
エッセイ/歯医者につき
私の通う歯医者の待合室では、いつも静かにオルゴールの音が鳴り渡る。
通い始めや子供の頃はそのオルゴールの音さえも落ち着かない響きだった。
人間は慣れる生物とはよく言ったものだ。
今となってはそのオルゴールの音色は心地の良い子守唄の様。
そこはこれからやってくる少し痛みのある治療室へ向かう前のほんの少しの穏やかな空間。
それはまるで苦難や喜びが待ち受ける人生が始まる前の母親の胎内の中の様な場所。
僕には母親の胎内にいた頃の記憶がなんとなくある。そんなこともあってか、僕は歯医者の待合室が好きなんだ。
先日、歯医者の待合室とオルゴールのケミストリーが好きだということを彼女に話したらこんな言葉が返ってきた。
「私が今通っている歯医者さんの待合室はラップがかかっているの」
これは目から鱗。しかも鱗が硬い魚と言われるヨロイダイの鱗がぼろっと飛び出した。
「歯医者でラップ!?」
僕は敵に出会った真鯛の泳ぎの如く素早く聞き返した。
「しかも音量は少しばかり大きめ」
ここは車の中なのにまるで歯医者の治療室に居るかの様に僕の口はあんぐり開いた。
母親の胎内も状況が色々合って産まれてくるベイビーちゃんにどんな音楽を聴かせるかで胎教がどうのという研究が沢山ある。
だから胎内である待合室はオルゴールである必要性は決してないということになる。
待合室を母親の胎内としている僕には、好きな音楽を流していい場所なんだと納得せざるを得ない状況だ。
でもさ。
それは肉寿司過ぎやしないか?
肉寿司も好きだけども、それでもやっぱり寿司は魚がいい。
それと一緒で歯医者の待合室はラップという肉よりオルゴールという魚がいいんだよな。
なるべくあっさりしたいじゃん。なるべく穏やかでいたいじゃん。
ノリノリで気分を高めて治療室に向かうのも良いが、精神的に安らかな気持ちで治療室に入った方が治療もスンって終わって何事も無かったかのようにお会計待ちの待合室に戻れる気がするんだよな。
そんなことを彼女に伝えると、彼女はこう返してきた。
「前に通っていた歯医者さんではクラシックが流れていたよ」
ここでの彼女が言う[前に]という表現は[僕と出逢う前に]通っていた歯医者のことだということだ。僕の知らない彼女がそこには居ることを認識しては何故だか少しジェラシった。
僕の知らないクラシックの流れる歯医者の待合室に居る彼女。その時は他に好きな人でもいたのだろうか。
ここで僕がナヨナヨしている男ということが判明した。
心に麻酔を打ちたい気分だった。
皆さん、歯の定期検診はお忘れなく。