
「窓だらけの独立国と、ワシの静かなるフューチャー」
世間のレールからそろりと足を踏み外し、57歳で「働かない選択」をしたワシ。決してお金持ちではないけれど、四方の窓を開け放ち、テレビを風景として流すこの部屋は、完璧な風通しを誇るワシだけの独立国だ。お気に入りの器とスプーンでスナックをすくい、ドクターペッパーをすする、ある静かな夜の、誰にも明かさない秘密の暮らしの記録。
ワシは、働いていない。
大切なことだから、もう一度言っておく。今のワシは、働いていない。
家から出たくなくて、世間のレールからそろりと足を踏み外していたら、いつの間にか自然とそうなっていた。57歳。
決してお金持ちというわけではない。それなのに、なぜこんな、社会の網の目からすり抜けたような暮らしが維持できているのか。
それについては、言いたくない。秘密だ。
今夜の晩御飯は、コストコで買った、豆や干しブドウがミックスされたチリっぽいスナック。それにドクターペッパーのダイエット。 絶対に指が汚れるのが嫌いなので器に移し替えて、それをスプーンですくって食べる。はたから見れば相当に変な姿だ。スパイシーな辛さと干しブドウの甘みが口の中で混ざり合って、それを独特な香りの炭酸が喉の奥へと流し込んでいく。
起きてから寝るまで、部屋にはずっとテレビ画面が流れている。 流す番組に特別なこだわりはなくて、正直ロクに見てもいない。ただ、その時にいちばん耳障りがよさそうな、心地よさそうなBGMが流れているだけ。テレビは、部屋の空気を一定の温度に保つための「風景」だ。
家からは出ないが、部屋の「風通し」だけは絶対に譲れない。 ワシは軽い閉所恐怖症で、空気が少しでもこもっていると息苦しくなる。開ける窓は、シッカリと全開にする。 この家には四方八方、大中小の窓だらけ。その日の天気や時間帯に合わせて、「今はここ、次はあっち」と、まるで楽器のキーを叩くように選んで窓を開け閉めしている。
かつてはそれなりにあった大きな家具は、いつの間にかすべて処分してしまった。 だからといって、床に直接寝転ぶなんてことは絶対にあり得ない。厚手のラグの上など、何か「床の上にある別物」の上じゃないと、ワシの身体は寛ぐことを拒否してしまう。床を歩くときだって、お気に入りのスリッパがなければ、一歩進むごとに心地悪さが足の裏から這い上がってくる。
一日が早い
変な姿勢のまま、足をスリッパから少しだけ浮かせる。テレビからは、その時の気分に馴染むBGMが絶え間なく流れ続け、シッカリと開け放たれた四方の窓から、少し冷たくなってきた夜風が次々と通り抜けていく。
ワシは、風景のグラデーションの一部だ。