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Photo byshiny_alpaca255

国語学・民俗学・文学[占領下の抵抗(注xxxvii)]

    「国語」は多義的な語である。とはいえ志賀直哉がフランス語にすると言った時の国語が日本の共通語もしくは公用語としての国語である事は疑い得ないだろう。ここでフランス語に置き換えられる事を求められている日本の国語は、言文一致と標準化が進み、ある程度の成功を収めた結果として出来たものである。

    時枝誠記は「国語学史」の中で国語を

    日本語的性格を持った言語を意味するものと考えたい。換言すれば国語はすなわち日本語のことである。

    『国語学史』時枝誠記



    と敷衍ふえんさせている。
    このような考えを広げていくと、日琉同祖論や日鮮同祖論に見られるようにどんどんとその領域を拡大していきそうでもあるが

    時枝は

    朝鮮語、アイヌ語、台湾語のごときは国語学の対象として考えることは出来ない。

    『国語学史』時枝誠記


    としている。

    これは京城帝国大学で教鞭きょうべんをとった時枝の実感から来るのかもしれない。

    共通語としての国語は、こうした異なった言語を母語に持つ人々に対しても公用語とされたことを忘れてはならないだろう。

    朝鮮語については、志賀直哉も「国語問題」で

    朝鮮語を日本語に切り替えた時はどうしたのだろう。

    「国語問題」志賀直哉[1]

    と簡単にではあるが触れている。

    これは拙論中でも述べ、注viiでも朝鮮や台湾についての、志賀のアイロニックな態度として極々簡単にではあるが触れた。


    時枝から国語学の埒外らちがいとされたアイヌ語は、日本の民俗学・文学に絡みついている。

    日本の民俗学の嚆矢こうし、柳田國男の「遠野物語」[1910年(明治43年)]では

    遠野郷のトーはもとアイヌ語の湖という語より出でたるなるべし、ナイもアイヌ語なり。

    「遠野物語」柳田國男

    タッソベもアイヌ語なるべし。岩手郡玉山村にも同じ大字あり。

    「遠野物語」柳田國男

    上郷村大字来内、ライナイもアイヌ語にてライは死のことナイは沢なり、水の静かなるよりの名か。

    「遠野物語」柳田國男


    とアイヌ語を語源とする地名が沢山出てくるし

    文中に

    またオシラサマという神あり。この神の像もまた同じようにして造り設け、これも正月の十五日に里人集まりてこれを祭る。

    「遠野物語」柳田國男

    とあった後

    オシラサマは双神なり。アイヌの中にもこの神あること『蝦夷風俗彙聞』に見ゆ。

    「遠野物語」柳田國男

    との記載もある。

    また北海道を舞台とした有島武郎の「カインの末裔」[1917年(大正6年)]では冒頭部で

    蝦夷富士といわれるマッカリヌプリの麓に続く胆振の大草原を、日本海から内浦湾に吹きぬける西風が、打ち寄せる紆濤のように跡から跡から吹き払っていった。寒い風だ。見上げると八合目まで雪になったマッカリヌプリは少し頭を前にこごめて風に歯向いながら黙ったまま突立っていた。

    「カインの末裔」有島武郎


    とアイヌ語の山名が出てくる。

    私はこれらを最初に読んだ時、どきりとした。
    それらはアイヌについて直截ちょくさいに語られたものではないが、少なくとも過去に、そこでアイヌの人々が暮らしていたことを明確に現している。それではこれらが書かれた当時はどうだったのか?
    それは語られぬだけに、語られた物語・小説に纏まとわりついているように、私には思われる。

    そのように思ってから読見直すと、言文一致小説の嚆矢こうしの一つ、国木田独歩の北海道を描いた「空知川の岸辺」[1902年(明治35年)]にアイヌを思わせるものが何も出てこないのは、何か異様な感じがして来る。
    空知太そらちぶとというアイヌ語が語源と思われる地名も、流暢りゅうちょうな言葉の中に埋もれて、何も感じさせない。

    社会が何処にある、人間の誇り顔に伝唱する「歴史」が何処にある。此場所に於て、此時に於て、人はたゞ「生存」其者の、自然の一呼吸の中に托されてをることを感ずるばかりである。

    「空知川の岸辺」国木田独歩


    と平然と語る国木田の小説には、有島武郎や柳田國男が記した残酷な物語・小説とは別種の残酷さが底に横たわっているように思われる。

    なお日本語を母語としない人々に対する日本の言語政策については『言語帝国主義とは何か』所収の「日本の言語帝国主義」【アイヌ、琉球から台湾まで】小熊英二と「帝国日本の言語編制」【植民地期朝鮮・「満州」・「大東亜共栄圏」】安田敏朗が包括的でかつ分かりやすい。

    引用文献: ①『国語学史』 〔電子書籍版〕 2021年7月21日発行
    著者:時枝誠記
    発行所:株式会社 岩波書店
    定本: 「国語学史」2017年10月17日 第一刷発行 岩波文庫
    昭和15年(1940年)12月発行『国語学史』岩波書店、が底本の元本と思われる。

    ②志賀直哉, 志賀直哉全集 第七巻「国語問題」岩波書店, 1999.6.7.
    [「国語問題」初出: 1946.4.1.「改造」第27巻第4号]「志賀直哉随筆集」高橋英夫編[39](岩波書店)(1995.10.16.第1刷発行、2021.1.15.第9刷発行)にも所収

    ③「遠野物語」柳田國男
    青空文庫 2012年12月16日作成
    2022年3月9日修正
    底本:「遠野物語・山の人生」岩波文庫、岩波書店   1976(昭和51)年4月16日第1刷発行   2007(平成19)年10月4日第47刷改版発行   2010(平成22)年3月5日第50刷発行
    初出:「遠野物語」柳田國男
    1910(明治43)年6月14日発行

    ④「カインの末裔」有島武郎
    青空文庫
    2000年3月4日公開
    2005年9月24日修正作成
    底本:「カインの末裔 クララの出家」岩波文庫、岩波書店
    1940(昭和15)年9月10日第1刷発行   1980(昭和55)年5月16日第25刷改版発行   1990(平成2)年4月15日第35刷発行
    底本の親本:「有島武郎著作集 第三輯」新潮社   1918(大正7)年2月刊
    初出:「新小説」   1917(大正6)年7月号

    ⑤「空知川の岸辺」国木田独歩
    (明治三十五年十一月─十二月)
    青空文庫
    2000年6月27日公開2006年3月18日修正
    底本:「現代日本文學大系 11 
    國木田獨歩・田山花袋集」筑摩書房   
    1970(昭和45)年3月15日初版第1刷発行   1973(昭和48)年9月1日初版第4刷発行

    参考文献: 『言語帝国主義とは何か』
    2000年9月30日 初版第1刷発行
    2006年11月30日 初版第4刷発行
    編者: 三浦信孝 粕谷啓介
    発行所: 株式会社 藤原書店

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    この記事は↓の論考に付した注です。本文中の(xxxvii)より、ここへ繋がるようになっています。

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