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だからとして【file1_聖母】

     世の中に差別的な人間が多いのは何故だと思いますか?
    自分たちが差別されたこともなければ身近に差別を感じていなくて傷つく人を想像できないからです。

    いきなり何の話かと思いますでしょう。
    先ほどスウェーデンの国会議員が吊り目ポーズの写真をSNSに載せた記事を読みまして。
    当たり前ですが、刑務所の中は情報が遅いのですよ。

    日本人は差別に鈍感ですよね、戦わないからいつまでも舐められるんですよ。
    いつの時代も想像力のない人間が人を傷つけるんですよ。

    今回の事件と関係のない話はするな?

    関係する話とはどこまでをさすのですか?

    私が何故殺人をしようとしたかの上澄だけを知りたいなら、
    ___そうしたかったから、それだけです。

    質問に答えるだけでいい?
    それはどの程度の回答を期待していますか?イェスノーだけで済む質問ならいいですけど、お話するとなると、あなたから見るとと関係ない話に戻ってきますよ?

    揚げ足を取っているつもりはないんですよ、何事も認識の擦り合わせが大切だと思うんです。
    はい、始めてください。

     麻田 都望、都を望むとかいてともです。S県N市出身 三九歳 会社員。今は解雇されているから無職かもしれないですけど。
    まだ私の手元に介護通知はきていません。

    長居和幸さんとの出会いはSNSです。他の二人もそうです、死にたいので殺してほしいとお願いされたので殺しました。

    誰でも頼まれれば殺す訳ではありませんし、殺すことに躊躇しなかったのかと聞かれればノーです。

    私にも私なりのルールがあります。
    価値のない人、悲しむ人がいない人、この二つです。
    誰にだって悲しむ人はいる、そういう綺麗事は今は無しにしましょう。もしあなたが本当にそう思っているのならば、今までの環境に感謝して、胸に秘めておくべきです。

     長居さんは、他のお二人もですが、何も持っていなかったのです。配偶者も、仕事も、お金も、体力も、そして気力も。
    ただお金の心配をして、節約しながら毎日を過ごすだけの日々を想像したことがありますか?
    最近は老後のお金がない人を、身から出た錆だと言う人がいますよね。

    まともな教育を受けれず定職につけなかった人は?
    家事、育児、介護を頑張ってきた人は?
    親のせいで宗教に搾取された人は?
    その人たちに身から出た錆だと面と向かって言えるならば、それこそ殺人よりも冷徹な行為だと言えませんか?

     次の質問ですね、はい、二年前に離婚しました。
    元夫とは結婚相談所で出会いました。早く子どもが欲しかったのが一番の理由ですが、自分の容姿が良くないことは分かっておりましたので、ある程度お金を払ってでも確実に結婚できる方法をとりました。

    元夫は小さな木材加工工場に勤務している物静かな人でした。年収は三六〇万円しかなく、派遣事務をやっている私と合わせても大した金額にはなりませんでした。
    好きになったかと聞かれれば違いますが、嫌ではありませんでした。
    個人的にはそれで充分でしたし、元夫も私を好きかと聞かれれば違うと思います。

    離婚は私から言い出しました。

    原因は私が子宮を取ったからです。子宮繊癌ってご存じですか?
    厳密には癌疑いだったのですが、子宮頸癌と違って、発症した際に転移が早いらしく、疑いが出た時点で摘出した方がいいと言われました。
    その前に子どもが欲しかったのですが、五年頑張っても授かれず諦めて摘出しました。

    不妊治療?
    もちろんしてましたよ、ホルモン剤飲んだり注射を打ったり、人工授精まではやりました。
    原因が分からなかったため最初は医師からも体外受精は勧められませんでした。

    あなた、自分に針を刺したことがありますか?
    最初は怖気付きますよ、余程のことがない限り自分をわざと傷つける人はいませんからね。
    そのうち何も感じなくなりますけどね。

    最終的には体外受精の話になりましたが、金銭的な理由でできませんでした。

    あなた、お子さまはいらっしゃるんですか?
    妊活に苦しんだ経験はありますか?
    答えなくて大丈夫です。あなたなりの苦しさがあること、分かりますから。

    妊活ってとてもきついんですよ。
    努力だけではどうにもならず、希望を持つと何回でも絶望へ突き落とされる。
    「あなたは母親になる資格がない」
    「本当の母性は渡さない」って言われるんです。

     なぜそんな子どもが欲しいのか、それが本来の生物としての在り方だからです。
    最近は選択制子なしみたいな考えもあるんですよね。それを否定するつもりは毛頭ありません。

    子どもが欲しくない人が子育てをするのは苦痛でしょうから。
    むしろ子どもがいる人生を真剣に考えたからこその決断だとも思います。

    ですが私は違います。
    私と血を分かち合った同志がほしいのです。彼または彼女の思想を思いのままにしたいなどという驕った気持ちではなく、人生に深く関わった人間として、私の人生を歩みたいのです。

     母性ってある程度は生まれ持った才能だと思います。
    自分以外の生き物を慈しむ才能。
    私にはそれがあると思っていました。
    でも、本当の母性は子どもを産まないと手に入らない。お腹の中で二人きりの世界を愛でる時間を経て、ふにゃふにゃの可愛い生命を胸に抱く、何があっても生き抜いて守ってあげたいと思う気持ちは、もう私には経験できない。

    子どもを産んだって母性がない人だってるのに、そんな子育てするなら私が代わってあげたいと思うのに、私には来なかった。
    二人の子どもを産んだ友達が「男の子じゃなくて良かった」と言ってるのを聞いた時は吐き気がしました。
    我が子を性別で判断するのも気持ちが悪いけれど、わざわざ女の子で良かったではなく、男の子でなくて良かったという言い回しをする意地の悪さに不快感で一杯でした。
    そんな人間でもなれる母親が、私にはなれない。

     元夫は二人でも楽しく生きていけばいいと言ってくれましたが、私には想像がつかず別れることにしました。
    そんな事でって顔してますね、夫の顔を見るたびに、母親になれなかったことを実感する生活に耐えられなかったのです。
    二人で乗り越えられるほど、会話を重ねてこなかったのもありますけどね。
    これはあまり殺人には関係ないですね。

    殺し方は警察の調査通りです。
    家の中で殺してしまうと事故物件となったりして後々迷惑になってしまう可能性があるので、できるだけ子どもが来なさそうな公園のベンチで首を絞めて殺しました。

    紐は家の近くのホームセンターでスズランテープを買いました。スズランテープを重ねるのが持ち運びも楽で強度も出るとネットで見たからです。

    座っている長居さんに私が後ろから紐を引っ掛けて体重をかけました。
    何だかんだ言っても人を殺すという行為をするのは怖かったです。
    ですが、長居さんは気持ちが決まっていますし、私の都合で中断することは良くないと思い、ミステリー小説の犯人になりきることにしました。

    ミステリーが昔から好きで中学生の時にシャーロックホームズは全て読み終わりました。
    ただ、どの話でも絞殺の場合は衝動的なものが多い気がします。
    考えてみれば、緻密に計画しているのに絞殺にする必要がないですもんね。私は衝動的犯行をする犯人Xになりました。

    Xは、大切な人を殺した犯人をやっと目の前に見つけ出した。積年の恨みをやっと晴らす時、自然と手に力が入る。
    大切な人を殺したこいつはのうのうと生きているのに、こいつを殺した私が捕まるわけにはいかない。
    Xは、恨みから解放されて生きることができるのです。

    急いでベンチの指紋を拭き取り、スズランテープは結んで三駅隣のコンビニのゴミ箱に捨てました。
    自宅に帰り私に戻った時は脇と額から汗が溢れ出てきました。起きていると頭の中にいろいろな事が浮かび、頭がおかしくなりそうだったので入眠剤を飲んで寝ました。
    入眠剤は子どもを諦めた時から市販のものを常備しています。
    寝れないことはあまりないのですが、眠れない日があった時に何も打つ手がない状況が怖いのです。

     なので私は証拠隠蔽したのではなく、誰かになりきらなければ殺人ができなかっただけなのです。
    それが結果的に証拠隠蔽の行動に繋がってしまっただけなのです。
    そんな簡単になりきれるものなのかとでも言いたそうな顔ですね、こう見えて中学高校では演劇部だったのですよ。
    部員が少なすぎて人前でやったことは殆どありませんが。
    私の演技を見てくれていた親戚や友人からはともちゃんは憑依型だね、なんてよく褒められていたのですから。

    家に何もなくなっている点について?
    そちらも断じて証拠隠滅ではありません。
    なぜならば本人と一緒に片付けたからです。
    死んだ後も迷惑がかからないように家を綺麗にするんです。

    明日のご飯の心配をしなくていいので、持っているお金を精一杯使えば大体は綺麗になりました。
    皆さん足腰が悪いので、粗大ゴミ回収やゴミ捨てなどはお手伝いしたり、業者の手配をしてあげたりしました。
    むしろ足りない分は少し負担してあげたりもしたので金目当てではないということは分かっていただけると思います。

    でも、明日死ぬというのに、これは手放せないだの、まだ使うかもしれないだの言うのです。
    三人とも写真は量があったので思い出話に花を咲かせたりもしていました。
    未練があるなら殺人依頼を中止することも何度か提案しましたが、その話をすると急に捨てますというんです。不思議な感覚でした。

    私だって殺したいわけじゃないですから、そこで思いとどまってくれるならそれはいい事だと思います。
    ですが、依頼する方は何か劇的な悲劇があって死にたいのではなく、日々時間が流れることが苦痛なのです。

    今日は私という来客が非日常になり一瞬楽しさを感じてくれたのかもしれませんが、明日にはまた独りになるという恐怖も与えていたのかもしれません。
    こんなに長く生きても、独りの恐怖と戦うなんて可哀想じゃありませんか。
    それでも、最後を決めたのはご本人ですよ。

    SNSを始めたきっかけですか?
    離婚して、独り身になって、私が世の中に出来ることを考えていたのです。
    最初は不登校の子とか、親と上手くいっていない子、自殺願望のある子の相談役になれればと思い始めました。
    顔も見えなければ、個人情報の交換もない、嫌だったらすぐに切れる程度の関係性だと軽い気持ちで相談できるでしょう?
    私は陰ながら"私の子どもたち"を助けたかったのです。

    意外にもSNSで自分のことを赤裸々に話したら、たくさんの子どもたちが警戒心を解いて相談してくれました。
    子どもたちが話すのはいつも希望の話でした。
    死にたいとか辛いとか言っていても、綺麗になりたいとか、友達が欲しい、恋人がほしい、美味しいものが食べたいと今に悲観してても未来には少しでも希望があると思えているのです。
    私の言葉で何か支えになればと考えていた自分が浅はかで恥ずかしくなりました。
    私の言葉なんて端から必要ではなかったのです。
    そんな事も分からない人間だから子どもを授かれなかったのかもしれませんね。
    そんな気まづい顔しないでください。冗談ですよ。

     SNSには子ども限定と書いてなかったせいか、しょうもない大人やご老人からも何人かメッセージを送ってくださいました。

    長居さんもその一人です。
    長居さんは奥様に先立たれて、六万円の年金のうち四万円を都営住宅1Kの家賃に支払っていました。
    毎日お金を使わないことばかりを考えて生活していました。
    腰が悪く働くことも、目も悪くなり読書さえもできず、テレビを見てもコメンテーターや芸能人の話している内容が分からず何も面白くないと言っていました。
    司馬遼太郎さんと田辺聖子さんが好きな老人には今のワイドショーはつまらないでしょうね。

    最初のうちは明日は何を食べましょうかとか、近くの公園に咲いた花の話などをしていましたが、好きなものを食べるお金がない、食べても胃もたれで食べれない、花を見に行ける体力がない、そのような回答ばかりでした。
    過去の思い出に縋ることでしか生きていけないことを憂いていました。
    しかしそれももう思い出か妄想か分からないとも言っていました。

    そのうち私の話が面白くないからなのか、私を蔑むようになりました。
    私の話を聞きたがっては説教する、私にとっては楽しくない時間になりました。

    はい、もちろん妊娠できない話もしましたよ。
    ああ、それで私が怒って殺したと思ってます?
    そんなことで怒りませんよ、何年耐えてきたと思ってるんですか。
    そんなことで怒れるほどの熱意はとっくに失われてるんですよ。

    子どもが欲しくて授かれなかった数年間は、こんなことで怒ってたらキリがないですよ。
    きっと想像できないでしょうね、悲しい経験が少ない人ほど他人の頭に鈍感ですよね。
    自分が経験したことだけが本当だと思ってる人多いですよね。

    痛みの尺度は人それぞれなことに気付くのは自分の身に降りかかってからなのですよね。
    あなたの事ではないですよ。
    こんなに人間は歴史があるのにそこの部分が進化しないのは人間という生物の欠陥なんでしょうね。

    そうですね、お願いされたからと言って頭で納得したからと言って人を殺せるわけじゃないですよね。
    東野圭吾さんで言う殺陣の門を超えた瞬間は、年金ですね。
    何言ってるんだみたいな顔してますね。

    あなただって分かってるはずですよ。

    年金制度は崩壊し、この国はいずれ壊れます。
    誰もが分かっているのに、何も変わらない。
    その負担は、これから生まれる子どもたちに押し付けられる。

    今の子どもは生まれるだけで数千万円のマイナスを背負わされるってよくテレビで言ってますよね。
    じゃあなぜ何もしないのでしょう?
    手がつけられなくなった時には自分は死んでいて関係がないとでも?子どもたちに尻拭いでもさせようとでも?

    お金がない場所で起きるのは争いです。
    非力な弱者はただ奪われていくだけです。
    そうすれば、私の子どもたちが危険に晒されるのです。
    それだけは何としても避けたいのです。

    国が動かないなら負担となっている老人を殺せばいいという結論になりました。
    短絡的ですか?
    何もせずただ文句だけを言い、自分だけは安全圏にいようとする人達に何が分かるというのですか。
    むしろ本人も死にたがっているのですから、私は両者を助けているのです。
    いえ、救済したのです。

    まだ救済を求める人はいます。
    では何故自首したのか、お聞きになりたいんですよね。顔に出やすいタイプなんですね。いえ、悪いことではないと思いますよ。
    若いうちは素直でいることが一番ですからね。
    歳を重ねるに連れて素直さに嫌な経験が邪魔をするんですよ。

    私は大人になりたくて、取り繕うことや配慮することばかり考えてる人間になってしまいました。
    利用されることが多かった私ですが、子宮と一緒にその考えは捨てました。
    そういう意味では素直に子どもたちを思いやれる本来の自分はこっちの私だと思います。

    また話がそれましたね、失礼しました。
    三人も殺しておいて罪を軽くしようなんて思っていませんよ。
    ひとつは、この考えを可視化することです。より多くの人に早く知って欲しい、私が気付かせてあげなくてはいけないという責任感です。
    先ほど私は「みんな分かっているのに何もしない」と言いましたが、もしかしたら本当の意味では分かっていないのではないかと思うのです。
    日本は崩壊しない、何とかなる、自分には関係ないと思ってる人ばかりだったのです。
    ひとりひとりを救済していくのでは、私一人では限界がありますし、国として大々的にも早く取り組んでいただかないと日本は良くなりませんからね。
    木ではなく森を見る使命になったのです。

    そしてもうひとつは、Xに飲み込まれそうだったからです。
    二人目を殺した時、一人目と同じように設定を考え、Xを演じて殺害しました。
    しかし三人目はXが勝手に殺していました。
    Xは二人目を殺したあたりから恨みではなく、殺人に快楽を覚え始めていました。そして私までも蝕もうとしていたのです。

    いくら崇高な理由があろうとも、自分が生み出してしまったのですから、別の人間と言えど自分が責任を取るべきだと思いました。
    そこでXが出てきても問題のない環境に身を置くことにし、自首しました。

    Xには感謝しています。私の代わりに重役を果たしてくれたのですから。
    これからは二人で生きていきますよ。
    これが私なりの責任の取り方です。

    最後に言っておきたいことですか?
    そうですね、もしこの本が上手くいって私にお金が入るのならば、そのお金は私の子どもたちへ渡してください。

     
     
     
    読書は紙派 湊かなえさん、東野圭吾さん、岡嶋二人さんが好きです。 優しい日常コラムを目指して書いています。 いずれはミステリーを書ける人になりたいです。

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