
親になって思い出す、あの日のランドセルの傷
私が小学校低学年の頃のことです。
ある日、学校から帰ろうとランドセルを棚から出すと、ランドセルのふた部分に彫刻刀で掘ったような傷がありました。
「え!?なんで?」
朝まではなかったはず。
誰がやったのかも分かりません。
急いで家に帰って母に話しました。
母は学校に連絡していたと思いますが、
当時の私はショックで泣いていました。
「こんなランドセルで学校に行きたくない!」
「新しいのを買ってほしい!」
と、泣いてうったえていました。
本気で私はそう思っていました。
傷つけられたのは私なのに。
どうして私が我慢しなければいけないの?
そんな気持ちだったのを覚えています。
でも、両親は新しいランドセルを買ってはくれませんでした。
傷の部分を赤い塗料のようなもので補修し、
「これで頑張ろう」
という考えでした。
遠目には目立たなくなりましたが、
当時の私はやっぱり嫌でしたね。
それでも、中学年になる頃には不思議と気にならなくなっていました。
今振り返ると、あれも両親なりの教育だったのだと思います。
当時は納得なんてできませんでした。
でも、大人になった今なら少し分かる気もします。
物を大切に使うこと。
少しくらい嫌なことがあっても前を向くこと。
あのランドセルから、私はそんなことを学んだのかもしれません。
でも、親になった今は…
もし同じことが我が子に起きたら、私はどうするだろう?
新しいランドセルを買うだろうか。
それとも、私の両親と同じような選択をするだろうか。
正直、答えはまだ出ないです。
今は時代も違います。
ちょっとしたことが、いじめのきっかけになることもあります。
だからこそ悩みます。
ひとまず我が家では予防策として、ランドセルカバーを付けています。
そんなことが起こらないように。
そして、この話には少しだけ続きがあります😊
私が卒業した後、そのランドセルは小さなランドセルへとリメイクされました。
あの傷の部分だけを残して。
そのミニランドセル🎒は、
今でも実家に飾られています。
当時は嫌でたまらなかった傷。
でも今は、その傷も含めて私の大切な思い出です。
あの日のランドセルを見るたびに、
子どもだった頃の自分と、
親になった今の自分の両方を思い出します。
そして、ふと考えるのです。
もし同じことが我が子に起きたら、
私はどうするだろう―――と。