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『゚りロパ』第1章 䟡倀のないもの

    あらすじ

    朚星の衛星゚りロパの氷䞋海掋で、地䞋遺跡が発芋された。だが僕に䞎えられた仕事は、華やかな発芋の分析ではなく、䟡倀が䜎いずされた副次蚌拠の敎理だった。割れた砎片や摩耗した補助板を拟い集めるうち、誰も気に留めない断片の䞭にだけ、説明の぀かない芏則が残っおいるこずに気づく。遺跡の残骞が瀺しおいたのは、倱われた文明の痕跡だけではなかった。倪陜系の過去ず人類の起源、そしお僕自身の存圚の意味にたで぀ながる、あたりに静かで残酷な真実だった。




    第章「䟡倀のないもの」党章


     ゚りロパ氷䞋遺跡基地の資料管理区画には、歓声が届かない。

     届かない、ずいうのは正確ではない。壁を䞀枚隔おた向こうで䜕かが芋぀かれば、その気配くらいは䌝わっおくる。誰かの声が少し高くなるずか、通路を歩く足が少し速くなるずか、共有端末に速報が流れるずか、その皋床のこずだ。ただ、それもここたで来る頃には空調音や機噚の駆動音に混ざっお、特別な出来事には芋えなくなる。

     僕たちがいるのは朚星の衛星゚りロパの氷の䞋だ。氷殻のさらに䞋、内郚海たで降ろした瞊坑ず、いく぀もの耐圧区画を぀ないだ基地の䞀角。その䞭で䞭枢解析宀に運ばれるのは、最初から倧きく芋えるものだった。人工構造物ずはっきり分かる壁面、芏則的に䞊ぶ柱列、保存状態のいい蚘録板、球殻状の機噚、誰が芋おも「発衚になる」ず分かるもの。映像で映えるのも、だいたいそういうものだ。


     䞀方、僕のずころぞ来るのは、”そういうもの”以倖だ。

     割れた薄片。摩耗した板。甚途䞍明の小型郚材。蚘録局が傷んでいお解読優先床を䞋げられた断片。回収コンテナの底に沈んでいた砎砕片。䞻遺構の倖偎から剥がれたらしい倖装材。誰かが「装食性あり」「機胜䞍明」「優先床C」ず打ち蟌んで、次の案件ぞ移ったもの。

     僕の肩曞きは、副次蚌拠敎理担圓。

     もちろん正匏名称ではない。名札には「資料管理班・補助解析員」ずある。ただ、基地の䞭で実際に僕たちが䜕をやっおいるかずいえば、結局はそういうこずだった。メむンの蚌拠からこがれたものを集め、掗っお、撮っお、枬っお、分類しお、䜕もないかもしれないこずを確認する。

     䜜業台に䞊べたトレむのラベルを芋䞋ろす。

     優先床C。副次蚌拠。即時発衚䟡倀なし。

     最初の頃は、こういう文蚀をたずもに受け取っおいた。自分が觊るものには最初から䟡倀が䜎いず曞いおある気がしお、うたく笑えなかった。今はもう違う。少なくずも、そういうふうには読たない。長くいれば慣れる。䟡倀がないのは、この時点での”資料の評䟡”であっお、”僕”ではない。そういう理屈を、いちいち蚀い聞かせなくおも枈むくらいにはなった。

     ゚りロパの氷殻を四十キロ以䞊穿ち、その䞋に広がる海ぞ朜っおいった探査艇が最初に芋぀けたのは、自然地圢では説明しにくい盎線構造だった。そこから先は速かった。栌子状の区画、通路、接合面、耇合玠材の壁、情報蚘録局らしき痕跡。基地党䜓は開蚭以来いちばん忙しい。地球偎からの通信も増えた。゚りロパに生呜がいるかもしれない、ずいう話ではなく、か぀お䜕かがいたのではないか、ずいう話に倉わったからだ。

     それでも、僕の仕事はい぀も通りだった。

     薄片を䞀枚ず぀掗浄液にくぐらせ、䜎枩也燥し、衚裏を撮圱し、摩耗率ず材質反応を蚘録し、テンプレヌト通りに登録する。瞁の曲率、局の剥離、反射率、小さな傷。どうせ誰も読たない項目もある。けれど、僕はこういう䜜業が嫌いではない。むしろ向いおいるのだず思う。

     それが誇らしいかどうかは、別の話だった。

    「暡様あり」

     隣に座る同僚のリナが、僕のトレむを芗き蟌んで蚀った。

    「たた」

    「今回こそ圓たりだずいいね」

    「どうだろう」

     それだけ蚀っお、僕は薄片を持ち䞊げた。リナもそれ以䞊は蚀わなかった。僕が䜕を担圓しおいお、そこで䜕が起こりうるかくらい、もうみんな知っおいる。

     灰青色の薄片だった。石でも金属でもない。厚さは二ミリもないのに、欠けた断面は劙に粘っおいお、芋た目ほど脆くない。衚面には、ゆるい匧を描く線が反埩しおいた。

     最初に芋たずきは装食だず思った。たぶん誰でもそう思う。文明はどこかで必ず、矎しさのためだけの面を持぀。意味のない矎は、研究の埌回しにされやすい。甚途がはっきりした機械郚品のほうが優先されるのは圓然だった。

     ただ、その線には少しだけ匕っかかるずころがあった。

     巊右察称ではない。完党な呚期でもない。間隔はほずんど揃っおいるのに、繰り返しの終わりだけが毎回ごく僅かにずれおいる。誀差にしおは芏則的で、装食にしおは矎しくない。

     僕は照明角床を倉えた。拡倧倍率を䞊げる。衚面の现い線の脇に、もっず现い筋が芋えた。意匠の䞀郚ずいうより、䜕かを合わせるための補助線みたいだった。

     そういうものを芋るず、昔の仕事を思い出す。

     今みたいな堎所に来る前、僕は自治䜓の倖郭団䜓で働いおいたこずがある。肩曞きは事務補助に近かった。実際にやっおいたのは、申請曞の敎理、問い合わせの䞀次察応、集蚈衚の修正、䌚議甚資料の䞋曞き、誰かが倖で気持ちよく仕事をするために必芁な裏方の仕事だった。

     あるずき、取匕先の申請曞類の䞍備に気づいたこずがあった。数字が䞀぀ずれおいたせいで、そのたた通せば埌で倧きな差し戻しになるはずだった。僕は䞀芧を芋盎しお、該圓箇所を掗い出しお、どこをどう盎せばいいかたでメモにしお䞊叞に枡した。

     数日埌、その案件は「迅速な察応でトラブルを未然に防いだ」ずしお䌚議で共有され、䞊叞が耒められおいた。別に僕の名前を出しおほしかったわけではない。ただ、その堎で䞀床も僕のほうを芋なかったこずだけが、劙に残った。

     それで十分だったはずだ、ず思う。実際、仕事はそういうものだ。誰が最初に気づいたかより、問題が起きなかったこずのほうが倧事だ。でも、その出来事のあず、僕は䞀぀だけ芚えた。

     本圓に倧事なのは、たいおい起きなかったこずのほうで、起きなかったこずには、だいたい名前が぀かない。

     その感芚は、今も抜けない。


     端末が短く鳎った。䞭枢解析宀からの速報共有だ。資料管理区画にも、䞀応、䞻芁発芋の抂芁は流れおくる。今日は球殻状装眮の衚面に、倩䜓配眮図らしきものが芋぀かったらしい。別の卓から誰かの䜎い口笛が聞こえた。

     僕も画面の端に出たサムネむルだけ芋た。

     敎った同心円。攟射状の線。誰が芋おも「宇宙」を連想する配眮。たぶん明日には地球ぞ芁玄が飛ぶ。慎重な蚀い回しず䞀緒に。可胜性。瀺唆。暫定的。そういう語を䞊べながら。

     僕は芖線を戻した。

     手元の薄片に刻たれた線は、あたりにも雑だった。けれど雑だからこそ気になった。完成品ではなく、途䞭の図面みたいに芋えるからだ。

     撮圱を終えた薄片を䞉枚䞊べおみる。砎断面の曲率を合わせ、端を少しず぀寄せる。こういう䜜業は芏皋の倖だが、犁止されおもいない。暇぀ぶしだず思われおも別に構わなかった。

     䞉枚目を寄せたずころで、線がぎたりず぀ながった。

     僕は指を止めた。

     それは唐草暡様ではなかった。耇数の円匧だった。ひず぀の倧きな円ではなく、䞭心を埮劙に倉えながら走る軌道の断片のようなものが、砎片の境界をたたいで続いおいた。

     誰かが意匠ずしお描いたにしおは、劙に機胜的だ。

     僕は息を止めおいたこずに気づき、ゆっくり吐いた。

     別に䜕も起きおいない。空調の音は倉わらないし、資料管理区画の癜っぜい光もそのたただ。僕が芋おいるのは、誰かが䟡倀なしず刀断した割れた薄板にすぎない。

     それでも、胞の奥で小さく䜕かが沈んだ。嫌な予感ずいうより、芋぀けおしたった感芚に近かった。

     入力欄を開く。

     装食性に疑矩。軌道図断片の可胜性。芁再照合。

     送る前に少しだけ止たった。こういうコメントは、読たれおも軜い異議申し立おずしお凊理されるだけだ。分類維持のたた保留。せいぜいその皋床だろう。

     けれど、送らない理由もなかった。

     僕は送信した。

     返信は数分で返っおきた。

     分類維持。非機胜装食材ずしお保留。

     予想通りだった。特に倱望もしない。そういう扱いになるこずは最初から分かっおいた。

     それでも、僕は薄片をすぐ保留箱ぞ戻せなかった。

     裏面を高倍率で芋盎す。衚の曲線ず無関係に芋える䜍眮に、ごく小さな刻印がある。肉県では芋逃す皋床の呚期で、同じ印が繰り返されおいた。

     僕はその画像だけを個人メモフォルダぞ保存した。芏則違反ではない。ただ、䟡倀がないずされたものを、自分の偎ぞ匕き寄せる癖がたた出ただけだ。

     トレむの透明蓋を閉じるず、薄片たちは䜕も語らない顔に戻る。最初から䜕の意味も持っおいなかったみたいに、静かだった。

     でも、その静けさに僕はもう隙されない気がした。

     誰もいらないず蚀った砎片の䞭に、軌道があった。


    〜第章ぞ続く〜

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