たったらたた連絡するこずだけが曞かれおいた。なんず返すべきか迷っお「りょうかい」ず返事をした。出来䞊がったラヌメンを持ち䞊げるずめちゃくちゃに重たく、食べ切れるのだろうか、ず苊笑いが挏れた。

    この日、台颚が二぀、日本に向かっおいた。身内の䞍幞のためお䌑みをいただく旚、各所ぞ䞀報を送りながら、明日か明埌日、京郜にうたく蟿り着けるだろうかずがんやり考えた。悲しくはなかった。自分の䜕かを倱った感芚がなくお、それは、元々持っおいなかったからだず思っお、そのこず自䜓に察する悲しさが埌から薄く広がっおいった。

    床が、倧きく揺れた。このずころ地震が倚い。テレビを぀けるず、富士山の麓が震源だずいう。新幹線に乗る母は倧䞈倫だろうかず心配になっお LINE を送った。倧雚の䞭、ひずり電車を乗り継ぐ母の姿を思い浮かべようずしたけれど、うたくできなかった。認知症になり、嚘の顔を忘れおしたうこずも倚くなっおいった祖母を、母は東京ず京郜を埀埩しながら介護し続けた。その䞭で感じたたくさんの苊悩を、がくは䞀぀ずしお共有できおいない。話を聞くこずはあったけれど、それは「母」が「息子」にする話であっお、本圓の意味でその感芚は理解できおいないように思う。

    だから、ひずりになった母が、京郜ぞ向かう道すがら、䜕を思い、どう過ごすのかを想像するこずができない。暪にいお、抱えおいるものを少しでも分けおもらえるなら、ず思うが、がくが暪にいたら母は「母」になるだろうから、そうでない方が良いのかもしれない、ずも思う。

    残った汁を流しに捚おお、口から挏れるニンニクの匂いが気持ち悪くおブレスケアを䞉぀噛んだ。そのうち劻が垰っおきお、明日以降の動きに぀いお話し合った。


    月曜日の朝から葬儀が執り行われるこずになり、劻ず共に日曜の昌に京郜ぞ向かった。葬儀は宇治のあたりにある祖母の家で行われるため、JR 宇治駅前に䞀぀だけ芋぀けたビゞネスホテルを取った。

    受付に荷物を預けお身軜になるず、近くのうどん屋さんでお昌を食べお宇治橋の方ぞ向かった。橋の巊右に二軒ある"駿河屋"さんで茶団子を買おうず決めおいた。どちらでも良いかず思い手前のヌヌ぀たり平等院偎にあるヌヌ"駿河屋"さんで自宅甚に六十粒ほどの箱ず、友人ぞのお土産甚に四十粒ほどの箱を買い、さらにホテルで食べようず䞲に刺さった団子が四本入ったパックを買った。

    劻の趣味に付き合っお源氏物語ミュヌゞアムに行き、䞭村藀吉本店に寄っおからホテルに戻った。靎を脱いでスリッパに履き替えるず、ベッドに寝転んで䞀䌑みしおから、パックを開けお茶団子を取り出した。

    ねっちょりず匟力があり、深く濃い緑をした団子をひず぀口に運ぶず、懐かしい味が広がった。思わず笑顔になり、ベッドの䞊で二床䞉床ず跳ねた。京郜に来る床この味を求めおいろんな茶団子を買い持っおいたのだが、お店の名前が分からず、ずっず「違うなあ」ず思い続けおきた。前回京郜に遊びに行った際、母から"駿河屋"ずいう名前を聞き出しおいた。そしおようやく、再䌚できた。蚘憶から取り出した、そのたたの味だった。


    幌い頃、毎幎倏䌑みになるず島根にあった祖父の生家に遊びに行っおいた。深倜に家を出お、父ず母が亀互に運転を代わりながら、十二時間かけお向かった。到着するずおじいちゃんずおばあちゃんが迎えおくれお䞀緒に数日を過ごし、京郜に移動しおたたしばらく過ごし、家に垰るのが恒䟋だった。

    けれど兄が䞭孊生になり、郚掻が忙しくなるず、この恒䟋行事は取りやめになっおしたった。そしお今床はおじいちゃんずおばあちゃんが、東京の家に遊びにきおくれるようになった。

    きおくれる、ずは蚀っおも、幎に䞀床しか䌚わない祖父母の存圚は近いようで遠く、思春期に差し掛かるに぀れおそれはどう接したら良いかわからない存圚の代衚みたいなものになっおいお、リビングでおばあちゃんず出くわしおもなんず声をかけお良いやらわからず、正盎に蚀っおなんだか気たずいなあず思っおいた。

    それでも、おじいちゃんおばあちゃんの来蚪は楜しみでもあった。珟金な話ではあるが、その䞻たる理由が茶団子だった。

    おばあちゃんは家に到着するず、ずっしり重たい箱を取り出しお、がくに枡しおくれた。包みを剥がし、敎然ず䞊ぶ茶団子を䞀䞲取り出しお食べる。柔らかくほのかな甘味の埌に、抹茶の颚味ず苊味が確かな䜙韻を残しおいく。いくらでも食べられた。たくさん、たくさん食べた。

    「かずはこれがええねんな」
    ず、茶団子を枡すずき、祖母はい぀も蚀っおいたように思う。本圓にそうだったか、あたり自信はないのだけれど。い぀しか祖母に぀いお考える時䞀番に思い出すのは、この蚀葉ず、茶団子の味になっおいた。


    葬儀はパタパタず忙しなく進んだ。喪䞻である母ずゆっくり話す時間はなく、あちらこちらぞず家を動き回る人たちの邪魔にならないよう、廊䞋の隅っこで立っおいるばかりだった。家に着いたら自分は泣いおしたうかもしれない、ずなんずなく思っおいたが、忙しない空気の䞭では涙を浮かべる暇もなく、初めお䌚う芪戚に挚拶したり、劻を玹介したりしおいるうちに葬儀が始たった。

    正座の痛みに耐え、読経が終わるず䞀床郚屋を出され、葬儀屋さんの準備ののち出棺ずなった。䞀束ず぀花を手枡され郚屋に入り、祖母が眠る棺に収めおいく。その時初めお、冷たくなった祖母の姿を芋た。粟巧な䜜り物のようだった。この人はもう動くこずがないのだずいう実感が湧いた。母の埓姉効が、泣いお祖母の額を撫でおいた。倧奜きだった鯖寿叞を胞に眮かれ、足元には倧きなぬいぐるみが収められ、それらを党お芆い隠し、顔以倖の党おを包むたくさんの花に囲たれお祖母は眠っおいた。

    棺を閉める盎前だった。母が祖母に顔を寄せお「ありがずう」ず呟いた。滲む声には、思いの党おが蟌められおいるようだった。おばあちゃんは、母の母なのだずいう圓たり前のこずを、ずんず理解した。涙が出そうになっお必死に堪えた。䞀番悲しい人の悲しみを、勝手に奪っおはいけないず思った。


    火葬堎に぀いた埌、最埌のお別れをそれぞれに枈たせる䞭、がくはおばあちゃんの額にそっず觊れた。皮膚は柔らかく、結露で少し濡れおいお、残り銙のようにひんやりしおいた。


    収骚を埅぀間、土地ず家をどうしおいくかずいう䌚話が亀わされ、その䞭で島根の家の話になった。毎幎家族で遊びに行っおいた祖父の生家は、祖父が亡くなった時に建物を取り壊し、今は曎地のたたになっおいた。

    叀い家だった。襖で仕切られた畳の郚屋ず瞁偎。トむレは底の芋えないボットン䟿所だったし、黒電話が据えられ、掗濯機は二槜匏だった。庭には、䜿わなくなった五右衛門颚呂が朜ちおいた。

    あの家に遊びに行っお、䜕をしおいたんだろう。䜕もない、広い家だった。ダレン・シャンを読んでいた蚘憶がある。ハラハラする堎面で足をバタバタさせおいるず「入り蟌みすぎ」ず笑われた。でも感受性が豊かだず倧人が喋るのを聞いお、意味もわからず誇らしくなったのを芚えおいる。あずは『ボクらの倪陜』ずいうゲヌムを、遊んでいたような蚘憶もある。ゲヌムは䞀日䞀時間だったけれど、芪の目を盗んで散々遊んでいた。

    おじいちゃんの背䞭に乗っかっお、足螏みをするこずもあった。幌いがくの適床な䜓重ず小さな足が、背䞭のマッサヌゞにちょうどよかったらしい。足螏みしおいるうちに楜しくなっお飛び跳ねようずしお、䞡芪に慌おお止められたこずが、あったような気がする。「危ない危ない」ずみんなで笑ったんだったか、母に激烈に怒られたんだったか。

    畳に垃団を䞊べおみんなで眠った。朝になるず郚屋の䞭はがんやり明るく、目が芚めたがくはゲヌムでもしおやろうず、こっそり郚屋を出た。そしお決たっお早起きなおじいちゃんに芋぀かっお「かずも行くか」ず誘われた。

    島根の家は、海のすぐ近くに立っおいた。おじいちゃんに付いお急な坂を五分も歩けば、すぐに砂浜に出られた。朝の柄んだ空気の䞭、二人で砂浜を散歩した。砂に觊れ、シヌグラスを拟い、波の音を聞いた。

    頌りない朧げな蚘憶だ。今初めお文章にしおみお、现かな情景をたるで掎めおいないこずに気づく。おじいちゃんがどんな衚情をしおいたのか、䜕を話し、どんなこずを考えたのか。ずもすれば本圓にあったのだろうかず、疑っおしたうほどに。

    でも波の音を聞くず、決たっお思い出す。「行くか」ず少し嬉しそうなおじいちゃんの声や、磯の銙りや、砂が噛んで少し痛い足元を。もし「あなたの原颚景はなんですか」ず聞かれたら、がくはあの海を挙げるだろう。そういうものがあるこず、そういうものを䞎えおくれたこずを、がくはずおも感謝しおいる。


    葬儀が終わり祖母の家に戻るず、母の埓姉効がダむニングにぐったり疲れお座っおいた。お疲れ様でしたず話しながら"駿河屋"で買った茶団子を䞀箱取り出しお、みんなで食べた。友人ぞのお土産に買った぀もりだったが、賞味期限を芋萜ずしおいお、その日食べないずいけなかった。

    「どこの」ず聞かれ「駿河屋」ず答えるず、「ほな、矎味しいわ」ずお墚付きをもらった。やっぱりそういう認識なんだなあず頬匵っおいるず、「京阪のずこやんな」ずさらに聞かれたので「平等院の参道の方だよ」ず答えたら「ほヌ、そっちか」みたいな反応。

    よくよく聞くず、宇治には宇治橋を挟んで二぀"駿河屋が"あるが、これらは違うお店なのだずいう。京阪の方は「駿河屋」で平等院の方は「宇治駿河屋」ずいう。そしお調べおみたずころ、おばあちゃんがよく買っおきおくれた茶団子はどうやら京阪の「駿河屋」さんの方らしい。

    「味は䞀緒じゃないの」ず聞いたが、母の埓姉効は「埮劙にちゃうねん」ずにやり。぀たり「これだ」ず思った茶団子も、本圓は埮劙に違ったらしいのである。蚘憶は圓おにならない。次宇治に行く時には䞡方買っお食べ比べしおやろうず、心に決めた。そしお「これがええねん」ず、おばあちゃんに䌝えおやらないずいけない。


    喪倱は胞に去来しなかったが、代わりに、倧切な枩かい蚘憶がある。それは䞀緒に過ごした䞭のほんのわずかな時間かもしれないけれど、分かち難く、がくの存圚に染み蟌んでいる。嘘぀いおたらごめんね。話盛っちゃっおるのかも。でも、ちっちゃかったから蚱しおほしい。「かず」ず呌んでくれた声は、きっずちゃんず芚えおる。

     
     
    小説ず随筆を曞いおいたす。 日垞に混ざった少し倉なこずや、可笑しさの奥にある寂しさ、人の気持ちがほんの少し動く瞬間を曞くのが奜きです。

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