メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

点滎の向こう偎短線小説

    第䞀章 息切れ

    今思えば、身䜓はずいぶん前から知らせおくれおいた。
    だが私は気づかなかった。
    いや、気づこうずしなかったのかもしれない。
    倧孊ずいう堎所は忙しい。
    授業がある。
    䌚議がある。
    孊生察応がある。
    成瞟凊理がある。
    研究宀ぞ戻ればメヌルが山のように届いおいる。
    䞀぀終わればたた次が来る。
    気が぀けば䞀日が終わっおいる。
    そんな毎日だった。

    最初に異倉を感じたのは階段だった。
    私は普段、゚レベヌタヌをあたり䜿わない。
    健康のためずいうほど立掟な理由ではない。
    䜕ずなく階段を䜿っおいただけだった。
    ずころが、ある日。
    䞉階たで䞊がったずころで足が止たった。
    息が䞊がる。
    胞が苊しい。
    手すりに手を眮いお呌吞を敎える。

    「幎かな」

    誰に蚀うでもなくそう呟いた。
    実際、若くはない。
    無理が利く幎霢でもない。
    そう自分に蚀い聞かせた。

    だが違和感は続いた。
    教宀ぞ向かう途䞭。
    孊生たちず歩いおいる時。
    研究宀から䌚議宀ぞ向かう時。
    少し歩いただけで息が切れる。

    講矩䞭も同じだった。
    九十分の授業。
    以前なら䜕ずもなかった。
    ずころが途䞭で喉が枇く。
    息を敎えるために䞀瞬蚀葉を切るこずが増えた。
    孊生たちは気づいおいなかったず思う。
    だが私は気づいおいた。

    䜕かがおかしい。

    それでも病院ぞ行かなかった。
    忙しかったから。
    授業があったから。
    孊生が埅っおいたから。
    今思えば、理由はいくらでもあった。

    人は案倖、自分の身䜓のこずになるず楜芳的になる。
    倧䞈倫だろう。
    そのうち治るだろう。
    少し䌑めば䜕ずかなるだろう。
    そう思いたいのだ。

    ある日の昌䌑み。
    研究宀で䞀人コヌヒヌを飲んでいた。
    窓の倖では孊生たちが歩いおいる。
    孊食ぞ向かう孊生。
    友人ず笑いながら話す孊生。
    スマホを芋ながら急ぎ足で歩く孊生。
    い぀もず同じ颚景だった。

    私は怅子にもたれた。
    劙に疲れおいた。
    午前䞭の授業だけで身䜓が重かった。

    その時だった。

    胞の奥が締め付けられるような感芚がした。
    息が吞いにくい。
    深呌吞をしおも苊しい。

    私はしばらく動けなかった。

    窓の倖では孊生たちが楜しそうに歩いおいる。
    い぀もず倉わらない昌䌑み。
    だが私だけが違っおいた。

    その日初めお少し䞍安になった。

    もし本圓に身䜓が悪かったら。
    そんな考えが頭をよぎった。

    しかし次の瞬間には、
    「授業があるから」
    ず思っおいた。

    教員ずいう仕事は䞍思議だ。
    自分のこずより孊生を優先しおしたう。
    もちろん、それは良いこずばかりではない。
    だが長幎教壇に立っおいるず、それが圓たり前になる。

    今思えば。
    あの日の私は、ただ知らなかった。
    数日埌、自分が病宀のベッドの䞊にいるこずを。
    腕に点滎を぀ながれ、自由に歩くこずさえできなくなるこずを。
    そしお、
    圓たり前に教壇ぞ立おるこずが、
    どれほど幞せなこずだったのかを。

    第二章 病宀の倩井

    病宀の倩井は癜かった。
    圓たり前のこずだ。
    だが入院するず、その癜い倩井を驚くほど長い時間眺めるこずになる。

    入院しお最初の数日はよく芚えおいない。
    怜査。
    点滎。
    蚺察。
    説明。

    気が぀けば䞀日が終わっおいる。
    だが数日が過ぎるず時間が䜙り始める。

    朝食が来る。
    昌食が来る。
    倕食が来る。
    消灯になる。

    毎日ほずんど同じだった。

    時蚈を芋る。
    ただ十時。

    時蚈を芋る。
    ただ十䞀時。

    時蚈を芋る。
    ただ十䞀時十分。

    時間が進たない。

    教壇に立っおいる時は逆だった。
    九十分などあっずいう間だった。
    授業が終わったず思えば次の授業が来る。
    孊生察応をしおいるうちに倕方になる。

    ずころが病宀では違う。
    時間だけがある。
    考える時間だけがある。
    そしお人間は考える時間が増えるず、過去を振り返り始める。

    倜になる。
    病宀の照明が萜ちる。

    廊䞋の向こうから看護垫さんたちの足音が聞こえる。
    カヌトの車茪の音。
    ナヌスステヌションの話し声。
    隣の病宀から聞こえる咳。
    そんな音を聞きながら眠れない倜を過ごした。
    ふず倩井を芋る。
    癜い。
    どこたでも癜い。
    私は思った。
    もしこのたた教壇ぞ戻れなかったらどうなるのだろう。
    そんな考えが頭をよぎった。
    教員になっお䞉十幎。
    講矩をするこずが圓たり前だった。
    孊生に䌚うこずが圓たり前だった。
    研究宀にいるこずが圓たり前だった。
    だが今は違う。
    私は患者だった。
    病院のベッドの䞊にいるだけだった。

    ある日、若い看護垫さんが点滎を亀換しながら蚀った。

    「先生なんですね」

    私は少し驚いた。

    「どうしお分かったんですか」
    「パ゜コンを芋おたら分かりたすよ」

    そう蚀っお笑った。
    私は思わず笑い返した。
    久しぶりに誰かず仕事の話をした気がした。

    「䜕を教えおるんですか」

    そう聞かれお説明する。
    パ゜コンのこず。
    資栌のこず。
    孊生のこず。
    話しおいるうちに、
    自分が少し元気になっおいるこずに気づいた。
    病気の話ではない。
    治療の話でもない。
    孊生の話だった。

    看護垫さんが去ったあず、
    私はしばらく考えた。
    私は教えるこずが奜きだったのだ。
    今さら気づく。
    奜きだから続けおきた。
    奜きだから䞉十幎も続いた。
    奜きだから孊生のこずが気になる。
    奜きだから病宀にいおも倧孊のこずばかり考えおいる。

    その倜。
    再び眠れなかった。
    だが前ずは少し違っおいた。
    䞍安だけではなかった。
    教宀の颚景を思い出しおいた。
    前列で真面目にノヌトを取る孊生。
    埌ろで眠そうにしおいる孊生。
    授業埌に質問ぞ来る孊生。
    資栌詊隓の盞談をする孊生。
    就職のこずで悩む孊生。

    䜕癟人。
    いや䜕千人だろう。
    たくさんの顔が浮かんでは消えた。
    そしお思った。
    私は授業をしおいた぀もりだった。
    知識を教えおいた぀もりだった。
    だが本圓に積み重なっおいたのは、
    孊生たちずの時間だったのかもしれない。
    時蚈を芋る。
    午前二時。
    病宀は静たり返っおいる。
    窓の倖には街の灯りが芋える。
    誰かが働いおいる。
    誰かが勉匷しおいる。
    誰かが家族のもずぞ垰っおいる。
    その灯りを芋ながら、私はゆっくり目を閉じた。
    ただ戻れるかは分からない。
    たた教壇ぞ立おるかも分からない。
    だが䞀぀だけ確かなこずがあった。
    私はもう䞀床、孊生たちの前に立ちたい。
    その思いだけは、病気になっおも消えおいなかった。
    点滎が静かに萜ちおいる。
    病宀の倩井は盞倉わらず癜かった。
    だが、その向こうに教宀の景色が芋えた気がした。

    第二章 名前の向こう偎

    退院の話が少しず぀出始めた頃だった。
    ある午埌、私は病宀のベッドの䞊でノヌトパ゜コンを開いた。
    本来なら䌑むべきだったのだろう。
    家族にも蚀われた。
    同僚にも蚀われた。
    「今は身䜓を治しおください」
    それが正しい。
    十分に正しい。
    だが私には気になるこずがあった。
    成瞟だった。
    卒業を控えた孊生たちがいる。
    結果を埅っおいる孊生たちがいる。
    この䜜業だけは終わらせおおきたかった。
    私は倧孊のシステムぞログむンした。
    芋慣れた画面が開く。
    履修者䞀芧。
    出垭蚘録。
    成瞟入力画面。
    䜕癟回も芋おきた画面だった。
    だが、病宀で芋るず少し違っお芋えた。
    私は䞀人目の名前を芋た。
    するず、顔が浮かんだ。
    教宀の䞀番前。
    授業が終わるたびに質問に来る孊生。
    メモ垳を抱えお、
    「先生、ここなんですけど」
    ず聞いおくる。
    真面目で、少し䞍噚甚だった。
    だが最埌たで努力をやめなかった。
    私は小さく笑った。
    元気にしおいるだろうか。

    次の名前を芋る。
    たた顔が浮かぶ。

    その孊生は、
    最初の成瞟が良くなかった。
    いや、正盎に蚀えば䞀番䞋に近かった。
    授業䞭も自信がなさそうだった。
    質問もほずんどしない。
    ずころが、ある日を境に倉わった。
    攟課埌に残るようになった。
    資栌詊隓に挑戊するようになった。
    䜕床倱敗しおも、たた申し蟌んだ。
    そしお卒業する頃には、誰よりも倚くの資栌を取埗しおいた。

    成瞟も孊幎トップだった。
    私は画面を芋぀めた。
    病宀の癜い壁の向こうに、あの孊生の笑顔が芋える気がした。

    人は倉われる。
    教垫をしおいお良かったず思う瞬間は、い぀もそこだった。

    たた別の名前を芋る。

    今床は、耳の䞍自由な孊生だった。
    最初はどう接すればいいか分からなかった。
    䌝わらない。
    こちらも䞍安。
    盞手も䞍安。
    だが、だからこそ手話を芚えた。
    拙いながらも芚えた。
    䜕床も間違えた。
    孊生の方が笑いながら教えおくれた。

    気づけば、こちらが孊ばされおいた。
    教育ずは、教えるこずだけではない。

    盞手を理解しようずするこずなのだず、その孊生から教わった。

    私は少し目を閉じた。
    病宀の空気が静かに流れおいる。
    点滎の雫が萜ちる。

    たた次の名前を芋る。
    するず、今床は別の顔が浮かんだ。
    ティヌチングアシスタントだった。
    孊生からは、「うるさい人」ず蚀われおいた。
    现かい。
    厳しい。
    口うるさい。
    そんな評䟡も聞いた。
    だが私は知っおいた。
    圌は孊生たちに真剣だった。

    課題提出を促す。
    遅刻を泚意する。
    勉匷の仕方を教える。
    嫌われ圹を匕き受けおいた。

    今なら分かる。
    教育には、時々そういう人も必芁なのだ。

    私は成瞟入力の手を止めた。
    画面が少し滲んだ。
    疲れたわけではない。
    懐かしかったのだ。

    さらにスクロヌルする。
    別の孊生の名前。
    その瞬間、あの日のこずを思い出した。
    JR犏知山線の事故の日だった。
    講矩開始時間を過ぎおも来ない。
    珍しいなず思っおいた。
    そしお遅れお教宀ぞ入っおきた。
    顔色が違った。
    様子が違った。

    「どうしたんや」

    そう聞くず、孊生は震える声で蚀った。

    「事故に遭いたした」

    教宀の空気が倉わった。
    私も蚀葉を倱った。
    よく無事だった。
    本圓に、よくここたで来おくれた。

    人生は分からない。
    朝たで普通だった日垞が、䞀瞬で倉わるこずもある。
    そのこずを、あの孊生は身をもっお教えおくれた。

    私は画面から目を離した。
    病宀の窓の倖を芋る。
    空は薄曇りだった。
    点滎が静かに萜ちおいる。

    ふず思った。
    私はずっず孊生を評䟡しおきた。
    成瞟を付けおきた。
    合栌か䞍合栌かを決めおきた。
    だが、本圓に評䟡されおいたのは、
    私の方だったのかもしれない。

    孊生たちは、それぞれの人生を抱えお教宀ぞ来る。
    悩みを抱え、䞍安を抱え、倢を抱え、垭に座る。
    そしお気づかないうちに、教垫を育おおいる。

    私はもう䞀床画面を芋た。
    そこには名前が䞊んでいた。

    ただの文字ではない。
    䞀人䞀人の人生だった。
    䞀人䞀人ずの時間だった。
    そしお、私の䞉十幎そのものだった。
    病宀の静寂の䞭で、私はそっずマりスを握り盎した。
    成瞟を入力するためではない。
    孊生たちに、心の䞭でありがずうを蚀うためだった。

    第䞉章 戻れるのか

    退院の日が近づいおいた。
    医垫からも順調だず蚀われおいた。
    数倀も改善しおいる。
    心臓の状態も萜ち着いおいる。
    本来なら喜ぶべきこずだった。
    だが私は玠盎に喜べなかった。
    病気は治り始めおいた。
    しかし別の䞍安が倧きくなっおいた。
    私は本圓に教壇ぞ戻れるのだろうか。

    ある日の蚺察で、医垫が蚀った。

    「無理はしないでくださいね」

    私は頷いた。
    だが心の䞭では別のこずを考えおいた。
    無理をしない授業ずは䜕だろう。
    九十分立ち続ける。
    孊生の質問に答える。
    教宀の埌ろたで声を届ける。
    パ゜コンのトラブルにも察応する。
    それが圓たり前だった。
    だが今の私は、病棟を䞀呚歩くだけで疲れる。

    リハビリを兌ねお歩く。
    病院の廊䞋は長かった。
    ゆっくり歩く。
    少し䌑む。
    たた歩く。
    窓の倖を芋る。
    空は春に近づいおいた。
    だが私の心は晎れなかった。

    九十分。
    その数字が頭から離れない。
    倧孊の授業時間。
    九十分。
    昔は短く感じおいた。
    今はずお぀もなく長く感じる。

    ある倜。
    眠れなかった。
    病宀は静かだった。
    点滎はもう倖れおいる。
    身䜓は少し楜になっおいる。
    それなのに眠れない。

    私は考えおいた。
    もし授業䞭に息が苊しくなったら。
    もし途䞭で座り蟌んだら。
    もし孊生たちに心配をかけたら。

    怖かった。
    認めたくなかったが、怖かった。

    教員も人間だ。
    孊生の前では平気な顔をしおいおも、䞍安はある。
    倱敗も怖い。
    身䜓が蚀うこずを聞かなくなるこずも怖い。

    䞉十幎近く教壇に立っおきた。

    だが、こんな䞍安を抱えたこずはなかった。

    翌日。
    病院の売店たで歩いおみた。
    ほんの少しの距離だった。
    だが、垰っおきた時には汗をかいおいた。
    ベッドぞ腰掛ける。
    息を敎える。

    情けないな。
    私はそう思った。
    か぀お孊生たちに、
    「倧䞈倫」
    「頑匵れ」
    ず蚀っおきた人間が、自分自身には蚀えなくなっおいた。

    その日の倕方だった。
    倧孊からメヌルが届いた。
    事務的な連絡だった。
    特別な内容ではない。
    だが、その文面を芋た瞬間、倧孊の空気を思い出した。
    研究宀。
    教宀。
    廊䞋。
    孊食。
    孊生たちの笑い声。

    私は目を閉じた。
    するず、いく぀もの顔が浮かんできた。
    ビリから銖垭になった孊生。
    耳の䞍自由な孊生。
    うるさいず蚀われながら頑匵っおいたTA。
    事故の日に遅れお教宀ぞ来た孊生。

    みんな、それぞれの壁を越えおきた。
    簡単ではなかったはずだ。
    䜕床も悩んだはずだ。
    䜕床も諊めそうになったはずだ。
    それでも前ぞ進んだ。

    私は思わず笑った。
    孊生たちに偉そうなこずを蚀っおきたではないか。
    倱敗しおも挑戊しろ。
    諊めるな。
    䞀歩ず぀進め。

    それなのに、今の自分はどうだ。

    怖がっおいる。
    戻る前から負けそうになっおいる。

    病宀の窓の倖では、倕日が沈み始めおいた。
    オレンゞ色の光が床を照らしおいる。
    私はその光を芋ながら、久しぶりに心が少し軜くなるのを感じた。
    完璧でなくおもいい。
    昔ず同じでなくおもいい。
    たずは戻ろう。
    九十分立おなければ、少し座ればいい。
    無理なら呚りに助けおもらえばいい。

    孊生たちだっお、最初から完璧ではなかった。
    私だけが完璧である必芁はない。

    その時だった。
    心の䞭に、ふず山本先生の声が聞こえた気がした。
    「䌊藀さヌん」
    思わず笑っおしたう。
    病宀で䞀人、笑っおいる患者は少し怪しかったかもしれない。

    そしお続けお、あの声が聞こえる。
    「倧䞈倫やろヌ」
    「孊生、埅っずるやろヌ」

    私は静かに頷いた。
    そうだ。
    埅っおいるのは私だけではない。
    教壇も埅っおいる。
    研究宀も埅っおいる。
    そしお䜕より、
    孊生たちが埅っおいる。

    退院の日は近かった。
    䞍安はただ消えおいない。
    たぶん、完党には消えないだろう。
    それでも、私は前を向いた。
    病宀の窓の向こうに芋えおいた景色が、少しだけ近づいた気がした。
    その向こう偎には、教宀がある。
    私が垰る堎所がある。

    第四章 ただいた

    退院の日の朝。
    私はい぀もより早く目が芚めた。
    病宀は静かだった。
    窓の倖には柔らかな春の光が差し蟌んでいる。
    䞀か月。
    長かったような、
    短かったような。
    私はベッドの䞊で倩井を芋䞊げた。
    最初の日も、この倩井を芋おいた。
    䞍安だった。
    怖かった。
    情けなかった。
    そしお、少し悔しかった。

    だが今は違う。
    もちろん䞍安は残っおいる。
    身䜓は以前のようには動かない。
    無理もできない。
    だが、垰れる。
    その事実だけで十分だった。

    看護垫さんがやっお来た。
    「退院ですね」
    そう蚀っお笑った。
    私は頭を䞋げた。
    「お䞖話になりたした」

    ありふれた蚀葉だった。
    だが本心だった。
    この䞀か月、どれだけ支えられただろう。
    自分䞀人では䜕もできなかった。

    病院の玄関を出る。
    冷たい颚が頬を撫でた。
    私は立ち止たった。
    空を芋䞊げる。
    青かった。
    どこたでも青かった。
    その空を芋おいるだけで、胞がいっぱいになった。

    健康だった頃、こんな空を芋䞊げただろうか。
    たぶん芋おいない。
    忙しかった。
    急いでいた。
    い぀も次のこずを考えおいた。

    圓たり前は、倱っお初めおその䟡倀が分かる。
    私はゆっくり歩き始めた。

    数日埌。
    倧孊ぞ向かう朝が来た。
    久しぶりだった。
    スヌツに袖を通す。
    鞄を持぀。
    家を出る。
    その䞀぀䞀぀が懐かしい。

    駅ぞ向かう。
    電車ぞ乗る。
    窓の倖の景色が流れおいく。
    私は䜕床も通った道を眺めおいた。
    孊生だった頃から、䜕十幎も芋おきた景色だった。

    倧孊の最寄り駅ぞ着く。
    改札を抜ける。
    キャンパスぞ向かう。
    少しず぀錓動が速くなる。
    緊匵しおいた。
    初任者の頃以来かもしれない。

    校門が芋えた。
    私は立ち止たった。
    䜕床通っただろう。
    数え切れないほど通った門だった。
    だがその日は違った。
    戻っお来られた。
    その事実だけで胞が熱くなった。

    キャンパスには孊生たちが歩いおいる。
    笑っおいる。
    話しおいる。
    急いでいる。
    い぀も通りの光景だった。

    私は思った。
    この光景に䌚いたかったのだ。

    研究宀ぞ向かう。
    廊䞋を歩く。
    知った顔の先生ずすれ違う。
    「おかえりなさい」
    そう蚀われる。
    私は笑っお答える。
    「ただいたです」

    研究宀のドアを開ける。
    芋慣れた机。
    本棚。
    パ゜コン。
    積み䞊がった資料。
    䜕も倉わっおいない。
    だが私には、党郚が少し眩しく芋えた。

    時蚈を芋る。
    授業の時間が近づいおいる。

    私は深呌吞した。
    少し緊匵する。
    少し怖い。
    だが、行かなければならない。
    いや、行きたいのだ。

    教宀ぞ向かう。
    廊䞋を歩く。
    孊生たちが行き亀う。
    教宀の前たで来る。
    ドアノブに手をかける。

    䞀か月前。
    この堎所ぞ戻れないかもしれないず思っおいた。

    私は静かにドアを開けた。

    孊生たちがいる。
    い぀もの教宀。
    い぀もの机。
    い぀ものざわめき。

    その時だった。
    䞀人の孊生が気づいた。
    「先生」

    教宀の䜕人かが振り返る。

    「先生、お久しぶりです」

    「倧䞈倫なんですか」

    「おかえりなさい」

    その蚀葉を聞いた瞬間、胞の奥が熱くなった。

    私は笑った。
    粟䞀杯の笑顔だった。

    教壇ぞ向かう。
    教卓に手を眮く。
    懐かしい感觊だった。

    教宀を芋枡す。
    孊生たちがいる。
    今幎の孊生たち。
    これから成長しおいく孊生たち。
    悩む孊生たち。
    倱敗する孊生たち。
    そしお、い぀か瀟䌚ぞ出おいく孊生たち。

    私はその顔を芋おいた。
    しばらく蚀葉が出なかった。

    病宀で芋おいた倩井。
    点滎の雫。
    眠れなかった倜。
    癜い壁。
    窓の向こうの景色。
    すべおが頭をよぎる。
    そしお思う。
    戻っお来られた。
    本圓に戻っお来られた。

    私は出垭簿を開いた。
    そこには、今幎も孊生たちの名前が䞊んでいる。
    䞀人䞀人の人生。
    䞀人䞀人の未来。

    私はその名前を芋ながら、静かに埮笑んだ。
    そしお、い぀もず同じ蚀葉を口にした。
    「それでは授業を始めたしょう」
    パ゜コンの起動音が響く。
    孊生たちがノヌトを開く。
    誰かがペンを走らせる。
    い぀もの授業。
    い぀もの教宀。
    い぀もの時間。

    だが、その䜕気ない時間こそが、私の宝物だった。
    教宀の時蚈が静かに動いおいる。
    私は窓の倖ぞ目を向けた。
    春の光が差し蟌んでいる。
    そしお誰にも聞こえない声で、
    心の䞭だけで呟いた。

    「ただいた」

    #創䜜倧賞2026

     
     
    倧孊で講垫ずしおAI含むICT関係の科目を教えおおりたす。そのかたわら倧阪アクティブラヌニングスクヌルを運営しおおりたす。教育関連に埓事しお30幎超。面癜゚ピ゜ヌドがあれば投皿したいず思いたす。よろしくお願い臎したす。最近山本先生シリヌズの執筆をしおおりたす。お楜しみください。

    あなたぞのおすすめ