
リスナーとして認知されたくない
インディーズバンドを鑑賞したり、無名のハンドメイド作家の作品を手にすることが好きだ。
まだスポットライトを浴びてないものをディグるのが楽しい。
自分に刺さるものを見つけたときは新種の生き物を発見したような喜びがある。
インディーズバンドやバンドメイド作家の作品は独創的で自由奔放なスタイルに魅力を感じる。
いつでも誰でも手にすることができる既製品には飽きてきたし、心が揺さぶられない。
作品に対する熱量よりも、商業目的が第一になっているように感じてしまうからだ。消費者に媚を売っているように思えて冷めてしまう。
商業的な成功よりも、自身の美学を貫く小規模な活動に惹かれる。
魂を売らず、ブレずに創作を続けるからこそ、純粋にその背中を追い続けたいと思う。
でも、作家本人ともファンとも仲良くなりくない。認知もされたくない。
人によっては、毎回イベントに参加して差し入れをしたり、グッズを大量に購入して認知してもらいたいと思う人もいるだろう。
ファンと熱く語ったり、ファン同士の交流を楽しむ人もいる。
でも、それだといろいろとノイズになって純粋に作品を楽しめなくなってしまう。
自分にとっての聖域を荒らされたくないという、自衛本能が働いてしまう。
作家の作品を前にしたとき、もし作家本人や周囲のファンと仲良くなってしまうと、人柄や場の空気というフィルターを通して作品を見る羽目になる。
フィルターを一切通さず、目の前にあるモノや音だけをダイレクトに浴びたい。
仲良くなることで発生する評価の忖度や感想の強要を避け、自分が純粋に「良い」「悪い」を判断する感性の純度を保ちたいと考えてしまう。
だから、ライブ終了後もササッと帰る。作品の展示会も気になったものを購入して長居はしない。
感想を述べたり、認知されるためにアピールしたりはしない。
作品に対して何かを求めるような媚びた姿勢は、どうしても自分には馴染まない。
作品よりも人に関心が向いてしまうのが嫌だ。人柄も大事だが、メインはあくまでも作品だ。
イベントには定期的に通っているが、誰と関わることもなく幽霊のような存在だ。
作品以外のノイズを一切遮断する。この沈黙こそが、自分にできる最大の敬意だ。
「あの人毎回来てくれてるな〜」
そう思ってもらえるくらいで十分だ。
このくらいの適度な距離感が心地良い。
陰ながら応援している。