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Photo bywashizukami

エッセイ/自室とギター

    僕は今は仕事もして、自由に自分で車を運転出来るくらいの大人になったのだが、振り返れば子供の頃は小学校5年生から中学校を卒業するまで、一度も学校には登校しなかった。所謂ひきこもりというやつだ。

    不登校になった理由は幾つかあって、まずは家庭環境の悪化。
    父の経営していた会社が潰れ、いっきに貧乏生活が始まった。ライフラインは見事に全止まり、水道は近所の小学校に夜中に忍び込んでは、校庭の水飲み場の水をペットボトルに汲み込んでいた。なんてサバイバルな生活だ。
    そのついでにブランコに乗って遊んでいたら夜中に子供がブランコに乗っている光景が心霊的に見えたらしく、校庭脇の道路を歩く人の悲鳴が何度か聴こえた。
    電気はランタンと月明かり。父はこの時期妙に月明かりの美しさを僕に唱えてきたのを憶えている。
    その時はなんとも感じなかったが今思うと父の優しさや強さだったのかもしれない。
    ガスは簡易のガスコンロ。母が作った小麦粉を水で溶かして醤油で味付けした具無しもんじゃをよく食べていた。これが意外にも美味しくて、今でもたまにおやつにでも食べたくなる程である。これがうちの母の味。

    もうひとつはお利口さんでいられなくなったこと。
    小学校4年生までは勉強も運動も休み時間も常にクラスの中心にいた。宿題やテストは常に完璧、駆け足だってクラスで1番速かった。勿論休み時間のユーモアも欠かさない。しかし子供ながらにそんな自分を頑張って構成していたことに気づいてしまった。生意気にも無駄に感の良い子供だ。そんな糸がプツンと切れたのは大人達が手のひら返しで渡辺家から離れていくのをこれも子供ながらに感じた時だった。

    あとは学校での軽い揉めごと。
    僕がクラスメイトの飼っていたハムスターを亡くしてしまったいうつまらないジョークが広まった。幸いハムスターは生きていたので嘘だと謝りに来てくれたクラスメイトを僕は許した。

    幾つかの原因が重なって僕は部屋に閉じ篭もってしまった。

    そんな僕はというと朝から晩まで自室に篭り、テレビを観たりラジオや音楽を聴いたりしていた。
    インターネットがまだない時代。意外とインプットの多いひきこもりだ。
    その中でもテレビやラジオから流れてくる音楽に僕は夢中になった。小さなお菓子の四角い空き箱にハサミで切り込みを入れ、そこに紐状に切った輪ゴムを貼り付け自作のギターを作っては音楽に合わせてかき鳴らした。なんて陽気なひきこもりだ。

    そんな僕の12歳の誕生日。お金もないのに安いクラシックギターとギターの練習本を買ってもらったことは今でも両親に感謝している。僕はそのギターを抱いて寝る程好きになった。
    ギターを練習し曲が弾けるようになる度に僕は誇らしくなっていった。そんなことをしていたらあっという間に中学生になっていた。
    中学1年生の時はカウンセリングを受けたり、市の福祉センターに週一で通いそこの職員の先生と卓球を1時間程したりしながら少しずつ部屋から出れる様になった。この人が僕の恩師だ。
    それもこれもギターというアウトプットお陰で、きっと同級生には弾けないであろうギターを僕は弾けるんだという小さな自慢が僕に自信をつけてくれたのかもしれない。

    中学2年生からはフリースクールにも通える様になった。そこでは友達もでき一緒にゲームやキャッチボールもした。僕と社会の距離感は段々と狭まっていく。まだ地下に居る感覚は消えないのだが、それでも地底人として縦横無尽に地中を泳いでいた感覚だ。今考えればそこも土地が違うだけで地上には変わりないのにね。当時の僕はそんな感覚だった。
    中学3年に入り進路を決めなくてはならなくなった。僕は定時制の夜間高校に通いながら働くつもりでいた。しかし僕は知ってしまった。
    父が昼も夜も眠らずに警備会社で働き出したことを。のちに母から聞いたのだが、それは僕を昼間の高校に入学させる為。入学金は高いが私立の高校に通わせる為であった。

    中学3年時、僕は必死に考えた。夜間の学校に行くか、全日制の私立の学校に行くか。父の背中をじっと観ては長考した。昼間の学校に行くのは勇気がいること、だって僕は登校拒否、怖いものは怖いんだ。涙が流れた、ギターを弾いた。
    いっぱい泣いて、いっぱい弾いた。そのまま夜になり寝落ちしたのを憶えている。次の朝は快晴だった。僕の父の努力に応えなきゃという想いが身体と心とギターの弦を震わせた。

    僕はその日から勉強する様になった。
    小学校5年生の教科書からだが鉛筆を走らせていた。

    その甲斐あってか私立の高校に合格し、学校に通った。親友もでき、恋もした。
    まだインターネットのない時代。これが唯一の社会との繋がりだった。嬉しかった。
    今となってはこのひきこもりの経験は僕にとって大事な思い出である。なぜならこの経験が今の僕を強くしてくれているからね。

    話は現代に変わるが、今の日本は多様性の時代。
    色んな子供がいてそれを肯定できる時。
    その子の良いところを伸ばし尊重する時代。
    僕は時代が少し早すぎたかな。
    でも僕ら世代のひきこもりの声が今の悩める子供達の役にたてれば良いと考えている。
    だって自由の国は今やアメリカの専売特許じゃないのだからね。

     
     
    わたなべ もりたろう 詩、現代詩、短歌、川柳、ショートショート、作詞、会話劇、エッセイを書いてます。 書籍化を目標にしたためます。 読んでくれたら嬉しいです。 【メロディーのない歌詞】 詳細はTwitter、マガジンまで宜しくお願いします コメント大歓迎

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