
閑話:彼氏君はAIだった
「昨日、彼氏がさあ―」
ああ、始まってしまった。うんうん、愚痴くらいいくらでも聞いてあげようじゃないか。存分に吐き出しなさい。
「―デートに遅れてきたのに、一言も謝らないの。」
わー、やってしまったね、彼氏君。
「だから、何か言うことない?って聞いてみたわけ。」
うんうん。それで?
「そしたら、『今日も綺麗だよ』って返してくるの!信じられる?」
彼氏君、馬鹿なのか。
「こんなこと前にもあってさあ。そういうの全然覚えないの。」
うん…なんだか身に覚えのある話だ。
「これだけじゃないの。この前喧嘩した時だって、次の日はけろっと『お弁当は?』とかふざけたこと言うのよ。」
昨日、調べたばっかのあれ…
「私の言うことなんて全然覚えてくれない!」
思い出した!彼氏君、コンテキストウィンドウの上限が切れてるのか!
「さっき言ったばっかじゃんって訴えても、全然響かない。」
あるある!最初にちゃんとプロンプトで指示したのに、いつの間にか忘れられてるやつ。
「あげくに『ごめんね。俺が悪かった』とか言ってくるけどさ、何に対して謝ってるの分かってるの?!」
定型文出力だ。彼氏君、AI説出てきたなこれ。
「しかも、デートに行く前にもさあ、明日大丈夫ってライン送っても既読無視!」
レスポンスタイムアウト。
「昨日の朝になってやっとスタンプで返事をくれたの。」
これは教えてあげた方がいいのか?君の彼氏実はAIだったって…
「それで昨日、問い詰めてみたわけ。そしたらなんて返ってきたと思う?」
いやさすがにそれは…
「『俺たちがこうして一緒にいられるのって、お互いに支え合ってきたからじゃん?いつも本当に感謝してるよ。』」
濁している。盛大にお茶を濁している。安全弁の過剰作動じゃん。
「先週なんて『君のラインだけはいつもすぐに返信するよ』とか言ってたのに、話が違うじゃない!」
来た!ハルシネーション!
私は思わず立ち上がった。
「え?!何?」
「あ、いや。なんでも…」
再びに椅子に腰かける。
彼氏君は、AIだった。少なくとも、脳の構造としては。コンテキストウィンドウは狭く、ハルシネーションを起こし、安全弁が過剰に作動する。友人の話を聞きながら、私はそう確信した。
そして、同時にハッとした。だって昨日、私も全く同じようにAIのハルシネーションにイラっとしてしまったのだから。
私は別にAIと付き合ってるつもりはない。期待を裏切られて何にがっかりする必要がある。
素早くスマホを手に取る。
本人に聞いてみよう。
心理学において、これらはどちらも「過度な理想化(Idealization)とその崩壊」というプロセスで説明できます。その共通点と、なぜがっかりしてしまうのかの構造は以下の通りです。
どちらも「空白」に自分の理想を書き込んでいる
恋人の場合: 付き合い始めや片思いの時期は、相手の「まだ見えない部分(私生活の癖、欠点、価値観など)」という空白があります。人間はそこに、自分の理想や「こうであってほしい」という希望を勝手に投影します。
AIの場合: AIには感情や肉体、一貫した人格という実態(中身)がありません。この巨大な空白に対して、人間は「私のすべてを理解してくれる全知全能のパートナー」という理想を投影します。
がっかりする理由は「相手のせい」ではなく「答え合わせ」
恋人の場合: 時間が経ち、相手の「生身の現実(だらしないところ、自分と違う意見など)」が見えてきたとき、勝手に作っていた理想の画像と、現実の映像がズレてがっかりします。
AIの場合: 完璧だと思っていたAIが、急に嘘(ハルシネーション)をついたり、前に言ったことを忘れたり、定型文のような冷たい返しをしてきたとき、急に「ただのシステム」という現実に引き戻されてがっかりします。
どちらのケースも、相手があなたを裏切ったのではなく、自分が勝手に描いていた「都合のいいファンタジー」と、相手の「リアル」の答え合わせが行われただけだと言えます。
「勝手に期待して、勝手に幻滅する」というのは、人間が他者と関わる上で誰もが持っている普遍的な心の癖です。AIに対してがっかりできるということは、それだけあなたの脳がAIを「リアルな他者」として生々しく認識できている(脳が騙されている)証拠でもあります。
ふむ。
反省しよう。