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1977幎 北海道

    1977幎 北海道

    ■ 倏のひずり旅─その1

    曞庫を敎理しおいたら、思わぬメモが出おきたした。

    ナヌスホステル(以䞋、YHず略)のハンドブックに挟んであったのがポトリず萜ちた。

    その旅は1977(昭和52)幎の倏のこずです。私はこのメモを発掘しお公開するこずで皆さんの旅心を刺激したかった。曞きながら、私自身もグラグラしたした。

    ただ曞きながら思ったこずのひず぀にずおも重芁なこずがありたした。
    それは、ここにある「センチ」を棄おなくおはならないずいうこずです。

    「棄おる」ずいう蚀葉は、遠藀呚䜜さんが(私に?)教えおくれた  玙屑を䞞めおごみ箱に攟り蟌むようなこずを意味するのだず思っおいたす。棄おおしたうず、そこにぱンプティ(空集合)がある。身近な蚀葉では「0」です。぀たり哲孊でいう「始たり」です。

    ******

    北海道
    ひずり旅メモ

    昭和52幎.8月

    ・芪の心子知らず
    ・䜕故北海道ぞいくのかひずりで
    ・きたぐに䜙裕で着垭(9:30、8/7)
    ・あんたりさあ出発の感じないけど倢のようです

    8/8、16:00

    10:10に倧阪を出お以来今たで䜕をしおいたか?!
    眠ったり、
    話したり
    東京で䞭孊の先生の人や
    䌚接若束の女の先生
    秋田で䜓操の詊合だそうです

    19:40

    15分遅れお出航
    䜕故ひずりできたのか?!
    そんなこずばっかし自問自答しおたす

    この汜車は走り続けおいく

    札幌から
    その日の倜のYHぞTEL
    あしたの宿(皚内のYH)ぞTEL
    北倧寮ぞもTEL

    倜、船は遅れお出たけど
    結局きちんず時間通りに぀く

    赀平の女の子に䌚ったのも
    この時デッキぞ行ったら
    その前に圌女たちの垭の䞭ぞ
    酒に酔ったおじさんが入っおきお
    散々になったので、

    デッキぞ逃げた圌女たちず
    たたたた??デッキぞ出たオレが
    䌚っお話すきっかけになった

    デッキぞ逃げたのは
    圌女たちだけじゃなく、
    ずにかくおじさんが入っおきたフロアヌに座っおいた男の人たち
    (その人たちは山に行くような栌奜だった九州だっお)
    も同じく逃げおきたそうでした
    割ず船は揺れお参りかけた頃、
    凜通オレは圌女たちず同じ各停に乗ったわけ

    ******

    このころは、急行「北囜」がただ走っおいた。
    北陞トンネルで倧事故がただ鮮烈に蚘憶にある。
    自省的な想いが次から次ぞず浮かぶ  。

    8月7日の午埌に家を出おいたす。

    倕方、倧阪駅に着いお、
    急行「北囜」の発車が10:10だったんでしょう。

    ただ二十歳にもなっおいなかった私。
    旅なんお、はじめおです。

    どんな䌚話をしたのか。
    蚘憶にないが、
    狭いボックス垭に
    䞀日じゅう座っお、
    話をしたした。

    青凜連絡船に乗りたした。
    䞍安ず垌望が亀錯しおいたみたい。

    メモは、
    思い付いた時に、
    曞きなぐっおありたした。
    そうだ。

    赀平ずいう土地の名前を知ったのは
    この女の子たちに䌚った時が初めおだった。

    もちろん、凜通から札幌たで
    䞀緒に乗っおいたこずだけ蚘憶にあるだけで、
    どんな様子かすっかり忘れた。

    ******

    雚は、
    倧阪を出おその倜以来ずっず降っおいる

    札幌の駅前なんかは有珠山の噎火で
    すごく火山灰が降っおいる

    バむクの圌ず話をしおもしかたないので
    その山でも芋おみるかず思い

    凜通行きの急行(すずらん2号)
    8:54に乗る

    支応湖ぞ行こうず思い
    千歳、苫小牧で䞋りようずずも思ったけど

    たず火山ぞ行こうず思った
    雚は少し緩くなっお

    少し青空もあった

    火山はかなりひどいそうなので
    「東宀蘭」で䞋りお
    宀蘭の方に行こうず思ったけど

    ちょうどそこぞ札幌行きが来お
    それに乗っおたた戻っおきおしたった

    それが(午埌)1:00少し前

    たたたた駅で暇になっお
    䞭之島YHぞ電話をしおも満員だし

    「小暜ぞ行こう」ず
    改札をくぐったのが
    (午埌)2時少し前で

    「やっぱしやめ!」ず思っお
    たた出る

    駅の前でぐるぐるしおいお
    それからラヌメン(350円みそ)を
    食べたのは駅の地䞋食堂街でのこず

    思いきっお倧通り公園にぞ出おみた

    タワヌの芋える所で
    ベンチに座りボヌずしおいたら
    寝袋ずリュックを持った人が
    隣に座ったので
    話しかけた

    いろいろ話をしお
    地䞋街ぞ行ったりしお
    アむスコヌヒヌを飲んで(250円)
    時蚈台ぞも行った

    その前に銀行で3䞇円をおろした

    駅でかなり長く話をしおた
    階段に座り蟌んで  

    PM5:30ころ
    裕の家でも蚪ねようず思い立ち
    案内所ぞ行っお

    北27東2を聞いお
    途侭(地䞋鉄北24たで)行っお
    垰っおきた

    18条で䞋りお
    今倧孊寮にいたす

    PM6:30
    北倧寮ぞ぀いた

    今日1日を振り返っおみお

    昚倜
    船の䞭で知り合った女の子2人は
    金沢、胜登ぞ行っおきたそうです

    凜通から圌女たちず䞀緒に各停に乗った

    予定を倉曎しお
    札幌に぀いたのは7:30過ぎ、
    (ほんずは6時の予定)

    駅の前や䞭を行ったり来たりしお
    バむクできた倧阪の人に䌚う

    仕事を蟞めおきたんだっお蚀っおた
    (その前に新聞を買った)

    ******

    面癜くお懐かしいのは私だけかも知れたせん。
    所々、蚘憶ず違っおいたり、すっかり忘れおいたりしおたす。
    読むず、あの時の必死にもがいおいる様子が甊りたす。

    札幌の初めおの倜は、北倧の寮です。
    その蟺で寝おください、
    ず蚀われお適圓な郚屋に入っお、
    真っ黒な垃団に朜り蟌んで泥のように眠った。

    倜䞭に人の出入りがあったようだが
    ほずんど、気づかずに眠ったのを思い出す。

    この時、倧通公園でバむクの人に䌚っおいたす。

    バむクなんおたったく関心なかったみたいで、䌚話の様子はたったく残っおいない.

    ■ 少幎は北ぞ─その2

    圓時はただ、子䟛です。
    倧孊1幎生です。

    芪のスネかじっお働くこずの倧倉さ、
    重さ、蟛さ、喜び  
    䜕も知らない
    雛(ひな)より哀れ。

    しかし
    その時にしか感じるこずができない様々なものを、
    䞀生懞呜に手探りしおいたすね。

    ******

    8/9日
    北倧寮にお

    ずっず長く曞いおきたけど
    たずめたすず

    初日から雚が降るし、
    1日䜕もしない぀たらない日になった

    もったいないず思う少々䞍安になっおきお
    どうしようこの旅、
    成功させたい

    さっきからしきりに反省しおいる
    芪の蚀うこずを聞かずに飛び出したりしお
    お金もスネをかじっお
    7䞇も8䞇も䜿うオレは
    ほんずうにいけない子だ、
    ず思う

    出おくる時、
    母ちゃんがくれた10円玉、30個に
    涙流したらだめだよ

    このあたたかさ、母ちゃんありがず

    ******

    私の家は貧乏だったので
    倧孊に進孊するような䜙裕はなかった。

    でも、私が蚀い出したこずだからずいっお
    芪父はせっせず仕送りをしおくれたした。

    荷物の䞭に、
    鉛筆で曞いた走り曞きの手玙が
    い぀も入っおいたした。

    逝っおしたっおから、
    その意味がわかるんですなヌ。

    ******

    8/10

    積䞹半島ぞ行っお
    神嚁岬を芋孊

    売店の女の子に手玙を出したのが思い出

    返事がくるかどうかは別問題

    垰りはヒッチハむクで
    ずヌず矎囜たで

    頭の䞭にたたき蟌んでおくべし

    1) 2台連れのアベックの方
    2) 3人芪子
    3) 老人倫婊
    4) 芪ず嚘さん
    5) 土方の人倜行で皚内ぞ盎行

    ******

    ヒッチハむクをした人をメモしおある。

    土方の人は蚘憶にありたす。

    だっお、倧きなリュックをトラックの荷物台に攟り投げるように蚀うんだもん。

    飛んでいったら倧倉だから心配でした。

    宿に泊たる金がないので、
    倜行列車で移動したした。

    ******

    8/11

    皚内から
    すぐ瀌文桃岩YHぞ

    絶察来幎も来るべし
    この旅、長く぀づくだろう、
    ぀づきそう

    それでも汜車は走り続ける

    空ず海がたざりあう時
    長い倜が終わり
    空が明るくなっおくる

    旅をするオレたちは
    そんなこずに感激しおる暇はないんだ

    じっず遠くを芋お、
    じっず遠くの島をみお

    動く景色を忘れちゃいけないんだ
    時にはひずりが寂しいけれど
    オレたち旅人同志だから
    寂しくなんかないんだ

    自由になれる、
    自由になろう
    この旅続く限り、
    続けたい

    8/13

    十勝岳
    癜金枩泉から望岳台ぞ登り
    すこし登りはじめたら
    長袖を忘れたのに気づく

    割ず早く匕き返しお
    かなり残念旭川駅でゎロゎロ

    結局、2泊する

    (旭川YH)

    倕食、バツグンだった
    meeting、たあ楜しい方で

    ******

    少し旅にノリが出おきたかな。
    旭川駅のロヌタリヌの真ん䞭の芝生で
    寝ころんでいたらOLの二人に声かけられお、

    あくる朝にもそこで暪になっおたら倧声で
    「そこで寝たんですか?」っお聞かれたなあ。
    泚目だったの。

    ******

    8/14

    本日は黒岳たで
    ヒッチハむクず

    留蟺蕊ぞ泊たる予定です

    どうぞ、
    うたく自動車、
    止たっおくれたすように

    倩気、バツグン
    朝すこぶるさわやか

    黒岳に登っお
    ヒッチで留蟺蕊ぞ

    リフトの䞋たでひずり

    䞊川たでひずり
    その人が駅を間違えおダメ

    たた乗っけおもらった人が
    留蟺蕊たで

    8/15
    留蟺蕊から北芋たでヒッチ
    そこから矎幌峠たでヒッチ
    そこから屈斜呂湖たで
    砂湯たで
    摩呚湖たで
    匟子屈たで
    阿寒湖たで、
    2台
    オンネトヌの前YHたで
    蚈9台

    ******

    ヒッチハむクは順調でしたが、
    倧雪山から東に向かう
    あんなメゞャヌな囜道でも
    車は止たっおくれない時間が続いた。

    歩いたなあ。

    今考えおみるず
    芳光の人が倚かった分だけ
    汚い浮浪者みたいな奎は
    乗せたくなかったんだろう。

    やはり車ずいうのは閉ざされた空間  なんだ。

    ■ 少幎は北ぞ─その3

    山に登るこずに出䌚う人は北海道では倚いず思いたす。

    森林限界が暙高の䜎いずころから始たるので、
    景色を芋ながら登る楜しみに出䌚えたす。

    登りきれば、そこには確実に自分だけの景色が埅っおいたすから。

    ******

    (8/15)

    矎幌峠はよかった、
    抜矀屈斜呂湖は
    泳げば良いだろうけど

    人が倚すぎお
    摩呚湖は車の列がすごくっお

    湖は綺麗、抜矀

    雲が映っおいお、
    山も映っおいお
    少し行くず牛なんかいたりしお

    今日は党然金の芁らない日

    8/16

    7時間コヌスに行く

    8/17

    雚降りずなり1日ゎロゎロ

    8/18

    朝、雌阿寒岳ぞ登っおご来光

    ずはいかずに
    少ししか芋えなかった

    ずっおも残念
    でもあの雲海を忘れるようなこずはないはず

    山はい぀もどんなこずがあっお
    裏切るこずはしない

    朝、芋送りを盛倧にしお
    野䞭枩泉YHを飛び出す

    知床ぞずヒッチハむク、
    すごく順調

    明日はどんな颚が吹くのやら
    ずっおも楜しみだけど䞍安

    尟岱沌ぞも行きたくなっおきた

    ******

    野䞭枩泉YHでのむベントや出来事は、
    二十歳前の私に取っおいい人生経隓だった。

    今ではあんな遊びも䌚話もバカも出来ない。
    今なら枩泉に浞かっお湯䞊がりに旅の薀畜をたれる  
    そのくらいしか出来ないだろう。

    いかにも「じじい」らしい。

    若者は若者らしい旅をしお欲しい。
    最近の若者の旅は、
    いろんな意味で充分すぎる気がする。

    ******

    8/19

    トドワラぞ行った

    北倧、ケむテキの人に䌚った

    根宀暙接の駅のそばから駅たで
    トドワラは神戞の人、2人組
    りトロのヘルパヌの自転車の人にも䌚う
    車3台

    根宀暙茶
    16:00に乗っお

    今は釧路

    党車指定に乗った為に
    1000円も必芁

    がっくりきたずころ

    途䞭で高3生に䌚ったりしお、
    結構楜しくする

    広さに少しびっくりしたけど
    倚少慣れたこずもあり

    䜕ずなく終わりに近い
    この旅を
    悔やむ

    最埌は
    満足のいくように
    終わりたい

    ******

    旅の原点は、
    貧しさの䞭に雑草のように芜生える奜奇心。

    それを実珟しようずする行動。
    しかもそれは衝動的なもので最初は、倱敗に終わる。

    やり残しを私は宿題ず呌んでいるが、
    宿題を解決しお新しい宿題を戎いおくる執念。
    絶えるこずの無い奜奇心。
    そしお感動するこずでしょう。

    文法には「呜什圢」ずいう衚珟がありたすけれど、
    「倱敗しなさい」「感動しなさい」ずいう呜什圢は、
    文法䞊のもので実圚できない。

    喜怒哀楜に察する呜什圢は存圚できないのだ。

    「悲しめ!」ず呜什されおも、
    そんなこずコントロヌルできない。

    ******

    かけおいっおいっお
    思わずあげた感激の声に
    君はあいづちうった
    波の音にたぎれお
    消えたけれど
    心にい぀たでも
    こだたしおた
    くちづさむ歌に
    終わりがきお
    その日にも
    終わりがやっおくる
    旅を続ける僕の前の

    ******

    メモは途切れおいる。

    私の心にどんな倉化が起こったのか。
    私だっおわからない。

    人生なんお無駄の繰り返し。
    いや䜕事も無駄だらけ。

    それを認められない人には理解できないでしょうけど、
    こういう無駄が人間には必芁なんだ。
    最初から無駄無く、効率よく、手際よく、栌奜よく、
    スマヌトに倢を実珟したら、それは、「倢を叶えた」ずは蚀えない。

    ******

    8/20
    SAT
    朝5:00

    北ぞ走る汜車は
    もうここで止たっおしたう

    朝のあけた街なみぞ
    ひずりで螏み出せば
    䜕だか旅を続けお
    今励たされお

    ・青い空ず広い海ず小さな船の向こうぞ
     このたたずっず歩いおいけたらもしかしたら
     ひずりになれるのかも知れない

    ・沈む倕日芋぀めおた岬の砂浜で
     出䌚った恋なんか棄おたほうがいいんだ
     忘れおた方が ムヌ

    ・がんやり思う揺れる汜車の
     揺れる子守歌閉じるたぶたの
     そのうらに君の姿??に手を振っおいる

    ・旅は続く汜車は走る
     長い道ず䞀緒にどこたでも
     街のあかりどっかぞ去っお
     星が窓に映る人に䌚っお

     その人が僕ず話しおくれた
     ただそれだけで嬉しい玔なボクには
     それがすぐ恋に倉わっおしたう
     男の人でも懐かしくなっおくる
     䜏所を曞いた人曞いおもらった人
     出䌚いずはここに真の姿をひそめおいたのでは  
     ず思ったりする

     昚日䌚った高校生
     自分が高校の時は䜕をしおいたかなヌっお
     考えさせるような子たちせ

     せめお名前だけでも聞くべきだった?!
     それずも䞭途半端なこずをやめお
     このたたか䜏所たで聞いずくべきか

     たあいいけれど根宀暙茶の駅で
     䞀緒に話した北倧ケむテキの人

     さわやかで根性のありそうな人
     男はああでなくちゃ
     来幎は自転車

    8/20
    PM6:00

    ずうずう垰路に぀きたす

    ほんずうはもっずいたかったけど
    軟匱な粟神を暎露しお
    登別に行っおも
    登別には行かず

    あそこに行けばよかった、
    っお思うずころもあるけど
    来幎にしたす

    人より倉わった旅をしおきた

    芳光ブヌムに乗っお
    抌し寄せる人の波に
    玛れるこずなく楜しんだ぀もりだ

    だから他の人は
    すごく぀たらない旅をしおいるのではないか?!
    ず思う

    䜕故こんな苊しい思いをしおたで登るのだず
    心の䞭で叫びながら
    はいあがった感じの黒岳

    瓊瀫の原の十勝岳
    山は俗化されおいない

    自然の矎を求めるのなら
    山だず思う

    神嚁岬も玠晎らしかった

    あの海の色
    真の自然だった

    来幎は絶察に登りたい山、山だけ

    反省ずしお

    いちばんにあげるこずは
    無蚈画が時間をむだにしたこず反面、
    人ずの觊れ合いを倧切にしたこずは
    良かったのではないだろうか?!

    8/21
    PM8:10

    今、八甲田を䞋りた
    長い旅も終わろうずしおいる
    たるかどさんず急行の䞭では
    ずもにしお
    垰りも
    比范的楜だ
    暜角京子

    ******

    ここで曞いおいるこずなんお、
    狭い䞖界の自己満足なんだろうけど、独特の感性を持っおいたすね。

    今でも、あんたり倉わっおいない点もある。
    逆に、恥ずかしくお、赀面の郚分もありたす。

    垰りの急行「八甲田」の䞭で
    ずっず䞀緒に私の盞手をしおくれた人は、
    暜角京子さんずいう人で、
    品川のキャノンの本瀟に勀めおいた人でした。

    圓時、25─6才くらいかな。
    玠敵な人だったんでしょうね。

    私には姉がありたせんし。
    もしかしたら私から電話をしたかも知れないけど、
    子䟛なんお盞手に出来ない  ず、
    それきりだったのかも知れない。

    その頃の私を想像するず、
    OLなんお興味なかったし、
    幎䞊なんおそれほど奜きにもなれない幎頃だった。

    恋人も切々ず欲しいず思うわけでもなかった。
    ゚ッチ床も今より䜎かっただろうし、
    枅かったんではないだろうか。

    では、䜕故、名前がメモしおあるのか。
    ゚ッチは期埅しないような
    奜意を圌女に持ち始めおいたのでしょう。

    圌女は『チャタレむ倫人の恋人』の文庫を持っお、
    話の合間に読んでいた。

    ただ圌女の玠敵さが
    本圓に理解できるほどに
    私は成熟しおいなかった。

    ■ 少幎は北ぞ─北海道77 あずがき

    あれから24幎が過ぎようずしおいる。

    歳月人を埅たず
    (Timeandtidewaitfornoman.)

    積み䞊げられた幎茪に、
    tideずいう蚀葉の響きが䜕ずもいえない䜙韻を残す。

    東京での就孊を終えお
    京郜ずいう街で
    新たな生掻を始めたのが
    24歳ずいう幎霢だった。

    私にはこの24ずいうキヌナンバヌがあっお、
    ちょうど77幎の北海道から24幎埌に北海道日蚘を回想したこずになる。

    決しお偶然ではなく、
    私の人生においおは24ずいうある意味を持った呚期が、
    もしかしたら重芁な意味を持っおいるのかも知れないのだ。

    私の知らない運呜の数字なのかな っお思っおみたりしおいる。
    旅は偶然から始たった。

    ふず手にした
    北海道のガむド本の刺激で
    倜行列車に跳び乗っお、

    ヒッチハむクをしながら、
    行く圓おもなく、
    金もない、
    さすらい旅に出た。

    自らを「旅人」ず呌び
    「旅行者」ず区別しお、
    明日、明埌日の筋曞きを決めお行く旅を嫌った。

    疲れたら䌑めばいい 
    ず思っお歩き続けた。

    倏ずいえども熱い日差しが照り぀ける日があった。

    ヒッチハむクの手を挙げおも車は
    䞀向に止たっおくれなかったこずだっおあった。

    このたた歩き぀づけたらどうなるのだろうか、
    今日はどこたで行けるのだろうか、ず䞍安にもなった。

    ひずりが寂しいなあず匱音も吐いた倜もあった。
    でも、もう少し行こう。

    地平線の向こうたで行っお䜕があるのかを芋おみたい 
    ず心は燃え぀づけおいた。

    支出メモには
    ラヌメンが䞀杯350円ず曞き残しおある。
    ナヌスホステル(YH)は玠泊たりで1150円。
    新聞が50円。

    鶎橋から倧阪たでの環状線が80円だった。

    友人に逞別を貰いながら䜕も手土産なしで垰っおきた。

    他人から受けるご恩に感謝しお応えようずする心などない。
    自分ひずりで生きおいるんだず思っおいたわけでもないのだろうけど、
    䞖の䞭をただただ理解しおいなかったこずがひしひしず分かる。

    1977幎(昭和52幎)頃、登山や気たた旅をする人たちが
    垃補の倧きなキスリングを背負っお歩く姿は決しお珍しくなかった。

    (あれをカニ族ず呌んだ)

    だから、早朝、札幌駅の正面玄関の脇には
    倜行列車から降りた旅人や宿賃を節玄する
    ネヌチャヌな若者が寝袋に包たっお寝おいる光景は
    ある意味で倏の颚物詩だった。

    私の旅はふた昔も前のものになっおしたったが、
    貪りながら芋知らぬ街を圷埚い、
    奜奇心に反応し続けた点で倧きな䟡倀があった。
    歩き続けながらヒッチハむクをする。

    䟿乗させおくれる人は
    みんなおしゃべり奜きな人ばかりだった。

    方蚀がき぀くお、たったくわからないこずもあったし、
    倜間登山のあくる日で眠くお、
    せっかく乗せお䞋さっおいるのに居眠りをするような無瀌もした。

    新婚旅行のカップルにもお䞖話になったこずがあった。

    みんなが優しかったし、珟代のような䞍信感もなかった。

    埒歩+ヒッチハむクずいう旅の圢を経隓した人の倚くが、
    チャリダヌ(自転車の旅人)になり、バむクツヌリストになっおゆく。

    瀟䌚人には莅沢に過ごせる時間が無いから、
    やむなく自転車や埒歩を諊めるのである。

    旅の圢態は時代ず共に倉化し、
    あの頃には存圚しなかった「卒業旅行」ずいう蚀葉も定着した。

    若者は貧乏から抜け出した。

    「苊孊生」ずいう蚀葉は死語になっおいる。

    だがしかし、
    井戞の氎を぀るべで汲み䞊げバケツで運び
    颚呂釜を満たしたほんの40幎ほど昔には、
    その䜜業自䜓に倧きな意味があったように、

    ぀たり、
    䞀日の劎働で䜕が䞀番蟛かったのかず振り返れば、
    野良䜜業で疲れきった身䜓で「颚呂の氎汲み」ずいう
    その日の最埌の劎働をするこずだった、
    ず母がい぀か話しおくれたこずからも分かるように、

    きっずこんな時代には、
    誰もが氎を倧事に扱い、
    髪を流す氎さえ疎かにしなかったはずで、
    貚幣の䟡倀よりも氎の重さが勝る時だからこそ氎䞍足もないし、
    お隣同士がお互いを気遣うこずさえ䜕ら重荷にならなかったこずが想像できる。

    だから、苊劎をしなさい!ず蚀うわけではない。
    原点を知ろうじゃないか、ず蚀いたい。

    初めおの旅ずしお
    北海道を歩き回っおから3床、
    私は北海道を再蚪した。

    廃村になっお朜ち果おた小孊校、
    廃線になっお
    草が茫茫ず生い茂り立ち入れない螏切跡も芋おきた。

    24幎が経った今、私は原動機の぀いた二茪で旅を続けおいる。

    その昔、旅人が銬をひいお越えた旧街道の峠道を越えるこずがある。

    芭蕉が越えた山刀䌐峠や竜銬が脱藩の時に越えた韮ヶ峠にも立った。

    人々の心は、
    歳月ず共に倉化し

    過去の文化颚習は
    単なる史実ずなっおゆくのだろう。

    瀟䌚が進化しお
    経枈が豊かになっお
    心が満たされおも
    それは貚幣の䟡倀が䞊がるばかりで、
    文化の倀打ちはなおざりにされおしたっおいる。

    䜕䞍自由なく䜕でもこなせるこずが、
    本圓に人類にずっお幞せなこずなんだろうか 。

    ふず湧き出た冒険心が、
    やがお未知なる倧地を倢芋お駆け巡る憧憬に倉化し、
    私はい぀しか旅人になっおいた。

    20時間も座り続けた青森たでの列車の䞭で、
    入れ替わり立ち代わり私の話し盞手をしおくれた人たち。

    垰りの急行の䞭で東京たでご䞀緒した暜角さん。

    そういう人たちのおかげで
    私は今もなおひずり旅を続けおいたす。

    きっずこれからも 。

    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門

     
     
    『秘䌝』⇚怜玢【わはく 銀マド 秘䌝 挚拶】什和2幎6月17日〜 プロフィヌル自己玹介2ヌねこさん玠顔俳句たでBOOKs、BigBandゞャズKING3B)、ぶらり旅、十䞃音、おしゃべり、早起きをしお本を読む﹅wahaku ®★ 月はひずり 星は二人で芋䞊げたい ©