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Photo bymamechika1002

さよならチキンクリスプ

    サクッと温かい食べ物にありつきたいときに重宝している食べ物がある。マクドナルドの「チキンクリスプ」だ。

    彼のご尊顔をお目にかかったことがない人のために念のため説明するが、構造は至ってシンプル。ブラックペッパーの効いたジューシーなチキンと、細かく切り刻まれたパラパラレタスがサンドされたハンバーガーである。

    美味しさはもちろんのこと、このチキンクリスプには大きな取柄がある。ジャンキーな見た目とは裏腹に、これまで幾度となく中高生のデートを救ってくれたであろう謙虚なお値段。税込100円という正真正銘のワンコイン価格は、どこのファストフード店も立ち向かえないほどのアピールポイントだ。

    かく言う私も、青春の1ページに彼の名を刻み込んだ人間の一人であるが、残念ながら私とクリスプの思い出は少々苦しいものである。ぜひともこの場を借りて昇華させていただきたい。


    あれはたしか大学一年生のとき。
    あの頃の私は、日々Youtubeで大食いコンテンツの視聴に勤しむあまり、自分も本気を出せば彼女らに匹敵するほどの量が食べられるのではないかという謎の自信を抱いていた。
    というのも、私が憧れを抱いていた巨大胃袋の持ち主は皆、決して逞しいを持ち合わせているわけではなくむしろ小柄寄り。それに彼女たちが語っていた「食後間もなく腹痛が襲ってくる」という不便な体質が、私の長年の悩みと合致していたのである。

    画面内の巨大なテーブルに所狭しと並べられたジャンクフード。幸福を噛み締める笑顔とともに順調に胃袋の中に収まっていく様子に感心しつつも、「私にも同じくらい食べられるはず」という根拠のない自信だけは順調に芽を伸ばしていた。

    そろそろ自称大食いはやめて、その自信に根拠を与えてあげるときではないか。自己紹介で他人に与えられる情報が名前と出身地くらいしかない自分に嫌気が差した頃、私はようやく重い腰を上げた。

    そうしてひとり大食い記録測定に挑戦することにしたのだが、何よりも私の頭を悩ませたのが「何を食べるか」であった。すぐに思いつくだけでも、欠かせないポイントは三つあった。

    まず一つ目は、指標として分かりやすいこと。
    例えば「アポロチョコを七箱食べられる」といったところで、その記録の凄さがいまいちピンとこない。どうせなら具体的なイメージを描いて驚嘆し、私の胃袋にひれ伏していただきたい。

    二つ目はできるだけお金がかからないこと。
    金銭面を気にして大記録を逃すなど言語道断だ。食の醍醐味である「幸福感」を完全に排除した食事など本来やるべきではない。挑戦はこの一度キリ。そのためには可能な限り財布に刺激を与えないもので戦うべきだと思った。

    そして最後はインパクトがあること。
    例えば牛丼で挑戦したところで、周りとの大きな差は期待できない。平均的な人が三、四つでギブアップするような種目で二桁の記録を出す。それこそが大食いで名を馳せていくうえで最も効果的なのではないかと考えた。

    これらのポイントを考慮し十分に頭を捻らせた結果、最終的に選ばれたのがチキンクリスプであった。食後、人生最大級の腹痛に襲われても良いように、二日連続予定なしの休日を確保して決行することにした。

    そして迎えた当日。
    すぐに追加注文ができたほうが良いと考えた私は、持ち帰りではなく店内飲食を選んだ。レジに近いカウンター席を陣取り、注文へと向かう。何度も会計するのは面倒だからと、一度にまとめて四つ注文した。
    「お持ち帰りでしょうか」
    「いえ、店内で」
    店員の怪訝そうな表情に「いや~こう見えて結構食べるんですよ」と得意げな笑みを浮かべながら、無事正方形の配置にチキンクリスプが並んだトレーを受け取って席に着いた。

    いざフードファイターの世界へ。

    一つ目の包装紙をめくる。究極に腹を空かせていたというのもあり、漂うスパイシーな香りとバンズの隙間から覗くソースに眩暈を覚えそうになった。無心でかぶりつく。瞬く間に私の胃袋へと姿を消していった。

    続いて二つ目。変化のない味に飽きてくるのではないかと思ってたが心配は無用だった。お腹のキャパもむしろまだ空腹時に近い。再び私の活発な胃袋へと吸い込まれていった。

    三つ目も同様。この調子なら二桁も夢じゃない。そう思いながら四つ目を口にしたときだった。急にお腹や顎や胸など、全身がずんと重くなる感覚を覚えた。咀嚼スピードがみるみる落ちてく。
    苦しい。が、こんなところで屈してたまるか。私は『弊学のギャル曽根』として名を馳せる存在なのだ。胃袋を奮い立たせ、水分の力も大いに借りながら、なんとか無事四つ目をゴクリと呑みこんだ。

    さあ、追加注文に行くぞ。腹と足に力を入れて立ち上がる。しかし体が動かない。カウンターでスマイルを湛えながら、並んでいる客に次々とバーガーを渡していく店員の姿に恐怖すら覚えた。はち切れんばかりに膨れ上がった下っ腹が、「空気だろうが何だろうがこれ以上は受け付けない」と悲鳴を上げる。もう無理だ。

    結果:四つ。
    昼時に差し掛かり、賑わい始めた白昼のマクドナルドで私は無念の白旗をあげた。


    そしてあれから10年が経ったつい最近のこと。
    世紀の大寝坊により、まともな食事も摂らずに運動した日の帰り道、最寄駅に着くなり極度の空腹に襲われた私は、手軽に腹を満たせる店がないかと辺りを見回した。

    目に飛び込んできたのは、大きな黄色のMの文字。吸い寄せられていった私は、どうせならたらふく食うかという考えに至るなり、しばらく口にしていなかった100円の彼が脳裏をよぎり、それでもあの日の反省を生かして「チキンクリスプを三つ」と注文した。

    しかし何やら様子がおかしい。まだ学生と思われる店員がゆっくりと首をかしげたのだ。
    「マックチキンですか?」
    「へ?」

    いやいや、何を言ってるのだ。チキンクリスプだよ。そう思いながらメニューを指で辿るが見つからない。それどころか、あの日に限らずつい数年前まで拝んできたご尊顔の下には「マックチキン」という見慣れない文字が並んでいた。それだけではなかった。大きなチャームポイントであった価格すらも、チキンクリスプの二倍近くである「190円」と表記されていた。状況を上手く呑みこめないながらも私は後ろに並ぶ客の視線が気になり、大人しくマックチキンを三つ注文した。

    商品が出来上がるのを待つ間に調べてみたところ、2024年初めにチキンクリスプは「マックチキン」という名のハンバーガーに進化を遂げたとのことだった。

    注文番号が呼ばれ、マックチキンが三角形の配置に並んだトレーを受け取る。包装紙をめくると、チキンクリスプとさほど変わらぬ見た目をしたハンバーガーが堂々と顔を出した。大口を開けてかぶりつく。美味しかった。パワーアップと謳っているだけあって具材とソースの絡みが絶妙で、チキンクリスプよりも明らかに美味しかった。

    一つ目をペロリと平らげ、二つ目の包装紙をめくる。二つ目を食べ終わるころには腹八分を優に超えていた。あの日のように無理に詰め込むことはせず、残り一つは夫へのお土産にしようと思い店を去った。

    家に帰ると、夫は「うまっ」を連呼しながらあっという間に胃袋の中へ収めていった。
    「これ何ていうやつ?」夫の質問に
    「マックチキンだって。チキンクリスプの後継種。チキンクリスプなくなったの知ってた?」と答える。すると、
    「え、マジ? あの100円のやつだよね? 大学の頃めっちゃ食べたのに」とショックを露わにしていた。

    この小さな空間だけでも、チキンクリスプの勇退を惜しく思っている人間がふたりいる。やはりチキンクリスプは、これまで何十万、何百万単位の人々の人生に爪痕を残してきたのだ。

    できることなら、また食べたいと思った。いつか「復刻版」として再登場してくれることに密かな期待を覚えながら。再び胃袋をパンパンに満たせる日を夢に見て、私はこれからもマックチキンを頬張り続ける。

    (おわり)

     
     
    わたらいなちです | いつかジブリの主人公になれると信じてやまない20代会社員| 夢は作家 | 好きなものはおでんの卵 | 創作大賞エッセイ部門2026 中間選考通過

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