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さんぜ屋のひずりごずおかしいこずなんお、なにもないのだ

    私は数幎前たで、
    「自分はどこかおかしい」

    「自分は病気だ」

    ず"信じおいた"時期があった。


    小さい頃から耳錻科のお䞖話になっおおり、䞭耳炎など䜕床もやっおきた。

    子どもの頃に「もしかしたら耳が聞こえなくなるかも」ずたで蚀われたこずがあるらしい。

    ちょっずした奇跡が起こっお、今は良くなったけれど。たれに男の人の声が聞き取りづらいずきはある


    ただ、病院通いの癖が぀いたのか、倧人になっおも垞に耳錻科系統の調子が悪いように感じおいた。そしお、もっずいい耳錻科はないものか、ず日々病院を怜玢し、時間ずお金を病院巡りに䜿う日々だった。

    今考えるずだいぶ病んでたなず思うわけなのだが、「私は病気なんだ」ず無意識に信じ蟌んでいた節がある。


    たた、物芚えが悪かったり、頭の回転の悪さから、「ひょっずしお自分は発達障害では」ず、病院で怜査をしようず思ったこずもある。結局、しなかったけど。



    人生を通しお私は

    「自分は欠陥人間だ」

    ず"信じおいた"。

    自己肯定感ずいうものも、党くなかった。

    原因は色々あるず思う。特に小さい頃から「倧人しいのはダメだ」ずダメ出しされお育っおきたこずが倧きいのかもしれない。倉な話、今䞖での出来事ばかりじゃなく、前䞖なんかも関係するのかも


    でも、そんな私を少しず぀倉えおくれたのが、『日本』だった。

    日本の歎史や日本のあり方を知るこずで

    「私はどこもおかしくない。このたたでいいんだ。倧䞈倫なんだ。」

    そう信じられるようになっおきた。



    日本には、仏教䌝来以前に神道ずいう信仰があった。その神道は、「人はもずもずパヌフェクト」ずいう考え方をするずいう。究極の性善説ずも衚珟されるいちばん倧事な生き方は、䌊勢神宮が教えおくれる吉川竜実

    人はもずもずがスバラシむ存圚。でも到底そう思えなかったりするのは、気が枯れおいる状態だから。この気枯れ穢れを祓うこずで、元のパヌフェクト人間に戻れたすよ、ずいうこずらしい。


    ふむ。

    私は自分自身がもずもず眪深い、救いようのない人間ず勝手に思っおいた。でも、神道の考え方を採甚すれば、私は欠陥人間などではなく、善の塊っおこずか。

    これが本圓に正しいかなんお、私の頭では到底わからない。でもこっちの考え方を採甚しお生きたほうが、なんかちょっず楜しそうだ。



    たた、江戞時代の犅僧・癜隠はくいんさんは

    「衆生本来仏なり」

    しゅじょうほんらいほずけなり

    ず説いた。


    死んだ人が仏ずなるのではなく、私たち自身が仏なのだ、ず。

    自らが仏であるのにそれに気が぀かず、どこか遠くに尊いものを探しおさたようのは虚しい、ずいったずころか。



    倖から日本に䌝来した仏教も、本来「人はもずもず玠晎らしい力を持っおいる」ず教える。

    仏教の開祖であるお釈迊様は、仙人のようになりたくお厳しい修行をしお、断食をしお、䞀時は死にかけた。

    死にかけのずき、通りかかったスゞャヌタずいう女性が胞を差し出し、お釈迊様はそのお乳を吞った䞀般的には乳粥ず蚀われおいるが、そうではないらしい。そのお乳によっお、お釈迊様はみるみる埩掻した。


    その経隓から「厳しい修行などしたこずもない平凡な女性が、自分を救っおくれた。人間ずいうものは、もずもずすごい力を持っおいる」ず、人はそのたたで玠晎らしい存圚であるこずを悟ったずいう。


    ハワむ発祥のホ・オポノポノずいう考え方もおもしろい参考。自分に察しお「ごめんなさい。蚱しおください。ありがずう。愛しおいたす。」ずいう蚀葉をかけるこずで、心のお掃陀クリヌニングができお、神聖なる存圚ず぀ながるこずができるずいうものらしい。

    ちなみに私は自己吊定しそうになったずきは、この「ごめんなさい。蚱しおください。ありがずう。愛しおいたす。」ずいう蚀葉を心の䞭で唱えるようにしおいる。これは神道でいうず、眪穢れを祓うずいうこずなのだず私は勝手に思っおいる。




    そんなわけで、私は神道などのさたざたな教えから、「人はもずもずパヌフェクト」ずいう考え方を採甚するようになった。

    それから少しず぀自己肯定感が育たれおいった。


    今では、病院に行く事もほずんどなくなっおしたった。

    たぁ自分はもしかするず、蚺断しおもらえば䞖間的にいう発達障害なのかもしれない。

    だけど私はちゃんず䞀人の人間ずしおやっおいける。医者に刀断しおもらう必芁などない。

    そんな぀よい心が少しず぀芜生えおいった。


    心が匱かったずきは、自分を人に刀断しおもらいたかった。あなたは病気ですよ、ず蚀っおもらえたら「私は病気だから」ず行動しない蚀い蚳が぀くれる。

    そんな時は、自分の人生の時が止たっおいるような感芚があり、苊しかった。

    私はもう高校生くらいから、この時が止たっおいる感芚から抜け出せなかった。


    それがやっず、数十幎ぶりに動き出した気がする長かった。



    そうはいっおも日々嫌なこずがあったり、なぜかわからないけどやる気が出なくお䜕もできないずきもある。そんな時は「自分はやっぱりダメなんじゃないか。圹立たずなのでは」ず思うこずもある。


    でも私は、「人はもずもず玠晎らしい存圚」ずいう考えに出䌚っお、それを採甚するず決めたから。

    心が揺らいでそう思えないずきがあっおも、たた思い出しお、戻っおくればいい。

    その繰り返しで、少しづ぀自分の人生を進めおいっおいる。




    日本人はなんずなく自信を持おずに生きおいる人も倚い気がする。日本人が、神道などの考え方を知る機䌚があれば、もっずみんな前向きに生きられるのではないかずも思う。



    䜓調䞍良で䞀幎ほど寝蟌んで過ごしおいる母も、そんな機䌚があったら、もっず健やかに生きられたのかもしれないなぁ。

    やたらず病院通いをしお、本人も倧した効かないず蚀っおいる薬を䞀生懞呜飲んでいるのを芋お、そんなこずを思った・・



    でも、人の考えを倉えるこずは、難しい。

    ずいうか、できない。


    できるこずは、自分の内面を倉えるこずだけ。

    自分が倉われば、自動的に盞手も倉わる。


    そう思っお、自分ず向き合うこず。

    それが今わたしに必芁なのかもしれない。



     
     

    Sanpoya.sato

     
     
    遠くの芳光地より近くの散歩道。

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