
楽しい夕食〜ずっと大切にしていた思い出〜
楽しい夕食
しゅくだいをすまし時計をみた
「ああ四時だ」
夕めしのしたくがいそがしい
お父さんはもうかえるころだ
「おお寒かった はらがへった」
とかえってくるお父さんだ
「夕めしはまだか」とかえってくるお父さん
じゅんびをいそいで
家内じゅう ぜんにならぶ
寒い晩に、あったかいうどんの煮こみだ
からだじゅうあたたまる 楽しい夕飯だ
「じょうずな料理だ」
とほめるお父さんの顔は
ほんとうに楽しそうだ
昭和27年の暮れ頃の、当時小学5年生の少女の詩だ。
とある少女雑誌に投稿して、雑誌に掲載されたのである。
当時、少女の母親は病で、ほぼ寝たきりの生活となっていた。
帰宅すると、布団に寝た母親が「お帰り!」と声をかける。
少女を待つ母親、学校での出来事を話す少女。
2人にとって、幸せな時間だっただろう。
そして、寝たきりの母親が少女に指南しながら夕食の「煮込みうどん」は出来上がる。
2つ上の兄は中学生、石工をしていた父親か帰宅すると、家族の団欒の時間が始まる…。
家族4人の、幸せな時間だった。
石工の父が、毎月発売になると娘に買ってきた少女雑誌。
仕事帰りに娘のために書店に向かう父親。
少女は、発売日を心待ちにしていたそうだ。
そして、その本は、寝たきりの少女の母親も愛読していた。
少女向けの雑誌だったが、昼間1人て過ごす闘病生活、少女雑誌は母親の楽しみでもあったのだろう。
全国各地から投稿される、詩の投稿ページ。
少女は、母親に指南を受けながら詩を書き上げる。
そして、その詩は掲載された。
母親と作った、夕食の「煮込みうどん」
母親と書き上げた、家族の楽しい時間の「詩」
少女が家族4人で過ごした、幸せな記憶…。
昭和28年秋、少女の母親が亡くなった。
39歳の若さだった…。
石工の父親は、男手ひとつで2人の子供を育てた。
少女は、27歳で結婚。
優しい男性とお見合い結婚をして、4人の子供に恵まれた。
結婚して13年。
父親が75歳で亡くなった。
趣味に生き、独身で人生を謳歌していた兄は、今から4年半前に81歳で亡くなった。
そして、少女の時に楽しい夕食を囲んだ家族は、誰もいなくなった…。
少女は、記憶の中の家族を胸に。
自身が築いた家族の中で、家族に愛を注ぎ続けて生きた。
子どもや孫に囲まれると「私は幸せ者だわ!」と、くしゃくしゃな笑顔で言っていた。
もうすぐ84歳になる、3月の春彼岸…。
4人の子供達や、孫達に見守られながら…静かに息を引き取った。
「楽しい夕食」の記憶…。
少女時代の大切な時間。
それらを胸に、幸せな時間を生き抜いた。
約70年前の少女、私の母の話である。
春彼岸のあの日、私達家族は悲しみ、そして「今までありがとう」と見送った。
私達は、まだ悲しみは癒えてはいない…。
母は、きっと家族のもとへ旅立ったのだと思う…。
母の、父親も母親も兄も…。
「お帰り!」と、母の長い人生を労ってくれただろう。
あの幸せだった家族の時間を過ごせているかな?
ずっと胸に抱いてきた幸せな時間を…。
笑顔で過ごしているのなら、私も嬉しい…。
そして、おじいちゃん、おばあちゃん、伯父さんと一緒に、ずっと私達を見守っていてね…。