
これをDMだと思ってください
インスタグラムのDMっていいよね。
良い立ち位置にいてくれてるよね。
LINEでは既読無視されたりスタンプ1つで返されたら少し心がそわそわするものも、
インスタのDMだとなぜか気にならない。
ダブルタップをすれば「❤️」を反応として送ることができる機能がインスタのDMに追加された時は天才だと思った。
なんせ私はLINEにせよインスタにせよ(インスタが流行る前のTwitterにせよ)チャットを続けるのがとても苦手なのだ。
心の中で「ふーん」とか「おっけー」と思えばそれで会話は終了で返信する気にならないし、
学生の頃は、LINEが続いている=仲良い友達のような考えが周りにあり、ひどく疲弊していた。
返事をせずに「なんで既読無視するの」と責められたことは何度あったことか。
スタンプで会話を終わらそうとしても、この会話に合うスタンプはどれだ、と探すことにも疲れたり、そのスタンプにまた反応してきてLINEが終わらないという事故(と言わせてほしい)が起きることも多々あった。
それなのに自分が好きな異性とLINEをしているときの返事を待っている間はそわそわして勉強が手につかなかったし、「なんでストーリー見てるのにLINEの返事はしないの!?」とやけに返事に敏感になっている自分がいて、その全ての感覚が苦手だった。
そんな時に登場したインスタのDMにハートで反応できる機能。
読んだよ!/おっけー!という気持ちをダブルタップで表すことができるし、誰もが別に悪い気もしない「❤️」を選んだあたりが(インスタさん、素晴らしいよ)となった。
先日、大好きな先輩が、新しい環境に身を置いて感じたことを文章にしてストーリーに載せていた。
私はその先輩の言葉選びも文章の作り方も大好きで繰り返し何回も読んだ。
前向きな感情だけでなく苦しさも伝わり、わかるよぉと深く頷きたくなるような内容で、そのストーリーに返事をするような形で反応したくなった。大好きなひとに伝えたい言葉がたくさん浮かんできた。
でも人には全てが「うるさいなぁ」と感じるタイミングがあるから、送るべきなのか朝から迷いに迷って、夜の21時。
本を読んでいても先輩が連ねた言葉と私が伝えたい言葉たちが目の前に浮かんできて集中できないので、ストーリーの返信テキストに打ち込んだ。
送信。
一向に「送信しました」の文字が表示されない。
アプリを開き直して
先輩のアカウントを検索して
ストーリーを開いて
またテキストを打ち送信。
「送信できませんでした」
の文字が表示される。
ううん、いやだいやだ。
私の大切な先輩だとしても、LINEでも電話でもなくインスタのDMをするのは、
もし受け止めたくなかったら❤️だけで返してくれればいいし、しばらく既読無視されてもこちらもそこまで気にならないし、
相手もLINEよりはちゃんと返事しなくてもいいやとなるだろうと考えているからだ。
軽く受け取ってもらえるには絶対にインスタのDMがいいんだ、と強い想いを持って
6回ほど挑戦したが全滅。
でも伝えたい。
仕方なく私はLINEをした。
「本当はインスタのDMがよかったんですけど、送れなかったのでLINEしますね」
「いやでもインスタのDMがいいんだよなー」
「これをインスタのDMだと思ってくださいね」
3通続けて送った。
もはや私が1番伝えたいのはこれなのでは?という勢いだ。
ぽんっと、DMからコピペした内容を送る。
DMだと別に気にならなかったであろう内容の長さがLINEになるとなぜか重たく感じる。
「わーちの言葉をもぐもぐします」
と返事をしてくれたが、
(いいのいいの、咀嚼しなくても、飲み込まなくてもいいんですよ)
とそわそわ。
約15分後、先輩からは感謝の気持ちが送られてきて少しホッとしたが、
きっと先輩も"後輩がわざわざLINEしてくれたから"と返事に困ったのではないか、
整理しきれていない心に私の言葉を無理やりお邪魔させてしまったか、と少し反省した。
そこから先輩とはLINEが続いて久しぶりにちゃんと話した。
逆に私が元気づけられたりして。
「LINEしてくれてありがとう」と言ってくれた。
相手の受け取りやすい形を探していたけど、
自分が思っているほど人は迷惑だと思っていないのかもしれない。
でもやっぱり送った側も受け取り側も逃げ道を残したまま言葉を残せるDMは良い立ち位置にいると思う。
その距離感が好きなのだ。