
【掌編私小説】バーゲンした恋
大型アパレル量販店で働いていた21歳の夏、
数駅先のショッピングモール全体を挙げての大きな
バーゲンに備えて、そこにある支店の応援に
俺を含めた数人が駆り出される。
店内はあたかも満員電車だ。
パンパンに人が入っていながらにして始終、
来客の入れ替わりが激しいのだ。
俺はベテラン店員でない割に試着室での接客対応の
良さが買われてそのポジションで捌きまくる。
それ以外は店先で販促内容をデカデカと書いた
ボードを手に声を張り上げまくり喉を枯らす。
応援に行く2〜3日のうち、1日目の夕方には
声が風邪を引いたようになる。
そんな最中、ひとりのスタッフがちょっと
気になる。かわいい。小柄で黒髪のショートヘアで地獄のようなバーゲン中でも笑顔を絶やさない
サバサバした感じのそのスタッフが気になった。
最終日、その娘からメールアドレスを訊かれた。
おいおいおい、来たじゃん、春。
俺の恋がバーゲンしてんじゃん?ベイベ?
メールのやりとりを頻繁にして、俺達は
仕事が終わってから待ち合わせて飲みに
行くことになった。
俺が19歳の頃からフライングして酒を飲みに
行っていたバーに連れて行った。
バーゲンの際にスタッフ揃って着ていた
カジュアルなコーディネートから一変して、
肩を出したいくらかエレガントな装いで
彼女が現れた。…いいねー。
この娘は俺のひとつ下だし、21歳そこそこで
行きつけのバーがあるのはデケーんじゃねーの?
と思いつつ、まだお互いに夕食をとって
いなかったから、お洒落なアテや店の名物の
パスタを注文して大盤振る舞いをした。
俺達はあまりキュンとしない会話をしていながらも
大いに盛り上がっていた。
…盛り上がっていたのはいい。
しかし仕事疲れのせいか、酒が入ったせいか、
彼女が眠くなってしまい、俺達が居た
カウンター席の後ろで眠りこけてしまった。
…何だってんだよ。
アパレルのバイトの給料も高くはないんだぜ。
あー……つまんねぇ。
コトッ。
マスターが眉尻を下げて少し微笑みながら、
俺がよく飲むお気に入りのバーボンのロックを
差し出した。
「いいよ」
「いいんですか…何か、すんません」
1時間弱眠らせ、シャキッとした顔で
帰る背中を改札まで見送った。
その後会える機会には恵まれず、
俺の気持ちは徐々に冷め、彼女からのメールの
返信も遅くなり、ついにはコンタクトが
無くなってしまった。
そんなある日、メールが入る。
「失恋した!」
と書いてあった。
あぁそうかい。誰にだよ。クソったれが。
時が過ぎ、俺はそんな男女をカウンターの中から
何組も何組も見届けるようになった。
マスターに12年師事して。
終