
私から『社会不適合者』までの距離感
ただただ自分について。
#頻度高いな
今回は、私から「社会不適合者」までの"距離感"をぼんやりと測り、
記しておきたいと思います。
後者は、"私以外の誰か"ではなく、紛れもなく"自分自身"です。(爆)
私と「社会不適合者」の距離感
私は社会不適合者です。
というよりも、このnoteを始めるまでは、そう断言できない自分がいました。
社会不適合者なりに、社会不適合者の割には…、
自分でもよく頑張ってきた気はするし、散々足掻いてみた気はする。
数々の"弱み"や"欠点"を抱えながらも、”へそまがり”という一面が功を奏し、
その欠点たちを過去一度も自認することなく、ここまで来ました。(🥶)
いつか自分もできるようなりたい。
いつかできるようになるはず。
自分で今この"弱みや欠点"を認めてしまったら、もう一生そのままのような気がして…
そう思って、長年生きてきたのですが、
何となくもう先が見えてきました。笑
その"数多の弱み"が何なのかについては、自分でも数え切れないほどあるので、当保管庫(note)にある資料の中へ、星屑のように散りばめていこうと思います🌌💫 #探してみてね 😂
足枷
自認せずにいたあの数多の欠点たちは、私の人生の足枷となっていました。
というのも、過去経験してきたこと"全て"が、見事に中途半端に終わりを告げていたから。
決して"飽き性"というわけではない。#これまたへそまがりか
ある物事に対して、不思議と"飽きた"という感情を今まで抱いた事はなく..。
でもそれを上回る、最大の欠点が私にはありました。
それは、「まじめ」。
そして此奴と謎のタッグを組んでいたのが_____「感性」。
「真面目で感性が良い」
もう…
身震いするほど、最悪な並び。
できれば視界に入れたくない。
この記憶は、遡りたくもない。
…改めて見ても、これでは自走できるはずがない。
___誰に頼まれたわけでもないのに、周囲の感情を感じとってしまう。
みんなと同じ仕事をしても、この「感性」と「〇〇〇」が邪魔をして、人より疲弊してしまう。どうしてみんなと同じように働けないのか…。
どう足掻いても、私には"80%の力"で働き続けるということが不可能でした。80%の力で…そう思うと、一気に50%以下まで急降下してしまいそうな弱い自分もいました。マイペースなはずが、頭の片隅では全く不必要な二つが勝手に作動し始めてしまう。___
過去、社会の中で"居るべき場所"として、自分の経歴に沿って数年間身を置いた場所もあれば、場繋ぎとして選んだ様々な"居場所"もありました。
でも、たとえどんな環境だったとしても、全く同じ現象が起きてしまう。
____
散々足掻き散らかした末に、辿り着いた先は、"(私にとって)最強の居場所"。
ここなら、周りに誰もいない。つい仕事で100%を目指してしまったとしても、他に消耗するものなど一つもない。そして、さらなる自己防衛として、クオリティの調整ではなく、"時間"を調整することにしました。#損だけど
「〇〇〇」。私は此奴をどうしても闇へと葬りたかったのだけど…、
なかなかしぶといので、奴から完全に"主導権"を奪い取り、存在感を抜き取りました。(💪)
🎧ここのBGM: Vaundyさんの「pained」(0:52~)で。
note
___社会での”居場所”を見つけた今もなお、
私を取り巻く環境は目まぐるしい。___
「点と点が、いつしか一つの線となる」
この言葉、よく耳にすることがありましたが、
私は、この保管庫(note)を開設し、しおしおと新たな資料をまとめていくうちに思ったことがあります。
あの"点”になり得たのかもわからない、中途半端な経験たち…、
今、"一つの線"として繋がってくれようとしてる?…
目まぐるしい日常に飲み込まれ、
今にも宙に浮いて消え尽くしてしまいそうだった、あの大切な"点”たちが、
今頃…、存在意義を放ちはじめていて。
「___私の点が繋がるべき場所、ここであってる…??」
取り柄
今まで、自分には特筆すべき"取り柄"はないと思っていたし、それらを活かす術も持ち合わせていないと思っていました。
でも、知らず知らずのうちに長い間抑え込んでいた"あるもの"が、今爆発しようとしていまして。(💣)
それは「感性」。
これが唯一私に残されていた、"取り柄"なのかもしれない…と。
"彼奴"と対になって私を苦しめていたあの"感性"が、
なぜか今頃になって、その姿を変えようとしている気がします。
そして「感性」と新たに手を組んでくれたのが「好奇心」。
この好奇心は、過去もずっと陰で私を支え守ってくれました。
彼奴が邪魔する時も、この特性だけは私の人生を一度も蝕む事はなかった。
何かが途絶えてしまった時も、次なる"火種"として…。
私は日常の中では消え伏してしまいそうな、この「取り柄」と「点」を…💫
そして、"逃げ道"でしかなかったこの場所で掘り当てた、
自ら湧出す源泉(=取り柄 × 好きなこと)を、自らの「給水地」として💦
源泉の在処を自ら"誉め讃え"、
その水源を利用して"欠点"を洗い出し、もうそろそろそれも自分の良さであると愛でてあげたい。(…#むずっ)
最後に〜noteでの出会い〜
私が、この記録を記しておきたいと思ったのは、
ある出会いがあったから。
このnoteで、私は「声」についての記録をまとめていましたが、声など全く届かぬこの場所で、私は生まれて初めて"文章"というものから"美しさ"を感じる事がありました。
私はずっと本を沢山読む人に憧れていました。
何度か挑んでみるも、やっぱり自分には向いていないようで。
活字の羅列を見ていると、見事に眠気が襲ってくる。笑
朝だろうと昼だろうと夜だろうと。
でも、そんな私でも、なぜか読みたくなってしまう文章を書いてくれる人がいました。その方達は、小説の中を生きてこられたかのような雰囲気を醸し出している。(私は、本を読めないくせに、無類の図書館好き。)
かといって、その人らしさがとても出ていて。
お一方は、私からすると澄んだ河原のような…、もしくは湧水のようにひんやり冷たいのに体に沁み渡るような、そんな文章を書く方で。
そしてご本人は自覚がなさそうだけど、とてもかわいらしさがある。
もうお一方は、闇に覆われているようなのだけど、でもなぜか暗闇でしか発生し得ない、"夜露"や"霧"のような美しさを感じる文章を書く方で。
どちらの方も、文章の中に自分に対する迷いや葛藤が込められているのだけど、その生々しさがありながら、とても澄んで見える。きっと"文章"という対象への澱みない想いがあるから、たとえどんな内容だったとしても澄んで見えるのかもしれない。
この場所で、お二人の文章と出会えたことは、Vaundyさんの曲を初めて全部聴いてみた時と同じくらい、うれしい出会いでした。
このうれしい"衝撃"は、いつも自分よりも若い方たちがくれる。
彼らをみて育ったさらに次世代の方たちは、もっと素晴らしい表現者となるのだろう。( ♪ )
私は、noteに保管庫を開設するまで、こんな心情でした。
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単身でも単身でなくなろうとも、並行戦のような修行が訪れ…。(#自分で引き寄せてる) でももうこれ以上自分にできる事はない。日頃、推しの"歌声や存在"が日常を忘れさせてくれるから、ただ生き存えているだけであって、
「この先、どんなにちっぽけな山が目の前に現れようと、
それを乗り越える力は、私にはもう残されていない」と。
もしその瞬間が訪れてしまったら、私を粉々にして風で吹きとばしてほしい…と。(🌪️)
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でも、粉々になって吹き飛ばされる前に、この場所を突撃してみてよかった。(✨)
自分なりの推し活のつもりではじめたこの場所で、
私は、この"文章"という世界にも、推したちを見つけることができた。(幸)
そして、私は、この場所で、
「社会不適合者」であることを自認することができた。…✍️
fin.
我が初代推し⇩
初めてのVaundy🎧⇩